魔族国の姫(後編)
草原にも人間軍がたくさんいた。
人目のつかない茂みに運よく転移できたが、見つかるのも時間の問題だろう。
私は音が出ないように慎重に重い魔剣を鞘におさめ、いつも通り、両手で抱えて持つ。
セレスが進言する。
「ここは私が人間軍の目をひきましょう」
「セレス?」
私はセレスまでいなくなってしまうの?と、寂しい顔をしてしまう。
セレスはいなくなったりしませんよ、また、王都で会いましょうと、ハンカチで涙を拭ってくれる。
「セバス、キトシナ様を、しかと、王国まで送り届けるのですよ」
「心得ました、セレス。ご武運を」
セレスは私にメイドらしく一礼し、茂みから飛び出して行った。
セレスの大規模な上級魔法陣が爆音を上げる。
セレスは魔王城に勤めていた使用人の中で一番強い魔法陣使いだ。
絶対に負けない。絶対にまた会える。
私はそう強く願って、前を向いた。
そんな私を見て、セバスチャンは失礼しますと私を抱きかかえ、王国の中心の王都に走り始めた。
「キトシナ様、王国をどのように守られますか?」
「守護魔法陣を張るつもりよ、魔族国に張った守護魔法陣を」
私は魔族国を守りたいとお父様に言ったことがあった。
その時に、聖級の守護魔法陣を魔族国全域に張ったのだ。
しかし、今回、見事に、打ち破られ、内側から、滅ぼされてしまったわけだ。
「では、王国中心の王都の中心、その上空あたりがよろしいでしょうか」
「そうね、その場所であれば、最低限の大きさで、結界を張ることができると思うわ」
「そのようにいたしましょう」
セバスチャンは身体強化をして、走り抜ける。王都の近くまで来た。
しかし、王都の近くは守りが厳しくなっていた。
「セバスチャン、これでは…」
「ふふ、キトシナ様、ご心配なさらず、このセバスチャンにお任せください」
そう言うと、セバスチャンは身体強化の魔法陣を解除した。
そして、風を送る魔法陣を詠唱する。
私にはセバスチャンが何をするのかわからない。
その魔法陣で使った、風で、私を包む。
「それではキトシナ様、私は、あのどもの注意を引くこととします。その隙に上空から王都にお入りください」
「セバスチャン!」
「ご武運を!」
セバスチャンが魔法陣に魔力をさらに注ぐと、風で私は上空に飛ばされた。
雲より高く上昇した、そこから、王都に向かって飛行する。
風の防壁が頑丈で、私は安心して、風に身を任せた。
王都の上空に来たのか、風の出力が落ち、下降を始めた。
王都が見える。そして、初めて、王国を私は目にしたのだ。
すっごく広い国!
魔族国とは比べ物にならない大きさの国がそこに広がっていた。
風魔法は停滞した。おそらくここが王国の中心の上空なのだろう。
広すぎるよ…ここ全域に守護結界をかけるには、魔族国にかけた結界では比べ物にならない大きさになる…
無理やり、広げて、結界をかけても、結界が薄くなって機能しなくなる…
私は少しの間考え、ある案を思いつく。
神級…魔法陣…なら…
ガブちゃんでさえ使えない…神級…
そんな時、お父様の言葉が頭をよぎる。
「お父様、こんな魔法陣起動できるわけありません。お父様だって、セレスだって、使えないのですよ」
「ハッハッハ!キトシナ!使えなかったら使えなかったでいいじゃないか!やる前から使えないと自分の限界を決めつけるのはダメだ!やった後で使えなかったら使えなかったって笑ったらいいんだ!その時、もし、悔しかったら、もう一度、挑戦してみろ!悔しくなくなるまで続けるんだ!そうやって、続けていたら、いつの間にその魔法陣だって起動できるようになっているさ!とりあえず、一度、挑戦してみろ!キトシナ!人一倍努力を惜しまないキトシナよ!」
やる前から、使えないと決めつけるのはダメだよ…
お父様、キトシナ、精一杯、やってみます!
私は両手で抱えていた魔剣を鞘から抜く。
神級魔法陣を使うのに、身体強化の魔法陣を起動なんてできない。
私はいつもより重い魔剣を左手でしっかり握る。
重い…けど…そんな泣き言を言っている場合じゃない…
両手で柄を持つことにした。
地面に向け魔剣を斜め下に構える。
そして、目を閉じ、大きく息を吸った。
絶対に成功させる…絶対…
みんなの笑顔を…守りたい…
「ライトニング・パルシオン・クルナーデ・スマルフォン!」
私は大きな声で詠唱した。魔法陣は王国全体の地面に大きく広がった。
私は魔力を込め続ける。私が最大出力しても魔力は全然、満たない。
私は気合で魔力を放出し続ける。
しばらく続けた。すると、魔族国の方から大きな魔法陣砲撃が降り注ぐ。
この攻撃は王国、攻撃魔法陣が作動した?
お父様は…
さっき止まったはずの涙が溢れ出した。
お父様が作った時間は無駄にしない!
絶対に完成させる!
私が展開途中の魔法陣に降り注ぐ。
痛い!痛い!
今、私と魔法陣はいわば一体化している。受けたダメージは私に届く。
砲撃の馬鹿にならない痛みが何度も私を襲う。
痛い!痛い!
でも、この手を離したら、この砲弾は王国に降り注いでしまう!
早く、結界を完成させなければ!私の精神が持たない!
涙で視界を歪めながら、私は必死に抵抗する。
まだ!出し切っていない!
キトシナ!あなたはまだ出し切っていない!
まだ絞り出せる!
砲弾の痛みは私を次々に襲う!
でも絶対に、諦めないんだからああああ!
次の瞬間、私の魔力器官の魔力は完全に尽きた。
ダメ!ダメ!気を失わないで!私!諦めたくない!
砲弾は結界を突き抜け、王都に数弾、落下した。
私の気が遠のき、体がフワッと、落下しそうになる。
私は誰かに受け止められた。
「キトシナちゃん!私も手伝うからしっかりしなさい!」
「ガブちゃん…?」
私はガブちゃんに魔力を渡されて、意識が戻る。
「私、魔力、全部、絞り出したけど、神級魔法陣、起動できなかったの」
「私があなたに魔力を渡す。魔力が足りなかっただけかもしれないわ」
「どういうこと?」
「あなたの魔力器官の器官段階だけなら、もっともっと能力があるかもしれないということ!まだ、諦めるのは早いわ」
「わかりました、ガブちゃん、まだ、頑張ります」
ガブちゃんは私を抱えたまま、魔力をどんどん私に送り込む。
私はその魔力を魔法陣に絞り出すように込める。
砲弾は結界にぶつかる。ガブちゃんも痛そうに顔をしかめる。
ガブちゃんも私と魔力を共有しているせいで痛みが来るのだろう。
「キトシナちゃん、あなた、どんな精神力なのよ」
「私が痛いだけなら痛くも痒くもありません。それよりも痛いのは、ここで私が踏ん張らなかったせいで見る民の悲しみです。こんなの…へのかっぱです!」
「あなた…」
『天界図書館にコネクトできる女の子…あなたは私より…女神じゃなくて…』
まだ!足りない!
まだ!
魔法陣は魔力が込められ、地面の魔法陣が煌々と光を放つ。
王国の住民たちは、地面が光始め、驚いている。
しかし、その溢れ出す魔力の温かみに、安心をしているようにも見える。
「キトシナちゃん、もう、私の魔力も」
「ガブちゃん!あとちょっとです」
まだ!
まだーーーーーーーーーーー!
神級魔法陣はピカンと大きな輝きを放った。
『魔王…あなたとの約束は守ったわよ…』
魔力という魔力を全て吐き出した私とガブちゃんは気を失って、王都に落下した。
次回も、続きます!




