初めての初級ダンジョン
ダンジョンにたどり着く。洞窟型の初級ダンジョンだ。
洞窟型は自然にできた洞窟に魔物が棲みついて形成される。地上からのどれだけ低いかで階層が設定されており、深くなればなるほど、出る魔物も強くなる。初級ダンジョンはそれだけ、深いダンジョンだということ。強い魔物ほど、深い階層にいる。しかし、ダンジョンは強い魔物だけが生き残るので上級ダンジョンみたいに浅いダンジョンだと、第一層に最高ランクのAAA級の魔物がいたりする。簡単に言えば、魔物が強い順に深い階層から着席していくので、階層が少ない、席の少ないダンジョンは強い魔物だけのダンジョンになってしまうのだ。浅いダンジョンほどランクの高いダンジョンになるのはそういうことだ。
私は、ダンジョンを突き進む。ヒカリの魔力が消失したのは5階層くらいだった。
私も王国にいるみんなの魔力を感じ取っているけど、それが誰の魔力かって言い当てる能力を持っているわけじゃない。
ヒカリとは一緒に寮で寝て、おしゃべりして、触れ合う時間が多かったから、ヒカリだと分かっただけだ。
ヒカリと接触していなかったら、誰かの魔力が増えて消失したなあくらいにしか思わなかった可能性さえもある。
魔力というのは魔力器官で生成されて、血中を流れている。
魔力を持つものは無意識に周囲に魔力を振りまいている。感情の起伏でその魔力が分泌されるのだ。
昔、魔法陣学も生命魔力学も体系化されていない頃はその魔力を読み取る力を持った人が第六感があるとか言われていたらしい。
魔力保有量というのは魔力器官に保有している魔力の量だ。
魔力を感じ取る力は魔力保有量が大きいほど、強いとされている。同じくらいの魔力保有量を持つものや大きい魔力保有量を持つものの魔力は基本的に感じ取れない。
私は魔力保有量王国一と言われている学園長の魔力を感じ取れるので、魔力保有量は多い方だと思う。
それに、常に魔力を感じ取れるわけでなく、急激に増減したり、殺気がのせられたりと、魔力変化があった場合だけだ。
魔力本体を感じ取っているわけではなく、正確には溢れ出た魔力の余波を感じ取っているのだ。
だから、殺気を出さないように訓練されたアサシンだったら、私のこの魔力包囲網を楽々突破できるだろうね。
私は5階層まで下りてきた。初級ダンジョンということもあり、魔物には遭遇しなかった。
ヒカリの魔力が消失した地点は目と鼻の先だ。少し警戒しながら、走る。見えた。
5、6人の人影が見える。私は精一杯走る。
近づくと、ありえない光景が広がっていた。デブとその取り巻きの貴族に囲まれているヒカリだ。
ヒカリは天井から鎖で繋がれた錠に両手を拘束されていた。ヒカリの体にはあまり力が入っているようには見えず、その手錠で無理やり立たされているようだ。あの錠は対象の魔力を無理やり、奪取する魔法陣が組み込まれた錠だ。
急激に魔力を抜かれたから、血圧が急低下して体に力が入らないんだ。
ヒカリは衣服も剥がれ、上半身は露にされ、かろうじて、下半身の下着を着けている状態だ。
許さない。許さない。許さない。
私は力を込めて地を蹴った。
私はヒカリの体を触ろうとしているデブの顔に飛びながら右手で逆突きを繰り出す。
デブは拳が当たる寸前に私に気づいて、何だ、と私の方を見る。
私の逆突きはデブの顔正面を捉えた。
手加減なんかしない、思いっきり振り抜いた。
デブは吹き飛んで、転がる。振り抜く寸前、こっちを見たので、顔がぐちゃぐちゃになっている。
もともとぐちゃぐちゃだから変わらないだろうけど。
他の貴族はデブが殴られたのを見て、数歩、後ろに下がって、私を恐怖のモンスターを見つけたかの如く、戦々恐々とした面持ちになっている。
私は魔剣を取り出し、順手で握って、鞘がついたまま、ヒカリの錠の鎖を切る。同時に光となって錠も消えていった。ガクッと倒れるヒカリの体を抱きしめて受け止める。
「キミハちゃん…?」
さっきまで意識を失っていたヒカリだが、錠を外したおかげか意識を取り戻したみたいだ。
「ヒカリ、そうだよ」
「また…助けられちゃった…」
私はヒカリを抱き抱え、ダンジョンの壁に寄りかかるように座らせた。私はブレザーをサッと脱いで、ヒカリの上半身にかけてあげた。
「ちょっと待っててね。ヒカリ」
「キミハちゃん…?」
私はヒカリを背にして、貴族たちに向き直る。デブもフラフラしながらも立ち上がり、貴族たちの前に歩いて、私と面向かう。
ビクビクする貴族と違って、デブはなぜか仁王立ちをしている。殴りたい放題だ。殴るだけじゃ気が済まない。
こんなバカ貴族は退学にさせる。
「決闘よ」
私はナイフ型の魔剣を貴族たちに突きつける。
「あなたたち5人、まとめてかかってきなさい、私が負けたら、あなたたちの奴隷になってあげるわ。その代わり私が勝ったら、あなたたちは退学してもらうわ」
私の提案に驚く、貴族たち。デブは自信満々に答える。
「自ら、奴隷になるとは面白い女だ。そこの女も最後まで、はい、とは答えなかったからな。それに5人でまとめて来なさいだと。お前、昨日の決闘、実力で俺を倒したとか思っているのか?バカな平民の女は見てて滑稽だな。おい、お前らやるぞ」
貴族たちは乗り気ではないようだが、デブに言われてはひけないようだ。
それにしても、ヒカリが奴隷になっていなくて良かった。相手が貴族だから、飲める要求は飲んだのだろうが奴隷になるのはヒカリも飲めなかったのだろう。頑固なヒカリが頑張ったのだろう。
貴族の一人が魔剣を抜き、私に斬りかかる。まだまだ、新入生だ。剣筋も鈍い。
軽く避けて、私はお腹に左手の魔剣を貴族に向かって突き刺す。
魔力の波動を纏っているから、平民の魔剣など喰らわないと思ったのだろうか、全くのノーガードで魔剣はお腹に届く。
私の破邪の魔剣は貴族の纏っている魔力の波動に触れるや否や触れた部分の魔力を強制分解した。結果、魔剣には鞘が付いているがダイレクトでお腹に突き刺さった。鞘をつけたままのため、鈍い音とともに少量の血液が飛び散った。私はさらに魔剣を押し込み、貴族は痛みでで立っていられなくなり、その場で突っ伏した。それと同時に後ろの死角から、私を魔剣で斬りかかる貴族が来る。私は貴族の魔剣を後ろを向いたまま、最低限で避け、剣を持った腕を掴み、そのまま、背負い投げをする。仰向けとなった貴族のみぞおちに左手の握った魔剣をクルッと回して逆手に持ち直して突き刺した。
これで二人がノックダウンだ。ぐぬぬと唸るデブ。
このまま、決着を付けようと、今度は私から攻めようとした瞬間。ダンジョンの奥から走る魔物を目の端に捉えた。
私だけでなく、貴族たちもそれを見つけて、慌てた。
貴族の一人が声を張り上げる。
「AAA級のグリタルンドラゴンだ、逃げろ」
「おい、お前ら、ここから一定以上、離れたら、決闘に降参したことになるじゃないか」
「命を失うくらいなら、俺は退学になってもいい。お前にはもう付き合いきれねえよ」
貴族はノックダウンした貴族を抱え、逃げていく。デブは一人になる。デブは一人になったが私に襲いかかってくる。
そんなことしている場合じゃない。私はデブに急速接近して、お腹に一発入れて、ノックダウンさせた。そして、ダンジョンの奥から走ってきたグリタルンドラゴンと対峙した。
ハンターをやっていた頃はAAA級モンスターの討伐を何度もこなしている。でも、それはパーティでの戦闘だ。ソロとは違う。それに当時はリュウさんというAランクハンターと共に戦っていた。私、個人の戦闘能力なんて大したことない。
私はぐったりするヒカリを見る。
負けられないよね…
私は覚悟を決めて、突撃した。魔法陣を使うのも手だ。しかし、魔法陣を使えば、私の体が飛散しかねない。それほど、今の私の身体と魔力器官はアンバランスになっているのだ。魔法陣は奥の手にしたい。
グリタルンドラゴンは火を噴いて、私を牽制する。
グリタルンドラゴンは二足歩行で、片手剣を持つドラゴンのことだ。火も噴く。体長は私の4倍くらいある。私の身長が平均よりすこーしだほんのすこーしだけ低いといえど、この魔物が人間から見ると大きいのは分かると思う。
私は火をかわして、懐に入り、左手で逆手に魔剣をもち、右手で添えながら思いっきり突き刺す。
外皮が硬くて、全く、刃が通らない。魔剣を鞘から抜かないと刺すのは難しそうだ。
いつも、私は魔剣を鞘から抜いていないが魔剣を鞘から抜かないのではなく、正確には抜けない。
魔剣は血中の魔力に反応する武具である。魔力ゼロの私には鞘から抜くことができないのだ。刀身もナイフ型だ。
一度、私は距離を取る。私の力で倒せないなら、相手の魔力を利用すればいい。
グリタルンドラゴンといえど、魔法を使うには魔法陣を使う。その魔法陣を利用して倒せばいい。
次のファイアブレスの際、火のベクトル方向を操る部分をこの魔剣で消せば、ブレスは逆流して自滅してくれるはずだ。
幸い、グリタルンドラゴンの魔力器官は喉だ。口の先部分で生成された魔法陣から、ダイレクトで魔力器官を攻撃されればAAA級の魔物といえどひとたまりもないはずだ。作戦は決まった。グリタルンドラゴンは私に向かって、突進してくる。この動きは剣だろう。とりあえず避けて、距離を取る。グリタルンドラゴンは一瞬、私を見失う。私は気を集中させる。
ここで、予期せぬことが起きる。デブが起きて、私に斬りかかろうと走って接近してきたのだ。頭だけでなく間も悪いデブだ。
しかし、さらにアクシデントは重なる。デブと私の間にあるダンジョンの壁を突き破り、もう一体のグリタルンドラゴンが出現したのだ。
ええ、どゆこと。あり得なさすぎる。
デブはいきなり、グリタルンドラゴンが目の前に出現し、驚いている。出現したグリタルンドラゴンがデブに斬りかかった。デブは対処が間に合わず、まともに体で太刀を受けた。魔力の波動で太刀を受け、クリーンヒットは免れたようだが、壁に叩きつけられ、痛みで自由に逃げれないでいる。出現したグリタルンドラゴンがファイアブレスでデブにとどめを刺そうとする。確実に死ぬ。
私は対峙していたグリタルンドラゴンを一瞬見る。私には気付いたようだが、まだ距離はある。
私にとってデブは死んで欲しいほど憎い。友達が苦しめられ、私だって、面倒なことに巻き込まれた。
でも…私は何のために力を手に入れたの?
力で人を屈服させるため?
違う。
人を見捨てるため?
違う。
自分の都合の良い人だけを幸せにさせるため?
違う。
私は…
私は左手の魔剣を槍投げの如く力一杯投げた。デブにとどめを刺そうとしているグリタルンドラゴンの魔法陣へ。
「とーどーけーーーーーーー!」
魔剣は一直線に魔法陣に突き刺さった。それも思惑通り、ベクトルを司る部分にだ。グリタルンドラゴンは瞬く間に爆発した。
よし、次!私は対峙していたグリタルンドラゴンに向き直る。
加速魔法陣…
グリタルンドラゴンは私が思うよりもずっと早く、私に接近していた。
グリタルンドラゴンの剣は私の眼前まで振り下ろされていた。魔力の波動を纏っていない私がAAA級の剣など食らえば一発K.O.どころか死亡だ。
グリンセルンドラゴンは通常種なら加速魔法陣を使わないはずだ。親から子に遺伝的に魔法陣は受け継がれる。そこに例外は全くない。しかし、後天的に、人間などの魔法陣を見て、学ぶ魔物もいる。知能亜種だ。それでも、グリタルンドラゴンの知能亜種なんて聞いたことがない。強い魔物ほど、後天的な魔法陣の取得はあり得ないからだ。負けたことのない魔物はわざわざ新しいものは学ばない。かといって強い魔物は負けたら討伐される時だ。魔法陣を覚えているということは人為的に何かが加えられたに他ならない。
私は思いっきり、魔剣を投げた反動で、体が宙に浮いている。地面をけって避けることもできない。
魔法陣を!もう間に合わない。
振り下ろされる剣のスピードが恐ろしく遅く感じた。
これは…私…死んだ…?
私は怖くなって、目を閉じた。
せめてこの子がヒカリに気付かないことを祈ろう。
…
…
…
次の瞬間、剣と剣が交わる甲高い音が耳をとらえる。
私は目を開ける。
そこには赤色の短髪をトゲトゲに逆立てた男の人が私とグリタルンドラゴンの間に割って入って剣を受け止めていた。
「ナミク先輩…?」
私は現実の時空に呼び戻され、無理な体制で宙に浮いていたために受け身も取れず、地面に尻餅をついた。
「なんで…?」
「話はあと、キミハさんは下がって」
「はい」
戦いの最中、下がれと言われたら、後ろに下がるべきだ。言い換えれば、お前は邪魔だって意味だからだ。ここは先輩の指示に従う。
すぐに下がった私を見て、ナミク先輩は少し、笑う。そして、グリタルンドラゴンの剣を薙ぎ払った。
「シオリ!」
掛け声と共に銀髪のショートカットの女の子が魔法を打ち込む。シオリ先輩だ。グリタルンドラゴンがシオリ先輩の方に気を集中させた瞬間にナミク先輩が剣でぶった斬る。
ナミク先輩は決して、魔力保有量が多いとは言えない。しかし、持つ魔力を全て剣に集めて攻撃している。魔力を任意の場所に送って戦うのはすごく難しい。配分を間違えれば、剣を受けた時に踏ん張れないし、攻撃する時に強く地面を蹴ることもできない。私でも、こんな器用な魔力の使い方はできない。逆にシオリ先輩は保有する魔力量がかなり多い。普通に出力するだけでグリタルンドラゴンにダメージを与えている。
先輩たちは互いにヘイトをキャッチボールし合って、簡単にグリタルンドラゴンを倒した。
ひと段落だ。私は先輩方にお礼を言う。
「ありがとうございました。危ないところを助けてもらって」
「うんん。キミハさんがいなかったら、AAA級魔物が学内に出現していた可能性もある。お礼を言うのはこちらだよ」
ナミク先輩はそんなことを言う。お礼合戦が始まりそうだったので、これ以上のお礼はやめておこう。
「どうして、先輩方はここに…?」
「ダンジョン警報が鳴ったのよ」
シオリ先輩が説明してくれた。この初級ダンジョンは生徒の安全を守るため、階層に合わないクラスの魔物がいた場合、設置している警報の魔法陣が作動して、生徒会、風紀本部、会計本部の警報がなるそうだ。委員は全体として生徒の安全を守る業務もある。警報が鳴った場合はその場にいる委員で安全の確認にいるそうだ。今日はもう遅く、委員長以外は本部にいなく、自分たちだけできたそうだ。
「シャティー先輩は?」
「怪しい生徒がダンジョンから出てきたから、ダンジョンの前で拘束しているよ」
今度はナミク先輩がそのように答えた。ふっと一息をつき、私はヒカリの方に急ぐ。
疲れて、走る元気もない。あ、デブが倒れてる。どうでも良いや。
私はヒカリのところにたどり着き、抱きしめた。
ヒカリも体に力が入らないながらも、体を私に寄せてくる。
しばらく、抱きしめたあと、ヒカリが話始める。
「キミハちゃん…私…怖かった…」
「うん」
「怖かったよ〜〜〜」
ヒカリは我慢していた涙をこぼす。私は強く抱きしめてあげる。
「ヒカリはよくがんばったよ。遅くなってごめんね」
「うんん…キミハちゃんキミハちゃんって心の中で叫んだら…本当に来てくれて…ウエッウエッ」
「そんなこと思ってくれたんだ」
「来てくれて…ありがとぉ…ウエッウエッ」
しばらくして、ヒカリも落ち着いたようだ。
そんなヒカリをむぎゅーとして私は宣言しておく。
「ヒカリのこの雪のような身体を好きに触って良いのは私だけなんだから!」
「もぉ、キミハちゃん!」
身体に力は入らないようだが、照れながらツッコミは鋭く入れてくれた。
シャティー先輩の勧めでヒカリは医務室で一夜を明ける事となり、私は一人、寮に戻ってきた。
ご飯準備しようかな。
私はキッチンに立つ。背中がひやーっとする。私は振り向く。何もいない。時計の音が聞こえる。怖い。
よし、ヒカリも寂しいだろうから、医務室に行ってあげよう。決して、森の中にあるこの寮に一人で過ごすのが怖いわけじゃないよ。
私は食パンをそのまま握って、中央塔5階の医務室に向かった。その後、医務室でヒカリに一人で寮にいるのが怖かったんだと図星を突かれて、笑われた。
お化けなんて、怖くないもん!
ヒカリ、無事に救出できました!
次回は、魔法陣の授業を受けさせたい。