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うちの子転生!  作者: 千国丸
102/107

102.うちの子転生②

――水の島 北方の離れ小島――


水中神殿から数キロメートル離れた場所にある小さな孤島。そこは好き勝手に草木が生い茂るだけの無人島であったため、メル達が2体の神獣を連れて上陸しても騒ぎになる心配はなかった。今、島に滞在しているのは少女達3名だけだ。他にあるものと言えば荷物や着替えを積んだゴンドラくらいなものである。

魔力を消耗しすぎて弱った神獣――ローレライとエキドナを浜辺で休ませつつ、メルは聖母デイパラによる洗脳の解除を試みた。しかし状態異常を除去しても神獣達が意識を取り戻すことはなく、抜け殻のような状態で会話もままならない。その原因を探ろうと、レモティーは鑑定スキルを用いて神獣のステータスを確認した。


「……おかしいなぁ。ステータス異常なんて無いから、今すぐ目を覚ましてもいいはずなんだ。でも起きてこないって事は別の理由があるのかもしれない。もしかしたら、名前が消えたままなのが関係しているのかもね」


眩しい金髪を揺らし、レモティーは大蛇の頭部を見上げる。チュンコと同じく巨大化した獣は頭だけで少女達の数倍はあった。胴体に至っては長すぎて引っ張り上げることができず、殆どが湖に潜ったままである。


「お名前が出てこないんですか?」


「うん。鑑定スキルを使うと対象の名前が分かるんだけど、両方とも空欄になってるんだ。これは推測だけど、"命名の儀"とやらで上書きされた偽の名前がキュアコンディションで消えた影響じゃないかな。本来の名前が失われたままだから、意識が戻らないんだと思う」


黒蛇の隣で横になっている青肌の人魚も目覚める気配を見せなかった。魚類に属する生物であることは見た目からすぐ分かるが、上半身は人とほぼ同じなので陸上でも呼吸面の問題はないだろう。ただし下半身はライギョを思わせる長い形状で、ヌメリのある鱗に覆われている。そのため、強い日差しで乾燥しないよう湖へ浸しておく必要があった。


「カタリナさんから貰った聖教の文献に"命名の儀"に関する記述ってあったっけ? あと神獣の名前も載ってたりするといいんだけども」


「ん、一応全部目を通したけどそんな単語は出てこなかった。神獣の名前も不明」


「そっかぁ……本当の名前を呼んであげればこの状態が治るかもしれないって思ったけど、難しそうだ。こうなったら同じ神獣に訊いてみるのが一番かな」


レモティーはオキデンスがある方角へ顔を向ける。燐火の黒大蛇(エキドナ)半人半魚の歌女(ローレライ)は聖母が与えた名前であり、真なる名とは異なるものだ。アイリスが与えた名前を知るのは女神本人か同じ原初の獣くらいだが、幸いにも少女達には顔見知りの神獣がいる。


「早速チュンコさんを呼んだほうがいいでしょうか? ココノアちゃんが空に向かって魔法を撃つのを合図にしてましたけど、闇を滅する神の裁きディバイン・ジャッジメントも目立つので、もしかしたら来てくれるかもしれません」


「カーディナルのロマン砲は射程と派手さだけなら最上級魔法にも負けなかったし、チュンコが気付いてくれる可能性は高いかもしれない。ただ空を飛んでも移動に1日程度は掛かるだろうから、しばらくここから動けなくなるのが痛いね。聖教があれで引き下がるとは思えないし、襲撃される前に場所を移したいな」


「はい。神獣さん達は随分と無理をしちゃったみたいなので、安全な場所でゆっくり休ませてあげたほうがいいと思います。とはいえ、ココノアちゃんの件もありますし、まずは何から着手すればいいやら……」


眉をハの字に曲げて困り顔を浮かべるメル。湖底での一部始終については既に彼女から仲間へ伝達済みだ。連れ去られたココノアの救出は作戦を練る必要があることから、一時的に棚上げの状態となった。

教皇の花嫁候補として選ばれたのであれば彼女に危害が及ぶ可能性は極めて低く、もしデイパラによる"命名の儀"が神獣以外にも適用可能だった場合でも、メルの回復魔法で解除できる。それにココノアは囚われの身でも仲間の到着を待って、自らが為すべきことを為せる人物だ。これらの条件を考慮すれば、保留の判断は妥当と言えるだろう。

だが神獣の方は放置するわけにいかない。聖教が回収を試みるかもしれないからだ。再度洗脳されたエキドナとローレライがオキデンスを襲撃するという状況になれば、ただでさえ少ない人数を割いて対処しなければならなくなり、ジリ貧に陥る。だからこそ神獣の安全確保は優先して対応すべき事項だった。


「……なら、メルが名前を付けてあげればいい。女神とメルのネーミングセンスは完全に一致してる」


「ああ、そういえばメルが名付けたチュンコって名前も、女神が付けた名前と同じだったんだっけ。ダメ元で試してみる価値はあるかもしれないけど……流石に厳しいんじゃないかなぁ」


リセの提案にレモティーは懐疑的な態度を示す。ココノアにクソダサネーミングと言わしめるほどの独特なセンス――アイリスと同じ感性を持つメルであっても、ノーヒントで神獣達の真名を言い当てるのは難しい。


「その手がありましたね! 可愛くて親しみ易いお名前を考えてみます!」


しかし本人は妙に乗り気だった。両腕を組んだ猫耳少女は尾を揺らしながら思案し始める。しばらくの間を置いてから、彼女は手の平をポンと叩いた。神獣達にぴったりの名前を思いついたのだ。自信満々の笑顔でメルは大蛇を指差す。


「黒蛇さんの方は"キヨピー"ってお名前がいいと思います! 鳴き声が凄く耳に残ってたんですよね!」


「ん、分かりやすくていい。どっから"ピー"が出てきたのかは知らないけど」


黒い鱗に覆われた大蛇は"キヨピー"という名を与えられた。湖底で戦った際、「キョキョキョ」という印象的な鳴き声を出していたのが決め手となったようだ。地球に存在する蛇は発声器官を持たないので、この星で彼女が得た()は最大の特徴となる。名付けの要素としてはピッタリかもしれない。続けてメルは半人半魚の獣へ指を向けた。


「こっちの人魚さんは"ライ"でどうですか!」


「へぇ、ローレライから()()だけを残したんだね。あ、いや下半身がライギョと似てるからか……? まあどっちにしても元の名前より呼びやすいよ」


レモティーが呟いた通り、メルが提案した名称はダブルミーニングとなっていたが、実のところ本人はそこまで考えていない。直感で決めただけである。それでも彼女が想いを込めて考えた名前は、原初の獣をデイパラの呪縛から解放する鍵となった。


「それでは新しいお名前をどうぞ! キヨピーさん、ライさん♪」


桃色の長髪を鮮やかに靡かせ、メルは両手を神獣達に差し出す。その瞬間、小さな指先から暖かな輝きが漏れ出した。魂に憑依したアイリスの魔力が共鳴したのだ。かつての主である女神の力を感じ取った2体の獣は目を覚まし、ゆっくりと瞼を開ける。


「……うむ、それこそが(わらわ)の名じゃ。ヌシ様そっくりのこの魔力、懐かしくさえ感じるのう。して小娘、お前は何者じゃ?」


「マスターから(たまわ)った大切な名前を思い出すことが出来ました。心から感謝します。ところでアナタから感じる魔力の波長……マスターと同一のものですね。私はアナタに興味津々です」


大蛇と人魚は起き上がるなりメルに強い関心を向けた。両方共にやや気怠そうな様子ではあるが、生命の維持に支障はないようだ。これまで会話らしい会話をして無かった獣達が人の言葉を話せるだけの理性を取り戻したということは、デイパラによる洗脳が完全に解けたという証明に他ならない。


「まさか1回で本命を引き当てるなんて……凄い偶然もあるものだね!? ともかく、言葉が通じるのは助かるよ。まずはボク達の話を聞いて貰おう!」


またしてもメル考案の呼び名が女神の名付けと一致した事に驚きつつも、レモティーはこれまでの経緯について説明した。海底神殿におけるアイリスとの邂逅や自分達の素性、そして仲間の救出とデイパラとの対話を果たすため教皇庁へ向かう事――それら全部を話すと流石に長くなってしまったが、いずれも獣達には十分伝わったようである。


「キョキョキョ……少々突飛ではあるが、事情は理解したのじゃ。ヌシ様の魂を宿すのであれば、その身はヌシ様も同然。妾はメルに従うとしようかのう。ライよ、お前もそれでよいな?」


「無論です、姉様。マスターの願いは私達全員の願いですから」


キヨピーとライは迷うことなく協力を申し出た。メルがアイリスの魂と共にあると感じ取った獣達から見れば、メルは女神と同等の存在なのかもしれない。デイパラとの対話を果たすためにも、神獣の力を借りられるのは少女達にとっても好ましい状況である。

ただ、レモティーには諸手(もろて)を挙げて喜べない心配事があった。教皇庁では聖母が従える大口の悪魔(メフィスト)と遭遇する可能性が高い。つまり神獣同士の争いになってもおかしくはないのだ。


「手伝ってくれるのは嬉しいけども、本当に構わないのかい? 教皇庁には大口の悪魔(メフィスト)って呼ばれる神獣がいるみたいなんだ。もしかしたら仲間同士で争う事になるかもしれないよ」


大口の悪魔(メフィスト)か……こちらは随分と元の名前に近いのう。まあよい、末妹(デイパラ)によって操られておるのであれば、妾が動きを封じてやるまでじゃ」


「姉様ならば()()()()()を大人しくさせることは容易いかと。その後、メル様に精神支配を解除いただければ問題なく元へ戻せるでしょう」


「それは良かった! ボク達も操られた神獣とは戦いたくないからね。あとは教皇庁へ辿り着く算段さえ付けばなんとかなりそうかな」


懸念事項は1つ解決したものの、まだ大きな課題が残されていた。教皇庁の周辺には人口が密集する都市があるため、そこに住む信徒達が動員されれば応戦せざる得なくなってしまう。アイリス聖教に所属している信徒の大半には悪意など無いが、教皇から指示が出されれば盲目的に戦へ身を投じるだろう。ともすれば転移祭壇を使って中央島へ乗り込んだ時点で、大規模な戦闘が勃発する恐れもある。


「アイリスさんを慕う信者さんと戦いたくはないので、できるだけ穏便に済ませたいところです。教皇庁までこっそり向かう事って出来ないのでしょうか?」


「それは難しいだろうね……教皇庁は聖教の本拠地でもあるし、信者を総動員してでもこっちを潰しに来るはずだ。できる限り被害が出ないように力をセーブして突破するしか――」


「キョキョッ! お前達、向こうの茂みに人間族の男が隠れておるぞ。ちと油断しすぎではないかえ? ……出てこい小童(こわっぱ)、妾には見えておるのだからな!」


唐突にキヨピーが会話を制止した。僅か0.5℃の温度差から対象を感知可能なピット器官――蛇特有の赤外線センサーを有する大蛇は如何なる生物も見逃さない。彼女が指摘した通り、少し離れたところにあった緑の茂みから長身の男性が顔を出した。武器や鎧の類は身につけておらず、素朴な布服に釣り道具だけという地味な装いだ。だが全身が一流のアスリートのように引き締まっており、ただの釣り人には到底見えない。神獣達が怪訝な目付きで男を睨みつける中、メルが「あっ!」という声を漏らす。


「誰かと思ったらレイルスさんじゃないですか!」


「すまん、盗み聞きするつもりはなかった。こちらに害意はない。そう警戒しないでくれ」


申し訳無さそうに両手を挙げて出てきたのは、風の島で顔を合わせた筆頭冒険者だった。黄金色に染まった後頭部をポリポリと掻きながら、レイルスはメルの方へ歩み寄る。


「この小島が大物の穴場って聞いて釣りにやって来たんだが……島に上陸するなり神獣が見えたもんでな……遠巻きに様子を伺ってたんだ。まさか聖教に捕らえられた燐火の黒大蛇(エキドナ)半人半魚の歌女(ローレライ)がこんな場所にいるなんて思わなかったぜ」


「その名で呼ぶでないわ! 妾にはヌシ様からいただいたキヨピーという気高き名があるのじゃ。もし再び名を間違えれば、頭から噛み砕いてやるからの!」


「あ、ああ……気を付けるよ」


凄みのある蛇目で睨みつけられ、額に冷や汗を浮かべる歴戦の冒険者。彼は体裁を整えるようにコホンと咳払いをしてから、メル達へ視線を移した。


「それにしても珍しいな……今日は4人じゃないのか。もし困ってる事があるなら相談に乗るぞ。君達には帝国で受けた恩がまだ残ってるしな」


「ええっと、どこから話せばいいのやら……とりあえず、神獣さん達の事も含めて簡単に説明しますね」


メルは風の島でレイルスと別れてからの出来事を言葉に紡いだ。ただし自分達が異世界からの訪問者であること、そして女神の魂が憑依しているといった内容は省いている。ありのままを伝えると、相手が情報の洪水に流されかねないと懸念したからだ。しばらくして話を聞き終えたレイルスは、重大な覚悟を決めたような顔付きでメルの肩に手を置いた。


「……この小さな体でよく今まで頑張ってきたな。ココノアの救出、オレにも手伝わせてくれ」


「えっ、ボク達としては助かるけど本当に良いのかい? 君は聖教の内情調査が仕事なんだろ?」


「調査すべき事は今の話で判明したから問題ないさ。聖教が神獣を従えた狙いを突き止め、世界に害をなす可能性があるのかを判断するのがオレの任務だった。この世界から聖教の信徒以外を駆逐するのが奴らの目的なら、冒険者ギルドは総力を挙げてそれを阻止するだけだ」


険しい顔付きでそう言い放つと、レイルスはズボンのポケットから手の平サイズの魔道具を取り出した。青い宝珠が嵌め込まれたそれは薄い石板のような見た目をしており、ともすれば携帯用の小型通信機に見えなくもない。それを手慣れた様子で操作する彼の姿をメルは興味深そうに見上げる。


「それは何ですか?」


「ギルド本部に連絡するための端末だよ。緊急招集の合図を送ったから、5日後には東と西の大陸から()りすぐりの冒険者が聖教国へ集結するだろう。信者達はこっちで引き受けるから、君達は奴らの本拠地に強行突入すればいい」


「冒険者を呼び寄せたって……まさか戦争でもおっ始めるつもりかい!?」


「おっと、誤解しないでくれ。冒険者ギルドの目的はあくまでも聖教の野望を阻止することであって、この国を潰すことじゃない。ただ、今の情勢じゃ平和的な解決なんて夢のまた夢だ。まずは聖教から全ての神獣を手放させないと、足元を見られちまうからな」


そう言ってレイルスはキヨピーとライを一瞥した。2体の神獣が解放された時点で戦力の偏りはある程度改善されたが、"大口の悪魔"の異名で呼ばれる獣が残っている限り油断はできない。全ての獣を解放し、聖教国を交渉のテーブルへ着かせる――それが冒険者ギルドの最終目標であり、レイルスを始めとする精鋭冒険者達が請け負った任務だった。


「とはいえ、オレ達だけで神獣をどうにかするのは正直難しい。だから時間稼ぎに徹する。なに、心配せずとも相手が人だけならこっちも手加減はできるさ」


「ん……つまり、冒険者部隊が陽動してくれるってこと?」


「そういうことだ。カッコよく手伝わせてくれなんて言っときながら、できるのが囮だけとは我ながら情けないけどな……だが、やるからには全力を尽くすぜ」


「ん、無用な戦いを避けられるなら、こっちとしても好都合」


リセの言葉にレモティーとメルは頷いた。冒険者が聖教の注意を引き付けてくれれば、教皇庁へ突入しやすくなるのは間違いない。一方、冒険者ギルドにとってもメル達と共同戦線を張る意義は大きかった。神獣に戦いを挑めばどれだけの犠牲がでるか分からないが、信徒を抑え込むだけならば既存の戦力でも対処できる。利害が一致する以上、互いに協力を拒む理由はなかった。


「それじゃ、冒険者ギルドに陽動を仕掛けてもらおう。ココノアには少し辛抱して貰うことになるけど、援軍の到着を待った方が良さそうだ。キヨピーとライにも魔力を回復させるための時間が必要だろうし」


「わかりました。時間があるならチュンコさんにも合図を送っておきますね。空を飛ぶことができれば教皇庁までの移動時間を短縮できるかもしれません」


「……チュンコじゃと!? ま、待つのじゃ!」


"空の神獣"に反応した大蛇が慌てて頭部をメルに近づけた。口からは細長い紫紺の舌がチロチロと出入りを繰り返しており、落ち着きを失っているのがよく分かる。


「あの気難しい長姉を呼ぶなどと、命知らずにも程があるぞ! 下手を打てば島が1つ2つ壊滅してもおかしくないというのに……!」


「姉妹の中でもチュンコ姉様は最も大きな魔力を有する獣……もし怒りを買うような事があれば大惨事になりかねません。お考え直しください」


「えっ、チュンコって神獣の中ではそんなキャラなのかい? とてもそうには思えないけどなぁ」


人懐っこいモフモフの巨大スズメから程遠い言葉の羅列に、レモティーは不思議そうに首を傾げる。しかしシニストラ自治区北部の山岳地帯において、チュンコが問答無用の強襲を仕掛けて来たのも事実だ。彼女達だからこそ大事には至らなかったが、他の一団なら全滅していたに違いない。


「そう言われてみると、出会った時は気性の荒い部分が見え隠れしてたような……?」


「ん、温泉でのチュンコはかなり横暴だった」


「もう、2人共そんな事言って! チュンコさんなら大丈夫ですよ! オキデンスでお手伝いしてくれた時みたいに今回も力を貸してくれます♪」


メルだけはチュンコが味方してくれると信じて疑わない。八重歯を見せて微笑む彼女を見て、キヨピーは諦めたように瞼を閉じた。


「むぅ、メルがそこまで言うのであれば別に構わぬが……数千年の間に性格が丸くなった事を祈っておくかのう」


地球の生態で言えば蛇はスズメの捕食者にあたるが、キヨピーはチュンコに苦手意識を持っているようだ。神獣達が女神と一緒にエウレカでどんな暮らしを送っていたのか聞いてみたい気持ちが、メルの中で湧き上がってくる。しかし彼女が質問するよりも先にレイルスが口を開いた。


「盛り上がってるところ悪いが、話を聞いて欲しい。オレには聖教の監視が付いてるんだ。ここに来る途中に()いてやったから今は心配いらないが、奴らは血眼でこの周辺を探してるだろう。冒険者の上陸前に事を荒立てないためにも、当日まで神獣達に身を隠して貰う事は出来ないか?」


「そうだ、追っ手にどう対処するかを考えるのを忘れてたよ。でもこんなに大きい神獣を隠す方法なんて、すぐには思いつかないなぁ……」


湖底まで伸びてそうなキヨピーの長い胴体を前にして、レモティーは難しい顔で考え込む。神獣の例に漏れず、キヨピーとライは島の建物より遥かに巨大だった。身を隠す場所など無いに等しい。


「ライだけなら湖や海に潜って追っ手をやり過ごせそうだけど、キヨピーとチュンコの場合は難しいね。ボクの植物でカモフラージュしようにも、大きすぎて逆に目立つだろうし……」


「ん、これを隠すのは無理。別のアプローチを考えた方がいい」


「うーん……NeCOにあった"チビチビのステッキ"があれば、神獣さん達を小さくすることができるんですけども……」


「何を言っておるのじゃ、お前達。身を隠す必要などないであろう。前は末妹の入れ知恵のせいで遅れを取ったが、もう同じ手は喰らわぬ。連中がやって来たら即座に妾の炎で燃やし尽くしてやるだけじゃ!」


3人が相談していると黒蛇が恨めしそうな声を吐き出した。どうやら隠れるという行為自体が気に入らないらしい。しかし女神の想いを尊重するメルは神獣と人々が争う事を固く禁じた。


「ダメですよ、キヨピーさん! アイリスさんは神獣さん達と人が争うところなんて見たくないはずです!」


「キョキョ……!? そう言われると何も言い返せんのう。ならば最終手段じゃ。ライよ、アレのやり方は忘れておらぬな?」


「ええ姉様。ですが、あの頃はマスターが与えてくださったイメージがあったからこそ()()できたのです。今も姿を変えられるかどうかは……」


「ストップ! その"転身"とやらについて詳しく教えてくれないかな!」


思いがけず飛び出した単語にレモティーが食い付く。チュンコからは"転身"という言葉を聞いたことが無かったが、キヨピー達の言い振りからして身体変化に該当するものだろう。神獣の外見を変更できる手段があるのならば、それを使わない手はない。


「なんじゃ、長姉から何も聞いておらぬのか? 原初の獣は環境に応じて姿を変える力をヌシ様から授かっておるのじゃ。もっとも、転身後の容姿を明確に思い描かねば失敗してしまうがのう」


「転身しても元の姿に戻ることは可能です。ですが新たな姿を得るためには、創造主たるマスターにイメージを示していただかなければなりません。その資格を今お持ちなのはメル様のみ……宜しければ私達に相応しい()を考えていただけないでしょうか」


丁寧な言葉に添えるようにしてライは頭を深々と下げた。突然の懇願を受け、メルは戸惑った表情で友人達の顔を見る。


「ええっと、私がそんな大事な役を引き受けてもいいんでしょうか……?」


「ボクからもお願いするよ。ヒトの姿になって貰えれば行動範囲も広がるしさ」


「ん、NeCOで鍛えたキャラメイク技術を活かす時。メルならきっと出来る」


「キャラメイク……! そういう風に考えれば、私にも出来るかもって思えてきました! よーし、神獣さん達にぴったりのイメージを考えてみますね!」


猫耳少女は2体の神獣に向き直ると、目を瞑って集中力を高めた。そして頭の中でNeCOのキャラクターメイキング画面を思い描く。種族の設定項目から始まり、身長や体重、肌の色や筋肉の付け方……膨大な数のパラメータが記載されたプロフィールシートがメルの脳内に再現されていく。


(キヨピーさんには大人びた顔が似合いそう! まずは女性顔の④番をベースにしてから、鼻の高さと頬を調整して――)


架空のキャラクターを無から作り出すというのは決して楽な作業ではない。しかし慣れ親しんだシステムを介してであれば話は別だ。アバターの可愛さに定評のあったNeCOでは豊富なクリエイトが可能であり、そこには無数とも言える組み合わせが存在する。最愛の"うちの子"を生み出すため、数週間近くキャラメイク()に浸かっていたメルは、その全てを頭に叩き込んでいた。


(お胸は大きめにしてっと……うん、良い感じ! ウエストにくびれがある方がセクシーに見えるから、腰のパラメータも調整して……)


何千回という試行錯誤により蓄積された調整テクニックにより、平凡だった人間族キャラクターへ命が吹き込まれる。鱗の色を映したような艶やかな黒い長髪と、玉のように磨かれた白い肌を持つモデル体型の長身女性――それがキヨピーの新たな姿だ。切れ長の目元にはエメラルドを思わせる美しい瞳が組み合わされ、さらに唇の右下へ艶ボクロが追加された。現実に存在すれば言い寄る男が絶えないであろう妖艶な美女の完成である。


「うん、これでバッチリです! キヨピーさんの新しい姿が決まりました!」


「キョキョ、もう出来たのか? ならば妾に手を触れるが良い。魔力を介して思考を読み取ってやろう」


確固たるイメージを創り出したメルは、それを送り出すかのようにしてキヨピーの身体に触れた。少女の体内を巡る魔力を通じて転身後の自分を垣間見た大蛇は満足気に頷く。


「ふむ……上出来じゃ! 新しき妾の艶姿(あですがた)、見せてやろうぞ!」


それまで真っ黒だった蛇の体表が急に輝き始めた。鱗の1枚1枚が魔力の粒子となって剥がれ、空へ消えていく――そんな幻想的な脱皮によって、みるみるうちにキヨピーの体積は減り、最終的に1人の女性へと変化する。


「人の姿も悪くはないのう。体が軽いのじゃ♪」


全裸の黒髪美人は嬉しそうにその場で飛んだり跳ねたりして見せた。豪快に揺れる乳房を直視してしまい、レイルスは慌てて後ろを向く。


「その、なんだ……服は無いのか? 流石にそれで連れ歩くわけにはいかないぞ」


「転身後は裸になっちゃうみたいだね。後でボクが衣服を用意するよ」


「作るなら和モダン風の着物にしてください、レモティーちゃん! キヨピーさんにはそれが一番似合うと思うので!」


「いいねぇ和モダン、黒髪によく似合いそうだ。一通りの材料はメルのポーチに入ってるから、それで作ってみよう!」


レモティーは親指をグっと立てて返した。原初の獣に服飾文化はなさそうだが、しばらく聖教の監視から逃れるためにも悪目立ちしない格好は重要だ。


「メル様……どうか私にも新しい姿を提案していただけませんか?」


少女達のやり取りを見ていたライがソワソワしながら呟く。はしゃぐ姉を見て待ちきれなくなったらしい。メルは既にライの脳内キャラメイクを終えていたので、二つ返事で彼女の手に触れた。


「もちろんです! イメージは固まってますから、いつでも大丈夫ですよ!」


「頼もしきお言葉です。では早速……!」


キヨピー同様に全身から光を放ち、瞬く間に姿を変えていく巨大人魚。その身長はリセと同じ程度まで縮まり、人間族と大差ない容貌となった。さらに青かった肌が小麦色に変化した事で、これまでのクリーチャー感は見事に消えた。潤いを帯びたマリンブルーの髪もボリュームがあり、華麗な踊り子のようにふわりと揺れる。


「これが大地に立つという感覚ですか……姉様はこれでよくあのような動きができますね……」


魚の尾が人と同じ足に置き換わったため、慣れない二足歩行に四苦八苦するライ。だが彼女の(くるぶし)には人魚の名残を感じさせる小さなヒレがついており、それがバランサーの役目を務めたおかげで次第に重心が安定し始めた。友人が仕込んだアイデアに気付いたレモティーはメルへ問い掛ける。


「あの小さなヒレって、もしかしてNeCOにあったアクセサリかい?」


「そうです! ライさんにはぴったりだと思って付けてみました!」


「ん、なかなか似合ってる。あれなら水の中でも動きやすいし実用的」


そんな会話を交わしていた3人の視線に気付いたライは、晴れやかな笑みを浮かべてゆっくりとメルの前まで歩いてきた。一糸纏わぬ神秘的な裸体が美しい湖の背景と融合し、あたかも高名な絵画を彷彿とさせる光景を生み出す。


「ずっと昔からマスターと一緒に浜辺を歩くのが夢でした。今となっては叶うこともありませんが、それでも嬉しく思います」


「えへへ、喜んで貰えたようで何よりですよ! でも裸のままじゃ冷えちゃうかもしれないので、まずは着る物を作ってもらいましょうか。レモティーちゃん、何か良いアイデアあります?」


「なら、ジプシー風の民族衣装なんてどうかな。褐色肌と組み合わせなら、エキゾチックな魅力が出せると思うんだよね。それに長いスカートなら足のヒレも隠しやすいしさ!」


「流石レモティーちゃん! その案でお願いします♪」


服の話題で盛り上がる少女達。その傍ら、レイルスは未だに振り返ることができずにいた。婦女の素肌をみだりに覗き見るような行為は男として恥ずべきだと感じた故の対応だったが、神獣にはそもそも裸を見られる事に対する羞恥など存在していない。彼の独り相撲である。


「それにしても彼女達は凄いな……親しい者が連れ去られても自分を見失わず、他者を気遣う気持ちを忘れていない。英雄に求められる資質っていうのは、こういうものなんだろうか」


不意にレイルスの口から独り言が漏れた。魔王すら凌ぐ実力を持つ強者であれば、力任せに教皇庁へ攻め込むこともできたはずだ。しかし少女達は無辜(むこ)の信者に生じる被害を最小限とするべく行動している。ココノアなら自分が助けに行くまで大丈夫――そう信じていなければ、決して選べない道だ。


「フッ、あいつらにも教えてやりたいぜ……」


自らが理想とする英雄像をメル達に重ねた筆頭冒険者は青い空を見上げ、仲間との合流を心待ちにするのであった。

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