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うちの子転生!  作者: 千国丸
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100.運命の花嫁④

――水中神殿 隠し祭壇――


メルとココノアが動作させたギミックにより、水中神殿の中央フロアに地下へと続く階段が出現した。水没した遺構なので当然その先に繋がる通路も水に満たされていると思われたが、隠し通路は乾燥しており僅かな水滴すら存在しない。開口部を仕切りにして水が食い止められている事から、聖域の魔法が施されていると考えていいだろう。

合流して再び4人となった一行は徒歩に切り替え、長い階段を降りていく。壁には何らかの魔力源で生み出されたと思しき光源が備わっており、足元を視認できる程度には明るかった。しかも上階と異なり、通路の石床には欠けた場所が見当たらないほどに美しく保たれたままだ。人が訪れる事は滅多に無かったようである。


「ここが一番奥みたいね。結構歩かせてくれたじゃない」


「思ってた以上に広いなぁ。こんな施設を湖の底に作るのは無理だろうから、もともと陸に建てられた神殿が沈んだって考える方が自然なんだろうね。ともかく、あっちに見える祭壇のところまで行こう」


最深部で少女達を迎えたのは静寂に包まれた半球状の祭壇部屋だった。中央には火の島や風の島にあったものと同じ祭壇があるが、その外観に経年劣化は一切見られない。まるで作られたばかりのような美しい光沢を纏っていた。


「あっ、台座の上に鏡が置いてあります! あれが神器でしょうか?」


祭壇へ歩み寄る途中、メルは低い台座の上に置かれていた円鏡を指差した。大きさはちょうど彼女の背丈ほどあり、鏡としては大きい方だろう。華やかな装飾が(ふち)部分に施され、神器と呼ぶのに相応しい風格を備える。


「レモティー、念のために台座と鏡を両方鑑定してくれる? 罠が仕掛けられてないか確認しておきたいから」


「よし、やってみよう。鑑定!」


スキル名の呼称と同時にレモティーの身体が薄く光った。鑑定スキルの効果により、対象物の情報が文字の羅列となって彼女の脳内に流れ込んだのである。


「うん……特に危険はないみたいだ。あとその鏡は"女神の姿見"っていう魔道具らしいよ。説明内容がフワっとしてて詳細は分からないけど、女神に(ゆかり)があるものと見て間違い無いんじゃないかな」


鑑定により安全が担保されたので、祭壇に登った4人は鏡を据えた台座の周囲に集まった。深みのある翡翠色に染まった台座は滑らかに研磨されており、触り心地が良さそうだ。メルは何気なく台の表面へ手を伸ばす。


――パァァァァ!――


小さな指先が触れた瞬間、台座から緑色の輝きが放たれた。リセは念のため鞘から剣を引き抜こうとしたものの、彼女が危惧するような事態は起こらず、鏡の手前側に文字が浮かび上がっただけで終わる。


「急に光ったからびっくりしたじゃない。ところでこれ、なんて書いてあるの? なんとなく文章っぽいのは分かるんだけど、全然読めないわね」


「おかしいなぁ? 異世界の文字は言語変換スキルで自動的に変換されてるはずなんだけども。リセも読めないかい?」


「ん……無理」


少女達が保有するパッシブスキル"言語変換"は、異世界の言葉や文字をリアルタイム翻訳する効果を持つ。解読に高度な知識を要する古代エルフ文字も例外ではなかったが、今回ばかりは機能しなかった。

台座に刻まれたのは幾何学的な象形文字、そして母音や子音を示していると思われる音節文字が組み合わさった文章だった。一見すると漢字と平仮名を混ぜる日本語のスタイルに近いが、読み方は何一つ分からない。3人が諦め気味に溜息を吐き出す振る傍ら、メルは熱心に台座に視線を向けていた。


「ふむふむ……この鏡はアイリスさんが造ったものみたいです。鏡の前に立って魔力を与えると、魂を映し出す事ができるって書いてありました」


「おや、メルには読めるんだね? 取得してるスキルは同じはずだけど……まあここで色々考えても仕方ないか。女神について何か分かるかもしれないし、とにかく試してみよう」


「ちょっとストップ。鑑定済みだし安全だとは思うけど……メルは最後にやって。もしヒーラーに何かあったら立て直しが難しいでしょ? 最初はうちが試すから」


ココノアが率先して鏡の前に出る。何が起こるか予想できない以上、状態異常の回復や蘇生が可能なメルを後回しにするのは正しい判断だ。ただ、それ以上に恋人を危険から遠ざけたいという気持ちが強かったのかもしれない。有無を言わさない彼女の態度に、仲間達は頷いて1番手を任せた。


「それじゃ、やってみるわよ……!」


ココノアは右手を鏡に向けて自らの魔力を分け与える。しかし円鏡に変化はなかった。映し出されたのは緊張した面持ちのエルフ少女だけだ。


「何も変化がないね。普通の鏡よりは綺麗に映ってると思うけどさ」


「ひょっとしてこれ故障してるんじゃないの?」


「鑑定では異常なしだったから、壊れてはいないと思うよ。次はボクが試してみるかな」


続けてレモティー、リセの順番で鏡に姿を映してたものの結果はココノアと同じだった。円鏡は今の彼女達をありのままに映しただけである。これでは普通の鏡と何ら変わりない。


「うーん、リセもダメだったね。そもそも魂っていうのがよく分かってないし、何がどうなれば正解なのかさっぱりだ。神器がこれだけとは限らないから、メルがやってみて何も起こらなかったら別のところを探索してみようか」


「ん、次はメルの番」


リセは鏡の前から下がり、メルと位置を交代した。台座の前に立った猫耳少女は満を持して魔力を鏡へと送り込む。指から放出された淡く光るオーラが神器に注がれた直後、鏡像の隣に別の人影が浮かび上がった。

太陽を思わせる真っ赤な瞳と鮮やかな桃色のロングヘア、そして背中から生えた純白の翼――現れた女性の姿に一同は唖然としてしまう。特徴の全てがアイリス聖教で語られる創世神と一致するからだ。正体不明の人物は慈愛に満ちた穏やかな微笑を浮かべ、静かに少女達を見つめている。


「うちらの時は何も起こらなかったのに……っていうか、これ誰なの。まさか本当に女神だなんて言わないでしょうね?」


「見た目だけなら成長したメルに見えなくもないけど、獣耳や尻尾がないから違うはずだ。しかもこの貫禄、只者じゃない雰囲気を感じる……神様だって言われても信じちゃうよ」


レモティーの推測は的を得たものだろう。鏡に映る女性にはメルとの共通点が多かったものの、獣人族の特徴は何一見当たらない。この世界ではミコトとユキのように身体的な特徴が親から子へ受け継がれるため、2人の容貌に見られる違いは血縁関係を持たない者同士である事の証左となった。

では白翼の乙女は一体何者なのか――その問いに対する答えは彼女の装いを観察すれば自ずと導かれる。揺らめく神代文字が刻まれた銀翼のドレスと、虹に彩られた夢幻の如き羽衣……いずれもこの世ならざる物だ。およそ人の手では生み出せないであろう代物を着こなせる者など、それこそ神と呼ばれる存在しかいない。


「えっと……アイリスさん、ですか?」


メルが鏡に向かって言葉を投げ掛けると、女性はニッコリと口元を緩めて両手を差し出した。これから何が行われるのかと固唾を飲んで見守る一行。しかし彼女は誰もが想定していない行動に出る。


『そうですとも、私がアイリスです! 姿を見せるのはこれが初めてですね!』


それまでの(おごそ)かな雰囲気をぶち壊し、自称アイリスは両手でピースマークを作った。フランク過ぎる振る舞いに不意打ちを見舞われ、ココノアは盛大に咳き込む。


『あらら、地球の挨拶はこれで合ってると思ったのですが、違いました? 私もまだまだ勉強が足りないみたいですねぇ』


「けほっ、けほっ……うちらの緊張感を返しなさいよ!? まさか神様がいきなりダブルピースしてくるなんて思わないでしょうがっ!」


『あっ、これが日本のツッコミ文化というものですか! ふむふむ、参考になります。やはり異界の文化は直に触れた方が学びになりますね♪』


大真面目な顔付きで感心するアイリス。彼女が見せる茶目っ気たっぷりの姿は、ココノアがイメージしていた創世神とは真逆だった。あまりにも衝撃的だったので、鏡の中と会話が通じている状況に違和感さえ抱かない。


「お話がしやすそうな女神さんで良かったですね、ココノアちゃん!」


「むしろ掴みどころが無さ過ぎて困ってるんだけど!? こういうタイプの相手は向いてないから、後は任せたわ。女神について知りたがってたのはメルなんだし、このチャンスを無駄にしちゃダメよ」


「言われてみれば、御本人さんと会話できる機会は凄く貴重です。色々と聞きたい事があったのですが、どれからにしましょうか……!」


会話の主導権を任されたメルは改めて鏡に向き直った。どうして永い年月を掛けてまで虚無の星に幾多の生命を根付かせたのか、なぜ世界を護るために自らの神核を砕いたのか……女神に尋ねたい事は尽きない。しかしどれもこれも聞いてしまうと日が暮れてしまう。メルは友人達を振り返って思案した後、全員が異世界を訪れた時から疑問に感じていた事を尋ねようと決心した。


「アイリスさんが私達を召喚したんですよね? どうして私達だったのか、理由を教えて欲しいです!」


『やはりそれが一番気になりますよね……ただ、大変申し上げにくいのですけど、あなた方をこの世界に呼んだのは私ではありません。この身は僅かに残った魂の残渣(ざんさ)に等しいもの……異界の英雄を召喚する術式を使えるほどの力はないのです』


「えっ……!?」


思ってもいなかった女神の答えにメルは目を丸くする。異世界から英雄を呼び寄せる魔法はアイリスにしか使えないという定説が根本から覆されたからだ。互いに顔を見合わせて戸惑う少女達を諭すように、女神は言葉を続ける。


『メルさん、あなたがこの世界に呼ばれた日の事を覚えていますか?』


「えっと、確かNeCOの夢を見て……タイニーキャットさんから別の世界を救って欲しいって言われました!」


『おそらく、この世界と地球を繋ぐ回路(パス)が出来たのはその時でしょう。あなた方は呼ばれたのではなく、()()()()()()のです。そのNeCOという存在によって』


「でも、NeCOっていうのはただのオンラインゲームなんです。私にとっては大切な居場所でしたけど、もうサービス終了を迎えてしまいましたし……そんな不思議な力があったなんて、とても思えません」


『ふふっ、人の想いが集まる場所には時に次元すら超える力が宿るものなのです。メルさんは"想いの力"という言葉に、聞き覚えはありませんか?』


アイリスの質問に対し、メルはハッとした表情で頷く。"想いの力"というフレーズに心当たりがあったのだ。ゲームバランスが悪さと対比する形でアバターの可愛さだけが強調されがちなNeCOだが、実はプレイヤー達に好評だった要素がもう1つある。それは"想い"をテーマに据えた壮大なメインストーリーだった。

人々の想いや記憶により生まれた世界の守護者が紡ぐ切ない物語、人の心と姿を得た魔物が他者との交流を通して成長する心温まる物語、そして伝承や伝説から具現化した者達が宿命に打ち勝とうと足掻く叛逆の物語――これら全てにおいて"想いの力"が話の主軸となっている。


「そういえばNeCOでは"想い"や"願い"が様々な事件や奇跡を起こしていました。ひょっとしてそれと同じ現象が起こってたり、とか……?」


『ええ、まさにそれです♪ 例え架空の世界に起因するものであっても、生命の感情が揺れ動く時には少なからず何らかのエネルギーが生まれます。それが蓄積されることによって、世界自体が力を宿すのですよ』


「にわかには信じられないけど……全盛期のNeCOは100万人を超える同時接続数だったはず。もしそれだけのプレイヤー達が持つ"想い"が集まったら、凄い力になるだろうね……」


メンバーの中でプレイ歴が最も長いレモティーはオープンβテスト時代からプレイしており、NeCOの盛衰をリアルタイムで目の当たりにしてきた1人だ。サービス末期こそ過疎に悩まされたNeCOだが、かつてはサーバーダウンが頻繁に発生する程に大勢のプレイヤーが遊んでいた事も良く覚えている。だからこそ突拍子もない女神の解説を否定することなく理解を示した。静かに耳を傾ける少女達を見渡し、アイリスは更に話を続ける。


『人々の"想い"が集まり、NeCOという()()に命を吹き込んだのでしょう。そしてそこに宿った"想い"が次元を超え、私の願いを拾い上げてくれたのだと思います』


「アイリスさんの、願い……」


『ええ、多くの危機に侵食されて終焉を待つしか無かったこの星を救いたいという願望です。魂の欠片だけになった私は世界に干渉することができません。このまま何もできずに嘆く事しかできないと絶望していたのですが……』


「ですが……?」


『なんと次元の裂け目から私にそっくりな可愛い女の子がやってきたではありませんか! もしかしてこの子なら、と直感した私はあなたの魂に憑依したんですよ、メルさん♪』


鏡の中から両手の人差し指を勢い良くメルへ向けるアイリス。そのコミカルな挙動のせいで女神の威厳が台無しになる。彼女の隣に居たココノアも呆れた顔で「自分で可愛いって言ってるわ、この女神……」と呟いた。だが当の本人は気にする素振りも見せない。それどころか満開の笑顔を咲かせる。


『本当はずっと前からこうしてお話したかったんです。だってみなさん、私でも驚いちゃうほどに破天荒な活躍っぷりを見せてくれたんですもの! 本来ならバッドエンドにしかならないはずだった運命が、全てハッピーエンドに塗り替えられていく……その爽快感と喜びたるや、言葉では言い尽くせません♪』


「ええっ!? ひょっとしてアイリスさんはずっと私達と一緒に居たんですか? 全然気付きませんでした……」


『覗き見するような形になってごめんなさいね。私にできるのはあなた達の旅を見守る事だけでした。先に憑依していたおかげでアスタロトの精神干渉を防ぐことはできましたが……女神と言ってもらえる程の力はもう残っていません。今もこの鏡を介して辛うじて会話が出来ているものの、長くは保たないでしょう』


「そんな……せっかくこうしてお話できたのに!」


『だからお伝えすべき事は全てここでお話しておきます。少し長くなりますけど、耳の穴かっぽじって良く聞いておいてくださいな♪』


異界仕込みの奇妙な言葉遣いを披露しつつ、アイリスは過去について語り始めた。彼女によると、滅びかけた世界を救うためには神核を砕いて魔力を星中へ巡らせるしかなかったそうだ。事実、女神の自己犠牲により全ての生命が息絶えるという最悪の結末は避ける事が出来ている。しかし神が消えた後も、世界には多くの脅威が残されたままとなった。

種族間戦争を経ても争いを止めない国々、女神の魔力で弱体化してなお強大な力を誇る魔族、上位存在になるため手段を選ばなくなった大賢者……どれも魂だけの存在になったアイリスがどうにかできるものではない。自らの手で育んできた生命の行く末を気に掛けた女神は、魂を擦り減らしながらも星の歴史を見届けてきた。

 

――『お願いです。誰かこの星を……世界を救ってください』――


気の遠くなるような時間が過ぎていく中で、アイリスはひたすら星を救ってくれる勇者の誕生を強く願う。だがそんな彼女を嘲笑うようにして破滅の予兆が現れ始めた。力を蓄えてきた魔族が復活を果たし、ヒトを支配すべく動き始めたのである。

各地で凶暴な魔物が増加し、人々は苦難を強いられた。それだけではない、生き残りを賭けた国家間の争いにより、世界情勢も大きく傾いていく。特に東大陸ではデクシア帝国が周辺国を蹂躙した事により、多くの命が失われる事になった。さらに西大陸では古代人リーデルが野望のために着々と準備を進め、いつ世界大戦に突入してもおかしくない最悪の状況に追い込まれていったのだ。


――『このままでは何もかもが手遅れに……でも私の力では……』――


もうどうにもならないとアイリスが諦めかけたその時、強い"想い"によって別次元から導かれた少女が神の前に降り立った。想像を絶する可能性を秘めし幼い身体に、女神は希望の光を見る。だが少女が善の心を持っているとは限らなかった。もし彼女が悪に堕ちてしまえば、世界の破滅は確実なものとなる。


――『もしこの方が悪しき心の持ち主であれば、間違いなく星は終焉を迎えるでしょう。しかし、魂から感じるこの暖かな想いは……』――


また大好きな仲間達と一緒に冒険したい――楽しい思い出で彩られた未来への希望が、星の安寧を願う女神の心情と重なった。異世界からやってきた少女に世界の命運を委ねる覚悟を決めたアイリスは、残された魔力を振り絞り、"想い"を更なる力へと昇華させる術式を授ける。


――『これが私に出来るせめてもの祝福です。確か、()()()()が居た世界ではこれをログインボーナスと呼ぶのでしたっけ? ふふっ、どうぞ受け取ってくださいな、メルさん♪』――


女神の祝福は正しく作用した。NeCOに集まった想いと少女自身が抱く願いが、あらゆる限界を超える力を引き出したのだ。これによりメルは目を覚ました時点で最強の肉体を獲得していたのである。

一方、メルを含む異世界人4名に術式を与えたことで、アイリスは魂の維持すらも困難になってしまう。いずれ自分の存在が必要になるかもしれないと考えたアイリスは、メルに憑依することで消滅を免れたのだった。

その後、創世神の魂を宿した猫耳少女は仲間達と共に世界を冒険し、様々な人々との出会いと別れを繰り返しながら問題を解決へと導いていく。終焉の芽とも呼べる災いを片っ端から刈り取る姿が、アイリスにとってどれほど心強かったかは言うまでもないだろう。


「ふぅん……大体の話は分かったわ。たかだかネトゲのアバターなのに随分とチート地味た能力があると思ってたけど、そういう経緯があったなら納得できるかも。ま、平和ボケした日本人が異世界で無双しようと思ったら、それくらいして貰わないと無理よね」


『何を仰ってるのですか、ココノアさん。肉体だけみればそうかもしれませんが、その身体を使いこなしているのはみなさん自身の力ですよ? もっと自信を持ってください、自信を!』


「あはは、そう言われるとなんだか照れちゃうなぁ。それにしても、まさかメルに神様が憑依してたとは思わなかったよ。通りで鑑定の時に変な表示が出たわけだ」


「ん、メルが次元結晶や転移陣を制御できる理由もこれでハッキリした」


一通りの話を聞き終え、少女達は清々しい表情を浮かべた。どうして自分がここに呼ばれたのか――ずっと頭の片隅に残っていた謎がようやく解けたからだ。終わりを迎えた物語の続きを求めたのはメルだけではない。全員がそう想っていたからこそ、少女達の"願い"と女神アイリスの"願い"が繋がり、奇跡を生んだのである。

とはいえ、結果的に良い方向に向かっただけで異世界人に全てを託すという判断は博打もいいところだ。それ以前にアイリス聖教を介して世界へ干渉する選択肢もあっただろう。メルは鏡に向かって素朴な質問を口にした。


「アイリス聖教はアイリスさんを信奉する団体ですよね? 神託を聞けるという人もいるって聞きました。どうして先にそちらを頼らなかったんでしょう……? きっとアイリスさんの力になってくれたと思いますけども」


『それは……』


先程までの陽気な振る舞いから一転し、アイリスは言葉を詰まらせる。さらにこれまで絶えなかった笑顔も消えてしまった。


「あっ、別に責めてるわけじゃないんです! 少し気になっちゃって……もし気分を悪くされたのならごめんなさい!」


『ええ、大丈夫……分かっていますよ。以前、みなさんはカナリナさんからアイリス聖教の成り立ちを聞いておられましたね。あの話に出てきた初代聖母は心優しい女性で、私の他愛無い言葉ですら教えとして後世へ残すと言ってくれた方でした。しかし彼女は私が生み出した原初の獣、デイパラに命を奪われています。今の聖母はそのデイパラが成り代わった偽者……全くの別人なのです』


「ええっ、どうしてデイパラさんはそんな事を……?」


『詳しくは分かりませんが、おそらく人々の信仰心を利用するためでしょう。デイパラは大昔に原初の獣が持つ権能を自ら捨てました。再び眷属を生みだす能力を得るには、途方もない力が必要になる……だからこそ偶像としての私に対して捧げられた膨大な"想い"に目を付けたのだと思います』


「なるほど、神への信仰も"想いの力"になるってことか……聖教の教会は各国にあるし、影響力も大きいだろうね」


デイパラの着眼点にレモティーは思わず感心した。信仰ほど人々の想いを集めるのに適したものはない。信徒が増えれば増えるほど、組織は大きな力を得る事ができる。


「リセ、デイパラについて覚えてる事を教えてくれない? 前にチュンコから聞いたはずなんだけど、あんまり記憶に残ってないのよね」


「ん、分かった」


ココノアの要望に応じ、リセはチュンコが語った太古の歴史を振り返った。種族間戦争を止めるという使命を与えられた調停者――今では魔族と呼ばれるヒト種の天敵を生み出したのが神獣デイパラである。いくつかの要因によって暴走した魔族の封印をアイリスに命じられた際、彼女は眷属を生む力を捨てて拒否した。

何故、13番目の獣はアイリスの指示に従わなかったのか……その理由は未だ判明していない。ただ、チュンコはデイパラが持つ"母"としての性質が大きく出たのではないかと推察している。もしそれが事実だと仮定すると、一度放棄した能力を渇望する理由にも想像が付いた。


「母親の本能、みたいなものかもしれないわね。でも、だからって魔族をポンポン生まれても困るっての! あの連中、人を食べ物くらいにしか思ってないし」


「アイリスさんが聖教を頼れない理由がデイパラさんにある事は分かりました。何とかデイパラさんとアイリスさんが仲直りできればいいんですけど……」


『お気持ちは嬉しいのですが……それは難しいかもしれません。デイパラは当時抱いていた負の感情が強く反映された個体であり、言わば私の闇を映した半身です。既に道を(たが)えてしまった以上、互いの目指す未来が交わることは決して……』


鏡の中に佇む女神は悲しげな表情で視線を落とす。厳しい掟により信徒を抑圧し、秘匿した治癒魔法で他者を依存させる方針へ舵を切った聖教が他国と平和的に歩めるという確証はない。それどころか、神獣を捕らえた理由次第では世界の敵になる可能性もあった。故にアイリスはデイパラとの決別という結論へ至ったのだろう。

それに対し、ココノア達は女神ほど悲観していなかった。彼女達の口喧嘩は今でこそ少なくなったが、NeCOでは考え方の違いから何度も衝突しており、1週間ほど言葉を交わさなかった事すらある。それでも今こうして肩を並べているのは、歩み寄ることで相互に理解を深めてきたからだ。


「最初から諦めるくらいなら、ダメ元で話をしてみればいいじゃない。説得できれば良し、出来なかったらお尻でも引っ叩いて叱ってあげればいいの。ぶつからないと分からないって事、結構多いんだから」


「そうですね! 私とココノアちゃんなんて昔はつまらない事ですぐ喧嘩してましたけど、今はこんなにラブラブな恋人同士なんです♪ きっとアイリスさんとデイパラさんも分かり合えるはずですよ!」


ココノアとメルに励まされ、アイリスはゆっくりと顔を上げた。目尻をうっすらと滲ませた女神の様子を見たレモティーとリセは、優しく微笑んで彼女を気遣う。


「2人の言う通りじゃないかな。それにデイパラが生み出した魔族だって、人と共存できないわけじゃない。リセは魔族だけどボク達と同じ食事で問題ないしさ」


「ん、あたしは別に他人を食べようなんて思わない。だから他の魔族も大丈夫なはず。たまにメルの頬が美味しそうに見える事はあるけど」


「リセが言うと冗談に聞こえないってば。ともかく、そういうことだからそんなに思い詰める必要なんてないわよ。アンタが望むなら、うちらが協力してあげる」


『みなさん……ありがとう……ございます……っ!』


ココノアの言葉がトドメになる形で涙溜まりが決壊し、アイリスの頬を透明な水玉が伝った。寂しがりで甘えん坊なチュンコを見れば、彼女がどれほどの愛情を持って神獣達に接していたかを察する事は難しくない。デイパラを突き話すような口振りとは裏腹に、心の内でずっと気にかけていたのだろう。

嗚咽を漏らすアイリスに配慮した少女達は鏡から少し離れ、彼女が落ち着きを取り戻すまで待つことにした。鏡で会話できる時間は限られているものの、グシャグシャになった泣き顔を他人に見られたくないという気持ちは同性なら言葉にせずとも分かる。


「さてと……2人共、ちょっといいかい?」


もったいぶった口調でレモティーが新たな話題を切り出した。妙に鼻息荒い彼女の眼鏡レンズには、白と紺の水着幼女達が交互に映し出されている。


「さっき、メルとココノアが恋人同士だなんていう爆弾発言が飛び出したよね! いつの間にそこまで進展してたんだい!? 詳しく聞かせて欲しいなぁ!」


「うぐっ……! そこは黙って聞き流しておきなさいよ!」


「いいや、全部話して貰わないと! ボクもリセも、2人がいつ引っ付くのか気になってたんだ! どちらからどんな言葉で告白したのかも含めて、じっくりねっとりと――」


レモティーがジリジリとココノアとの距離を詰めていく途中、不意に神殿全体が大きく揺れ始めた。天井の至る場所から欠けた石の破片が落ちてくる。


「えっ、なにこれ地震!?」


「ん……違う。地面じゃなくて建物自体が揺れてる。外部からの攻撃かも」


「神殿に変化があった事を察知して聖教の連中が仕掛けてきた可能性はあるね。ここに居たら生き埋めになるかもしれない。鏡を持ってすぐ離れよう!」


すぐさまレモティーは"女神の姿見"を回収するように指示した。それに応じてメルは鏡の縁に手を掛けようとしたが、鏡の人影は首を横に振る。


『鏡はここに残していただいて結構です。みなさんは脱出を急いでください。外から獣達の魔力を感じます……恐らく、聖教によって捕らえられた子達でしょう』


「でも、鏡がないとアイリスさんと会話ができないんじゃ……!」


『残念ながら、もう魔力が底を尽きてしまいました。なので鏡を使っても会話はできないんです。でも大丈夫、私はいつでもメルさんの(そば)にいますから』


鏡に映るアイリスの姿は透き通っており、今にも消えようとしていた。タイムリミットが訪れたのだ。メルが戸惑っている間にも振動と轟音は大きくなる。


『さあ、早く!』


「……私達は必ずアイリスさんをデイパラさんのところまで連れていきます! だから仲直りの言葉、しっかり考えておいてくださいね!」


少女達は鏡の祭壇に別れを告げ、隠し通路を引き返した。揺れによって軋む天井と壁が今にも崩れてきそうな不穏なイメージを与える。


「よし、1階フロアまで出た! 出口はもうすぐだ!」


「おかしいわね、水がすっかり消えてる上に外も随分と明るくなってるじゃない。一体何が起こってるっていうのよ……!」


神殿へ流れ込んでいた湖水が消えたらしく、1階部分にあった水は大気と置換された後だった。さらに出口からは眩い光が射し込んでいる。神殿が湖底にある以上、厚い水の層によって日差しの大半が遮られるはずだ。明らかな異常事態に少女達は眉を顰めた。


「少し速度を緩めて! バフを掛け直すから!」


違和感を抱いたココノアは走りながら仲間達に全てのバフを掛ける。もちろんそこにはアクアラングの魔法も含まれるが、水中呼吸の効果が発揮される事はなかった。外に出た彼女達を待っていたのは燦々(さんさん)と輝く太陽だったのだ。むわっとする湿気は感じられるものの、周囲を満たしていたはずの水は綺麗さっぱり消失している。


「何よこれ!?」


「この世界だと、こんな事もできるのか……!」


水中神殿の周囲一帯が完全に干上がってしまった――そんな信じられない光景に我が目を疑うココノアとレモティー。何らかの力により湖底が浮上したとも考えられなくはないが、離れた場所にナイアガラの滝を思わせる水壁が見えることから、何者かが湖を割ったと考える方が自然だろう。どちらにせよ、神の奇跡に等しい天変地異であることに変わりはない。


「ん、正面と真後ろをデカブツに挟まされてる。狙いはあたし達だろうね」


「大きな蛇さん……! あれがアイリスさんが言ってた神獣さんでしょうか?」


メル達の前方では山のように聳え立つ巨大な黒蛇が睨みを利かせていた。また背後にも半人半魚と思しき巨獣の影が見える。チュンコと並ぶ程の大きさであることから、それらが原初の獣であることは一目瞭然だった。


「こうして直接お目にかかるのは初めてですかね。私の名はローア……聖教の大司教を務める1人です。以後、お見知りおきを」


大蛇の頭上から男性の声が響く。メル達が見上げると、そこにはアイリス聖教の書籍でも描かれていた大司教ローアの姿があった。禍々しいオーラを放つ長杖を握った彼は、相手の力量を測るようにして杖の先端でメルを捉える。


「ふむ……あのユースティアを制した魔女と言えど、保有魔力は神樹の覇杖(カドゥケウス)の足元にも及びませんか。これならば正攻法で叩き潰すことも容易い」


「異端審問は終わったはずです! 大司教さんが私達に何の用でしょうか!」


「理想の……いえ、()()()()()を貰い受けに来たのですよ。我が身ですら鳥肌が立ってしまうほどの純度の高い魔力、猊下の伴侶としてこれ以上に相応しい女性はいません。さぁココノア嬢、教皇庁へお越しいただきましょう」


ローアが杖を天に掲げた刹那、少女達の視界が僅かに揺らいだ。しかし体に変化はなく、攻撃された痕跡もない。メルは首を傾げながら隣に居た恋人の安否を気遣う。


「ココノアちゃん、大丈夫でしたか? あれっ……!?」


しかしそこに見慣れたエルフ少女の横顔はなかった。リセとレモティーは無事だったが、ココノアだけがその場から忽然と消えていたのだ。

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