step.3-1/婚約者のお見舞い
前世の記憶を思い出したあの日から、はやくも2週間が経過していた。あれからリネシャとの仲は良好で、私の勘違いでなければ、お互いにかなり打ち解けてきたように思う。
そんな私の今の目標は、『リネシャ以外の使用人とも仲良くなること』だ。
私は今まで、使用人はお金のためだけに働いているのだと思い込んでいた。そのため、私はリネシャだけではなく、それ以外の使用人とも距離を置いて過ごしてきた。顔も名前もしっかりと覚えているのは、恐らく古参の使用人くらいしかいないだろう。
けれど、前世の記憶やリネシャとの会話によって、私の視野は以前よりも格段に広がっていた。今までは見落としていた、様々なことに目がいくようになったのだ。
意識を失っていた私が目を覚ましたことを知った時、侍女たちは涙を流して喜びを露わにしていた。
料理長はポリッジや擦りおろしたリンゴなど、胃に優しくて食べやすい料理ばかりを用意してくれていた。もちろん、味も美味しかった。
ベッド脇のサイドテーブルに置かれている花瓶には、毎日瑞々しく美しい花が生けられていた。しかも、その花は寝ている間に変えられているようで、目を覚ますといつも異なる花が咲き誇っていた。
少し前まで昏睡状態に陥っていたけれど、別に命には別状がないという診断をお医者様からはいただいている。赤の他人であり、特別親しかったわけでもない。
それなのに、何故だか使用人たちは、私に対して度々気遣うような行動を取っていたのだ。
勿論、私のことを大切に思ってのことではなかったのかもしれない。お父様に対して強い忠誠心を抱いているからとか、仕事に対するプロ意識が高いからとか、理由は色々と考えられる。
けれど、どんな訳があったとしても、彼らはこんな私にずっと尽くし続けてくれていたのだ。反応なんてほとんど返ってきたことがないのだから、少しくらい手を抜いても良さそうなのに、だ。
そのことで、遅すぎるかもしれないけれど、我が家で働いてくれている皆のことを、少しずつ知っていきたいと思うようになったのだ。
取り敢えず今は、挨拶やお礼を忘れずに行うことを心掛けるようにしている。自分から話しかけることは、話題やタイミングがよく分からなくて未だにできていない。
けれど、いつの日か、そんなことで悩まないくらい、彼らと親しくなりたいと思っている。
そんなことを考えていると、トントンというノック音と共にリネシャが部屋の中に入ってきた。そこで、私はふと、あることに気が付いた。リネシャの纏っている雰囲気がいつもとは違い、ルンルンという音が鳴りそうなほど明るいのだ。
「リネシャ、何だか凄くご機嫌みたいね。良いことでもあったの?」
私がそう声をかけると、リネシャは『分かりましたか!』と言わんばかりに、表情をパァーッと輝かせた。
「今日は、とっても素敵なお知らせを持ってきたんですよ! なんとなんとっ、3日後に第二王子殿下がお嬢様のお見舞いにいらっしゃるそうなんです!」
「クライド様が!?」
予想外の返事に驚いて、私は思わずガタリと椅子から立ち上がった。
クライド様はとても忙しく過ごされているお方なので、次に公爵邸に訪れてくださるのは、1.2ヶ月くらい後になると思っていたのだ。
前回は、私が階段から転がり落ちてしまったせいで、会話すら出来ないまま終わってしまった。だから、こんなにもはやくお会いできるということが嬉しくて堪らない。
(今から待ちきれないわ……!)
顔に満面の笑みを浮かべた私は、上機嫌なリネシャと共に、3日後に着用する服を選び始めたのだった。