035.山頂の農園③
「ここからの眺めはボクも好きでさ。畑仕事を終えたらここで綺麗な夕陽を見るんだ。疲れも吹き飛ぶくらいに綺麗だから、ぜひ2人にも見てもらいたいな」
景色を眺めていたメル達に声を掛けたのは、厩舎から戻ってきたレモティーだった。用事を済ませて戻ってきた彼女は、「それじゃ、爺ちゃんに紹介するよ」と村長宅へ少女達を連れて入った。
「爺ちゃん、ただいまー! 帰ってきたよ!」
「おお、その声はレモティーかのう?」
家の奥から小柄な老人が顔を出した。手足は皺だらけで髪も眉も真っ白であったが、村長というだけあって身なりは整っている。彼が身に纏っている深緑のローブには幾何学的なデザインの模様が描かれており、ココノアの興味を惹いた。
「あんな服、初めて見たかも。センス尖ってるわね」
「爺ちゃんの服が珍しいのかい? リギサン地方の民族衣装で、ここに住む年寄達はあの格好でいることが多いね。若い人はそうでもないみたいだけど」
リギサンの伝統について説明しながら、レモティーは老人がいた奥の間へと向かう。玄関で「お邪魔します」と一声かけると、メルもその後を付いていった。
(なんだかお祖父ちゃんのお家って感じの懐かしい匂いがする……!)
鼻をピクピクとさせながらメルは建物の中を見渡す。セロの館ほど豪華な内装ではなかったが、掃除は行き届いており綺麗なものだった。長い廊下を過ぎ、居間と思しき広い部屋へ行き着くと、薪ストーブの上でヤカンを温めている老爺の姿が目に入ってきた。すっかり腰は曲がっており、人間族であれば80歳は超えてそうな風貌である。
「トルインデインとの往復は疲れたじゃろうて? 今、お茶でも淹れるからのぅ」
「あはは、ありがとう爺ちゃん。でもその前に紹介したい友達がいてね――」
そう言うと、レモティーはメルとココノアを前に並べた。突然出てきたエルフと獣人の少女に対して、目を丸くした老人であったが、すぐに優しげな表情へと変化する。小さな少女たちの頭をポンポンと撫でると、テーブルを挟んで向こう側にあったソファーへ座るように促した。
「おやおや、随分と可愛らしい娘達じゃのう。遠慮せずに、そこに座ればええぞ」
「それじゃ、お言葉に甘えて……失礼しますね!」
メルはココノアを連れて獣皮製のソファーへ腰を下ろす。ほどよい沈み具合で座り心地は悪くなく、長い馬車旅で疲れていた少女達は身体を休める事ができた。
「こちらがお世話になってるこの村の長、オーティム爺ちゃんだよ。ボクはこの家の2階にある客人用の部屋で一緒に住まわせて貰ってるんだ」
「レモティーが友達を連れてくるのは初めてのことじゃのう……2人とも、わしに名前を教えてくれんか?」
「うちはココノア、こっちがメルね。こんな見た目だけど、正式な冒険者よ」
ココノアはスカートのポケットから小さな紙切れを2枚取り出して、オーティムへ見せる。それは冒険者ギルドで受け取った彼女達のギルド登録証であった。相手が村長ということもあり、自分達が怪しい者ではない事を示すつもりであったココノアだが、身分証明はさほど重要な事ではなかったようだ。レモティーの友人というだけで、彼は既に歓迎ムードを漂わせていたからだ。
「ココノアにメルか、いい名前じゃのう。ところでここで採れた果物を干したものじゃが、食べてみるとええぞ。きっと気に入るじゃろうて」
オーティムは戸棚から木製の器を取り出して、テーブルの上へと並べた。しかし皿に乗っていたのは萎びた黒い梅干しのような物体だったので、ココノアは手に取るのを躊躇する。
「あっ、私ドライフルーツって好物なんです! いただきます!」
一方メルは気にすることなく皿へ手を伸ばし、干された果物を頬張った。口内に広がる凝縮された甘みを楽しみながら、ニコニコと笑顔を浮かべる。
(甘くて美味しい! そういえばこれと似たのを、日本でも食べたことあったような?)
やや酸味のあるジューシーな果肉を舌先で味わいつつ、彼女は記憶の糸を辿った。その中で最も味が似ていたのはドライプルーンだった。普段部屋に引きこもりがちな分、鉄分や食物繊維はしっかり取ろうとネット通販で購入していたことがあったのだ。異世界でも親しみ慣れた味に出会えた事が嬉しくなり、メルは2つ目となる干し果物を細い指で摘んだ。
「えっ、そんなに美味しいんだ……それ?」
メルの食べっぷりに興味がでたのか、ココノアも皿から皺々の黒い塊を手に取る。手触りを確認したり匂いを嗅いだりしつつ、口へと放り込んだ。
「……あ、見た目の割に結構イケるかも。甘酸っぱくて美味しい」
「日本で食べたのよりもこっちのほうが美味しいくらいですよ! あ、もう1個貰っていいですか?」
無邪気にドライフルーツを齧るメルとココノアに、オーティムは目を細める。彼が少女たちに向ける眼差しは、まるで孫でも見るような暖かいものであった。
「ほっほっほ! そんなに気に入ったのなら、全部食べても構わんからのぅ! なんせレモティーのおかげで食べ物には困る事が無くなったんじゃ。本当にリギサンの救世主じゃよ」
「やだなぁ爺ちゃん、助かってるのはボクの方だよ。部屋も貸してもらってるし……って、そうだ! 彼女達もボクの部屋に泊まってもらってもいいかな?」
「勿論じゃ! 婆様が買い物から帰ってきたら来客用の布団を2つ出してもらうから、何の心配もせんでいいからのぅ」
オーティムの言葉にレモティーは「助かるよ爺ちゃん!」と声を弾ませた。鉱山の採掘で賑わっていた頃のリギサンであれば多くの宿が営業していたが、寂れた今では全て廃業してしまっており、寝泊まりするならボロボロの空き家を借りるくらいしか手段がない。さすがにそれは友人達には申し訳ないと思っていたので、宿を確保出来てよかったと胸を撫で下ろした。
「それじゃ爺ちゃんの許可も貰えたことだし、明るい内に村を案内しようかな。2人とも、準備ができたら家の前で集合してね」
「えっ、もう行くの? 今やっと休めたところだったんだけど! 明日でもいいじゃん!」
「まぁまぁココノアちゃん、せっかくレモティーちゃんが案内してくれるんですし、行ってみましょうよ!」
馬車酔いによる疲労感もあり、なんとしてもソファーにしがみつこうとするココノア。しかしそんな彼女の抵抗も虚しく、筋力に物を言わせたメルによって両脇を持ち上げられてしまう。
「ちょ、ちょっと!? 分かったって! 自分で歩けるから!! 降ろしてってば!!」
情けない叫び声を上げながら、ずるずると玄関まで運ばれていく華奢なエルフの少女――そんな様子を見守っていたオーティムは「気をつけて行ってくるんじゃよ~!」と微笑んで少女達を送り出したのであった。
――30分後――
レモティーに引き連れられ、メルとココノアは村の中を巡ることになった。てっきり2人共、観光案内をしてもらえるものと思い込んでいたのだが、最初に村の共用設備の説明があったくらいで、途中からはすっかり農園巡りの様相を呈している。今も彼女達は青々と野菜が茂った畑のど真ん中に居る。
「――で、これが丹精込めて作ったトマトさ! どうだい? 美味しそうだろう!」
「いや、確かにすごいけどさ……日本のスーパーでも高値で売ってるようなレベルだとは思うよ? 思うけどさぁ……逆に珍しくないっていうか、もっと景色のいい場所とかに案内するもんじゃないの、こういうときって!」
やや不満そうな表情のココノアが真っ赤に熟れたトマトの実を指先でなぞる。つやつやとした表面は潤いを帯びており、荒涼な山頂で作られたとは思えないほどに丸々としていた。
「このトマトって、ここで作られていた品種なんですか?」
「いや、ボクがスキルの品種改良で作り出したんだよ。ハーヴェストは色々な野菜や果物の種を掛け合わせて、自由に植物を作りだすことができるからね。こんな風に!」
レモティーが差し出した手の平には、しましまの種やとげとげした種が転がっていた。どれも虹色がかった複雑な色合いをしており、自然界に存在していないものである事が一目で分かる。
「こちらは病気と害虫に強くて果物並の糖度をもつトマトの種だろ? で、こっちは植えてから最短5日で収穫できて、実も大量に出来るキュウリの種なんだ」
「ホームセンターの苗コーナーに貼ってある謳い文句みたいな事言ってる……」
「あはは、確かにそう言われてみれば似てるかもね! 色々試行錯誤してたら楽しくなっちゃって、畑ばっかり増えちゃったんだ」
そう言って周囲を見渡す視線の先には、様々な野菜が植えられた畑が広がっていた。トウモコロシやアスパラ、ナスにサツマイモ……日本で見慣れた野菜達が至る所で茂っている。
「ここに来てまだ1ヶ月くらいしか経ってないのに、どの畑も随分と育ってますね? レモティーちゃんがスキルで栽培速度を高めたんですか?」
「試しにスキルを使って育てたのもあるけど、このあたりの畑は特に何もしてないよ。でも土の中にある魔力を吸い上げてるみたいで、ハーヴェストのスキルを使わなくても異常に育つのが早いんだよね。あと肥料をしっかりとあげるとさらに育ちがよくなるところは、地球と同じかなぁ」
これまでの試行錯誤で得た知見を説明しながら、レモティーは畑の脇にあった水路から木製のジョウロに水を汲んだ。山頂とは思えないほどの豊富な水が常時流れている水路は、ココノア達の目に不思議な光景として映る。
「山の上なのに水源があるの? 水路に水を流しっぱなしにできるだけの量が沸いてくるとは思えないんだけど」
「ああ、魔道具を使って水の循環路を構築してるのさ。来る時に少し話したけど、水を濾過する魔道具やポンプみたいに使える道具が山にある古い遺跡から発掘されてね。それらを組み合わせて常時水を流すシステムを構築したんだよ」
あっさりと話すレモティーだったが、その功績は偉業と讃えられても良いレベルの内容であった。そもそも、この世界に生きる技術者であっても古の魔道具を使いこなす事は困難である。しかし現代日本でアパートの管理人として空調設備の修理や給湯機器の手入れなどを独学で行っていた経験に加え、鑑定スキルによって得た魔道具への知識があった彼女は、この1ヶ月の間に魔道具を意のままに操ることが出来るようになっていた。もっとも、メルとココノアはレモティーの手先が器用なことは良く知っていたため、そこは軽く聞き流して"遺跡"の方に興味を示していたのだが。
「遺跡……? 遺跡なんてあるんですか、ここ?」
「うん、山の裏手にある鉱山にね。爺ちゃんによると、50年くらい前に坑道の先が遺跡に繋がったらしいんだ。なんでも、古代ドワーフ族の基地だったとかで、色々な道具が残されているみたいなんだけど侵入者へのトラップがいくつも仕掛けられてて、誰も入れなかったって聞いたよ」
その話を聞いてココノアが長い耳がピクリと動いた。遺跡、古代ドワーフ族の基地、トラップ、そして残された数々のアイテム――MMORPGのプレイヤーにとっては興味惹かれる単語ばかりである。畑巡りに飽き飽きしていた先程までの様子が嘘のように、彼女は目をキラキラと輝かせた。
「へぇ、面白そうじゃん! そこ行ってみようよ、明日にでもさ!」
「いいですね、それ! ダンジョン探検っぽいですし!」
盛り上がるメルとココノアを横目に、苦笑いしながら畑の野菜に水をやるレモティー。彼女は「その件なんだけど……」と話を続けた。
「その前に農業を手伝ってほしいんだよ、2人には……いやホント申し訳ないんだけども、ちょっと深刻な事情があってさ」
「深刻な事情、といいますと……?」
「見ての通り、畑をいっぱい作ったのはいいんだけど、まだ人手が足りて無くて収穫が追いついてないんだ。この村の産業を盛り上げるためにもどんどん都市部へ出荷したいんだけどね」
棚状に並ぶ広大な畑が澄んだエメラルドグリーンの瞳に映し出される。多くの畑には既に収穫できそうな実りが多く見られたが、彼女の言う通り収穫する者の姿はなかった。高齢化の進んだリギサンでは畑仕事ができるような体力ある人材が少なかったのだ。
「だから今は猫の手でもいいから借りたい状況ってわけさ!」
メルの頭に生えた猫耳へと目をやるレモティー。その思惑通り、無駄に高い筋力と体力を持つ彼女は畑仕事に適任であった。まさしく"猫の手"でも借りたい状況にピッタリの存在だと言える。
「猫の手! そういうことなら私の出番ですね!」
「畑仕事って……うちはやりたくないんだけど、そんな泥臭そうな作業!」
「何言ってるんですか、ココノアちゃん! 美味しいお野菜を食べられるかもしれないですし、やりましょうよ!」
「えぇ……いや、だって土いじりとか別に興味も無いし……って、そんな顔でにじり寄って来ないでよ!? 分かったからっ!」
露骨に嫌な顔をしたココノアだが、尻尾を揺らしながら笑顔で詰め寄ってくるメルを前に、これは断れ無さそうだと観念する。食べ物が絡んだ時に見せる爆発的な行動力の前では、何を言っても無駄なことを彼女は良く知っていたのだった。
「その代わり……手伝いが終わったら遺跡の探索に付き合ってよね?」
「ははは、ごめんねココノア。もちろん遺跡も探索するし、採れた野菜もお腹いっぱいになるまで御馳走するからさ!」
レモティーは2人に感謝しつつ、お礼と言わんばかりに食べ頃の野菜を収穫し始める。どれもたっぷりと肥えており美味しそうだ。しかし袋やカゴといった入れ物を持ってきてなかったため、野菜を持ち運ぶための方法が無い。そこでメルは機転を利かし、両手で自身のスカート端を掴んでふわりと持ち上げた。
「さぁ、ここにどうぞ! いくらでも乗せてもいいですからね!」
広げられたドレスのスカートには確かに物を乗せられそうなスペースが出来ていたが、子供用の衣服なので大した面積にはなっていない。野菜を2,3個置けばそれだけで埋まってしまうことだろう。しかも色白の太ももと下着が大胆に見えており、そのドヤ顔とは裏腹にかなり恥ずかしい格好になってしまっていた。
「メルのサービス精神はとても嬉しいんだけども、ボクを見るココノアの目つきが酷い事になってるから、そろそろスカートを降ろしてくれないかな……? 多分下手したら魔法が飛んでくるよ、これ……」
「このロリコン女め……絶対この展開を狙ってたんでしょ! そういうの分かるんだから! あとメルはそんな事しなくても、そのポーチに野菜を入れればいいじゃない! いくらでも入るんだし!」
「あ、それもそうでした! えへへ……♪」
メルははにかみながら腰に掛けたポーチの口を広げると、レモティーから受け取った野菜をその中へ放り込んでいった。両手で抱き抱えられるほどあった量は、あっという間に小さな布鞄の中へと収納されたのだった。
「ほんとにそのポーチ便利だよね。それがあれば収穫もだいぶ楽になりそうだよ」
「ふふん、凄いでしょう! もっと入れても大丈夫ですよ♪」
八重歯を見せてポーチを自慢するメルを見ながら、ココノアが何かを思いついたかのように手をポンと叩いた。
「そうだ! 体力を使いそうな作業はメルとレモティーに任せるから、うちはそれ持って歩くだけの役をすればいいじゃん! どうせ大して重くもないんでしょ、それ」
早速貸してみてよと言わんばかりにメルの手からグイグイとポーチを引っ張るココノア。一方、メルは心配そうな表情を浮かべながら彼女に対して首を傾ける。
「ほんとに大丈夫ですか?」
「大丈夫だっての! ほら離してみなよ」
「なら、いいんですけど……」
メルがポーチから手を話した瞬間、ココノアの手にズシンとした重みが伝わった。両手で掴んでも支えきれず、ポーチを掴んだまま地面に倒れ込そうになる。
「な゛……なによこれっ!? 滅茶苦茶重いんだけど!! は、はやくこれ、誰か持ち上げて!」
「あわわわっ! 大丈夫ですか、ココノアちゃん!?」
急いでメルがポーチを掴み上げたため、ココノアはなんとか体勢を戻すことが出来た。もうしばらく手助けが遅れていたら、彼女はバランスを崩して畑の畝に顔から突っ込んでしまっていたことだろう。
「ぜぇぜぇ……その見た目でそんな重たいのそれ!? おかしくない……?」
「私は別に重く感じてはないですけど、入れている荷物分の重みは感じますね」
ステータスが脳筋に偏っているメルにとっては大した重量ではなかったが、その見かけに反してポーチは凄まじい重量になっていた。実はセロが付与した収納魔法には思わぬ落とし穴があったのである。この世界の空間操作の術式はあくまで容積を変化させるものであり、質量の影響を無視する効果までは持ち併せていない。そのため、中に入れた物の重みはしっかりと存在しており、彼女達が放り込んでいる数日分の着替えや日用品といった旅道具の重量がポーチにそのまま反映されているのだ。
「楽できると思ったのに……」
「あはは……ステータス上でもココノアの筋力が低いのは知ってるし、あんまり無茶なことはさせないつもりだよ。さて、爺ちゃんの家に戻ろうか! そろそろ婆ちゃんも戻ってるだろうからね!」
レモティーは白い歯を見せて笑うと、インテリ非力少女と怪力獣人娘という対称的な2人を連れて家路につくのであった。




