step.3-2
ついに、クライド様がお見舞いに来てくださる日がやってきた。いつもなら、再会を楽しみに思って浮かれているところだけれど、今日の私は緊張で物凄くソワソワとしていた。
クライド様は本当に優しいお方で、私に対していつも紳士的な態度で接してくれている。けれど、私は今までそのことに甘えすぎていたと気が付いたのだ。
なるべくクライド様の側にいたくて、席に座る時も歩く時も隣を陣取っていた。自分の意見を伝えることが難しくて、会話をする時はクライド様の話に相槌を打つだけだった。公爵邸の外に出ていくのが怖くて、いつもクライド様の方から会いに来てもらっていた。
私の行動は、クライド様からしたら面倒くさいこと、この上なかっただろう。
だから、今日はそんな今までの私を、これから変えていくのだという決意を示したいと思っていたのだ。
せっかくクライド様と共に過ごすことができるのだから、その時間をなるべく有意義なものにしていきたい。私は頑張ろうと両手をギュッと握りしめると、自分に気合いを入れたのだった。
そんなことを考えているうちに、クライド様が屋敷に到着したようだ。私は知らせに来てくれた使用人にお礼を告げると、ドキドキと高まる胸を抑えながら客間へと向かった。
*****
扉をガチャリと開けると、その音に気が付いたクライド様がクルリと私の方へと顔を向けた。すると、次の瞬間、私の姿を見て瞳を大きく見開いた。
確かに、今までの見た目からかなり変わったのだから、驚くのは仕方がないことなのかもしれない。前髪は目の上まで切っているし、顔には薄く化粧を施している。服装も爽やかな空色のワンピースを身に纏っており、陰気な雰囲気は一切感じられない。
けれど、そのことに対して目に見えて反応をされると、物凄く恥ずかしい気持ちになってくる。次第にクライド様からの視線に耐えられなくなった私は、キュッと唇を結ぶと深く一礼をして顔を隠した。そして、体を上げるとスタスタと早足気味で歩き、クライド様の正面の席へと腰を下ろした。
いつもは隣の席に座っていたので気が付かなかったけれど、目の前のこの席はクライド様のご尊顔が真正面から視界に入ってくるので、何だか心臓に悪い。太陽の光を一身に受けて輝く姿はどこか神々しくて、ドキリと胸が大きくときめいた。
「えっと、聞きたいことは色々あるけれど……まず最初に、調子はどうかい?」
ようやく衝撃から回復されたらしいクライド様は、表情に僅かな影を落とすと、労るような優しい声色でそう声をかけてくれた。
「ご心配をお掛けしてしまい、申し訳ありませんでした。ゆっくりと休んでいたお陰で、すっかり良くなりました」
幸いなことに、転がり落ちた段数はあまり多くなかったようで、そこまでの大怪我をすることはなかったのだ。頭にできたタンコブも、全身にできた痣も、気が付いたら全て治っていた。
当初は、頭を強く打ちつけたので、時間が経ってから何か症状が現れるのではないかと心配されていたけれど、そのようなことも一切起こらなかった。念のため、もう一度お医者さんにも診察をしてもらったけれど、特に異常は見られないとのことだった。
私の体に問題がないということが分かったクライド様は、安心したようにホッとした表情を浮かべた。
「……そうか、大事がなくて本当に良かったよ。これからは危険な行動は避けるようにしてね」
「はい。以後、気を付けます」
頭を強く打ったお陰で前世の記憶を思い出すことが出来たけれど、打ちどころが悪ければ、もしかしたら死んでいたかもしれないのだ。
それに、クライド様はとてもお忙しい方なのに、私のお見舞いのために貴重な時間を使わせてしまった。お会いできるのは嬉しいことだけれど、なるべく迷惑はかけたくなかった。
クライド様は私の様子から反省しているということを感じ取ったのか、これで話は終わりだという風に、違う話題へと切り替えた。