がんばれ三上くん
「な、なにゃみやさん! おはよう!」
朝です。
ひっくり返った声がかけられました。
「おはようございます」
席についていた七宮さんはのんびりと相手を見上げました。
黒髪と優しげな瞳に、左耳につけた黒いピアス。
三上くんです。
軽音サークルでギターを担当しています。
「噛んだ」
「噛んだわね」
七宮さんの横で何やら話しているのは、風花ちゃんとしずくちゃんです。
最近、三上くんはよく話しかけてくれます。
ちょっとしたあいさつだったり、物を運ぶのを手伝ってくれたり。やっぱり優しくて女神さまのようです。
「じゃあね」
ガツン。
三上くんは爽やかに微笑むと、近くの長机に腰をぶつけ、ヨロヨロしながら去っていきました。
痛そうです。
講義が終わりました。
「な、な、なななななななみやさん! 次の講義、C棟であるらしいよ」
「あ、三上くん。腰は大丈夫ですか?」
「全然!」
ゴツン。
三上くんはさらっと笑うと、講義室の壁に体をぶつけてフラフラしながら出ていきました。
大変そうです。
「『な』が七個多い」
「七宮さんだけに」
お昼です。
「はなみやさん!」
「三上くん、ぶつけた体は大丈夫ですか?」
「大丈夫」
ぐきっ。
三上くんは元気にこたえると、床に敷き詰められている薄いタイルに引っ掛かって、足をくじきながら歩いていきました。
辛そうです。
「春に恒例の桜の下でご飯たべるイベントみたいに呼んでる」
「わざと……わざとなのね?」
午後の講義前です。
「七宮さん!」
「足をくじいていませんでしたか?」
「いやいや、そんなことないよ」
ボゴンッ。
三上くんはあははと乾いた笑いを漏らすと、低めの講義室の扉に思いっきり頭をぶつけて、目を回しながら出ていきました。
何かに取り憑かれていそうです。
「いや噛まないんかい」
「狙ってる……狙ってるのね?」
放課後です。
「じゃまいかさん!」
「頭は大丈夫ですか?」
「正常だよ!」
ゴォーン。
三上くんは生気のない瞳でキラッと口角をあげると、なぜか頭に落ちてきたタライを鳴らしながら、そそくさと帰っていきました。
塩を献上した方が良いでしょうか。
「レゲエ音楽を愛するカリブ海の島国みたいに言うじゃん」
「わざとじゃないのね」
今日はたくさん三上くんと話すことが出来ました。
七宮さんの口もとがへにゃりと緩みます。
ふわふわのくせ毛がほわんと上を向きました。
七宮さんは今日もしあわせ。