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うちの子転生!  作者: 千国丸
39/107

039.古代遺跡③

――リギサンの山村近くにある坑道――


「ふぅ、やっとお外に出ましたね。ココノアちゃんとレモティーちゃんのおかげで道中はサクサク進めましたし、明日は最深部までいけそうです!」


「いやボクの方こそメルには助けられたよ。空気を鑑定することで酸素濃度を測定しながら進むなんてアイデア、思いつかなかったしさ。確かに酸欠は怖いし、ああいう使い方もありだね」


「ここ異世界なのに酸素とか気にする必要あるの……って、もう真っ暗じゃん! 早く帰ってお風呂入りたいし、さっさと帰ろうよ」


古い木材を組んで造られた坑道から3つの人影――メルとレモティー、そしてココノアのパーティが出てきた。彼女達は坑道から繋がった古代遺跡を見てみようと、村近くにあった坑道を訪れていたのだ。坑道は途中からドワーフ族が作ったと思われる遺構へ繋がっており、その内部には数々のトラップが仕掛けられた()()()()()が広がっていた。とはいえメル達からしてみれば足止めにもならない内容ばかりだったのだろう。農作業の片手間で探索していたにもかかわらず、半日で最深部近くまで到達している。

彼女達の攻略法はあまりにも破天荒であった。即死しかねない床が抜け落ちる部屋はココノアが転移魔法でショートカットしてしまったし、天井から毒液が降り注ぐ通路では作動前にレモティーが蔦を張り巡らせて完封した。侵入者対策の要である武装ゴーレムでさえメルの右ストレート1発でスクラップにされる光景を当時の設計者が見たら、絶望感に苛まれるであろうことは想像に難しくない。理不尽な難易度を誇るNeCOのダンジョンに慣れきった元プレイヤー達にとって、()()()古代遺跡は初心者向けチュートリアル程度の内容であった。呆気なさ過ぎたせいか、メルは早くも別の遺跡を探索する気になっている。


「遺跡ってさっきの所以外にも、まだあるんですか?」


「うん、ここから離れた所にもいくつか坑道があるんだけど、そこでも古代遺跡に繋がっているところがあるんだ。さらに東の方には直接遺跡の入口が見えている場所もあるって爺ちゃんは言ってたし、今度はそっちも見に行こうか」


そう言ってレモティーがランタンの出力をあげると、真っ暗だった山の裾野が明るく照らされた。予定より帰るのが遅くなったこともあり、3人は坑道から村へと続く道を足早に歩いていく。元々は鉱石を運搬するために設けられた馬車用の通り路は幅こそ広いが、手入れをする者がいないためすっかり周囲を草木で覆われた獣道と化していた。


「確か、あそこに見える坑道も遺跡に続いてたと思う。崩れかかってるから探索するのは危険だけどね。ああでも、入る前にボクのスキルで壁や天井へ植物を植え付けて、崩落を防止すればいけそうな気もするなぁ」


「……ハーヴェストのスキルって何でもありすぎない?」


レモティーが指差す先に目をやりながら呟くココノア。その視線の先には崩れそうな坑道が見えていた。壁を支える木枠が朽ちてきており、今にもボキリと折れそうな具合だ。自分達が探索していた場所も含め、道沿いにある坑道ほとんど閉鎖されている事に気付いたメルが疑問を口にする。


「随分と古いところばかり目に付きますけど、今も採掘に使われている場所ってあるんですか?」


「村の西側には現役の採掘場があるんだ。ただ、そこも近い内に閉鎖される予定だって聞いたよ。昔はどこを掘っても良質の鉱石が採掘できたらしいんだけど、すっかり掘り尽くしちゃったみたいだね」


レモティーの言う通り、かつてリギサン地方はエリクシア王国有数の鉱山として認知されていた。この辺りでは魔法石の原材料となる希少な魔鉱石が多く採取できたからである。だがそれも数十年前までの話だ。どのような資源にも限りというものがあり、この山も例外ではなかった。段々と鉱石の産出量が減り、手間に見合うだけの収益が見込めなくなったため、事業社が軒並み撤退する事態に陥ったのだ。


「おかげで、村もすっかり寂れちゃってあの通りさ。働き口がなくなると若い人が減って、老人ばかりになっちゃうのは日本だけじゃないんだなって実感したよ……」


「異世界でも限界集落ってあるんですね……」


実家がある田舎もそんな感じだったなぁと思い出しながら、メルは荒れ果てた道へと目をやる。過去には人が多く行き交ったであろう往来も、人が居なくなれば維持すら困難になるものだ。それはリギサンにおいても同様で、貴重な人的資源を失った山村の衰退は早かった。鉱夫やその家族に生活の場を与える鉱山集落として発展していた山村の人口は激減してしまう。そこへ追い打ちをかけるかのごとく、廃坑に住み着いた野盗や魔物の襲撃が相次ぎ、集落は滅びる寸前まで追い詰められていた。もしレモティーがこの世界へやってこなければ、既に村は消えていたかもしれない。


「でも今はレモティーちゃんが作った農園もありますし、村も安泰ですよきっと!」


「あはは、嬉しい事言ってくれるじゃないか! でもそうなって欲しいとは常に考えているよ。ここ数日みんなが手伝ってくれたおかげで農園の作業も落ち着いてきたし、興味を持ってくれた村の人達が手伝ってくれるようになったから、この調子でいけばリギサンは農業の村として生まれ変われるんじゃないかな!」


レモティーは嬉しそうに笑った。"生まれ変わる"という言葉は大げさに聞こえるが、実際に最寄りの需要地への販売ルートが確立されたことで、リギサンの経済状況は大きく改善されている。これまでは大陸の西側で造られる農作物を主に買い付けていたトルンデインが、リギサンで収穫される野菜や果物に目をつけたのだ。品質が良く、さらに値段も安いことから買取契約を申し出てくる食材店や料理屋が実際に増えてきた。

尤も、トルンデインからみれば同じ領内にあるリギサンの方が輸送費の面で有利であり、大陸西側の貴族達に足元を見られながら高い金で食材を購入する必要もなくなるので、この動きは当然の帰結と言えるだろう。そして、金が集まる所には人も集まるものだ。豊かになったリギサンへ移住する人は、今後大きく増える事が見込まれている。そうなれば、かつての賑わいを取り戻すことも夢では無い。


(村に活気が戻れば、爺ちゃんと婆ちゃんも喜んでくれるはず。自分達の食べ物もままならないのに麦粥を食べさせてくれたお返しは、きっとするからね……!)


異世界に飛ばされた日の事を思い出しながらレモティーは決意を固める。約1ヶ月前、行くアテもなく村の近くを彷徨っていた彼女を受け入れたのがオーティムとアヴィだったのだ。自分達が食べる分さえ心許ないというのに、彼らはレモティーに嫌な顔ひとつせず食事を分け与えてくれた。椀に入っていたのは具がほとんど入ってない薄い粥だったが、その暖かい味はつい昨日のように覚えている。農園まで作ってリギサン復興に尽くすのは、そんな村長夫妻への恩返しをしたいという想いが全てだった。


「――レモティーちゃん、聞いてます? もしかして気分でも悪いんですか?」


「あ、ああ……ごめん、ちょっと考え事をしてた。何かな?」


不安げな表情で見上げてくるメルの姿が視界に入り、慌てて取り繕うレモティー。いつのまにか自分の世界に入り込んでしまっており、会話が耳に入ってなかったようだ。


「大丈夫ならいいんですけども……いえ、今日遺跡で拾ったポンプみたいな装置についてお尋ねしてたんです。今回のも農園の水路を整備するのに使うんですか?」


「ううん、水路はもう十分だから今度は爺ちゃん家の水道を整備するのに使ってみようと思ってるんだ。井戸が近くにあるとはいえ、水桶に入れて風呂まで運ぶのは結構な重労働だからね」


「なるほど! それならお風呂への水汲みもかなり楽になりますね!」


桃色の猫耳をピョコピョコと揺らし、メルは自分の事のように喜んだ。毎日のように使わせてもらっている村長宅の風呂であったが、釜へ水を溜めるためには井戸から水桶を汲んでくる必要があったからだ。セロの館やトルンデインの宿では水の精霊を宿した魔道具を使って地下水脈から水を引き込むことができたので水汲みの苦労はなかったが、乾燥しているリギサンでは得られる水量が少なく、古くからある井戸も併用しなければならない。いつも彼女達が農作業から帰ってくる頃にはアヴィが風呂の準備を済ませていてくれたが、そのために負担をかけてしまっていることを気にしていたのだった。


「まー別に使い道なんて何でもいいんだけど、どうして遺跡にポンプばっかりあるのかが謎よね。古代人はこんな山の上にどでかいプールでも作るつもりだったの?」


「んー……それは正直ボクにも分からないからなぁ。さっき探索した場所にそれらしき場所はなかったけど、他の遺跡になら関係する設備があるのかもしれないね」


ココノアの問いに対してレモティーは肩を竦める。彼女達が探索した遺跡には大量の水を取り扱いそうな施設はなかった。しかし見つかったのはポンプと思しき魔道具ばかりであったので、謎は深まるばかりである。なお見つかった装置はどれも問題なく稼働したので、収納の魔法が付与されたポーチに入れてメルが持ち歩いていた。


「そうだメル、荷物は重たくないかい? 拾ったポンプのせいで重いだろうし、ボクも持つよ」


「いえいえ、これくらい大丈夫ですよ! 私はこう見えて力持ちですからね!」


腰のポーチをポンポンと叩き、得意げな顔を浮かべるメル。耳を含めても130cm程度しかない小さな身体ではあるが、その内にはヒト種の限界を遥かに超越したステータスが秘められていた。故に金属の塊である古代の魔道具をいくつ拾っても彼女は涼しい顔をしている。だがそんな軽やかな足取りは獣道を抜けたところでピタリと止まった。山の方から流れてきた嫌な風に顔を顰めながら、感じ取った凶兆を口にする。


「この焦げ臭い感じ、火事かもしれません! 方角は……山頂の方です!」


「火事だって!? まさか村の方で何かあったのか……!!」


もしやという不安に駆り立てられ、レモティーは全力で踏み出した。焦げる臭いは分からなかったが、人間族より遥かに優れた嗅覚を持つ獣人のメルが言うのであれば間違いではないと判断したのだ。坂道を登り、村が見える場所へ差し掛かった彼女の瞳に飛び込んできたのは、赤い炎によって闇夜に浮かび上がる村の影だった。手塩にかけた農園も轟々と燃え盛り、大量の煙を吐き出している。


「う、嘘だろ……村が燃えてるなんて!?」


あまりの光景にレモティーは立ち尽くしていた。既に火の手は村中に回っており、肌を焼くような熱風が周囲を支配している。こんな状況では村人の安否は絶望的だろう。さらに彼女の不安を煽ったのが、完膚なきまでに壊された入口ゲートの残骸であった。奥へと続く道にも大勢の人間の足跡が刻まれている。


「ちょっと、ホントに火事じゃない!? ほら、早く助けにいくよ!」


「怪我した村人さんは私がなんとかします! レモティーちゃん、とにかく村の中へ入ってみましょう!」


追いついてきたココノアとメルがレモティーに声を掛ける。動揺して思考が上手く纏まらない彼女であったが、見兼ねたココノアに強く体を揺さぶられたことで落ち着きを取り戻す。


「しっかりしろっての! 村長を助けにいくんでしょ!!」


「あ、ああ……! そうだ……爺ちゃん達を助けないと!」


拳を握り締めると、レモティーは再び駆け出した。その後ろにココノアとメルも続く。乾いた空気に包まれた山頂では非常に火が燃え移りやすく、辺り一面が赤く染まっていた。


――ゴォォォォ!――


奥へ踏み入るにつれ炎の勢いは強くなる。生木である農園の果樹が悉く燃えていることからも何か揮発性の高い燃料が撒かれたか、もしくは魔道具や魔法によって超高温の熱源が生み出された事は明らかだ。ただし不燃性である漆喰までは流石に燃えずに残っており、住居は辛うじて倒壊を免れている。おかげで通路は確保されていた。


「あっ、誰か倒れています!」


燃える住居の前で横たわる村人を見つけ、メルが駆け寄る。まだ脈はあったが彼の腹部には深い刺し傷があり、出血で地面が赤く染まるほどの重症であった。()()()()助かる見込みはないだろう――だが、ここには回復魔法を極めた治療士(ヒーラー)がいる。


「メル、その人を助けてやってくれ!」


「もちろん、そのつもりですよ! 肉体復元(リカバリー)!」


メルが詠唱した瞬間、男性の身体は眩く輝いた。優しい色を放つ光の粒に覆われ、傷口が瞬時に塞がっていく。さらに魔法の効果は損傷した内臓にまで及んだ。グチャグチャになっていた臓器は綺麗に元通りになり、失われた血液も魔法によって補充されていく――奇跡としか言いようのない超回復により、彼の顔色はすぐに良くなった。


「よし、これで大丈夫そうです。やっぱり普通のヒールよりも、リカバリーの方がこういう場面では役に立ちますね!」


彼女が唱えたリカバリーという魔法は、対象者の生命力(ヒットポイント)を割合値で回復させるNeCOの上級回復術である。スキルレベルを最高まで鍛えれば魔力値に関わらず100%まで快復できるため、いかなる状況でも対象を全回復させられる効果を持っていた。異世界においてもその利便性は健在であり、損なわれた肉体を瞬時に()()()()という効果は瀕死の重傷者に対して特に有効であった。


「とりあえずその人、どっか安全なところに避難させようよ。うちらが連れて行っても危ないだけだろうしさ」


「ああ、そうなんだけど……安全なところなんて、近くには……」


ココノアに促され、村人を休ませるための場所を探すレモティーだったが、村の内部は至るところに火が回っており安全と言える場所はなかった。かと言って襲撃者との戦闘が予想される状況では連れて歩けもしない。どうしたものかと悩む彼女であったが、メルの声色は明るかった。


「大丈夫ですよレモティーちゃん、NeCOではこういう時に使える便利な魔法があるじゃないですか! ね、ココノアちゃん♪」


「えっ、そんなの覚えて……あ! もしてかしてアレのこと!?」


何かに気付いたような表情でココノアは短杖を構えた。そして男性が倒れていた場所を指定して、設置型魔法を唱える。


六星の守護結界(ヘキサグラム)!」


透き通った声と共に、男性の周囲を円形の魔法陣が包み込んだ。直径4mほどある陣の中心には六芒星を象った模様が浮かび上がっており、外部からの干渉を遮断するかのごとく薄い光の壁を生成している。フォースマスターが習得できる補助魔法ヘキサグラムは、害意ある干渉を全て拒絶する安全地帯を作り出す魔法だ。その効果はモンスターだけではなく、熱波や防雪といった環境による影響もシャットアウトできるため、この村人が自分から外に出ない限りは安全である。


「まさかこの残念魔法にこんな使い道ができるとはね……何事も無駄にならないってわけか」


杖を腰ベルトに戻すと、ココノアは微笑を浮かべた。NeCOでは狩り中のトイレ休憩か食事休憩にしか使うことのなかった魔法が、異世界で活躍していることに小さな感動を覚えていたのだ。


「この魔法陣、30分くらいは出現していたはずです。しばらくは大丈夫ですね」


「ありがとうメル、ココノア! よし、先を急ごう!」


形成された安全地帯に気を失ったままの村人を任せ、彼女達は村長の家へ疾駆する。風に乗って聞こえてくる悲鳴と金属同士が擦れ合うような音に、レモティーは胸騒ぎを覚えていた。


「見えてきましたよ、オーティムさんのお家! でもこの臭いは……!」


次第に濃くなる血生臭さに、メルは表情を曇らせる。通り慣れた道には血痕や肉片が飛び散っており、おびただしい火の粉が降り注ぐという地獄のような様相を呈していた。


「爺ちゃんっ! 婆ちゃんっ! ボクだ! レモティーだよ! 居るなら返事をしてくれ!」


丘を登った先で見えたのは炎に飲まれたオーティム宅であった。さらに、その前にある広場では多くの村人が重なるように倒れていた。火に囲まれているというのに誰も動かないし、声すらあげていない。


「大丈夫かみんなっ! ……う゛っ!?」


すぐさまに村人たちに駆け寄ったレモティーであったが、その身体が酷く損傷しているのを見てしまい吐き気を催してしまう。赤黒い内臓を曝け出した彼らの息は既に止まっており、血の池に聳える死肉の山と化していた。


「酷い……こんな事って……」


「なんなのよ、これ……」


あまりにも凄惨な光景に、メルとココノアは言葉を失う。遺体の中にはつい昨日に会話を交わした若者の姿もあったし、農園で共に作業した男性もいた。頑張って欲しいと昼食を差し入れに来てくれた優しげな老婆だっている。だが彼らは今、揃って苦悶に歪んだ死に顔を晒しているのだ。


――ガシャァァン!――


大きな木の梁が燃え落ち、村長の家が半壊した。彼女達が借りていた2階の部屋も、食事と語らいの時間を楽しんだ居間も……何もかもが炎に飲まれていく。村民は殆どが死に絶え、生き残りが居るとは思えない絶望的な状況だ。それでもレモティーは叫ばずには居られなかった。


「爺ちゃん! 婆ちゃん! 返事をしてよ!!」


黒煙で喉を燻されて咽そうになりながら、彼女は何度も呼びかけた。ココノアとメルも一緒になってオーティムとアヴィの名前を叫んだが、返事はない。このままでは埒が明かないと判断したココノアの提案で、手分けして周囲を探して回ることになった。


「どこにいるんだよ、2人共……!」


レもティーの焦りとは裏腹に、轟々と猛る火の音だけが虚しく夜空に響く。いくら夜の闇に目を凝らしても夫妻の姿を見つけることができなかった彼女だったが、ふとまだ探していない所があることに気付いた。


「まさか、まだ中に……!?」


お願いだから見つかってくれ――僅かな可能性に賭けたレモティーは燃え盛る住居の玄関を開け放った。そして飛び散る火の粉も気にせず、高温の室内へと突入する。


「……爺ちゃん達!?」


2階へ続く階段の下で倒れている夫妻の姿が目に入った。2人は何かを守るようにして互いに身を寄せ合っていたが、動く気配はない。すぐさまレモティーは2人の腕を掴んで、家の外へと引っ張り出した。


「はぁ……はぁ……ここまでくれば安心かな」


家の倒壊に巻き込まれないところまで2人を避難させたレモティーであったが、彼らは微動だにしない。しかも腹部からの出血が酷く、衣服は真っ赤に染まっていた。周囲に渦巻く炎の色とは対称的にレモティーの顔は青褪めていく。


「爺ちゃん、婆ちゃん! 生きてるんだろ!? 2人共、返事をしてよ!!」


「どうしました、レモティーちゃん……って、見つかったんですか!?」


ただ事でないレモティーの声に気づき、メルが戻ってきた。オーティムとアヴィを抱きかかえたまま泣き叫ぶ彼女の姿を見て、即座に状況を察する。


「すぐに回復します! 肉体復元(リカバリー)ッ!」


横たわる彼らにメルは即座に回復魔法をかけた。眩い光が2人の肉体を包み込み、穿たれて穴が空いていた部分を修復していく。だが魔法により蘇ったのは身体だけで、その命までは取り戻せなかった。心臓が動いていなかったのだ。


「どうして目を覚まさないのさ!? 回復魔法で、元に戻ってるはずなのに……!」


レモティーの瞳から大粒の涙がポロポロと溢れ落ちる。困っていた時に手を差し伸べてくれた優しい祖父、初めてリギサンで作った野菜を美味しいと褒めてくれた上に美味しく調理して振る舞ってくれた祖母――そんな優しい2人に、彼女はかつて失った()()()祖父母の姿を重ねていた。


(ボクはまだ……何も返せてないのに……!)


その脳裏に過去の記憶が蘇る。家庭の事情で祖父母の家に預けられた幼きの日の彼女は、厳しくも優しい祖父とおおらかで明るい祖母と生活を共にしていた。父母が居ない寂しさを紛らわせてやろうと注がれた目一杯の愛情の元、すくすくと育った少女は恩を返すべく独学で不動産の勉強を始める。彼女は祖父母が所有しているアパートの維持運営に四苦八苦していたのを知っていたのだ。

祖父母が所有していた古いアパートは立地が悪いために閑古鳥が鳴いていた。それをどうにかして盛り上げようと、レモティーは出来るところから改善に取り掛かる。まずは空き部屋を綺麗に掃除し、壊れたままだった電化製品を修理して、プチリフォームで壁紙を取り替えた。さらに草だらけになってた空き地を整備して駐車場にし、その入口には花壇を設けて華やかに飾って、ホームページでも宣伝する――そういった小さな努力が実り、徐々に入居者は増えていった。

自信をつけた彼女はさらにアパート経営にのめり込む。だが家賃の収益が増える一方で、祖父母と過ごす時間は随分と減ってしまっていた。そんなある日、彼女が気が付かない内に重症化していた癌によって祖父は突然倒れてしまい、そのまま帰らぬ人となったのだ。そしてその半年後、事故で祖母をも失ってしまう。


(あの時と同じだ……大切な人達に迫っていた危険に気が付かなかった……!)


2人の亡骸を抱きしめ、嗚咽を漏らすレモティー。その姿をメルは悲痛な面持ちで眺めていた。普段は大きく見える彼女がとても小さく思えて、心がギュっと縮むような切ない感覚を覚える。


「レモティーちゃん……っ!」


メルは後ろから寄りかかるようにして、肩を震わせる友人をそっと抱きしめた。その時、夫妻が布で覆われた包みを抱え込んでいる事に気づく。火事の中でも燃えずに残されていたソレに手を伸ばしたメルは、ゆっくりと拡げてみた。


「これは……!」


頑丈な織物の中に入っていた物を見て、メルは目を疑った。老夫妻が死の間際まで守り通したのは2階に置いていた彼女達の私物だったのだ。衣服はもちろんのこと、買い揃えてきた魔道具や冒険者証、そしてこれからのリギサンのためにとレモティーが農園で採取していた種子の瓶詰めも綺麗に残されている。


「そっか……爺ちゃん達はボク達の荷物を取りに戻ってたんだ……こんな大怪我してるのにさ……」


「2人で火事から守ってくれてたんですね……」


重症を負った老人が燃える建物の2階まで登る事がどれほど困難なことかは想像に難くない。それでもオーティム達はレモティー達が無事に帰ってくるのを信じて、冒険に必要となる荷物を火の手から守り抜いたのだ。自己犠牲すら厭わない彼らの行動がメルの心を強く震わせる。


「……レモティーちゃん、ここは私に任せてもらえませんか。オーティムさん達に蘇生の魔法を使います」


決意を固めた眼差しとともに、オーティム達の隣へ立つメル。NeCOにおける最上級回復職であるカーディナルは、死んだ者すら蘇らせるスキルを扱うことができた。だが()()、死人は蘇らないものだ。ゲームのように命が軽くはない実世界で、蘇生魔法がどのような結果をもたらすのかは未知数であった。もしかしたらトルンデインで見た不死者のような生きた屍になる可能性すらある。故にココノアからも蘇生魔法の使用を禁じられていたのだが、心の奥底から沸いてくる衝動が彼女を突き動かしていた。


「メル、お願いだ……ボクの大切な爺ちゃんと婆ちゃんを、助けてくれ……!!」


縋るように頭を下げたレモティーにメルはコクリと頷く。やや緊張した面持ちで両手を掲げると、呼吸を整えた。猛る炎の喧騒さえ気にならなくなるほどに、意識を深く集中させていく。頭の中にイメージするのは、生き返ったオーティム達とレモティーが再会の歓びを分かち合う光景――それを現実のものとするべく、彼女は想いを込めて神の奇跡を呪文に綴った。


「お願い、どうか上手くいって……死者の甦生(リザレクション)! 」


メルの詠唱が始まると、オーティムとアヴィの身体を桃色のオーラが包み始めた。それは徐々に姿を変えていき、花の蕾のような形状へ変化する。息を呑むほどに美しくも儚い花弁はキラキラと煌めく光の粒子を纏っており、幻想的な光景が広がっていた。


「これが……蘇生魔法……」


目の前で引き起こされる現象に思わずレモティーは見惚れてしまう。神性すら感じさせる聖女の魔力は、命の再誕を司る揺り籠を蕾の形で顕現させていたのだ。規則正しく並び重なった8枚の花びらが眩い輝きを放ちながら解けていき、失われたはずの魂を彼らの肉体へと再臨させる。そしてオーティム達を祝福するように、アネモネの花を思わせる花弁が一際明るく輝いた。


「爺ちゃん、婆ちゃん……戻ってきてよッ!!」


迸る光の中でレモティーはオーティムとアヴィの手を握りしめる。その声に応えるかの如く、今まで冷たかった彼らの身体は熱を帯び始め、止まっていた心臓が再び動き始めた。同時に呼吸も再開され、胸がゆっくりと上下し始める。それは抜け殻でしか無かった肉体が、生者として蘇った瞬間だった。


「うぅ……わしはなんで生きとるんじゃ……? 死んだはずではなかったのかのぅ……?」


目を覚ましたオーティムがゆっくりと身体を起こした。何かを探るようにして腹部へと手を回すが、そこには微塵の傷口もない。


「おや、レモティーじゃないか……そうかそうか、無事に生きとったんじゃなぁ」


今まで死んでいたというのに彼の意識ははっきりとしていた。もちろん、レモティーのことも正常に認識出来ている。懸念されていた自我の喪失や記憶の混濁といった症状も無く、その振る舞いは生前と変わりなかった。メルの蘇生魔法が異世界においてもNeCOと同じ効果をもたらす事を、彼らはその身を以て証明したのだ。


「あぁ……レモティー、無事だったんだねぇ……本当によかったわ」


続いてアヴィが言葉を発する。彼女も完全なる蘇生を果たしており、涙で顔をぐちゃぐちゃにしていたレモティーを見るなり、ぎゅっと抱きしめた。3人は本当の家族のように身を寄せ合い、再会を喜ぶのであった。


「うわぁぁぁん! 爺ちゃん!! 婆ちゃん!!」


子供のように泣きじゃくるレモティーを見つめながら、メルもまた涙ぐんでいた。この時ほど彼女がカーディナルを選んでいて良かったと感じたことは無かっただろう。


「……蘇生魔法、使ったんだ?」


不意に背後から聞こえてきた声にメルが振り返ると、そこには戻ってきたココノアが佇んでいた。オーティム達を捜索するべく転移魔法で離れた場所まで移動していたため、彼女は蘇生魔法の発動時に立ち会ってはいない。だが見た限りの状況からメルがオーティム達を蘇生したことに勘付いていたのだ。


「……はい、その通りです。前にココノアちゃんが蘇生魔法はどうなるか分からないから、使わない方がいいって注意してくれてましたけど、私はどうしてもみなさんを救いたくて……!」


「そんな事も言った気がする……けど、あんなにレモティーが喜んでるんだし、メルは間違ったことしてないよ。それに多分うちも、メルの立場なら同じことしてただろうしさ。よく頑張ったね」


ココノアに頭を優しく撫でられ、ニッコリと八重歯を見せるメル。そんな彼女に微笑み返すと、ココノアはレモティーやオーティム達の方を向いて口を開いた。


「さてと、感動の場面に水を差して悪いんだけど、これからの事を話してもいい?」


「ああ、ごめんココノア……ボクはもう大丈夫だよ。今はこの村をどうにかしないとね」


抱き合っていたオーティム達から離れると、レモティーは立ち上がってココノアとメルの方を向く。泣き腫らした目元は少し腫れぼったいが、エメラルドグリーンの瞳には力強い光が灯っていた。


「村の西側にある掘り込まれた場所で、黒い鎧を着た軍隊みたいなのが集まってるのを見たのよ。あいつらがこの村を襲った張本人って考えてよさそうだけど、心当たりはある?」


「それは多分、採掘場だね……でもあんなところ、目ぼしいものなんて何もないぞ?」


「確か連中は、古代兵器の転送先がどうのこうの言ってたのぉ……」


ココノアとレモティーの会話にオーティムが割って入った。彼は襲撃者達がやってきた時に他の村人達とその対応をしていた1人だったのだ。村に何があったのか、当時の状況をありのままにココノア達へ話す。


「――そうだったのか。ちくしょう、ボク達がもっと早く戻っていれば……!」


オーティムの話を聞いたレモティーが悔しそうに吐き捨てる。彼によると日暮れ直後に50人近い兵士達が突如現れ、理由も言わずに村の民を強制的に連行したそうである。そしてオーティム宅近くの広場へ村人達を集めると、屠殺でもするかのように淡々と処刑をし始めたのだ。もちろん彼らも抵抗はしたが、甲冑を着込んだ完全武装の兵に無手で勝てるわけがなく、逃げることすらままならず全滅してしまう。その後火が村中に放たれ、この惨状が生み出されたのだった。


「まだその時、わしらは生きておってのぅ。その時に連中が古代兵器の転送先を探せだのと言っていたのを聞いたんじゃ」


「しぶとかったのは、レモティーが作ってくれた野菜を毎日食べてたおかげかもしれないねぇ」


2人はあっけらかんとした様子で死の直前における記憶を語った。だが実際には致命傷を受けて激痛に苦しんでいたはずだ。それでもレモティー達の事を第一に考え、冒険で困らないように荷物だけでも守ってやろうと燃える家に戻ったのである。自分達の事を想って行動してくれた夫妻に感謝しつつ、少女達は決意を新たにする。


「襲撃者達が採掘場にいるなら、ボクはそこへ向かうよ。村をこんなにした報いを受けさせるつもりだからね……!」


「うちもレモティーと一緒にいくから、メルはここで残りの村人を蘇生してくれない? あと、また襲撃があるかもしれないし、その撃退もして欲しいんだけど。もちろん、()()()()()()()()()()()()()()()


「わかりました! 少し時間はかかると思いますけど、みなさんは私が責任を持って蘇らせます! もし、また襲いにくる人がいたら……その時はこの拳で徹底的に反省してもらいますので!」


NeCOで長年パーティを組んでいた彼女達に、綿密な作戦会議は不要であった。役割分担は数分も経たずに決まり、襲撃者達への対応はレモティーとココノア、村人達の蘇生とオーティム達の護衛はメルが担当する方針で意見が一致する。


「それじゃ、行ってくるかな」

「メル、爺ちゃんと婆ちゃんを任せたよ!」


「はい! お気をつけて!」


人数という面では圧倒的に不利であるにも関わらず、少女達の顔に不安の色は全く見えなかった。それどころか、身に纏う風格は歴戦の強者にも等しい。もちろん、3人共に平和な日本で平凡に生まれ育った存在であり、生死を賭けた戦いとは無縁の人生を歩んできたのは事実だ。それでもなお、本物の戦場に身を預けられるのは、心強い仲間が共に戦ってくれるからに他ならない。MMORPGという仮想世界で育まれた絆は世界を超えてもなお彼女達を強く固く結びつけていた。


「気をつけるんじゃぞ、レモティー!」

「無事に帰ってくるのよー!」


オーティム達の声に送り出され、魔法を極めし者(フォースマスター)大地の収穫者(ハーヴェスト)は反撃へと繰り出した――その圧倒的な力を以って、凶賊共に天誅を下すために。

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