表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
うちの子転生!  作者: 千国丸
3/107

003.プロローグ 終わりと始まり③

温かい日差しを頬に感じ、目を覚ました私は上半身を起こして周囲を見渡した。そこに見慣れた私の部屋はなく、代わりに見たこともない青々とした草原が広がっている。


「あれ、まだ夢の途中……?」


天を仰ぐと澄み渡る青い空が目に入ってきた。透き通るほどの澄んだ空気に思わず目を見張ってしまう。それに風に乗って漂ってくる土と草の匂いは、まるで現実世界そのもので、ますます混乱してしまった。


「夢じゃ、ない……?」


もっと周囲をよく見ようとして立ち上がろうとした瞬間、私は自分の手足が随分と小さくなっている事に気づいた。まるで幼い子どものような、細い腕と足。ウエストもかなり絞られている気がするけど、元々大きくはなかった胸はほぼ完全になくなってしまっている。


「えっ、ええー!? どうなってるの、これ!」


私は慌てて両手を体中へ伸ばし、自分の置かれた状態を確認することにした。やっぱり縮んでいる。見た目で感じたとおり、10歳前後の子供の体だった。肌もキメ細かくて張りがあるし、とても色白で綺麗なのは嬉しいけど、どうやら単純に若返った、というわけでもないみたい。というのも、髪の色が覚えのない色に変貌していたからだ。


「髪も長くなってる上に、ピンク色に染まってる……! それに、それに……この耳!?」


特に異質なのが耳だった。元々"あるべき位置"に耳はなく、代わりに頭の上にモフモフの毛に覆われた獣耳が付いている。鏡がないので自分の目では確認できないものの、これが俗に言う猫耳というものであることは触った感じですぐに分かった。しかもコブシ大ほどのサイズがあるためか、様々な虫の鳴き声や風で草の擦れる音が聞こえすぎて少し気持ち悪い。


「服も変だし、なにこれ……」


身につけていたのは鞣した皮と布を編み込んで作られたと思しき胸当てと丈の短いスカート、そして底がしっかりとしたブーツだった。濃淡のある茶色が組み合わさっているおかげで、デザインとしてはどことなくカジュアルな雰囲気も感じるものの、The新人冒険者と言わんばかりのその格好はゲームか何かのコスプレに分類されること間違いなしの見た目だと思う。


「これってやっぱり、タイニーキャットさんが言ってたとおり"メル"の体なのかな……?」


メルはNeCOで操作していた私のキャラクターで、回復系(ヒーラー)ジョブを習得していた女の子だ。春をイメージしたスプリング・ピンクという名称の鮮やかな薄桃色のヘアカラーを使っており、ゲーム中では長いツインテールがトレードマークだった。NeCOの世界ではピンク色の髪は珍しくなく、黄緑やオレンジ色、ワインレッドなど様々なヘアカラーのキャラがいた。容姿(アバター)の自由度も高かったので、メルには元気いっぱいにぴょこぴょこと動く猫耳や尻尾に、悪戯の好きそうな猫っぽい赤色の瞳を選んであげていた。


「今から思うとちょっと属性盛りすぎてたかも……」


メルはあらゆる要素がリアルの私とは正反対で構成されていたと思う。現実世界で地味女と呼ばれていた反動もあったのかもしれない。ゲーム世界の自分の写し身に、私は思いつく限りの可愛さをこれでもかと施していた。


「この姿で異世界に来るって分かってたら、もうちょっと控え目なキャラクターにしておいたのに」


軽く後悔しながら、私は周囲の風景に視線を巡らせる。タイニーキャットさんが言っていた通り、ここは私が住んでいた世界とは異なるということが視覚情報だけでもはっきりと感じられる。周囲に広がっている草原は乾燥しており、日本では見慣れないタイプの背の低い草木ばかりだし、向こう側に見える森の木々も見たことのない形状の葉を茂らせている。さらにその奥に聳える険しい山々は空高く連なっており、ファンタジックな光景を演出していた。


「こんなの絶対日本じゃないよね……どうしよ……」


まさかMMORPGのキャラクターの姿になって異世界にやってくることになるなんて、誰にも想像できないと思う。理解の範疇を超える事態に遭遇すると溜息しか出てこないもので、色々考えるのが面倒になってきてしまった。

"今頃狭いワンルームで寝転がってる本当の体はどうなってるのか"とか、"このままじゃ無断欠勤でクビにならない?"とか色々と思うところはあったものの、考えても解決しない事は忘れちゃおう。


「ま、体は軽いし、目もよく見えるし、これはこれで悪くない気がする! 前向きにいきましょう! 前向きに!」


眼鏡をかけてないのに随分と遠くの風景までくっきりと視ることができるのも、この体の恩恵なのかもしれない。それに子供の体になっているおかげか、随分と体が軽く感じられる。試しに少しだけ膝を曲げてから垂直に飛び上がると、軽く2mくらいは飛び上がることができた。これには自分でも驚いてしまったけど、月だと地球に比べて重力が小さくて大ジャンプできると小学校で習った気がするし、この世界も重力が小さいのかもしれない。


「さーて、これからどうしたものかなぁ?」


ここに呼ばれた理由はタイニーキャットさんが言っていたものの、何をすべきか思いつかない。この世界は私の助けを必要としているみたいだけど、何か危機が迫っている感じもなかった。おそらくそれを探す所からになるのだろう。


「とりあえずこの世界で生きる人に会ってみないことには、何も始まらないかも。まずは街探しへ向かおうっと!」


情報収集のために人がいそうな場所を探すべく、私はその場から動くことにした。ついでだし、歩きながらメルの職業(ジョブ)やステータスを思い出してみよう。


「ジョブは枢機卿(カーディナル)だったから、回復魔法は一通り使えるはず……!」


カーディナルはNeCO世界における教会――白の聖堂に属する最高位のヒーラージョブであり、回復・蘇生・支援の魔法を自在に操ることが可能なパーティ戦向けの職業だった。あと聖なる属性の攻撃魔法も扱えるため、アンデッドや闇属性のモンスターにも有利。ただし、それ以外には有効打がないため前面に出て戦闘に参加するのは不得意としている。


「まぁ私は殴りヒーラーだったのでモンスターを普通に殴ってたけど……」


初めてのオンラインゲームということもあり、私はゲーム内で知らない人とパーティを上手く組むことができなかった。なのでソロで遊んでいた期間が長く、スキル構成やステータスの割り振りもソロ行動に合わせたものになっている。

その結果、限られたステータスポイントを筋力や体力、素早さにも割り振ってしまっており、回復役にとって最も重要なMAG(魔力)DEX(器用さ)が低いというポンコツヒーラーに仕上がっていた。回復系ロールの主流とされていた魔力&器用さ特化型に比べると肝心な回復魔法の効果量が低く、詠唱速度も遅かったため、意を決してパーティに参加希望を出しても拾って貰えなかった悲しい記憶が蘇ってくる。ただ幸運にもゲームを通じて知り合ったお友達と一緒に冒険に出かける事ができたおかげで、時間こそかかったもののレベルはカンスト値の120まで上げることが出来たのだけども。


「この世界でも地雷ヒーラー扱いされそうで、気分が重いかも……っていうか、魔法はきちんと使えるのかな?」


そもそも肝心の魔法が使えなかった場合、私はなんの役にも立たないただのケモ幼女になってしまう。そうなると世界を救うどころではないし、役立ちそうな現代日本の知識も持たない私は行き倒れてしまう可能性すらある。


「まずは、魔法を使えるか確認しないと……!!」


小高い丘の上までやってきていた私は、キョロキョロと周囲を見渡し人影がないのを確認した。もし魔法を試して不発したところを誰かに見られでもしたら、とても恥ずかしい。目視だけでなく獣耳をぴょこぴょこと動かしながら、音の情報を察知する。

よし……近くには誰もいないみたいなので、早速魔法を試してみよう。


「でも魔法ってどう使えばいいのかな!?」


アニメや漫画みたいに長ったらしい詠唱をすればいいのか、それとも念じるだけでいいのか、はたまた魔法陣でも描かないといけないのか。魔法の使い方なんてさっぱり想像がつかない。ゲームでならファンクションキーを押すだけで出せてたのに。


「とりあえずスキル名でも叫んでみるとか……?」


NeCOのキャラクターはスキルを発動するとき、当たり前のごとくスキル名を吹き出しで表示するという仕様になっていたのを思い出した。ならスキル名を発言することがトリガーになっている可能性が高い。早速私は使える中で最もレベルの低い魔法を叫んでみることにした。


聖なる光弾(ホーリーライト)!」


指定した相手を対象として、小さな光の弾を飛ばす初級の攻撃魔法、それがホーリーライトだった。でも私が期待したような現象は起こらず、草原を吹き抜ける風が私の声をかき消すように流れるだけ。アラサーのオバサンが大声で魔法の名前を叫ぶのは勇気がいったのに、なんの成果も得られないなんて心が折れそうになる。


「はぁ……そんな上手くはいかないかぁ」


私は大きくため息をつき、空を仰いだ。人生で初めて魔法を使えるかも、と心の中で期待していただけにガッカリ感が大きい。もっとも、この世界に魔法という概念があるかどうかも怪しいわけだけども。


「一応、思いつくことは全部試してみよう!」


諦めきれない私はダメ元で魔法の発動条件をいろいろ試して検証してみることにした。何かカッコいい詠唱台詞でも考えようと頭を捻っていると、不意に背後から草を踏む"軽い音"が聞こえ、慌てて振り返る。


「その年で魔法少女ごっこにでも目覚めたの?」


見知らぬ人に声をかけられた私は背筋が凍る思いだった。さっきの姿は誰にも見られてないと思ってたのに……恥ずかしさと驚きが入り混じってしまい、口にする言葉がしどろもどろになってしまう。


「ええと、その! こっ、これには理由がありまして……!!」


「あははっ、そんな慌てなくもいいってば」


名前を呼ばれた私は声のした方向――後ろを振り返って、そこにいた小柄な少女の顔を注視した。


「えっ……!!」


思わず言葉を失ってしまった。私に声を掛けてきたのはNeCOでずっと一緒に遊んでいた友人の1人、ココノアちゃんそっくりの少女だったのだから。私と同じような衣服を身に着けた彼女は、紫水晶のように煌めく瞳で私をじっと見つめている。


「ひょっとして、ココノアちゃん、ですか……?」


「それ以外の誰に見えるっていうの?」


尖った長い耳と、艶のあるベージュのロングヘアはまさしくココノアちゃんのアバターそのものだった。背丈は私とほとんど変わらないくらいだけど、肌の色は私よりも白くて線も細い。触れたら壊れてしまいそうな、そんな繊細ささえ感じる。


「うちはエルフになったみたいだけど、メルは猫か犬の獣人っぽいね。やっぱり装備品の見た目が反映される感じ……?」


こちらに興味深そうな表情を向けながら、ココノアちゃんが呟く。何か考え事をしているみたいだったけど、天涯孤独になるかもしれないと思っていた世界で見知った顔に出会えたのはこの上もなく嬉しかった。しかもそれが大好きなココノアちゃんなら尚更だ。私は急いで彼女の元へ駆け寄る。


「ちょっ、近い! 近いっての!?」


「ココノアちゃんだ! ほんとにココノアちゃんだ!」


勢い余って抱きついてしまったけど、ココノアちゃんは口で言うほどには嫌がってないみたいだった。きっと彼女も心細かったのかもしれない。ほんのりと暖かさを感じる華奢な体を両手で抱きしめ、私は異世界での再会を心の底から喜んだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] こちらではなく、カクヨムで色々と読み漁っていたら辿り着いたのですが、読み始めたら、なんと自分が文字通り、始まりから終わりまでプレイしたMMOの世界ではないですか。 懐かしさと楽しさと当時の仲…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ