step.2-1/専属侍女リネシャ
私が決意を込めて空を眺めていると、唐突にガシャンッ!という何かが落ちた音が背後から聞こえてきた。私がそのことに驚いて急いで振り向くと、そこには一人の女性が立っていた。
目の前にいる亜麻色の髪と瞳を持つ彼女は、リネシャという名前をした15.16歳くらいの侍女である。そして、私が階段から駆け降りている時に、後ろから注意をしてくれた人物でもあった。
リネシャは私が6歳の時から、専属侍女として側で仕え続けてくれているのだけれど……正直なところ、私はリネシャのことがあまり好きではなかった。
別に、能力や性格に問題があるわけではない。ただ、リネシャが配属されたのはお母様が亡くなってからすぐの頃。私にはお母様の代わりとしてやってきたように見えて、どうしても受け入れることができなかったのだ。
リネシャは侍女長の配慮によって、傷心中だった私の心を少しでも支えるために、専属侍女に任命されたのだと今なら思う。けれど、当時の私は冷静に物事を考えられるような状態ではなくて、リネシャに対して抵抗感を抱いていたのだ。
とはいえ、それはもう少し前までのこと。前世の記憶を思い出した今となっては、そのような感情は一切抱いていない。
だから、これからはリネシャと、良好な関係を築いていきたいと考えているのだけれど……今まで自分が取ってきた態度を振り返ってみると、それは難しいことのように感じる。
どんなに話しかけられたとしても。どんな行動を取ったとしても。私がクライド様に関係すること以外で反応を返したことは、一度もなかったのだから。
リネシャはずっと尽くしてくれていたというのに、私はそれを個人的な感情で拒絶し続けてきたのだ。それなのに突然、親しみを持って接してくるなんて、あまりにも都合が良すぎる話だろう。
私は一体、リネシャにどのような反応を返せばいいのだろう。『おはよう』と、自然に朝の挨拶をすれば良いのか。それとも、いつも通りにスルーをすれば良いのか。私はどうすればいいんだと慌てながら、フル回転で思考を巡らせ始めた。
けれど、そんなことを知らないリネシャは、私の中で結論が出るまで待ってはくれなかった。リネシャは顔に笑みを浮かべると、嬉しそうにしながら言葉を発した。
「お嬢様、お目覚めになられたのですね! お加減はい、かが……」
……のだけれど突然、目に見えて様子がおかしくなり出した。私の気持ちを察して、時間を与えてくれたわけではない。顔面を蒼白にさせて、言葉をなくしたと思った次の瞬間、膝から崩れ落ちてしまったのだ。
これには私も驚いてしまい、急いでリネシャの元へと駆け寄った。どう関わっていけばいいのだろうという、ウジウジとしていた私の気持ちなんて、どこか遠くへと吹っ飛んでしまった。
「リネシャ!! 急にどうしたの? 大丈夫?」
心配な気持ちから矢継ぎ早にそう声を掛けると、リネシャはワナワナと唇を震わせながら口を開いた。
「お、お嬢様の髪が、前髪が……! 賊、賊ですか? 賊なんですか!?」
その言葉を聞いて、取り敢えずリネシャの身に何か起きたわけではないと分かり、私はホッと安心した。どうやら、私が誰かに攻撃をされたと思ってしまったらしい。
「大丈夫よ、リネシャ。これは私がやったことだか……「ご自身で!? お願いです、どうか死なないでください!!」
「っぶぇ!?」
自分でやったことだから心配しないでほしいと伝えようとしたのだけれど、リネシャはどう解釈したのか、私にギュッと抱きついてきた。勢いよく胸元へと飛び込んできたので、地味に痛かった。
突然の出来事に、頭の中は何が起こっているんだと大混乱に陥っている。私は深呼吸をして乱れまくっている心を落ち着かせると、この状況について考えていくことにした。