023.ハーヴェスト③
――トルンデイン北の街道付近――
北に恐ろしい力を持つ魔物が出現したとの報告を受け、現場に急行した冒険者と衛兵達が見たのは、1体のデミリッチとその周囲を徘徊する屍達であった。先行していた冒険者達は既に全滅しており、草原にはおびただしい量の鮮血が飛び散っている。
「なんなんだよ、このデカブツは……! 離れていても背筋が震えてきやがる……っ!」
「あのグールの身なり……まさか応戦していた冒険者なのか!?」
黒いローブを纏った巨大な骸骨が放つ威圧感に、その場にいた人間は皆足がすくんでいた。死人が蘇り、不死者となった魔物の中でもデミリッチは別格の存在である。その身は永劫に朽ちることなく、宿した魔力は無限にも等しいと言われている。幾多の攻撃魔法を操る事ができる上に、命を奪った相手を不死化して意のままに従わせる能力も含めれば、ドラゴンゾンビを上回る災禍だ。冒険者と衛兵で構成された即席の討伐隊では、相手になるはずもなかった。
「ひぃぃぃ! 助けてくれぇぇぇ!!」
「無理だ! 俺達じゃこいつは倒せ……ぐわぁぁぁ!!」
デミリッチが放つ闇属性魔法の嵐が悲鳴が巻き起こす。無数の黒い針で全身を貫かれて倒れる者、影から伸びた幻影の手で首を絞め殺される者、召喚された魔法の刃で胴体を真っ二つにされた者……被害者は増え続けるばかりだ。しかも最悪なことに、それらの魔法で倒れた者はデミリッチの持つ魔力の影響を受けて不死者に成り果ててしまい、立ち上がって襲いかかってくる。故に彼らは味方同士でも戦わなければならない状況へと追い込まれていた。
「くそっ!! 高レベルの冒険者を呼んできてくれ! このままじゃ街にまで押し込まれちまう!!」
「援軍は来る! なんとしてでもここで抑えろ!!」
既に彼らの背後にはトルンデインの城門が見えており、このまま魔物の群れが突っ込めば間違いなく街は大惨事になる。それをなんとかして阻止すべく、白兵戦で防衛ラインを築く前衛の陣と、後方から弓・魔法攻撃を使った物量攻撃を仕掛ける後衛の陣に別れて対応する討伐隊であったが、デミリッチ率いるグール達に有効打が与えられず、じわじわと前線は下がってしまう。
「この状況、不味いぞ……」
グールと化した冒険者を短剣で斬り伏せながら、"赤髪のシーガ"は時間とともに後退していく戦線に危機感を覚えていた。中堅冒険者として相応の実力を持つ彼もギルドの依頼で派遣されていたのだが、この状況を好転させるほどの力は持ち得ていない。デミリッチには全くと言っていいほど歯が立たなかった彼は、怪我を追った味方をグールの群れから逃すことに専念していた。
(俺以下の人間がいくら増えたところで、デミリッチを討伐する事はできないだろう。ここまで強大な敵に対抗するのであれば、こちらも圧倒的な力を用意すべきだ……!)
そう考えた彼は、後方の防衛陣を振り返って大声で言い放った。
「誰か! 冒険者ギルドに行ってエルフの幼子を呼んでくるように言ってくれ! 職員であれば、それだけで誰の事かは分かるはずだ!」
防衛戦で魔物の群れを殲滅した彼女ほどの強者でないと、デミリッチに対抗できないとシーガは判断した。その言葉に頷いた衛兵が街へ引き返すのを見届けた彼は、苦笑いを浮かべながら魔物の群れに向き直る。
「ここまできて結局他人を頼るしかないなんて全く嫌になる……だが! 時間稼ぎくらいなら俺でも出来るぜッ!」
両腕をクロスさせ、グール達へ突進するシーガ。不死者に物理攻撃は効果が薄いとは言え、ダメージを与えれば再生するまで動きが鈍くなることを、彼は戦いの中で気づいていた。倒せなくとも街に到達される時間を遅くすることは可能だと、果敢に戦いを挑む。だが赤い光を宿した骸の眼窩は、そんな彼の姿を逃さなかった。魔力で結びついた骨の腕をおもむろに振りかざすと、容赦なく闇の魔法を放った。
――ズバババババッ!――
宙に生成された無数の黒い針が、赤髪の男に向けて降り注ぐ。しまった、と思った瞬間には既に逃げ場を失ってしまっており、シーガは死を覚悟した。だがそこに大盾を構えた重装鎧の男が「諦めるな!」とフォローに入った。
「守護者の覇気ッ!」
その瞬間、銀色に輝くタワーシールドから眩い光が放たれる。鎧の男とシーガを守るようにして形成された半球状の光の壁は、驚くことに針の嵐を全て弾いたのであった。なんとか一命を取り留めたシーガは、自身を救ってくれた男へと目をやる。
「ありがとう、助かったよ……って、ヴィルタンさん!?」
「シーガ、お前にはいずれ冒険者を率いる存在になってもらわないといかん。こんなところで死なせるものか」
彼を守ったフルプレートメイルの戦士は、レベル35を誇る冒険者ギルドのトップランカーであった。冒険者達のリーダー的存在でもある頼れる兄貴分が、この戦場へ駆けつけてくれたことに心の底から安堵するシーガ。しかし危機的状況は依然として変わらない。デミリッチは次の魔法を詠唱し始めており、禍々しい漆黒の球体を空中に作り出されていた。
「ほら、しっかりおし! あたいが援護してやるからね!」
後衛の陣地から1本の鋭い矢がデミリッチへ向けて射られた。人並み外れた力で射出されたそれは、風を切りながら一直線に黒球を貫く。
「まだまだっ!! 三連高速狙撃ッ! 」
赤毛の狼耳が特徴的な獣人女性の素早い手捌きにより、巨大な弓から3本連続で矢が射出される。そのどれもが魔法球を穿ち、溜められていた魔力が霧散した。思わぬところでスペルをキャンセルされたためか、デミリッチの動きが止まる。
「ほら、とっととそこから退避しな! 次の攻撃まで止められるとは限らないんだからね!」
「姐さんも来てくれたんですか!?」
後方から援護射撃をしていた狩人風の女冒険者はシーガもよく知る弓の名手、アンネッラであった。濃い赤色に染まった長髪に琥珀色の肌を持つ凛とした女性ではあるが、その鍛え抜かれた腕はシーガよりも太く逞しい。彼女もまた冒険者ギルドでは上位に位置する実力者だ。
「よし、今のうちに退避するぞシーガ!」
「はいっ!」
ヴィルタンとシーガはデミリッチの攻撃射程から逃れ、後方の陣まで下がった。アンネッラとも合流した彼は、到着したばかりの2人に現状について簡潔に伝える。
「――といった状況です。グールはともかく、デミリッチは手に負えません。正直、お二人の手をお借りしても相当厳しいと思ってます、俺は……」
「ふん、素直な物言いだね……だがその見立ては正しい。あたいらじゃ、アイツはどうしようもないからね。デミリッチなんて化け物、王国軍総出で討伐するような相手さ」
「お前の言う、強力な助っ人とやらが来るまで持ち堪えるしかないだろう。味方の消耗を抑える事も怠るなよ」
高レベル冒険者達もシーガと同じ意見であった。修羅場をいくつも潜ってきた彼らは、目前で猛威を振るう不死の魔物がいかに強大な存在であるかを肌で感じ取ることができる。力の差があることを理解しているからこそ、足止めに徹する事にしたのだ。今後の方針が決まったところで、戦線に戻ろうとしたシーガであったが、1点だけ気になる事があったので尋ねてみることにした。
「そういえばお二人とも、別の案件で街を出ていたと聞いてましたが……?」
「ああ、俺もアンネッラも別件で街を出ていたが、ギルドのケントから緊急招集を受けてな。着手中の案件よりもモルズの捜索を最優先してくれ、と頼み込まれたんだ」
「あの化け物がモルズと関係しているかは分からないけど、ここに来たのは正解だったね。あたいからの酒の誘いを断った癖に、先見の明があるじゃないかあの若造!」
「なるほど、そういう事でしたか……」
彼らがもし来てなければシーガは今頃、グールと化していたことだろう。そうなれば最悪、前線が総崩れになっていた可能性すらある。従って、高レベル冒険者を呼び戻してでもモルズ脱走の対処を優先させたケントの判断は正しかったと言えよう。
(この一件が終わったらアイツに礼を言っておくか……だが、そのためにはまず生きて帰らないとな!)
決意を新たにして、シーガは2本の短剣を構えてグールの群れへと駆けていった。その後に続くようにヴィルタンも前に出て、グールに苦戦している衛兵のサポートへ向かう。そしてその後方からはアンネッラが長距離射撃でデミリッチの魔法攻撃を牽制する――それぞれの役割を理解した彼らのコンビネーションが功を奏し、崩れかけていた討伐隊は徐々に落ち着きを取り戻す。
「冒険者に続け! 街の人々を守るんだ!」
「うおぉぉっ!!」
高レベル冒険者の戦いっぷりに鼓舞された衛兵達も、それまでの弱気を吹き飛ばすかのように前へ出始めた。襲いかかってくるグールを撃退し、強気に戦線を押し上げていく。これなら勝てるんじゃないかという明るいムードが討伐隊達に漂い始めた頃――突如としてデミリッチがその真の力を解放した。
――コホォォォォッ!!!――
骸の奥底から、亡者を呼び覚ますような叫び声が放たれる。その直後、凍てつくような冷気が街道周辺を包み始めた。足元から這い上がってくるような寒気が、その場にいた者に襲いかかる。
「なんだこれは……!?」
「ひ、冷えて体が動かないっ!?」
さらに頭上の太陽を遮るかのごとく、周辺一帯に濃い霧が立ち込め始めた。まとわりつくような白い霞は触れただけで肌を刺すほどに冷たく、皆凍える寒さに苛まれる。
「だめだ、意識がもたない……」
「寒い……寒い……うぅ……」
力なく地面に崩れていく衛兵達。この霧は体温を奪うだけでなく、命をも蝕むものだった。体力の少ない者から、1人また1人と倒れていく。
「これは呪死の魔法……まさかこのような広範囲に展開できるとは……!」
地面に膝をつきながら、ヴィルタンが吐き捨てた。シーガやアンネッラも同様に動けなくなっており、地面に伏している。息はまだあるが、この状態が続けば10分も経たずに命を落とすことになるだろう。
デミリッチが繰り出したのは、死者が堕ちるとされる奈落を擬似的に作り出す最高位の死霊魔術であった。モルズが生前に使っていた同類の魔法よりも効果は低いが、辺り一帯をすっぽりと覆う程度に範囲が広く、討伐隊は1人残らずこの空間の餌食になっていたのだ。
「ウオォォォォォ!!」
「グギギギィィ!!」
弱る生者とは対象的に、グール達の体は活性化されていた。死者の世界では彼らの持つ闇の魔力が増大し、あらゆる能力が向上する。凶暴化した彼らは動けない兵士達へ近づき、その血肉を喰らい始めた。
「痛い、痛いっ!! ぎゃぁぁぁぁぁ!!!」
「助けてくれぇぇぇぇ!! ぐあぁぁぁぁ!!!」
抵抗できない人間が生きたまま亡者に貪られるという地獄のような光景を目の当たりにして、皆戦意を喪失してしまう。自身の方へ近寄ってくるグールの姿が視界に入り、シーガも今度こそおしまいだと瞼を閉じた。
――ヒヒィィンッ!!――
そんな絶望が渦巻く空間に、突如として馬のいななきが響き渡った。シーガが音のした方に視線を移すと、そこには野菜を大量に積んだ馬車が止まっていた。生気を吸い取られたことで馬が弱り、止まってしまったようだ。霧ではっきりとは見えないが、その傍らには腰まで届く金髪を持つ女性の姿もある。新緑色の華やかなレース付きのワンピースを身に纏っており、衛兵や冒険者でないことは一目瞭然であった。
(行商の女か……? くそ、間の悪い時に……せめて彼女だけでも逃さなくては……!!)
腕に力をこめ、立ち上がろうとするシーガ。運悪く通りがかった民間人を無残には死なせまいと必死に足掻く。
「全く、なんなんだよこの霧は! 最近ようやく街道の通行止めが解除されたって聞いたのに、これじゃせっかく作ったボクの野菜も運べないじゃないかっ!」
亡者が徘徊する死の霧に迷い込んでしまったにも関わらず、女性は呑気に馬車の積荷を心配していた。彼女に危険を知らせようとシーガは腹に力を込めて、出せる限りの大声で叫ぶ。
「逃げるんだぁぁ!この霧の中には魔物がいる! 今すぐに、ここから離れろぉぉっ!!」
「……ん? 誰かいるのかい?」
女性がようやくシーガの存在に気づいたが、その背後には大鎌を携えたデミリッチが迫っていた。鋭い銀色の輝きを放つその刃は、か細い女性の首などいとも簡単に削ぎ落としてしまうだろう。その場にいた誰もが、頭を刈り取られる彼女の姿を想像する。
「ああもう、邪魔だなぁ。大人しくしててくれないかな!」
唐突に女性が指をパチンと鳴らすと、一瞬にして地面から緑色の蔦が大量に生え出てきた。それらは全てデミリッチの骸へと絡みつき、その動きを完全に封じ込めてしまう。後ろを振り返った女性は赤いフレームの眼鏡の位置を正しながら、指先すら動かせなくなった骸の魔物をジロジロと眺める。
「リギサン方面じゃ見ない魔物だなぁ。NeCOで似たようなモンスターは見たことあるけど。ま、ボクのスローライフを邪魔をするつもりなら消え去るがいいよ! 万緑の暴風!」
彼女がデミリッチに右手を向けて処刑宣告を言い渡した瞬間、その声に呼応するかのように足元から数え切れないほどの葉が空に向かって舞い上がった。それらは鮮やかな緑色の大渦を形成し、デミリッチを包み込む。
――ゴォォォォ!!!――
激しい嵐のような音を響かせながら、無数の葉はデミリッチを切り刻んだ。植物の葉といっても、彼女が操っているものは魔法が付与されており1枚1枚が鋭利な刃に等しい鋭さを誇る。そんなものが密集した渦に放り込まれるという事は、言わば超高速回転するミキサーに入れられたのも同義だった。
「グオオオオオオッ!」
周囲に怨嗟の唸り声が響き渡る。それは存在が崩壊していく恐怖を具現化したようなデミリッチの悲鳴でもあった。無尽蔵に近い魔力を有するが故に異常な再生速度を誇り、実質的に不滅なる存在として人々に恐れられているリッチ種であったが、その命は決して無限ではない。不死と定義される魔物は朽ちた肉体を魔力で動かしているに過ぎないため、魔力が尽きるまで殺され続ければ土に還るのだ。舞い散る鋭い葉により何百回という死を突きつけらたデミリッチは、ついにその魔力を使い果たす。
――プシュゥゥゥゥ……――
黒い煙を吐き出しながら、骸の魔物は細かな塵と化して消え去った。同時に死者の霧は晴れ、リッチの魔力を動力源としていたグール達も全て消滅したのだった。それはモルズの魂が解放された瞬間でもあるのだが、ここにいる人間達がそれを知る由も無いだろう。
「あ、こいつを倒せば霧が晴れる仕組みだったのかー! なら問題なし! これでようやく丹精込めて作った野菜を売り歩くことができるなぁ~♪」
霧が消えたことを喜ぶ馬車の女性。その傍らで討伐隊の人間達も死の呪縛より逃れる事ができていた。だが体力を消耗して気を失った者ばかりで、まともに起き上がることができたのはシーガとヴィルタン、アンネッラくらいである。彼らはデミリッチを討伐した女性の正体を探るべく、恐る恐る馬車へと近寄っていく。
(どう見ても普通の人間族の女だ……エルフ族でも、獣人族でも、魔族でもない……)
20歳前後に見える彼女は小顔で端整な顔立ちをしており、陽を浴びて輝く金髪が目がくらむほどに麗らかな美女であった。赤いフレームの眼鏡から覗く碧眼が神秘的な雰囲気を醸し出していたが、それ以上に目立つのがその胸である。ワンピースを破裂させんばかりに膨らんだ乳房は片方だけでも彼女の頭ほどあり、どうやっても視界に入ってしまう。シーガはなるべく胸元を見ないように意識しながら、話しかけてみることにした。
「あ、ありがとう……俺達みんな、君に命を救われたよ。ところで君は何者なんだ……? 見た所、冒険者ではないみたいだが……」
そんな彼の問いに、新緑色の美女は微笑みながら答えるのであった。
「ボクの名前はレモティー、通りがかりの大地の収穫者だよ! 自然の恵みがたっぷり詰まった野菜、よかったら1つどうかな♪」




