step.3-4
そうして暫くの間、前髪を切った理由や療養中に何をしていたかなど、クライド様とは様々な話をした。いつもは一方的に話を聞いていただけだったので、初めてまともな会話ができたことに、私は密かに感動していた。
けれど、楽しい時間はあっという間に過ぎ去っていくもので、気が付けば日が傾きかけていた。クライド様は壁にかけられている時計を見ると、椅子からスッと立ち上がってしまった。
「一緒にいたい気持ちは山々だけれど、そろそろ失礼させてもらうことにするよ。良くなったとはいえ、体に障るといけないからね。見送りも大丈夫だよ」
「あっ、そうですか……お忙しい中、本日は来てくださりありがとうございました」
別れの時間がやってくることは本当に辛くて、何度も繰り返してきたというのに、いまだに慣れていなかった。クライド様が帰ってしまわれる事実が、嫌で嫌で仕方がないのだ。本当はもっと一緒にいてほしいと、心が訴えかけてくる。
けれど、その想いを正直に伝えることはできない。お忙しく過ごされているクライド様を困らせてしまうことが、目に見えて分かっているのだから。私は寂しさをグッと心の奥底へと押し込めると、感謝の言葉を伝えたのだった。
ただ、気持ちを上手く隠しきれないところは、今も昔も大して変わっていなかったようだ。クライド様は私の様子から別れを惜しんでいることを感じ取ったらしく、優しく微笑みかけてくれた。
「ごめんね。次はなるべく早く、会いに来れるようにするから。今日は色々な話ができて楽しかったよ」
そして、去り際に手をポンと頭の上に置くと、ゆっくりと一撫でしてから、部屋を後にされたのだった。
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リネシャの手によって寝支度を全て整えてもらった私は、ベッドの上にゴロリと寝転がった。そして、近くに置いてあったクッションを手に取ると、胸元でギュッと強く抱きしめた。瞳を閉じて思い出すのは、今日、クライド様との間に起きた出来事の数々だ。
交わした様々な話。自分磨きを手伝いたいという申し出。去り際に撫でてもらえた頭。
その一つ一つを思い浮かべるだけで、心の中はポカポカとした温かい気持ちで満たされていく。顔もニヤけて、だらしがなくなっている気がする。
クライド様が私に対して、恋愛感情を抱いていないということは分かっている。そして、私自身も自分のことを好きになってもらいたいなんていう、贅沢な願いは抱いていない。ただ、今日のような小さな喜びがあるだけで、自分は物凄く幸せだと感じることができるのだ。
本当は、私がこれまでもらってきた溢れんばかりのこの幸せを、クライド様にもお返しすることができたらいいなと思っている。けれど、今はまだ完全に気にかけてもらっている状態。その夢に到達するまでの道のりは、果てしなく遠そうだった。
だから、いつの日か、クライド様のことを側で支えられるような存在になりたいと思っている。愛すべき婚約者としては思われなくても、盟友や補佐人のような立ち位置になら、努力次第でなれるはずだと信じているから。
それを成し遂げる為には、やらなければいけないこともたくさんあるだろう。少なくとも、今のようにお別れ一つで、クライド様の手を煩わせているようでは駄目だと思う。
リネシャのような周りを元気にする明るさも、クライド様のような人を思いやれる優しい心も、私は全く持ち合わせていない。それどころか、頑張ろうと決めたことでさえ、不安ですぐに立ち止まりそうになる怖がりの意気地なしだ。
正直なところ、こんな私がクライド様の助けになれるのだろうかと、今から不安で仕方がない。身の程知らずのような気がして、怖いとも思っている。
それでも、立ち止まっていては、そもそも何も始まらないと思うから。勇気を出して一歩ずつ前へ踏み出していこうと、私は改めて心に決めたのだった。