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うちの子転生!  作者: 千国丸
42/107

042.決着②

――巨大ゴーレムが起動する少し前、山村の中腹――


全ての村人達の蘇生を終えたメルは、彼らを安全な場所へ脱出させるべく火の粉が舞う灼けた道を進んでいた。道中に生まれ育った村が焼かれる様子を見て涙する者もおり、メルは辛そうに顔を俯ける。


「なんてこった……オラ達の家が……」


「折角レモティーが作ってくれた農園もあんなことに……」


山村にあった住居は殆どが焼け落ち、農園の被害も甚大だった。ハーヴェストのスキルがあれば果樹や野菜自体はなんとかなるだろうが、資材置き場や運搬用の荷車など作り直さなければならない物は多い。農業により村の過疎化を食い止めようとしていた彼らにとっては大きな痛手だろう。しかし、まずは何よりも命である。肌を焼くような熱風を潜り抜けた先に、壊された出口ゲートが見えた。


「おお、出口じゃ……皆の者、もう少しの辛抱じゃ!」


「やっとこの火から逃れられる……」


ようやく安全な場所へ逃れられると村人達は足を早める。だがメルは村人達を制止するかのごとく声を張り上げた。


「みなさん何があるかわからないので、私から少し離れて付いて来てください!」


彼女の第六感が囁く――この先には敵意を持った者達がいると。その予感の通り、村には武装した集団が迫っていた。


――ザザザザザッ!――


森の静寂を切り裂く爪音と共に、黒い鎧に身を包んだ騎士達が村の南方から駆け上がってくる。軍馬に跨った彼らは長い円錐状の槍を構えており、勢いを止めることなく村へ向けてへ突進してきたのだ。再び村が蹂躙される恐怖に村人達は顔を歪めたが、この状況に戸惑っていたのは襲撃者達の方もだった。


「なぜ村人がここにいる!? 全員虫の息だったはずだ!」


「わかりません……しかしあの傷なら、もう死んでいてもおかしくないはず……」


「隊長、これがファベル副官が仰っていた緊急事態に関係しているのかもしれません。まずは連中をどうにかせねば、後ろから弓を引かれる可能性もあります」


「ああ、そうだな……先に掃討戦を行う! 全員逃さず、この場で殺せ!」


自らの手で瀕死に追いやったはずの村人達が傷口1つない様子で立っていることが不気味でならない彼らだったが、軍人として訓練されているだけあって状況判断は早かった。今後の任務の支障とならないように村人を殲滅するべく武器を構える。


「あ、あいつらだ! 村を滅茶苦茶にしたのはっ!」


メルのやや後ろに居たドムスが声を震わせる。自警団所属で門の見張り当番である彼は、黒鎧の騎士達と遭遇した最初の村人だった。兜で顔は見えずとも、その特徴的な装いは忘れようがない。


「あの人達が村を襲ったわけですか……なら、遠慮は要りませんね!」


迫りくる騎兵達を睨みつけながら、メルはぎゅっと拳に力を込めた。村人達に安全なところに退避するように伝えると、彼女は20人近い敵集団へ駆けていった。


「なんだあの子供は……この村は耄碌したジジイとババアばかりかと思ったんだが」


「あの耳と尾、獣人か……我らに向かってくるとは随分と勇敢だな。女にしておくのが惜しいくらいだよ」


「ふん、とっとと轢き殺してしまえ。子供とて帝国軍に歯向かえばどうなるか、良い見せしめになる」


武器も持たず向かってくる少女を兵隊達は愚かだと笑う。確かに、戦力の差をみれば誰しもが無謀だと思うだろう。片方は年老いた村人が殆どの集まり、対する攻め手は手練の騎兵隊――まともな争いにすらならない、一方的な蹂躙になるのは容易に想像できる。


「オラッ! 踏み潰してやるぜ!」


メルの頭上に軍馬の黒い蹄が振り下ろされた。帝国で育てられた軍馬は一際大きく、人を踏み潰すことなど容易い。それが幼い子供であれば尚更だ。頭蓋骨を砕かれてしまい、脳髄と目玉を飛び散らせて絶命する彼女の姿を想像し、村人達は目を背けた。


「レモティーちゃんの怒り、受けてもらいますよ!」


目にも留まらぬ素早い身のこなしで前脚を避けると、メルは飛び上がって兵士の頭へ右拳を叩き込んだ。視界用のスリットから一瞬だけ見えた獣人少女――その姿へ焦点を合わす前に彼の視界は暗転する。


「がぁッ……!?」


打撃を受けた兜はひしゃげ、頭からのけぞるようにして吹き飛んだ。その身体は放たれた矢のごとき速度で後続の騎馬隊へ衝突し、他の兵士達も諸共地面へと叩きつける。いくら頑強な甲冑を纏っていても衝撃に中身が耐えられなければ意味がない。彼らの意識は既に途絶えており、乗り手を失った馬達も混乱してどこかへと走り去った。


「なんだと……!?」


他の騎兵達は急ブレーキをかけ、方向転換してメルから離れ始める。隊を任されていたリーダー格の男は、たった1人に突撃を止められたことに驚きつつも彼女を脅威と認識し、冷静に指示を与えた。


「全員、馬から降りて対処しろ! 囲んで奴の機動力を奪う!」


「了解!」


兵士達は一斉に下馬し、ラウンドシールドを突き出すようにしてメルを取り囲んだ。人間同士の戦であれば速度を破壊力に変換できる騎馬突撃は有効であるが、馬よりも機動力に優れる相手なら話は別である。獣人族に代表される素早い戦士を相手にするときは多人数で包囲した上で距離を詰め、その長所を封じて確実に仕留めるのが帝国軍の戦術指南書ではセオリーとされていた。


「メルは大丈夫かのう……」


「レモティーが居てくれればなんとかなるかもしれないのに……」


オーティムとアヴィは村民と共に少し離れた場所からメルの様子を見守っていた。村の住人達はレモティーが魔物を撃退する様子を何度も見ているため、その強さはよく知っている。だがメルやココノアが彼女と同等か、それ以上の能力を備えている事までは知らなかったのだ。確かに見た目だけであれば彼女は街にいる幼女とさして変わりないだろう。しかしその小さな身体に秘められたステータスは、格闘戦においてレモティーをも凌駕する。


「お次は村の人の分です! 覚悟してくださいね!」


闇夜に浮かんだ赤い瞳が正面の兵を見据えた瞬間、少女の姿が消えた。厳密に言えば消えたのではなく踏み込んだだけなのだが、誰も視認する事ができなかった。


――ガシャンッ!!!――


叩き込まれた拳により黒い胴鎧が薄氷のように砕け散る。メルの腕は盾を簡単に貫通し、その奥にあった腹部の装甲すらも砕いていたのだ。他国に比べて優れた硬度を誇る帝国製の鎧であっても、STR200を超える一撃を防ぐことは敵わなかったのである。それどころか衝撃の勢いは殆ど減衰しておらず、男の体は()()()になって吹き飛ばされた。


「ぐあぁ!?」


悲鳴と共に宙を舞った男の体は自分達が火を放った小屋へと突っ込んだ。その衝撃で小屋は崩れ、彼ごと生き埋めにする。続いてメルは足先を鞭のようにしならせて、その隣にいた兵士へ鋭い蹴りを放った。


「ぐはっ……!?」


直撃を受けた兜があらぬ方向へ捻じ曲がり、その胴体は回転しながら坂道を転がっていく。スカート姿であることを躊躇せずに繰り出される蹴りは大胆かつ力強いものであり、容赦など微塵も感じられない強烈な打撃であった。


「このガキッ!!」


「よくもやりやがったなァ!!」


「調子に乗るなよ!」


仲間がやられたことで逆上した兵士達は、3人掛かりで攻撃を仕掛けた。魔道具によって雷の力を宿したランスは、表面に触れただけでもショック死しかねないほどの殺傷力を誇る。しかしメルには彼らの動きがスローモーションのように見えており、3方向からの同時攻撃を最小限の動きだけで避けることなど容易かった。優れた動体視力と肉体の限界を突破した素早さを持ち合わせた彼女ならば、降り注ぐ矢すら避ける事が出来るだろう。


「その変な槍でみなさんを傷つけたんですね……!」


怒りの籠もった瞳が襲撃者達を捉えた。攻撃を避けた反動を利用して、メルは身体をくるりと回転させながら回し蹴りを放つ。その直撃を受けた鎧は粘土細工のように凹み、襲いかかってきた1人目は坂道を転がっていった。続いて彼女は蹴りを放った方とは逆の足を振り上げると、迂闊に飛び込んできていた2人目の頭を踵で地面に叩きつける。兜は粉々になり、首から先が見えないほどに地中へ深く潜っていた。3人目の末路も悲惨なものである。少女の後ろに回ったが故に、振り返りざまに放たれた裏拳をモロに貰い、崖の方へ吹き飛ばされてそのまま谷底へ姿を消した。


「ば、馬鹿な……何なんだ、あの桁違いの強さは!?」


「隊長、ここは撤退を……! あれは我々では対処不可能です!」


圧倒的な強者であることが判明した少女を前に、残りの兵士達は狼狽える。拳を握ったまま歩み寄ってくる彼女への恐怖に耐えきれなくなり、数人が背を向けて逃げ始めた。


「村の皆さんを苦しめたこと、レモティーちゃんを悲しませた事……絶対に許しませんから!」


再びメルが両脚に力を込める。踏み締められた地面が反動で凹んだのと同時に、炎に照らされた桃色の髪が闇を一閃した。


――ドォォン!!――


暴風を思わせるような衝撃波が通り過ぎた直後、逃げ出した兵士達が居た場所に土煙が巻き起こる。部隊長が恐る恐るその方向へ目をやると、元の形状を殆ど残していない肉塊達が地面に埋没していたのだった。


「た、退却だ! こんな怪物、我らではどうもできん!」


戦力の半数近くを潰された時点で部隊としては機能を失っている。そのため帝国軍に残された選択肢は撤退のみであった。飛び抜けた身体能力をもつメル相手に包囲戦術は意味を成さず、高性能な魔道具が内蔵された兵装も無力化されるのだから、もはや手に負えない。彼らは慌てた様子で軍馬に跨ると一目散に山を下りていく。


「女の子に向かってその言い草は酷いですね……村の人達に酷い事をした分、きついお仕置きを受けてもらいますよ!」


逃げていく兵士達へ向けて両手を突き出すと、メルは両手に魔力を集中させて呪文を詠唱し始めた。かつてこの世界に来た時に試そうとして以来、口にすることのなかった極大の攻撃魔法を。


「いきます、闇を滅する神の裁きディバイン・ジャッジメント!」


彼女の目の前に白い光を放つ魔法陣が浮かあがった。その中に描かれた六芒星の各頂点を、魔力充填のシグナルが時計回りに灯っていく。ポンコツヒーラーである"メル"の能力では詠唱に時間がかかるため、魔法が発射されるまでの間に帝国軍の集団は遠く離れていた。だがこの魔法はNeCOで最長を誇る射程距離と最高クラスの威力倍率を併せ持つ()()()()である。発動さえすれば遠距離狙撃も可能だ。


「飛んでけぇぇぇぇ!!」


メルの掛け声と共に魔法陣が完成し、光の奔流が放たれた。彼女の背丈を2倍しても足りないほどの極太のビームが暗闇を裂き、瞬く間に兵士達の背後に迫る。


「隊長! 後ろから何か迫ってきます! この道では回避は不可能です!」


「馬鹿な、あの位置から魔法が届くとでも言うのか……うわぁぁぁぁ!?」


1km以上離れていた山道が彼らの断末魔と共に白い光線に飲み込まれた。光の波動が眩い粒子を放ちながら10秒近く着弾点を照射し続け、その射線上にあったものも何一つ残さず消し去っていく。あらゆるものを()()する神の裁きは、罪のない人々を虐げた者達へ相応の罰を与えたのだ。


「ふぅ……これでこの辺りが平和になるといいんですけども」


メルは腕をおろして溜息をつくと、周りで倒れていた帝国兵を一瞥した。全員戦闘不能に陥っており、もう二度と村人達に害を与えることはないだろう。それどころか息をしているかも怪しい。元の世界では他人と争うことなど滅多に無かった彼女が、ここまで徹底的に怒りをぶつけたのはこれが初めての経験だった。


(ちょっとやりすぎたかな……)


元の世界で培ってきた倫理観がブレーキとなり、これまでメルは意識して力をセーブしていた。ココノアやレモティーも同様だ。だからこそ常に相手に致命傷を負わせないように手加減をしている。しかし今回は違った。


(この世界の在り方に文句をつける気はないけど……やっぱり村の人達が受けた仕打ちには納得いかないよ……)


異なる世界からやってきた自分達が、この世界で起こる事を非難する資格を持たない事は彼女達自身もよく理解している。戦争や紛争が歴史を作る一面があるのは紛れもない事実であり、地球が紡いできた人類史もそうやって成り立ってきたからだ。しかし、自分達に良くしてくれた村の住民が辛い目に遭っていた事や、オーティム達の死をレモティーが悲しんでいた事を想うと、その原因を作った襲撃者達を許すことはできなかった。


「わしらのために1人で戦わせてしまってすまんのぅ……」


「痛い所とかないかしら? もし怪我してたら手当しないと……」


心配そうな顔をしたオーティムとアヴィが村人を引き連れてメルのところへやってきた。幸い彼らに被害は出ておらず、全員無傷だ。メルは笑顔をみせて自身の無事を示すと、オーティム達に早く村の外へ出るように促した。


「風が強いせいで火の回りも早いです。すぐに村から出て、街道沿いに南下してください。この辺りの魔物はこの前レモティーちゃんとココノアちゃんがやっつけてますから、しばらく安全だと思います」


「メルはどうするんじゃ? わしらと一緒に避難するのではないのかのぅ?」


「私はレモティーちゃんとココノアちゃんを――」


応援しに向かうと言い掛けた瞬間、メルの耳に異音が入ってきた。そう遠くない場所から航空機のエンジン音にも似た轟音が鳴り響いていたのだ。


(こんな音、この世界で初めて聞いたかも……!?)


村の出口から西側にある高台へ移動し、採掘場方面を見下ろすメル。夜目が効く瞳のおかげもあり、彼女は巨大な物体と対峙しているココノアとレモティーの姿を捉える事が出来た。


「どうしたんじゃ、メル? 何か気になることでもあるのかのぅ?」


「ふむ、西の方が騒がしいようだな……聞き慣れない音が聞こえるが」


メルの様子が気になったのか、他の村人達も彼女のところへやってきた。彼らには遠くで起こっている光景までは見えないものの、異常な音には気付いたようだ。


「どうやらココノアちゃん達が向こうの方で何か大きい物と戦ってるみたいなんです。この変な音も、そこから聞こえてるみたいで……」


「それは大変じゃ! レモティーが危ない目に遭ってないといいがのぅ……」


メルとオーティムが会話をしていると、村人達をかき分けてドムスがメルのところまでやってきた。その手には帝国兵が使っていた盾と武器が握られている。


「メル! レモティーを助けに行ってくれ! 俺達みんな、あの子にはいっぱい助けてもらったんだよ! 食べ物にも困らなくなったし、生活も楽になった……その恩人に危ない思いなんてさせたくはない! あいつらをやっつけたメルなら、きっとレモティーの助けになるはずだ。このとおり、頼む!」


ドムスは深々と頭を下げ、これを使ってくれと言わんばかりに帝国製の武器を差し出した。しかしメルは微笑みながら顔を左右に振る。


「元より私はレモティーちゃん達のところに向かうつもりでした。わざわざありがとうございます、ドムスさん。これはみなさんが身を守るために使ってください。私は武器がなくてもなんとかなるので! それでは行ってきます!」


村人達に手を振ると、メルは颯爽と採掘場へ続く坂道を駆け下りた。全速力で走りながら、巨大な影が見えた場所へと向かう。


(……あれは、ゴーレム!?)


目的地が近づくにつれ、ココノアとレモティーが戦っている相手がはっきりと見えるようになった。遺跡を守護をしていた機械人形がそのまま大きくなったような見た目だが、自分達に比べると相当大きく、生半可な攻撃ではビクともしなさそうである。


(こうしてみると、かなり大きい……あれじゃ私が攻撃したところで、有効打にならないかも……!)


距離が縮まったことで、その異常なサイズ感が良く分かってきた。5階建てのマンションくらいはありそうなゴーレムを見つめながら、メルは普通に殴っても効き目が薄いだろうと直感する。何故なら"力"が質量と速度に比例するという物理法則は、この世界でも健在だったからだ。装甲に覆われたゴーレムは言わば金属の塊のようなものであり、質量が小さすぎる彼女でもさほどダメージを与えられない可能性が高い。そして何より、ハーヴェストとしての物理攻撃スキルを数多く持つレモティーでも倒せていないのだから、ロクな物理攻撃スキルを持ち得ない自分がどうにかできるとは思えなかった。


(それにココノアちゃんが攻撃魔法を出し渋っているってことは、使えない理由があるということ。そうなると私ができる事はあんまりなくて……)


高威力の攻撃魔法を使わずに、足止めのヘキサグラムを作り出す事に集中しているココノアを見ただけでメルは即座に状況を理解する。長年共にNeCOで心を通わせてきた仲間だからこそ、戦い方を見ただけで彼女の考えていることが手に取るように分かったのだ。


(多分、この場面においてヒーラーとしての役割は求められていない! なら私がやるべき事はたった1つ……!)


状況を総合的に整理したメルは走りながらポーチに手を入れると、その中から赤い果実を取り出した。レモティーから貰った超デカデカの実である。キャラクターの大きさを10倍にするだけの宴会芸用アイテムであるそれを握り締め、彼女は正面に見えるゴーレムを見据えた。


(ステータス自体に変動はなくても、大きさが変われば物理的なエネルギーは増加するはず! レモティーちゃん、ここでこれを使わせてもらうね!)


レモンにも似たその実を、メルは思い切って口に含んだ。柑橘の香りに混じって、スパイスのような刺激的な辛さが舌をビリビリと刺す。しかし決してマズイというわけではなく、ほどよい甘みもあり味は悪くなかった。続けて2口3口と皮ごと果肉を齧り、ついに4口目で超デカデカの実は全て彼女の体内へ収まる。


「なんだか、身体がふわふわするような……?」


食べ終えた直後から、メルの身体には不思議な力が湧き出ていた。妙な高揚感と共に視界がどんどん高くなり、靴底が地面へ沈み込むようになった。さっきと同じ速度で走っているつもりなのに、風の抵抗が強くなっているし、自分が足を踏み出す度に随分と大きな音が響く事にも違和感を感じる。しかしそれらは全て、身体が巨大化したことの証左であったのだ。


「そっか、レモティーちゃんが言ってたとおり10倍の大きさになったんだ、私!」


身体だけでなく服やポーチも含めて巨大化したメルは、元の姿をそのまま10倍に拡大したような巨人に変身していた。今なら村長の家ですら覆えそうな桃色の長髪を揺らしながら、目標ヘ一直線に向かっていく。


「ココノアちゃん、レモティーちゃん、巨女になった私の力を見ててくださいね!」


ヘキサグラムによる封鎖領域から飛んで離脱しようとしているゴーレムを射程に捉えると、メルは大地を蹴って空高く飛翔した。友人達の頭上を通り超え、無骨なバケツ頭目掛けて両足でキックを叩き込む。


――ダァァァァァン!!――


大気を揺らす程の衝突音を響かせ、ゴーレムと共にメルもその先にあった巨大な穴へと落ちていった。ココノアの魔法によってすり鉢状に抉られた大地は焦茶色の断面を見せており、その底はかなり深くまで掘られている。見上げた夜空が遠く感じる奈落でメルはゴーレムと対峙する。


「さっきの一撃でも壊れないとは、頑丈なのです……!」


キックの衝撃でしばらく挙動が怪しかったゴーレムであったが、すぐさまメルを敵と認識したようであり、赤いモノアイで彼女の姿を見据えた。並ぶとゴーレムの方が少し大きいが、機動力において圧倒的に有利であったメルは機先を制する。


「そぉい!!」


掛け声と共に距離を縮めると、彼女は右拳でゴーレムの腹部装甲を打ち付けた。ヒビの入った装甲は速やかに修復が始まるが、レモティーやココノアの攻撃と比べてメルのパンチは破壊力で勝っている。修復が追いつく前に次の攻撃を打ち込む余裕が出来ていた。


「なるほど自分で修理できるんですね。でも、いつまで持つでしょうか?」


続けてメルが左腕でフックを繰り出す。遠心力で威力を増した強烈な一撃はゴーレムの左肩装甲を剥がし、その内部機構を露わにした。装甲の内側ではドワーフ族の技術で造られたと思われる灰色の人工筋肉が蠢いており、このゴーレムがこの時代の技術力では到底作れるものではないことを示唆している。


――ガンッ! ドゴッ! ボコン!――


リエーレ直伝の格闘術を発揮し、メルはまるでボクサーかと見紛うほどのラッシュでゴーレムを滅多打ちにした。特殊な金属で造られ、魔法も反射する堅牢な装甲ですら圧倒的な物理攻撃の前には無力であり、その表面は凸凹に歪んでいく。攻撃スキルが無くとも、超デカデカのバフを得た彼女なら通常攻撃の1発1発が高倍率スキルに相当する攻撃力を持っていたのだ。だがゴーレムもやられる一方ではない。ジェット噴射で距離を取ると、両腕に組み込まれていたガトリング砲をメルへ向けて発射した。


――ダダダダダダダダッ!――


大砲の砲弾のごとき銃弾がメルを追うが、それ以上の速さで彼女は攻撃を避ける。銃弾は断崖にいくつもの穴をあけただけで、ただの1発も攻撃対象に掠らなかった事から実弾攻撃は命中率に乏しいと学習したのだろう。ゴーレムはガトリング砲に加えて、頭部のモノアイからもレーザー光線を放出した。噴水のように拡散したいくつもの熱線が彼女に向かって降り注ぐ。


「いかにもロボって感じの攻撃ですが……私には当たりません!」


ひらりひらりと銃弾とレーザーを避けてゴーレムとの距離を縮めるメル。体が大きくなっていても、その俊敏性は一切失われていなかった。しなやかな体の動きと軽快なステップで全ての攻撃を避けると、体重を乗せた蹴りで修復途上の胴体を貫いた。


――ガシャァァァン!――


銀色の装甲が真っ二つに割れ、金属骨格と人工筋肉の間から青白く輝く球体が顔をだした。それは成人男性がすっぽり入れるほどに大きなサイズの水晶球であり、心臓の鼓動を思わせる明滅を繰り返している。メルはそこがゴーレムにとっての急所かもしれないと推測し、右手でそれを掴んで引き剥がそうとした。


――バチバチバチッ!!――


突如、ゴレームの体から超高圧の電撃が迸る。()を奪われまいと自爆覚悟の防衛機能を働かせたのだ。人の身なら決して耐えられない膨大なエネルギーがメルに流れ込むが、彼女は臆すること無く球体をゴーレムの体から抜き出す。血管を思わせる配管やコードの類いが絡みついていたが、それらはブチブチと音を立てて切れていった。


「これで……おしまいですっ!」


メルが力の限り腕を引っ張る。水晶球とゴーレムをつないでいた最後の拘束具が切断され、ついにそれらは2つに分割された。その直後、モノアイの光は消えてゴーレムは全動力を停止したのだった。


「よし! なんとかなりました!」


取り出した水晶球を夜空に掲げ、勝利を喜ぶメル。彼女は絶え間なく強烈な電撃を受けていたはずだが、その体には傷1つ付いていなかった。その理由は彼女の左肩に腰を降ろしていたエルフ少女にある。


「ほんと、無茶ばっかりするんだから……うちがいなかったらどうするつもりだったのよ」


「えへへ、ココノアちゃんのおかげで助かりました!」


穴の底でゴーレムとの戦闘が始まった後、ココノアは転移魔法でメルを追って来ていたのだ。そしてゴーレムから放たれた電撃を見た瞬間に、彼女の肩に転移し防御魔法ディバインシールドを展開していた。ディバインシールドは物理および魔法攻撃を最大80%までカットする優秀なスキルである。それでダメージを大幅にダウンさせた上で、メル自身のオートヒールにより電撃を無効化していた。2人の連携があればこその豪快な攻略法だと言えよう。


「やっぱりそれが動力源だったのかな。もうゴーレムは動く気配ないし」


「だと思います。この水晶玉みたいなの、随分と大事そうに守られてましたから」


物言わぬ残骸と化した機械人形を眺めながら、2人は全ての戦いが終わったことを実感していた。地上に残っている帝国軍の対応や、村の復興など色々と考えなければならない事も多いが、目下最大の問題は解決している。ようやくリギサンに平和を取り戻すことができたのだ。


「おーい、みんなー! 大丈夫かーい!! ボクもこれからそっちへ行くよー!」


穴の上からレモティーの声が聞こえてきた。ココノアだけが転移魔法でやってきたので、レモティーは置いてきぼりになっていたのだ。メルとココノアは互いに顔を見合わせると、口元を緩ませる。


「レモティーも心配してるし、帰ろっか。それお土産にしてさ」


「そうですね、キラキラしてて綺麗ですし、何かに使えそうです!」


メルは輝く球体をそっとポーチにしまった。そしてココノアを大事そうに両手で抱えると、両膝を曲げて大きく跳躍する。驚異的な脚のバネによりその巨体はあっという間に地上へと飛び出た。


「あれっ!? もう終わってたのかい!?」


「ええ、ゴーレムはやっつけました! もう動くことはないと思います! ちなみに戦いがどんな感じだったかというと――」


驚いた顔のレモティーを見下ろしながら、メルはこれまでの一部始終について話した。彼女達と分かれてから村人を無事に蘇生したこと、村から出ようとした時に武装集団と戦ったこと、そしてゴーレムとの戦いの結末を。


「……なるほどね、動力源として動いていたコアみたいなものがあったわけか。なら、それを抜いておけば大丈夫そうだね。それにしても、超デカデカの実がまさかこんな形で役立つとは思ってなかったよ。ステータスに影響がないと思ってたけど、話を聞く限りそうでもなかったのかな」


「多分、元々の仕様通り多分ステータスには影響はないんだと思います。ただゲーム中の大きさって見た目の変化だけでしたけど、()()()()体積も質量も変わりますから、フレーバーテキスト以上の効果があったんだと思いますよ。あ、そうだ! ココノアちゃんを降ろさないと!」


思い出したようにメルは急いでしゃがみ込み、手の甲を地面につけてココノアを地面へと下ろした。しばらくメルの大きな手の平をベッド代わりにしていた彼女は名残惜しそうに起き上がる。


「メルが話してる間、出して貰えそうになかったから少し寝ちゃってたじゃない。そういえばその巨大化効果っていつまで続くの? ずっとそのままじゃ不便……って、ちょっとそれ、早く隠しなさいよ!?」


「えっ? 何をですか?」


何を言われているのか分からずキョトンとするメルに対して、急いでスカートを抑えるようにジェスチャーを送るココノア。顔を赤らめた彼女の視界にはムチムチとした太腿に挟まれた真っ白な下着が映り込んでいたのである。普段なら小さくて目立たないそれも巨大化していれば話は別だ。丸見えになった薄い布地には局部を思わせるぷっくりとした膨らみが出来てしまっている。


「あ、ひょっとして見えちゃってました? でもこのサイズだと、普通に立ってても丸見えになりそうですし別に隠すこともないような……」


「とにかく座ってスカートで隠して! 元に戻るまでは立つの禁止!」


そんなやり取りをする2人の隣で、レモティーは鼻から赤い液体を垂らしながら嬉しそうに頷いていた。

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