step.2-2
リネシャの言葉から察するに、どうやら、私が自分のことを傷つけようとしていたと、思い違いをしてしまったようだ。確かに、今までの精神状態の私を見てきたリネシャなら、そのような考えに至っても仕方がないのかもしれない。
前世の記憶を思い出す前までの私は、クライド様という光を追い求めることだけが、自分の生きる意味だと思っていた。
食べて、着替えて、勉強をして、眠りにつく……そんな当たり前の生活動作でさえ、事務的な作業のように淡々と行っていたのだ。
クライド様が側にいない時間は私にとって無意味でしかなく、いつも部屋にある窓の縁に座り、呆然としたまま外を眺めていた。
別に、美しい景色を見ていたかったわけではない。瞳に映る世界は暗く閉ざされていて、空の青さも、太陽の眩しさも、木々の煌めきも、全く見えていなかったのだから。
ただ、時間がはやく過ぎ去っていくことを、クライド様が訪れてくれる日がやってくることを、待ち続けていたのだ。私自身、クライド様に出会うことがなければ、今ここにいることはなかっただろうと本気で思っている。
とはいえ、私には死ぬつもりなど全くないし、むしろこの命を大切にして生きていこうと先程決意したばかりだ。
逆に、私を抱きしめる腕の力があまりにも強すぎて、今まさにリネシャの手によって死んでしまいそうだ。ということで、この体勢を何とかするためにも、私の意識が飛ぶ前に誤解を解くことにした。
「えっとね、リネシャ。私は死ぬつもりなんて全くないわ。前髪を切ったのは、ただの決意表明みたいなものだったの」
「……それは、どういうことですか?」
リネシャは少し腕を緩めると、不安そうな表情で私のことを見上げた。
「これまでの自分を変えていくために、ケジメをつけようと思っただけなの。いつまでも、過去に囚われているわけにはいかないから」
リネシャは私の言葉をすぐには飲み込めなかったようで、暫く呆然としていた。けれど、やがてハッとした表情を浮かべると、ポツリと呟いた。
「それじゃあ、全て、勘違い……?」
私はその通りであると同意するように、コクリと首を縦に振った。
「よ、良かった〜〜」
リネシャは安堵の表情を浮かべて微笑んだ。けれど、段々と顔が歪んでいき、瞳からボロボロと大粒の涙が零れ落ち始めた。それを見た私は、驚いて思わずギョッとしてしまった。
「えぇっ、何で泣いているの!?」
「すっ、すみません。私、泣くつもりなんて、なかったのにっ」
リネシャは両手を持ち上げると、慌てて服の裾で涙を拭き取ろうとした。けれど、涙は止むことなく、拭いても拭いても次々と溢れ出てくる。リネシャは『あれっ、おかしいな』と言いながら、必死に涙を抑えようとしていた。
「お嬢様がいなくなっぢゃうって思ったら、何だかすっごく怖くなって。だから、本当に良かったなって、そう思ったら、そしだらっ……」
泣きすぎているせいで、次第に言語が崩壊してきているように感じる。声もところどころ濁音を帯びているし、呂律も回らなくなってきている。せっかくの可愛いらしい顔も、涙のせいでグチャグチャだ。どうしてここまで泣いているのだろうかと、私は戸惑ってしまう。
少し話しただけなのでまだ分からないけれど、リネシャは物凄くいい子だと思う。少なくとも、私の専属侍女になったのは命令に従っただけであり、お母様に成り代わろうなんてちっとも思っていなかったはずだ。
それなのに、私は一方的にリネシャのことを悪者のように思い、警戒し続けてきた。自分がお父様にされて辛かったことを、そのままリネシャにもしていたのだ。自分でも、本当に最低だと思う。
だから、そんな酷いことをしてきた私は、てっきりリネシャから嫌われてるいるものだとばかり思っていた。けれど、私のことでこんなにも取り乱す様子を見ていると、よく分からなくなってくる。
「……リネシャは私のこと、嫌っていないの?」