041.決着①
「なんだこれ……」
辿り着いた採掘場でレモティーは呆然と立ち尽くしていた。夜空向かって聳える巨大なゴーレムがその場に居たからだ。遺跡内で遭遇したものと同じく銀色の装甲を纏った人型のデザインではあるが、サイズが異常に大きく、トルンデインの城壁を優に超えている。
「こんなの今まで無かったはずだけど……まさか、この連中が狙ってたのはこれだったのかな?」
レモティーが目をやった先――作業場として使われていた硬い床の周囲には、白衣や鎧を纏った見慣れない者達が倒れていた。元々気を失っていた者もいたが、彼女がここにやってきた時に襲いかかってきた兵士もそこには含まれている。だがハーヴェストのスキルを駆使すれば彼らを制圧することは容易く、鍛えられた肉体を持つ屈強な戦士でさえ可憐な乙女には指一本も触れられないまま全滅していた。念の為、スキルで生やした蔦を使って不審者全員を捕縛しておき、彼女は再びゴーレムへと向き合う。
「さてと、問題はこいつをどうするかだよなぁ」
このままここに置いていても災いの種になる未来しか見えないが、下手に手を出すこともできずレモティーは思案した。もし遺跡を守っていたゴーレムのように自律稼働しようものなら、村が無茶苦茶にされてしまう恐れもあったからだ。
「どこかに制御部か動力源があるだろうから、それさえ破壊すればいいんだろうけど……」
彼女はゴーレムの全身を見渡してみたが、それらしいものがどこにあるのか見当もつかなかった。頭と思しき場所にはバケツを逆さまにしたような十字の切込み入りヘルムが被せられているだけで、制御を司っている部品がありそうには見えない。動力源は寸胴な本体部分にありそうだが、こちらも分解して探すには装甲が厚すぎる。どうしたものかとしばらく考え込んでいると、背後から物静かな足音が近づいてきた。
「悪いがこれは我々にとって必要なものだ。持ち帰らせてもらう」
「……ようやく出てきたみたいだね、首謀者っぽいやつが」
振り返ったレモティーの前にいたのは、黒い軍服を着た人間族の男性だった。整えられた琥珀色の髪と気品を感じさせる顔つき、そして両肩に付いている立派な飾緒からは彼が高い身分の者であることを容易に想像できる。
「その服、ここらじゃ見ないデザインだ。野盗や盗賊の仲間ってわけでもなさそうだし、村を襲った理由を聞かせてもらおうか?」
「その要望には応えられない。この兵器を見られてしまった以上、口封じをせねばならないのだからな」
そう言うなり腰のサーベルを引き抜くと、男はサーベルを水平に構えてレモティーに突進した。初老を思わせる風貌からは想像もできない俊敏な動きに彼女は意表を突かれる。
「おっと、いきなりとは随分じゃないか! それに指揮官自ら戦うなんて、ちょっと驚いたよ」
「我が祖国は武力で成り立ってきた。前線に立つ者であれば当然、戦い方が身に染み込んでいる……このようにな!」
鋭い突きがレモティーの顔を掠めた。初速から判断して避けられると思った彼女であったが、思ってた以上の加速に反応しきれず、躱すのが遅れたのだ。その代償として美しい金色の髪が数本舞い散る。
「……ほう、今のを避けるか。ただの村娘というわけではなさそうだ」
「それ、魔道具なのかな? 伸びたよね、今」
「いかにも。剣だけに限らず、この体中に魔道具を仕込んでいる。初見で気づくとは大した観察眼だな」
男は不敵な笑みを浮かべ、再びサーベルを突き出すように構えて地面を蹴る。明らかに筋力だけではない不自然な反発力を得た状態で、目にも留まらぬ速さの刺突を繰り出した。
「確かに凄いけど、ボクの友人ほどではないかな。まだなんとかなりそうだ!」
常人離れした脚力から繰り出される刹那の一撃は、普通の人間なら視認する事もできずに胸を一突きにされていたことだろう。だがレモティーは避けざまに服の袖から生え出た蔦で剣身を絡め取り、男の体ごと地面へ叩きつけた。
「それは植物を操る魔道具……いや、魔法か!」
地面が凹むほどの衝撃を受けたにもかかわらず、男は苦痛を顔に出すこと無く最小限の動きで体勢を立て直す。そしてレモティーが追撃に移る前に距離を取った。隙の無い一連の所作は、幾多もの実戦を経て鍛え上げられた強者を思わせる。
「その軍人っぽい服も特別製なのかな。動けなくするつもりで叩きつけたんだけど」
骨が数本折れてもおかしくない勢いで地面へ衝突したというのに、軍服の男はダメージをさほど負っていない様子であった。加えてレモティーの変則的な技にも動じていないことから、戦闘センスにおいては彼女を上回っていると言っていいだろう。
「……フッ、甘く見られたものだ。だが手加減して勝てるほど弱くはないぞ?」
「手加減をしているわけでもないんだけどね……こっちも爺ちゃんや婆ちゃんを酷い目に遭わされて滅茶苦茶怒ってるし。ただ目的くらいは聞き出しておかないと、また同じ事をされちゃ困るからさ」
そう言い放つとレモティーは右手の指をパチンと鳴らした。その音に呼応するかのように地面から蔦が伸び、互いに絡めるようにして1本の武器を形作っていく。生きている植物だというのにそれらの表面は金属のように硬化しており、先端には鋭く研ぎ澄まされた刃まで備えていた。
「ボクはハーヴェストだからね。得物は鎌なんだ」
瞳と同じ碧色をした大鎌を手に取り、レモティーは男へ向かって駆け出す。彼にも劣らない俊足で急接近すると、その胴を狙って大きく薙ぎ払った。
「面白い術式だが……動き自体は単調だな」
鎌をサーベルで斜めにいなすと、男は素早く反撃の斬り上げを放つ。辛うじて身を撚ることで直撃は回避したレモティーであったが、その隙に懐へ入られてしまい大鎌の射程を活かせなくなった。至近距離では小回りの効くサーベルに利があるため、どうしても防戦一方になる。
「どうにも経験と技が足りていないように見受けられるな。それでは素人丸出しではないか」
流れるように連撃を繰り出しながら男はレモティーをこき下ろす。ステータスでは勝っているのにもかかわらず、その技量には大きく差を開けられていた。
(ゲームと違って、本物の剣士は強いなやっぱり……!)
NeCOのアバターを持つ力を得たレモティーであったが、異世界において経験を積んだ者に比べれば彼女の動きは初心者同然だ。いくら腕力や俊敏性が優れていても、力の方向さえ読めれば攻撃をあしらう事など容易い。巧みなサーベルの動きに翻弄され、彼女の鎌はただの1発も当たらなかった。
「……確かに技量だけじゃ勝てないみたいだ。でも、これならどうかな?」
レモティーは後方へ飛び退き、一旦仕切り直す。そしておもむろにスカートのポケットから小瓶を取り出した。それはオーティムとアヴィが命がけで火の手から守り、彼女へ託したものであった。
「それじゃいくよ、魔法植物生成!」
瓶の蓋をあけ、彼女は惜しげもなく周囲に中身をばらまく。様々な形をした種子が地面へと降り立った瞬間、地面から手足の生えたニンジンやダイコンが這い出てきた。それらは子供の背丈くらいの大きさであり、つぶらな瞳と小さな口がついている上に頭から蔦が生えている不思議な姿をしていた。NeCOではその愛らしさから根強い人気のあった下僕達であるが、明らかにこの世の生き物とは思えないその風貌に男は眉を顰める。
「……何だ、その奇妙な生物は?」
「爺ちゃんと婆ちゃんが守ってくれた種を使って召喚した、自慢のペットさ」
可愛らしい野菜達に囲まれながら自慢げに胸を張るレモティー。彼女は魔法の訓練を受けたココノアや一流冒険者の手ほどきをうけたメルと違い、この世界の住人相手に立ち回れるほどの技術はまだ持って居ない。故に戦闘に関してはステータスとスキル頼りであるが、彼女には彼女なりの戦い方があった。
「反撃といこうか!」
再び鎌を携えて男へ駆け寄るレモティー。力任せに放たれたのは先程と同じく見切りやすい大振りであったが、今度はペット達の支援があった。彼が鎌をサーベルで弾こうとしたタイミングでニンジンとダイコンが頭上の蔦を伸ばし、鞭の如き殴打でその右腕と左脚に強烈なダメージを与える。
「なんだ、この一撃の重みは……!?」
最初は手数が増えたところで大して脅威にならないと判断していた男であったが、ペット達の攻撃は想定以上に強いものだった。魔道具によって金属並に硬化された軍服の上からでも肉体に衝撃が貫通するほどであり、その痛みに思わず呻く。
「ぐぅ……!?」
続けてレモティーの鎌が男の胸元を切り裂いた。致命傷には至らなかったものの、ぱっくりと裂かれた傷からは鮮血が滴っている。血を止めるように傷口を手で押さえつつ彼は後退った。
「なるほど、油断したようだ……」
男はベルトに装着していた携行用の小型回復薬を飲み干して傷を癒やす。ほどなくして出血は止まったが失われた体力までは戻っておらず、その足元は心許なかった。単純な技量比べでは勝っていても、スキルを組み合わせるとレモティーが圧倒的に有利だ。彼女が呼び寄せた野菜ペットの強さはNeCOではレベル50相当であり、これがそのままこの世界での強さに直結していた場合、1匹1匹が熟練冒険者に匹敵する。いくら熟達した戦闘技術を持っていても、この戦力差では男に勝ち目が無かった。
「ここまでか……だが時間稼ぎにはなったな」
「ん……? 時間稼ぎだって?」
レモティーが怪訝そうな表情を浮かべた瞬間、ゴーレムの頭部に赤い光が点灯した。十字の切れ込みに沿って、モノアイを思わせるそれが上下左右に動く。
――ガガガガガガ……――
大型重機を思わせる駆動音が本体から聞こえてきた。四肢の関節が動き始め、背中に設けられていた排気筒から水蒸気を吹き出す――そんなロボットアニメのような演出と共に、頑丈そうな装甲に守られた太い脚部が平らなステージから浮かび上がり、地面へと降り立った。
「こいつ、動くのか!?」
「魔物相手に試運転をする計画であったが、予定を変更する。古代兵器の行き先を帝国領内に設定、進行方向にある障害物は全て排除させろ!」
右目に装着したモノクルに触れながら、男はどこかへ指示を出していた。しかしレモティーはゴーレムに意識が奪われており、それに気づかない。
「まさか村の方へ移動している……? おい、こいつを動かしたのはお前達だな! 早く止めるんだ!」
「無駄だ、指示された命令は遂行されるまでこいつは動き続ける。止めたいのであれば力づくで止めてみせることだ。だがそれは古のドワーフ族が作った攻城兵器……人間如きがどうこうできる相手ではないがな」
「なんだと……!?」
男が言うように、ゴーレムは人に対してあまりにも大きすぎた。歩行するだけで地揺れが起こるほどだ。そんな相手を力だけでなんとかするのは不可能に近い。
――ズシン! ズシン!――
馬車を丸々踏み潰せそうなほどの足を交互に動かし、機械の人形が地ならしするように大地を踏み固めていく。掘り込まれた採掘場の崖にぶつかるかと思われたが、両足の関節を折りたたむとバネの要領で一気に跳躍して崖の上へと移動した。頑丈さだけでなく機動力も備えあわせているようだ。
「まずいぞ……このままじゃ村に突っ込む!」
巨大ゴーレムの行き先は東を示しており、そのまま進めば村を突っ切る形となる。どこに向かっているのか分からないが、阻止しなければ村だけでなくメル達までもが危険な目に遭いかねない。
「ここで絶対に止めてみせる……!」
ゴーレムを追撃しようとするレモティーの前に軍服の男が立ちはだかった。手負いの体であってもその鋭い目付きには闘志が宿っている。
「あのゴーレムの邪魔はさせない。この命を賭してでも、足止めさせてもらう!」
「村の存亡がかかってるんだ……ボクも容赦はしないよ」
レモティーがペット達と攻撃を仕掛けようとした矢先、頭上から甲高い声が降り注いだ。直後、男の隣に見覚えのあるダークエルフの少女が降り立つ。だがその身なりは先程とは全く異なっており、爆発にでも巻き込まれたの如くボロボロであった。原型を留めていないほどに衣服は破れており、褐色の素肌が剥き出しになっていたのだ。ボサボサの髪で泣き出しそうな顔を浮かべる彼女の姿は哀愁すら感じさせる。
「ファベル! 戦略的撤退よ! あんな化け物、相手にしてらんないんだからぁ!」
「フ、フラン様……そのお姿は一体!?」
「防御魔法を全力で展開しても防げなかったのぉ! 何のつもりか分かんないけど、アイツがわざと着弾点をズラしてなかったら絶対死んでたし……ほら、早く退却しなさいってば! ゴーレムなんてもうどうでもいいじゃない!」
折れかけた杖を支えになんとか立っている状況の少女を見兼ねたのか、ファベルと呼ばれた男はサーベルを鞘に戻して彼女を抱きかかえた。そしてレモティーには目もくれず、採掘場から離脱を始める。
「ちょっと、どこ行くんだよ!?」
「部下を置いたまま逃げるのは軍人にとって最大の恥だが、フラン様の保護が最優先事項……お前との勝負は預ける」
そう言い残してファベルはあっという間に姿を消した。村を襲撃した張本人と思しき彼らを追いかけようとも思ったレモティーだったが、先に村を守るほうが重要だと考え直す。ダイコンとニンジン達に気絶した兵士達の見張り約を任せ、ゴーレムの後を追った。
「あのゴーレム、足はそんなに早くないはずだから途中で追いつけると思うけど……どうやって倒すか考えないとなぁ」
蔦をロープ代わりにして採掘場の崖を登ったレモティーが見たのは、抉られた巨大な穴とその手前でゴーレムと戦闘を繰り広げているココノアの姿であった。しかし魔法攻撃を封じられているのか、攻撃できずに苦戦している様子だ。すぐさま彼女はココノアの元へ駆けつける。
「すまないココノア、指揮官っぽいやつは取り逃しちゃったよ。でも先にコイツを止めないと村が危ないんだ!」
「ああ、レモティーもこっち来たんだ。そっちに行こうとしたらこのデカブツを見つけたから、スクラップにしようと思ったんだけど……」
そう言ってココノアが指し示したゴーレムは、装甲を青白く輝かせていた。その表面には象形文字のような模様がいくつも描かれており、暗闇の中で不気味に浮かんでいる。
「あれ、魔法反射するんだよね。油断してたらうっかりリフ死するところだった」
「魔法反射までするのか、このゴーレム……」
魔法反射の恐ろしさはNeCOプレイヤーであれば誰でも知っていた。というのも、NeCOにおける上位狩場ではリフレクションを使う雑魚モンスターが最低1匹は紛れ込んでいたのだ。これは範囲攻撃に優れる魔法使い系ジョブが狩場を占有してしまわないように運営が仕込んでいたトラップであり、何も考えずに範囲魔法を連打していると反射されてプレイヤーの方があっさり死亡(通称:リフ死)するパターンが多発していた。そのためNeCOで魔法職をしている者は、初見のモンスターを見たらとりあえず弱い魔法を撃ってみて反射技を使ってこないかチェックするという癖が身についている。ココノアもその1人であり、様子見に放った魔法が反射されたことでゴーレムの持つ特性を早々に見抜くことができたのだ。
「でも、それなら反射されない物理判定の魔法なら問題なく通るんじゃないかな? フォースマスターにはいくつかそういう特性の魔法があるじゃないか」
「魔法の弾丸も試したけど、すぐに修復されてダメだった。もっと一撃の大きいやつ入れないと装甲をぶち抜け無いよあれ」
ゴーレムの攻略方法について情報を共有するレモティーとココノアであったが、悠長に会話を交わす時間は無かった。彼女達を敵だと認定したゴーレムが攻撃を仕掛けてきたからだ。腕の先に装着された3本の鉤爪を振り下ろし、その質量を利用した物理攻撃で潰そうとしてくる。
「ほら、逃げるよ!」
ココノアがレモティーの手を握って転移魔法を発動したことで、2人は数m右側へと瞬時に移動した。これにより難なく攻撃を躱すことができたが、巨大な腕は見かけによらず取り回しに優れており、すぐに次の一撃が飛んでくる。
「思ったより素早いなこいつ! でもこれならどうだ! 万緑の暴風!」
レモティーの足元から無数の木の葉が出現し、吹き荒れる風と共にゴーレムの腕を切り裂いた。魔法ではなく魔力を通わせて硬化させた緑葉による攻撃のため反射はされなかったが、傷をつけられたのは装甲の表面までである。トルンデインではデミリッチを滅することができたハーヴェストの必殺技も、分厚い魔法装甲相手では決定打にならなかった。
「とりあえず距離を取らないとダメ。手、貸して!」
「ああ、すまない!」
迫りくる壁のような腕の横薙ぎを転移魔法で回避した2人は、空中からゴーレムの装甲がじわじわと修復されていくのを目の当たりにする。ゴーレムの装甲は損傷部を内側から柔らかいジェルで埋めるようにして復元しており、数秒も経たないうちに元の状態へと戻った。
「自己再生までするのか……!」
「魔法は反射されるし、物理ダメージを与えてもああやって修復されるからマジでクソボスだよ。距離さえ取れば襲ってこないけどね」
ココノアとレモティーがゴーレムから10m程度離れると、攻撃はすぐに止まった。目的地への移動を優先する思考回路が組まれているようで、その邪魔さえしなければ危害を加えてくることはなさそうである。敵対者が近くに居ないことを検知したゴーレムは再び村の方へ向かって歩み始めた。
「ところであの大穴、ココノアが作ったものかい? あれのおかげでゴーレムの足は止めれそうだけども……」
「うん、ジョブ専用スキルとフレアを使ったらああなってさ。どっかから水でも引き込んでくればあのデカブツを溺れさせたりできないかな」
ゴーレムの進行途上にある大穴を見ながら足止め策を提案するココノア。しかし近くに水場はなく、ゴーレムを溺れさせるだけの水量を確保できる見込みはなかった。とりあえず2人は地面に降り立ち、今後の作戦を練る。
「あれだけ重たそうなゴーレムなんだ、穴に落ちれば移動に時間もかかるだろうし、その間に村へ戻ってメルや村人を避難させようか。ボク達じゃアレを倒すのはかなり苦労するしね」
「それじゃレモティーは村に行ってて。うちはあれが穴に入った時に周囲を魔法で爆破して、生き埋めにしてみるから。多少は時間稼ぎに――」
ココノアの会話を遮るようにゴーレムが排気筒から大量の蒸気が吐き出した。そして踵の裏からバーナーのように炎を吐き出すと、その巨体を浮かせて穴の上空を渡り始めたのだ。ジェット機が離陸する時のような凄まじい排気音とともに、ゆっくりと対岸へ近づいていく。
「空まで飛べるのか、アイツ! ココノア、何か足止めできそうなスキルはあるかい?」
「そんなのあったら真っ先に使ってるっての!」
「だよね……こういうとき、NeCOならどうしてたっけな……」
何かヒントになるものはないかと、NeCOのプレイ記録を振り返るレモティー。彼女はゲーム中でも巨躯を持つボスと戦っており、今回のゴーレムのような防御力に優れた敵を討伐するためにメル達と共に試行錯誤した記憶があったのだ。その思い出の1つに、彼女はゴーレム攻略の糸口を探り当てる。
「そうだ、ココノア! 安全地帯だよ、安全地帯! あれでゴーレムの周囲を囲うんだ! NeCOと同じ仕様なら足止めできるんじゃないかな!」
「あー……そういえば昔、そんな違反ギリギリの攻略法を編み出してた気がするわ」
ココノアもレモティーと同じ記憶に辿り着いた。かつてNeCOでは迫りくる敵から貧弱な村民NPCを護衛するイベントが開催されたことがある。その時に苦戦したのが火を吹く黒蛇のようなボスだった。レベルカンストキャラクターでさえ即死する広範囲攻撃と、生半可な攻撃を受け付けない鱗のせいで次々とプレイヤー達が断念していく中、メルの提案で彼女達は死にスキル扱いであった安全地帯を使ってNPCを守る戦法を取ったのだ。実際にやってみるとNPCがうろうろ移動してしまうため守りに使うことはできなかったものの、たまたま安全地帯で囲んだボスが挙動不安定になる事が判明し、妨害策として活用する攻略法が完成する。この結果、メル達は初めてイベントを完全クリアしたプレイヤーとしてNeCO史に名を残したのである。
「よーし、あの時みたいにやってみるかな」
ココノアは杖を構えるとレモティーとともに転移魔法でゴーレムの進行方向へと回り込んだ。そして反応されないギリギリの距離で待機し、目標が陸地へ着地するのを待つ。安全地帯を作る魔法は地面を指定する必要があるため、空中では使えないのだ。
「もうすぐゴーレムが着地するはずだ。ボクがタイミングを計ってカウントダウンを始めるよ。5……4……3……2……1……今だ!」
「六星の守護結界!」
ココノアの詠唱と共に、ゴーレムの足元に魔法陣が出現した。するとゴーレムは踏み出そうとしていた足を止め、方向転換をし始める。
「ココノア! 今度は向かって右側だ!」
「分かってるって!」
ココノアは連続で魔法陣を生み出し、合計6つの安全地帯でゴーレムを囲った。周囲を円筒状の結界で封鎖されたことで逃げ場を失ったゴーレムはその場で停止する。
「よし! 思ったとおりだね! NeCOと同じで安全地帯になってる場所は認識できなくなるんだよ! だから今あのゴーレムは進行方向が分からなくなってるってわけさ!」
小さくガッツポーズを取るレモティー。彼女の思惑どおりゴーレムは進むべき方向が検出できていないようで、モノアイを頻繁に動かして周囲の様子を確認している。これなら時間が稼げそうだと安堵した2人であったが、突如ゴーレムの挙動が変化し始めた。穴を渡った時のように排気筒から蒸気を吹かせ始めたのである。
「あのデカブツ、飛んで逃げようとしてない!?」
「そうか、上空に安全地帯は作れない……NeCOと違ってこの世界は上空にも移動できるから、あれだけじゃ封じることはできないんだ!」
少しずつ浮かび上がっていく巨躯を前を2人は辛酸をなめる想いで見つめていた。このすぐ先には村があるため、安全地帯を乗り越えられたら打つ手はない。もはやゴーレムの進行を防ぐ手は万策尽きたと思われた、その時だった。
――ドンッ! ドンッ! ドンッ! トンッ!――
リズミカルに地面が揺れ動き、背後から何か巨大な生き物が走ってくるような音が響いた。エルフ特有の優れた聴力を持つココノアは、それが聞き慣れた友人の足音であることにすぐ気付く。
「もしかして……!」
ココノアが振り返った瞬間、その頭上を大きな影が通り過ぎた。輝く月を背にして空高く跳躍したソレは、桃色の髪を靡かせながら巨大ゴーレムに向かって真っ直ぐに飛んでいく。
「やっぱりメルじゃない!? でも、なんでデカくなってんのよ!」
「まさか、超デカデカの実を!?」
10mを超える巨人と化したケモミミ幼女が豪快にドロップキックを繰り出す――そんな非現実的な光景に2人は思わず目を見開いた。そして白い肌を露わにした健康的な両脚は巨大ゴーレムの頭にクリーンヒットし、その巨躯を穴の底へと叩き落としたのである。




