初めての魔法陣の授業(後編)
私はひとまず、ヒカリの元に歩み寄る。
ヒカリは、さすがキミハちゃん、とぴょんぴょんしてカールされたロングツインテールを揺らす。
「ヒカリは中級魔法陣、使えるの?」
「はい。アリス様みたいに無詠唱はできませんけど、ライトニングレーザーなら使ったことがあります」
「えぇ、中級魔法陣の中でも威力が高い魔法…何、ストーカーでも追っ払ったの?」
「うぅ、違うよ。ストーカーはキミハちゃんみたいに可愛い子しか狙わないよ。そこらへんにある風景の絵を描くときにまっすぐな基準となる線が引きたくてね。魔法陣の本のイラストを見て、真っ直ぐな線をひく魔法陣だと思って、魔法陣の本に載っていた魔法陣を詠唱したら、ドバッて出ちゃったの。書庫の壁を広範囲にぶちぬいちゃったの。ちょうど、住み込みで働いていたから、屋敷の主人に驚かれたよ。でも、怒られたわけじゃなくて、この学園に入ることを勧められたの。制御できない魔法陣は危ないだろうからって。他の魔法陣も試したんだけど、中級魔法陣はライトニングレーザーしか使えなくて…」
「すっごく、突っ込みどころ満載のエピソードだったけど、とりあえず、少しだけ魔法陣の講義をするね」
「キミハちゃん、分かるの?私がライトニングレーザー以外使えない理由」
「まあ、当たってるかはわかんないけど、参考にしてみて」
「うん、キミハ先生、お願いします」
「魔法陣のサークルは部位ごとに大まかに分けて4つに分かれているのは知ってる?」
「知らないです」
「じゃあ、そこから話すね。魔法陣のサークルは大まかに分けて4つに分かれているんだよ。左右上下の4つの扇型で制御しているものがそれぞれ違うの」
ヒカリはうなずきながら、ブレザーのポケットからメモ帳とペンを取り出した。
そこまで真剣に聞かれると少しばかり、恥ずかしい。
「右上が魔法のベクトル方向を司る部分、右下が魔法の魔力量を調節する部分、左上が魔力の変換を行う部分、左下が詠唱によって魔法陣を起動する部分なんだ。例えば、ライトニングレーザーは指の向きにレーザーを打つから、ベクトル方向は必要なくて、魔力は光に近い性質を持つから、変換もさして重要でない。魔法陣の起動も先の2つのこともあって魔法陣が複雑じゃないからあまり必要ない。でも、魔力量はレーザーの威力を司るから必要。唯一、必要なのは右下の部分だけなのよ。だから、魔法陣の右下に魔力を込めれば簡単に起動するのよ」
「初級者向けの魔法陣ってこと?」
「うんん、逆に初心者が使わない方がいい魔法陣かな」
「起動が簡単なのに?」
「うん。起動が簡単な構築の魔法陣を最初に起動すると魔法陣に魔法をこめるときに変な癖がつくのよ」
「どういうこと?」
私はアリーナの地面に指で数字を書きながら説明する。
「ライトニングレーザーはその最たる例かもしれないわね。ライトニングレーザーは一重魔法陣使いなら、誰でも起動はできるのよ。強いレーザーが打てるかは別としてね。魔法陣に対して、こめる魔力量を右上:右下:左上:左下で表すとするよ。1:100:1:1以上で魔力を込めればライトニングレーザーは起動できると仮定してみる。でも、それは最低限のこめる魔力を表しているだけで、それ以上の魔力を込めても起動ができるのよ。例えば、1:1000:1:1と偏った魔力の込め方をしてもね」
「私の魔力の込め方は変な癖がついて偏ってしまっている可能性があるんだね。でも、他の中級魔法陣が起動できないのはなんでだろう」
「うん、ヒカリは偏った魔力の込め方が中級魔法陣の起動に必要だと錯覚している可能性があるのよ。身体強化の魔法陣は4つの部位全てが大切なの。だから、例えば、身体強化の魔法陣が100:100:100:100以上で程よく魔力を満たさないと起動しないとするよ。ヒカリはライトニングレーザーと同じ様に1:1000:1:1で魔力を込めたとします。起動するでしょうか?」
「うんん、最低限の魔力を込めれていないから起動しない」
「そう、正解。今、ヒカリは魔法陣が起動しないからって、むやみやたらに魔力を魔法陣に込めてるんじゃないかな?例え、1:1000:1:1で込めてた魔力を2:2000:2:2で魔法陣に込めても身体強化の魔法陣は起動しない。魔法陣の起動に大切なのはこめる魔力量ではなくて、魔法陣のサークルに対してバランスよく魔力をこめることなの。こめる魔力量は起動できた後で考えたらいいよ」
「わ、わかりやすいです。キミハ先生」
ヒカリは顔を輝かせる。
「キミハ先生、参考になります」
「キミハ先生、もっとご教授を!」
後ろを振り向くと、クラスメイト全員が私の話を聞いている。
さっきのアリスとの決闘で貴族とか平民とかの垣根は崩れたみたいだ。
私の実力はクラスの貴族に認められたらしい。
まあ、どっちでもいいんだけど。アリス様に感謝だね。
ヒカリは早速、身体強化の魔法陣を詠唱し、魔法陣を浮かび上がらせて、バランスよく魔力をこめる練習を始めたらしい。
でも、なかなかうまくいかないみたいだ。変な癖を矯正するのは思った以上に難しい。
「ヒカリ、初級魔法陣は問題なく、起動できてたよね?」
「うん、初級魔法陣は物を覚える前の小さい頃から、使っていたから、何も考えなくても起動できるの」
「なるほどね、体が感覚を覚えているのね」
「うん、でも、使ったことのない中級魔法陣は起動できなくて」
「そかそか…」
私は周りを見渡す。身体強化の中級魔法陣を起動できているのは数人だ。ヒカリのレベルが決して低いわけではない。
うーん、助け舟を出してもいいけど、自分で身に付けた方がいいのは事実。いろいろ悩んでいるうちに新しい発見もあるからね。
その発見がのちの勉強に役立つことだって少なくないのだ。
でも、ヒカリ、さすがに偏りすぎてて、自分で矯正するのはかなりの時間がかかりそうだ。うん、それも年単位の…
他の貴族の子たちは中級魔法陣を使ったことのない子が多いのか、私の話を聞いて、順調に上達している。
このままではヒカリが取り残される。いや、まあ、魔法陣の起動ができない私の方が落第寸前ではあるんだけどさ。
ここは友として助けよう。
私は何度も何度も諦めずに練習しているヒカリに声をかける。
「ヒカリ、私が魔力を動かしてあげるから、体で感覚を覚えてみて」
「キミハちゃんが!どうやるの?」
魔力ゼロの私がいきなり魔力を動かしあげると言ったので驚いたみたいだ。
「魔法陣を詠唱してくれるかな?」
「うん」
ヒカリは右手を前にかざし、自分の前に魔法陣を詠唱し、魔法陣を描く。
「ヒカリ、私が魔力に介入するのを受け入れてもらってもいい?」
「それって、恋人たちで行う…」
魔力介入を許すと他人も魔力を操れるようになる。
介入したものとされたものは一体化した気分になるのだ。
世の不埒な者どもは恋人同士で魔力の介入を許可しあって、イチャイチャなんたらしてるらしい。
「あら、ヒカリはおませさんね。どうする?」
「お、お願いします」
ヒカリは顔を真っ赤にして照れるが、中級魔法陣起動のため中級魔法陣起動のためと念じて、許可してくれた。
私はかざした、ヒカリの右手に左手を重ねる。
私は目を閉じ、ヒカリの魔力を使って、魔法陣に魔力をこめる。
魔法陣は光を放ち、起動した。私はそっと、手を離した。
「キミハちゃん、すごいです!自分が使ったことのないところに魔力がスーッと伸びていく感じで!感覚が分かった気がします」
ヒカリは手を前にかざしたまま、私の方を向き、喜びを伝えてくる。
それはよかった。ヒカリの笑顔は私の心の安らぎだからね。
「あのキミハさん、俺の魔力を操作して、ご教授願えませんか?」
名前も知らない貴族のクラスメイトの一人の男の子がそんなことを言ってきた。
いや、さすがに男の子は私でも、お断りだよ…
ヒカリは男の子が急に近寄ってきて、ヒカリは私の後ろに隠れる。
昨日の今日だからね。怖いに決まっている。ヒカリは見た目よりも我慢強い子だ。そこが心配にもなる。
私が困り顔をしていると、クラスメイトの女の子たちが私を守ってくれる。貴族の女の子の一人が言い放つ。
「私たちのキミハ様に触れないで」
なんで様付け!
「そうですわ、不潔ですわよ」
さっき、拗ねてたアリスまで庇ってくれる。
「キミハさん、私たちに手取り足取り教えてくださいませ」
女の子の一人がそんなお願いをしてくる。
なんか、急に距離が近くなったね?女の子なら?オーケー?なのかな?
「みなさん、序列一位のキミハさんのことが気になっていましたけれども身分もあって、なかなか近づけなかったのですよ。私との決闘、そして、先ほどの魔法陣学の知識を聞いて、そんなことは関係ない。ともに高め合える仲間だと、認識したのです」
アリスが説明してくれる。
「それに、キミハさん、知っていまして、クラスは序列の順番で1組から分けられるのです。1組は序列1位から50位までの生徒が集まるクラス。学年で一番実力主義のクラスと言えるのです。10組に近くなるほど、そんなことも知らない貴族の方々も多いですし、身分にかまけている愚か者も多いですけれども」
確か、デブが10組。納得。
「これからも高め合っていきましょう」
でも、こうやって、実力を認め合って高め合える仲間っていいと思う。
クラスに一体感が生まれたところで、授業は終了だと、キヨルデ先生から宣言があった。
ヒカリは今日だけでは身体強化の魔法陣を起動することはできなかったみたいだ。
ゆっくりやればいいと思う。そんなすぐに必要になるわけでもないだろうし。
後でアリスに教えてもらったんだけど、学年序列2位がアリスで、ヒカリは3位らしい。
ヒカリ、どんなライトニングレーザー放ったの?
屋敷の主人に怒られなかったって言ってたけど、それ、貴族の人が復讐とかやり返しをされたくなかったからじゃないの?
私の頭の中では、へへへ、と笑いながら、王国の街を破壊する巨大化したヒカリの映像が流れていた。
末恐ろしいよ、全く。いろんな意味で。
次回は風紀委員会に行きます!