うつしあわせる
その日は、雨が降っていました。
バスを降りた七宮さんは、薄暗い帰り道を歩きます。
コンクリートの道には水溜まりがたくさんできていました。
サーサーと灰色の空から水滴が落ちてきます。
ビニール傘に当たってぽつぽつと弾けました。
ミィ。
雨ではない音が聞こえました。
「あれ?」
見回すと、二メートルほど先に、ふやけた段ボールが置いてあります。
道の端に寄せられたそれを覗きこむと、子猫がいました。
ちょっと膝をまげて、茶色い段ボールに傘をさしかけます。
毛の色は薄汚れてよくわかりません。
体は雨で濡れそぼって、小さな箱の中でぶるぶると震えています。
ミィ。
「ごめんなさい。私のアパートは原則イヌやネコは飼えないんです」
さしかけられた傘が引かれました。
七宮さんはそっとつぶやいて、一歩を踏み出しました。
ぴちゃんと重たい水が弾けます。
ミィ。ミィ。
ぱちゃり。
「……」
二、三歩あるいた所で七宮さんは足を止めました。
ぽつりと一匹で鳴いている様子は、まるで少し前の自分のようです。
七宮さんには風花ちゃんやしずくちゃんが声をかけてくれましたが、この子には一緒にいてくれる人がいるのでしょうか。
ぱちゃり。
「……原則、禁止なだけですから」
とってかえすと服が濡れるのもかまわずに、震える小さな体をすくいあげました。
「大家さんに相談してみますね」
まずはお風呂できれいにして、それから病院で一度見てもらった方が良いかもしれません。
先のことを考えながら、ふにゃりと七宮さんは微笑みました。
「ちょっと待っていて下さいね」
ミィ。
七宮さんは、今日もしあわせ。