わがはいは@その二
カラリ。
七宮さんは窓を開けると、小さな鉢植えを部屋の中へと引き入れました。
「おはようごさいます、シュバルツさん」
視線の先にあるのは、小ぶりなサボテンです。
シュバルツはドイツ語で「黒」を意味するのですが……
それ、緑ですよね? と突っ込む人はどこにもいません。
ベランダに出していたのですが、夏の日差しが強くなってきたので片付けようと考えました。
「……サボテンも日焼けするし。多分」
鉢植えの土が乾いてから三日ほどたちます。
そろそろ水をあげなければいけません。
ミィ。
持ってきたじょうろを傾けようとかがむと、ぽてぽてと何かがやって来ました。
明るい茶色のふわふわの生き物は、短い足を懸命に動かして七宮さんの方へと寄ってきます。拾ったときより少しだけ大きくなっていました。
体の半分近くあるサボテンの所までやってくると、小さな口をあけてかじりつこうとしました。
「わわ、ダメですよ」
三角形の耳がピクリと動きました。
あわてて窓を開け、鉢植えをベランダに置き直します。
「あなたの名前も決めないといけませんね」
窓を閉めて一息つくと、床にぺたりと座ります。
琥珀のまんまるな瞳が七宮さんを見上げました。
「そうですね……Pさん、とかどうですか? パンダのPです!」
七宮さんはへにゃりと首をかしげました。
ふわふわのくせ毛がほよんと嬉しそうに揺れます。
もちろん頭の中にあるのは大好きなユーチューバー、パンダ丸さんです。
「おいで、Pさん」……なんて絶対可愛いに違いありません!
目の前の茶色い固まりは、たしーん! と床にしっぽを打ちつけました。
フーッと息を吐いてなんだか不機嫌そうです。
「ダメですか……」
ふわふわのくせ毛がへにょりと下がります。
「なら、『ネコさん』はどうですか?」
そのまますぎです、七宮さん。
小さなもふもふの毛玉はツンとそっぽを向きました。
「……あ、暑かったですかね?」
七宮さんはエアコンの設定温度を下げました。
部屋の中にエアコンの小さなウィーンという音が流れます。
たしーん!
まだご機嫌ななめのようです。
ふわふわの毛が、ちょっぴり逆立っている気がします。
「……ふむ」
一度腰をあげ、キッチンへと向かいました。
戻ってきた七宮さんが手に持っていたのは、子猫用のキャットフードです。
コトリとお皿をふわふわの毛玉の前において、様子を見ます。
七宮さんは最近、ネコを飼いはじめて帰りが早くなりました。
家で自分を待っていると思うと足早になるのです。
子猫はそっとお皿に顔を近づけるとカリカリと食べ始めました。
ふわふわのしっぽがゆらゆらゆれます。
どうやらお気に召してもらえたようです。
その様子をじっと七宮さんは見つめました。
「コハクちゃん、はどうでしょうか」
足元の小さな生き物は、琥珀の瞳でちらりと七宮さんを見上げると、またお食事へと戻っていきました。
ふわふわのしっぽがゆらゆらゆれます。
「OK、ですかね?」
七宮さんの口角がゆるりと上がりました。
ふわふわのくせ毛がちょっとだけ上向きになります。
七宮さんは今日もしあわせ。