024.ハーヴェスト④
――トルンデイン北城門付近――
のんびりと買い物に出掛けていたメルとココノアであったが、冒険者ギルドからの緊急依頼が入ったことで中断を余儀なくされていた。北の街道へ向かう途中、機嫌がすこぶる悪いココノアはむすっとした表情で不満を口にする。
「オフの日も無いとか、この職業ブラックすぎない!? もうお金は十分稼いだし、冒険者なんて辞めていい気がしてきた……」
「まぁまぁ……なんでも凄く強い魔物さんが出たらしいですし、現地で応戦していた人がココノアちゃんを直接指名したって話もあったじゃないですか。それだけココノアちゃんの活躍を期待されてるってことですよ!」
なだめるメルに「そういう話じゃなくてさ……」と言葉を濁すココノア。そんな彼女の耳には陽の光を浴びてキラリと輝くイヤリングが付けられていた。天然の水晶を職人が手作りしたそれは、エリクシア王国を代表する国花をモチーフにしており、小さいながらも凝った作りの逸品である。
(耳飾りのお礼、返しそびれたちゃったじゃない……)
右手でイヤリングに触れながら、ココノアは溜息をついた。それは商店街で立ち寄った装飾品店にて「サクラの花びらに似てて可愛いですよ♪」とメルが買って彼女にプレゼントしたものだった。そのお返しとしてココノアがメル用のアクセサリを選んでいる最中に緊急依頼が寄せられたため、結局彼女はメルへのプレゼントを買えずにいる。それが彼女を不機嫌にした一番の理由であった。
「城門の前に人が大勢倒れていますよ、ココノアちゃん!?」
「これ……思ってたより酷いみたいね」
城門を出た彼女達を待っていたのは、地面に伏している衛兵と冒険者達の姿であった。軽く数えるだけでも30人以上は倒れており、その中には重症と思しき怪我を負っている者もいる。メルは急いで彼らに駆け寄り、回復の魔法を唱えた。
(こんな城門すぐのところまで魔物の攻撃が飛んできてたってこと? もしそうなら、前線はもっと酷い有様じゃないの……?)
限られた現地の情報からでも危機的な状況にあることを察知するココノア。自分が先行して魔物を最優先で撃破した方が良いと判断した彼女は、素早くメルに指示を出した。
「うちは魔物を探すから、負傷者の救助はお願い! 何かあったら大声で呼んで!」
「はい、ココノアちゃんも気をつけてくださいね!」
範囲回復魔法も駆使し治療に専念するメルをその場に残し、ココノアは街道をさらに北へ移動する。道中、戦闘の痕跡と思しきものは見当たったのだが、肝心の魔物の姿は一向に見つからなかった。
「おかしいな、魔物なんて全然見当たらないんだけど……って、なにあれ?」
周囲を見渡すココノアの瞳に、戦場には不似合いな荷馬車が映った。木製の箱に大きな車輪を4つ付けただけの無骨な作りのソレは、荷台に山盛りの野菜を積んでいる。鮮やかなグリーンの葉野菜や、濃いオレンジに染まった根菜類はどれも丸々と肥えており、遠くからでもその品質の良さが分かるものだった。
(なんでこんなところに野菜を積んだ馬車があるのよ?)
訝しみながらココノアが馬車の方へ近寄ると、その影に冒険者らしき人物3名が立っているのが見えた。さらにその脇には、街の住人とは少し雰囲気が違う女性が立っている。状況が飲み込めなかった彼女は、まずは冒険者達に話を聞こうと考えた。
「ねぇ、そこの冒険者達。ちょっと話を聞きたいんだけ……えっ!? そこにいるの、まさかレモティー……?」
「あれっ!? ココノアじゃないか! まさか君もこの世界に来てたなんて思わなかったよ!」
「うっそ……ほんとにレモティーだったの……」
冒険者と話していた女性がよく知る人物であったことに、驚きを隠せないココノア。ひょっとしたらリギサン地方で農作物の収穫量が激増した事にレモティーが関係しているかもしれない、とメルが話してたものの、まさか本当にこちらの世界に来ていたとは思っていなかったのだ。
「へぇ~、ココノアは本当にNeCOのアバターのまんまなんだねぇ? 小さくて可愛いじゃないか! 抱きしめたいくらいだよ!」
「そういうあんたはなんでうちらと違って、そんな成長した姿になってんのよ。ていうか、おっぱいデカすぎない? なんなのそれ? メロンでも入れてんの?」
「ははは……なんでだろうね? 自分でもよく分からないんだ、これが。ま、この姿自体は気に入っているんだけどさ!」
そう言って笑うレモティーはココノアよりも30cm以上は背が高く、成熟した女性の雰囲気を纏っていた。人間族で言えば20台前半といったところだろうか。華やかなレースが付いた明るい緑色のワンピースは、モスグリーンの編み上げブーツとよく調和しており、歳相応の落ち着いた雰囲気を醸し出していた。だがそんな大人しいデザインのワンピースとは対照的に、彼女の丸みを帯びたヒップは生地に浮き出るほどに大きい。一方でウエストにはしっかりとくびれがあり、スタイルの良さは服の上からでもひと目で分かった。
(ほんとでっかいわね……何をどうすればこんな風になるの……!?)
それ以上に目を引いたのは巨大としか言いようがない豊満なバストだ。推定Gカップ以上はある魅惑のボディラインは、胸も尻も平べったい幼女体型のココノアと何もかもが掛け離れている。
「そんな体型のくせして、小顔美人とかズルすぎでしょ」
「いやぁ~、美人だなんて言われると照れるなぁ! でもボクはココノアみたいなロリっ子の方が好きだけどね!」
「あー……そういえばあんた、小さい子が趣味だったっけ」
深い碧色の大きな瞳をキラキラと輝かせながら、ココノアを見つめるレモティー。彼女はロリータを心から愛する少女性愛者でもあった。なんとなく身の危険を感じさせる熱の籠もった視線に、ココノアは「うっ……」と声を漏らしつつ少し後ずさった。
「ええと、話を遮って申し訳ないが、少し良いか……?」
それまで彼女達のやり取りに戸惑うばかりであったシーガだったが、意を決して会話へ割って入った。デミリッチ戦で体力を大きく消耗した体で立ち続けているのは辛かったが、彼にはどうしてもココノアに確認しておきたい事があったのだ。
「……要請に応じて、ここへ来てくれたんだな。ありがとうよ、エルフの嬢ちゃん。だが、まさかレモティーさんと知り合いだとは思わなかったぜ。彼女がどういう人なのか、俺に教えてもらえないか?」
「どういう、って言われても返事に困るんだけど。レモティーとは知り合いっていうか、腐れ縁みたいなもんね。ちょっと変わってるけど、悪い奴ではないって事は保証してあげる」
「なるほどな……助かったよ。それが分かれば問題ない」
「そういえば、あんたのその赤い髪の毛、防衛戦のときに南門で見た気がする。ここでも戦ってたんだ?」
「ああ、ついさっきまでな。デミリッチが侵攻してきたんで、応戦してたんだ。危うく全滅しちまうところだったが、そこをレモティーさんが助けてくれたってわけさ」
なるほど、とココノアは頷いた。レモティーがいたのなら、強大な魔物とやらがあっさり処理されていてもおかしくはない。彼女もココノアやメルと同じく、NeCOのレベルカンストプレイヤーだからだ。
「ともかく、討伐対象は打ち倒された。俺達は他の連中を救助してからギルドに報告へ戻ろうと思うが、嬢ちゃんとレモティーさんもよかったら手伝ってくれないか。なんせケガ人が多くてな。恐らく、もう手遅れの奴もいるかもしれないが……」
神妙な面持ちでシーガはレモティーとココノアに協力して欲しいと申し出た。討伐隊が壊滅的な被害を受けている状況で、彼がヴィルタンとアンネッラというベテラン冒険者達と共にレモティーとの接触を試みたのは、その危険性を見極めるためだった。しかしトルンデイン防衛戦における立役者の知り合いである事が判明し、レモティーを警戒する必要はなくなったのである。そうとなれば1人でも多くの手を借りて負傷者を助けに行くべきだと考えた彼らであったが、ココノアから返ってきたのは想定外の言葉だった。
「救助なんて必要ないよ。うちのツレが回復させただろうから」
「ツレ……? ああ、あの時に俺を助けてくれた獣人の女の子のことか。確かに俺が受けた癒やしの術は凄い効果ではあったが、あれだけの人数は流石に――」
無理に決まっている、と言い切る前にシーガの言葉は途絶えた。何故なら彼の視線の向こう側には、身体に傷1つ残さず全快した討伐隊員達が見えていたからだ。皆一様に表情が明るく、グールに内臓を喰われて死に瀕して者でさえ、何事も無かったかのように元気よく手を振っていた。
「おーい! みんな無事だぞー!!」
「あんたらのおかげで、街が救えた! ありがとうな!!」
死の霧により全滅しかけていた戦友達の無事な姿を目の当たりにし、思わずシーガは「これは現実なのか……?」とこぼす。ベテラン冒険者コンビも同じく、神の奇跡としか言いようのない光景に言葉を失っていた。
「神話の女神でも呼び寄せたっていうのかよ……!?」
現実主義者的な考え方をするシーガでさえ、伝説上の存在として語られる女神を引き合いに出してしまうほどに、それは衝撃的な結末だった。なぜなら、グールにされてデミリッチの消滅と共に消え去った者を差し引いても、負傷者の数は決して少なくは無かった上、それをこの短時間で完全に治癒することなど、この世界の常識では到底不可能だったからだ。もしそんな事ができるとすれば、「神話に出てくる創世の女神アイリスくらいだろうさ!」と、街の人間なら笑い飛ばすだろう。
「こちらは全員助けることができましたよ~!」
討伐隊の後ろから、桃色の髪を靡かせた少女がひょっこりと顔を出した。その顔にはシーガも見覚えがある。防衛戦で彼が負った致命傷を瞬く間に回復させたのが、まさしく彼女だったのだ。
「本当に、あの子がやったって言うのか……?」
「そうだって言ってるでしょ。何の得にもならないのに、他人にお節介するようなお人好しはメル以外にいるわけないんだから……ほら、あんた達はとっととギルドに報告してきなよ。疲れてんでしょ?」
「ああ……実は立ってるのも辛くてな。はは、情けないだろ?」
安心した途端、全身に疲労が襲いかかっていたのをココノアに見抜かれ、シーガは苦笑いする。そして隣にいたヴィルタンとアンネッラに向き合うと、親指を街の方へ向けて「ギルドに帰りましょう」と促した。
「そうだな、ケントも今頃ヤキモキしながら待っていることだろう……君達、世話になったな。もし良ければ今度、冒険者として共にパーティを組みたいものだ。それではな!」
「あはは、そりゃいいねぇ。その時はあたいも誘って欲しいもんだ! レモティーとかいったっけ? アンタの強さ、恐れ入ったよ! 街の東にある酒場で見かけたら何でも奢ってやるから、そこのちっさいのと桃色のちっさいのを連れて遊びにきな!」
そう言い残して冒険者3人組は街へと歩き去っていく。彼らと入れ替わりになるように、メルがココノアの元へとやってきた。不思議そうな顔でレモティーの顔を見上げていた彼女であったが、すぐにそれが自身の知る友人であることに気づく。
「あれ……? ひょっとしてレモティーちゃんですか? その金髪碧眼スタイルに赤い眼鏡、絶対そうですよね!」
「メル! 君も幼女になってたのか!! NeCOの時よりも可愛くなってるなんて! ああもう、堪らないなぁ!!」
「やっぱりレモティーちゃんだ! 異世界でもこうして会えて嬉しいのです♪」
異世界での再会を喜ぶ2人。だがココノアの表情だけは穏やかではなかった。なぜならメルに対するレモティーの言動と視線が、何とも言い難い危うさを含んでいたからである。
「ところでその尻尾の付け根、どうなってるかボクにちょっと見せてくれないかな? あ、大丈夫! 決して、いやらしい事は考えてないからね! 他種族への純粋な興味だから!」
「そっか、レモティーちゃんは普通の人間族さんっぽいですし、獣人族が珍しいんですね! もちろん良いですよ♪」
屈託のない笑顔を浮かべるメルの手を引いて、馬車の影へ連れ込もうとするレモティー。ココノアの不安は見事に的中してしまったようだ。
「ちょっと、待ちなさいってのっ!! 何いきなり最低な事案引き起こしてんのよ!? メルの事を良くない目で見るのは禁止! 禁止なんだからっ!!」
怒りに震えたココノアの声が、澄み渡った青空へと響く――そんな何とも格好のつかない幕引きとなったが、この日を境にトルンデインにまつわる大きな動乱は鳴りを潜めていくのだった。ようやく訪れた安寧は、街の住人だけでなく3人のNeCOプレイヤー達にも安息の日々をもたらすことだろう。
しかし動き出した時代のうねりが止まることは無い。覇権を狙う大国達の思惑と、その背後で暗躍する魔族の存在が消えたわけではないのだから。様々な要因が複雑に絡み合い、世界の情勢はさらなる混沌へ向かって突き進んでいく……




