step.2-3
私はリネシャの涙が落ち着いてきた頃合いを見計らうと、意を決してそう問いかけた。すると、リネシャは心底驚いたという風に、目をパチリと瞬かせた。
「何を、言っているんですか? 私がお嬢様のことを嫌う理由なんて、どこにもないじゃないですか」
リネシャの表情からは、嘘を言っているようには見えなかった。けれど、同時にそんなことはあるはずがないと、もう一人の自分が言い聞かせてくる。庇い立てをしているだけであり、本心は別のところにあるはずだと。
私は避けられ続けることがどれほど辛いことなのかを、身をもって知っている。リネシャの言葉を、そのまま素直に受け止めることはできなかった。
「だって、私、リネシャに酷い態度を取ってきたじゃない。リネシャは何もしていないのに、ずっと遠ざけてきたんだよ?」
お父様のことを思い出したからか。自分が誰かの心を傷つけていたという事実が恐ろしかったからか。放たれた私の声は、微かに震えていた。
「一介の使用人である私が、お嬢様の側にいることを許されていた。そのことだけで、私は幸せでした! お嬢様の専属侍女になったことを後悔したことは、今までで一度たりともありません」
「どうして? 私、リネシャのことをたくさん傷付けてきた。自分でも分かってる! 酷いことをしてきたって、ちゃんと分かってるのっ。それなのに、どうして……」
優しい態度に困惑した私は気が付くと、内側から溢れ出てくる想いを、そのままリネシャへと投げかけていた。まるで心が悲鳴をあげているかのようで、言葉を紡ぐ度に胸が締め付けられるような痛みに襲われた。
すると、そんな私の様子を見ていたリネシャは、急に『失礼いたします』と声をかけると、ズイズイっと近寄ってきた。そして、体を少し前のめりにさせると、ネグリジェを強く握りしめていた私の両手を、上からそっと包み込んできた。
痛みを受け止めてくれるかのようなその温もりに驚いて、私は俯かせていた顔を思わずバッと上げた。
「お嬢様に傷付けられた覚えなんて、私には一切ありません! それに、お嬢様が苦しんでいると知りながら、私は見ていることしかできませんでした。声をかける勇気がなかったんです! 口から出てくる言葉は、仕事に関することばかりで……」
リネシャは私の手を握りしめる力をグッと強めた。怒っているというよりは、自身のやるせない気持ちを押し殺しているかのようだった。
「でも、私はそもそも、関わり合う気が全くなかったの。リネシャが話しかけてくれていたとしても、何かが変わっていたとは……」
「っそんなものは、たらればです! 私が声をかけ続けていたら、お嬢様は心を開いてくださったかもしれないじゃないですか。どうなっていたかなんて、誰にも分かりません!」
リネシャが発したその言葉に、私の視界が一気に開けたかのような感覚がした。確かに、言われてみればその通りかもしれない。
今更どうこう言ったところで、過去は何一つとして変わらない。過ぎ去ってしまった時間は、どんなに願ったとしても決して巻き戻ることはないのだ。
別に、反省をすること自体は悪いことではないと思う。ただ、いつまでもそのことに囚われて、その場に停滞し続けることは無意味でしかない。今を生きている私には、未来を選択していくことしかできないのだから。
それに先程、私だって決意したばかりではないか。前を向いて、歩いていこうと……これでは、今までの自分と全くの同じだ。大切なのは、後悔を糧にして、これからどう変わっていくかではないのだろうか。
「……ごめんなさい。確かに、リネシャの言う通り。過去の選択について今更どうこう言っても、仕方がないことだったよね」
私はそう、ポツリと呟くように言葉を放った。
リネシャは気にしていないと言ってくれたけれど、私は自分がしてきたことが許せない。けれど、一からリネシャとの関係を築き直したいと思う自分もいる。だから、私は……
「リネシャ、本当にありがとう。今まで無駄にしてきた分、これからはリネシャとの時間を大切にしていきたい! 都合が良すぎることは分かっているけれど……それでもっ、私と一緒にいてくれませんか?」
未来への期待の気持ちを込めて、言葉を紡いだ。一体、どんな反応が返ってくるのかが分からなくて、私は恐る恐るリネシャの表情を伺った。けれど、そんな不安な気持ちとは反対に、リネシャは顔をキラキラと輝かせた。
「っはい、もちろんです! 私でよろしければ、お嬢様が望む限り、いつまでも仕えさせていただきます」
そして、溢れんばかりの笑顔と共に、私が願っていた答えを返してくれたのだった。
ブックマークや評価をいただけるか不安だったので、本当に幸せな気持ちでいっぱいです。
読んでくださっている皆様、本当にありがとうございます!