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うちの子転生!  作者: 千国丸
34/107

034.山頂の農園②

――トルンデイン出発から6時間後――


森を抜けた先に広がっていたのは荒涼とした山地であった。標高が高いためか地表には背の低い草ばかりが疎らに生えており、乾いた土の地肌も薄っすらと見えている。お世辞にも豊かな大地とは言えないが、ひんやりとした清々しい空気は新鮮で気持ちよかった。


「わぁ、ここがリギサン地方なんですね! とても景色が綺麗です!」


瞳をキラキラとさせながらメルが幌馬車から顔を出す。開拓した古き一族の名前からリギサンと名付けられたこの山塊は、大陸では最も高い連峰の1つである。迫り上がった大地が長細い山稜の一群を成しており、山頂までなだらかな傾斜を形成していた。そこから見える風景はとても見晴らしがよく、遠く離れたトルンデインの城壁どころかその向こうにある地平線ですら見えるくらいだ。


「いやほんと、まだ着かないの? そろそろ限界なんだけど……うぷっ!」


荷台で横になっていたココノアが口元を抑えた。ふらつきを伴う目眩に、胃液が逆流しそうになる感覚――そんな乗り物酔い特有の症状が少女を苦しめる。柔らかい敷物の上で身体を休めていたものの、様態は一向に良くならなかった。そんな彼女を心配そうな表情をしたメルが覗き込む。


「うーん、ココノアちゃんの馬車酔いは結構酷いみたいですね。回復魔法で一時的にはよくなるみたいですけど、またすぐ酔っちゃうなんて……」


「メ、メル……もっかいさっきのお願い……」


「あ、はい! 全状態異常解除キュア・コンディション!」


緑色の優しい光に包まれると、血色の悪かったココノアの顔が明るくなった。酔いの症状が一時的に収まった彼女はゆっくりと身体を持ち上げると、少しでも気分を変えるべく外の景色へと目をやる。肩までで切り揃えられたベージュ色の髪が、風に撫でられてサラサラと揺蕩った。


「はぁ……ありがと、だいぶマシになったわ。それにしてもまだ集落っぽいのはみえないし、まだ着かないのね……」


「あと1時間もしないうちに、集落の入口が見えてくるはずだよ。それにもう道はさっきほど曲がりくねっていないから、酔いもマシになるんじゃないかな?」


「それが気休めじゃないことを祈ってるから……」


「あはは、できる限り早く着く事ができるようにボクも努力はしてみるよ……そら、もうちょっと頑張ってくれよ!」


苦笑いしながらレモティーは手綱をしならせた。馬車を引いていた栗毛の若い輓馬は加速し、ぐんぐんと坂道を駆け上っていく。


――パカラッ、パカラッ――


今日1日ほぼ走りっぱなしであったにも関わらず、彼の足取りは軽快で力強かった。途中で昼食休憩を兼ねて休ませてはいたが、それでも疲労は蓄積してしまうものだ。本来ならもっと速度が落ちていてもおかしくはなかっただろう。だがメルが合間合間にヒールを飛ばしていたおかげで疲れは解消されており、スピードを維持したまま駆け続ける事ができていた。そのため通常のペースに比べると相当早い時間でここまで到達出来ている。


「ココノアちゃん、私の膝枕で良ければ使って貰ってもいいですよ? 横になってた方が楽でしょうし♪」


「な、なに言ってんの!? もう大丈夫だから! 道もマシになってるし……」


正座しながら膝をぽんぽんと叩くメルから、恥ずかしそう顔を背けるココノア。彼女はエルフ特有の視力の良さと優れた平衡感覚が仇となり、乗り物に非常に酔いやすい体質になっていた。特に森を抜けてくる際に通ってきた酷道はジグザグになっており、一気に馬車酔いを催してしまったのだ。だが森を抜けてからは比較的穏やかな道になったため、ココノアの体調がそれ以上悪くなる事はなかった。


「あ、前方に集落の一部が見えてきた! ここがボクが暮らしていた村だよ!」


さらに走り続けること半時間、ついにメル達はリギサン地方へと足を踏み入れる。山頂まで続く道沿いには白い壁の民家がぽつぽつと建っており、太陽の光に照らされて眩く輝いていた。山肌を覆う緑、空に広がる青色、そして建物が放つ白色が鮮やかなコントラストとなり、少女らの目を愉しませる。


「山の上にある村って聞いてましたし、てっきりログハウス的な家を想像してたんですけど、随分と綺麗なお家なんですね! でもあの壁、何で出来てるんでしょうか?」


「あれはリギサン特有の石灰石で作った漆喰の壁なんだ。見た目だけじゃなくて、不燃性だし断熱性もいいから壁の材料にはもってこいなのさ!」


レモティーが自慢気に語るように、高純度の石灰石が採取できるリギサンでは、それを用いた高純度の漆喰壁を作るための技術が発達していた。ここで作られる真っ白な漆喰は優秀な壁材としてエリクシア王国の内外を問わず高い評価を得ており、リギサン漆喰とも呼ばれている。


「いいじゃん、こういう味のある風景好きだよ。絵に描きたくなってきたかも」


「この前買った画材で、一度スケッチしてみましょうよココノアちゃん! きっと素敵な絵が描けると思います!」


「そういえばココノアはイラストレイターだったね。ここは眺めがいい場所ばかりだから、絵を描く風景には困らないと思うよ。山の向こう側なら大陸北端にある海も見えるし!」


「海も見えるの? この世界に来てから海は初めてだし、ちょっと楽しみ」


そんな会話を交わしている間に、彼女達は集落の入口へと差し掛かった。長閑な農村ではあったが、周囲には獣や魔物への対策のためか1m程度の高さを持つ木の柵が設けられており、街道にも簡易的な門が造られている。ただし丸太と板材を組んで造られただけの構造物であるため、強度で言えばトルンデインの城壁には遠く及ばないハリボテのようなものだ。あくまで村への出入りを1箇所に絞るために設置されたものだろう。

簡素なゲートの手前には門番らしき男性――獣皮を鞣した鎧で身を包んだ青年が立っていた。長槍を片手にしたまま呑気に欠伸をしていた彼であったが、近づいてきた馬車を視界に入れた途端、大きく手を振り始める。


「おっ、レモティーじゃないか! 無事に帰ってきて何よりだ。その様子だと野菜は全部売れたのか?」


「やぁドムス、ここで作った野菜はすごい人気であっという間に売り切れたよ。また売りに来て欲しいってお願いされちゃったくらいさ!」


「それは良かった! またいっぱい作って売りに行かないとな! 門を開けるから、少し待ってくれよ」


日に焼けた肌と紺色の短髪を持つ男――ドムスはニカっと人懐っこい笑顔を見せて、門を手で押し始めた。鈍い音とともに、重そうな木の門がゆっくりと開いていく。


「いつもごめんね、たまにはボクも門番を手伝えたらいいんだけども」


「はは、豊穣の乙女が気にすることじゃないさ。レモティーが来てくれたおかげで、俺達の暮らしは随分と良くなったんだから! それに普段の畑仕事より、こっちのほうが楽だしなぁ」


そう言って笑う彼は農作業で鍛えられたのか、がっしりと頑丈そうな身体つきであった。手の平もタコだらけでゴツゴツとしていたが、垢抜けない顔つきからは実直そうな人柄が滲み出ている。しばらくして門を開ききった彼は、レモティーの馬車を村の中へと迎え入れた。


「……おや、この女の子達はどうしたんだい? どこかで拾ってきたのか?」


ドムスが馬車の中にいたメルとココノアに気づく。村では滅多に見ることがない珍しい獣人とエルフの子供という組み合わせに、目を丸くした。


「失礼な奴ね、うちらを犬猫なんかと一緒にしないでくれる? うちらはレモティーの知り合いなんだけど!」


開口一番、ドムスへ噛み付くココノア。拾ってきた、という表現が癇に障ったようだ。彼は申し訳無さそうに頭をぽりぽりと掻く。


「悪ぃ悪ぃ、あまりにも可愛い幼子だと思ったもんでな」


「お、幼子って……!」


余計な一言でさらにココノアは機嫌を悪くしてしまった。顔をプイっと背けてしまった彼女を、メルが頑張ってなだめる。そんな様子を微笑ましく眺めながら、レモティーはドムスへと声を掛けた。


「ところで爺ちゃ……村長はいるかな? この馬車を返すついでに、荷台に乗ってる友人達の話をしたいんだけども」


「ああ、村長さんなら今日は村から出てはいないよ。家に行けば会えるんじゃないか?」


「ありがとう、なら早速向かってみるかな。あと日が暮れるまでには彼女達に村を案内したいんだけど、問題ないかい?」


「村から出ない限りは大丈夫だ。ただ最近は魔物が減ったとは言え、また柵を壊して入ってくるかもしれないから、注意は必要だけどな……って、レモティーなら何の心配もいらねぇか! それじゃ、門は閉めておくから村長さんとこへ行ってくると良い」


腕に力を込めて再び門を押し始めたドムスに手を振りながら、レモティーは村の奥へ向けて馬車を進めた。馬を歩かせるようなスピードでゆっくりと車輪を転がす彼女に、道行く村人達は老若男女問わず笑顔で手を振る。皆一様にレモティーの帰還を喜んでいるようであった。


「へぇ、随分と信頼されてるじゃない、()()()()()さま?」


「あはは……そうやって呼ばれるのは慣れてないんだけどさ。NeCOの園芸スキルで少し生活が楽になるようにしただけなのに、みんなボクなんかに感謝してくれてて申し訳ない限りだよ」


「そういえば元々あんまり植物が育たなくて食料も不足してたのを、レモティーちゃんが解決したんでしたっけ。確かに野菜畑や果樹園があっちこっちにある気がします」


荷台からメルが周囲を見渡す。村の敷地に含まれる山の傾斜面には階段のごとく設けられた段畑があり、そこには多くの果物や野菜が実っていた。ここだけ気候が違うのかと見紛うくらいに、周辺の山々と比べても村内には緑が多く、様々な種類の植物が茂っている。


「……随分と綺麗に整理されすぎじゃない? あの並びもレモティーの案?」


ココノアが指差した先には等間隔に並ぶ果樹があった。まるでレーザー測定器でも使って寸分の狂いなく並べて置いたのかのような木は、気持ち悪いほどに規則正しい。さらにその脇には木製の溝が設けられており、水やりに使えそうな綺麗な水が流れていた。


「こういうのって性格が出ますよね♪ レモティーちゃんがNeCOで畑を作るときも、こんな感じだった記憶があります!」


「いやー、水やりとか収穫の事を含めて動線を確保するとあの配置になっちゃうんだよね!今度試しにココノアとメルも収穫してみてほしいな、きっと納得してくれると思うんだ。というのもさ――」


レモティーは農園の設計コンセプトを嬉しそうに話し始める。水路は魔道具を使って半永久的に水を循環させる仕組みになっていることや、溝の存在は水やりだけでなく収穫した果物を桶に乗せて下流側へ運搬できる構造である事などが矢継ぎ早に語られたのであった。それを聞いていたメルとココノアは、農園というよりは工場といった方が近いのではと思ったが、楽しげに話す彼女に水を指すのも気が引けたので何も言わず頷くだけにしていた。


「――というわけで、この形になったわけさ! どうかな、なかなか合理的だと思わないかい?」


「え、ええ……そうですね」

「レモティーの農業に対する熱はよく分かったわ……」


若干引き気味の2人であったが。レモティーは「分かってくれて嬉しいよ!」と満面の笑みを浮かべる。自慢の農園を友人達に紹介できてよほど機嫌が良かったのか、鼻歌まじりに村の奥まで馬車を走らせた。


「さ、ここがこの村の長である爺ちゃんの家だよ!」


辿り着いた先にあったのは一際大きな白壁の建物であった。2階建てになっており、どっしりとした家構えは流石村長とも言うべき威容を誇っている。その隣には入口部が大きく広げられた馬車専用の倉庫も設けられていた。


「それじゃ馬車から降りてくれるかな? 馬も疲れただろうし、厩舎でゆっくり休んでもらいたいんだ」


レモティーに促されてメルとココノアは馬車を降りる。乗せていた敷物などは一旦丸めて、メルがポーチへと収納した。収納の魔法が仕込まれたこのポーチは大きな物体でも自由に出し入れできるので、こういう場面では特に役立つ。


「へぇ、ここがレモティーが過ごしてた場所か……」


ココノアが周りをキョロキョロと見渡した。山頂だけあって見晴らしは絶景で陽当たりも良いのだが、周囲が角度の急な斜面だらけなので下手に転ぶとそのままどこまでも落ちてしまいそうなイメージを浮かべてしまう。


「ボクが最初来た頃はもう少し殺風景だったんだけどね。民家も少なかったし」


馬車を倉庫に入れたレモティーが馬を引き連れて出てきた。人には良く慣れているようで、メルが「お馬さん、ありがとうなのですよ!」と撫でに行っても落ち着いている。気持ちよさそうに尻尾を振る彼を横目に、レモティーがぼそっと呟いた。


「ボクも頑張ったし、後で撫でてくれないかな!?」


「いや、あんたはとっとと馬を連れていきなさいよ!」


ココノアに盛大なツッコミを入れられたレモティーは、「撫でてほしかったなぁ……」と言い残しつつ倉庫の裏手にある厩舎へと向かった。それから彼女が戻ってくるまでの間、ココノアとメルは眼下に広がる景色を楽しむことにした。


「素敵な光景ですね! こういうの見ると、異世界って実感が沸いてくるかも!」


「別に異世界に限らなくても、こういう景色なら地球でもあったんじゃない? ヨーロッパとかにならありそうだし……大体、メルは行動範囲が狭すぎるのよ」


「うぐっ……そう言われると、返す言葉もないのです……」


ココノアの言葉に、自宅と会社を往復するだけで過ぎていった日々を思い出すメル。あの頃と比べたら、今のほうがよっぽど充実した生活が出来ているのではないかと自虐的に微笑んだ。


(あの頃は本当に仕事に追われてばっかりで、私の人生ってなんだろって思い始めたのがNeCOをやるきっかけになったんだよね……)


彼女が初めてオンラインゲームに触れようと決心したのは、日常とは違う世界を知りたいという強い想いからであった。毎朝満員電車に揺られてオフィスへ向かい、夜遅くまでパソコンと睨み合って、ヘトヘトになって帰宅しても寝るだけの生活――そんな灰色の日々に嫌気が差して、当時話題になっていたNeCOをインストールしたのだ。最初は上手く他人と遊べずに苦労したが、ココノアやレモティー、そしてリセ達と出会えたことで、メルはそれまで知らなかった楽しみを知る事が出来た。例え空想の世界を旅しただけの冒険であっても、NeCOをプレイした日々は彼女の人生において掛け替えのない思い出となっている。


「ふふっ」


「……なんで急に笑ってるの? ちょっと不気味なんだけど」


「いえいえ、なんでも無いんです。ただ……なんだか嬉しくなっちゃって。こうしてココノアちゃんと同じ景色を見ている事が……♪」


八重歯を覗かせて笑うと、メルはまっすぐにココノアを見つめた。艶めいた赤色の瞳に思わずドキリとしてしまい、ココノアは慌てて視線を逸らす。


「な、なにそれ……急に変な事言わないでよ……! 意味わかんないしっ……」


そう呟いてからしばらく間を置くと、彼女は続く言葉を照れくさそうに紡いだ。


「これからいくらでも見られるわよ……だって、うちらはずっと仲間(パーティ)なんだから」


「……はいっ! もちろんです♪」


どこまでも伸びる青い空と緑の大地が織りなす地平線――そんな美しい光景の中で、少女達は互いに微笑み合った。

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