ゲリラにはご注意下さい
『ごめんなさ~い! 今日の最下位はかに座のあなた! 忘れ物には気をつけて下さい。ピンク色とポニーテールがラッキーポイントです! それでは皆さん、いってらっしゃーい!』
七宮さんは固まりました。
「最、下位……」
しばらくじーっとテレビを見つめます。
それから、無言で部屋の中を見回すと何やらごそごそとひっぱりだしました。
「あった」
淡いピンクのヘアゴムです。
髪をまとめていた黒いゴムをほどき、いつもより少しだけ高い位置で結び直しました。
ふわふわのくせ毛がほっとしたように揺れます。
「!」
壁の時計は7時30分をさしています。
今日は一時間目から講義なのです。
「……遅れる!」
ガチャガチャ。キィー、バタン。
バタバタと七宮さんは出ていきました。
──────
「ひかりちゃん!? どうしたの、ずぶ濡れよ?」
「しずくちゃん……あ、ありがとうございます」
すかさずタオルを渡してくれるあたり、やっぱりお姉さんです。
濡れた服を拭いながら七宮さんは呟きます。
「……ついてない」
そう、ついていなかったのです。
バスを降りたところまでは良かったのですが、大学の構内に入るまでに雨が降ってきたのです。
当然、傘なんか持ってはいませんでした。
ゲリラ豪雨というやつだったのでしょうか。
窓の外はカラリと晴れています。
七宮さんのうらめしい視線をよそに、講義が始まりました。
「はい、前回言ったけど、本は持ってきたかな? 今日はレポートを書いてもらうからね」
「……」
ここまでくるとお約束というべきか、七宮さんは本をカバンに入れ忘れたことに気づきました。
しけった毛先もへにょりとしています。
「どうしよう……」
集中している隣の風花ちゃんやしずくちゃんに声をかけるのも気が引けます。
かといって、壇上の先生に言いに行くのも注目を浴びてしまいそうです。
──しかたありません。今日はひたすら座っているしか、
つんつん。
「ひゃっ!?」
七宮さんは小さく悲鳴をあげました。
後ろを振り返ると、目の前に本が差し出されました。
「はい、俺二冊持ってるから。良かったら使って」
その人は小声でそっとささやきました。
なんて優しいんでしょう!
救いの手です。
女神さまでしょうか。いえ、そうに違いありません!
七宮さんの目がキラキラとかがやきます。
ほっぺたも微かに色づいてゆるりと口もとがあがりました。
「良いんですか? ありがとうございます!」
ふにゃりと七宮さんは表情を崩します。
「っ! いや、珍しく今日はポニーテールだなーって見てたら困ってそうだったから」
「はい、とても助かりました! ありがとうございます」
本当に嬉しくて、ニコニコと笑みがこぼれました。
「~っ! 本は図書館のだから、そのまま返しといてよ」
そういって、ペンを動かし始めました。
ちょっとだけ耳が赤いのは気のせいでしょうか?
七宮さんもレポートに取り組むことにします。
前に向きなおると、横からこちらを見つめる視線に気づきました。
二人ともなんだかニヤニヤしています。
面白いことでもあったのでしょうか。
「あらあら」
「へぇー、やるなぁヒカリったら」
「?」
本かしてもらえてよかった。
良いひとだなあ。
七宮さんは、今日もしあわせ。
お読み頂きありがとうございました。