88.ぼっち少女と常識3
「それで、トモリさんは、何層まで行ったのだ?」
ここまで黙って私達の会話を聞いていたギルマスが尋ねた。
私はチラッとアニタさんを見ると、素直に手で6を示してみせた。
「何!?第6層だと!?それは本当なのか?」
さっきからそんな話が出ていたのに、初めて聞いたかのように驚くギルマス。
私が頷くと、「そうか……」と言って、頭を抱えてしまった。
ギルマスは、さっきの話を聞いてなかったのかな?
一方、ハティさんとアニタさんは、やっぱりという顔をしていた。
「ねぇ、具体的に、第6層のどのあたりまで行ったのか聞いていい?いくらトモリちゃんでも、第6層はそう簡単には踏破できないはずよ」
私はまたアニタさんを見た。
今は私の知っているアニタさんのように見えるけど、さっきのことがあるから気になってしまう。
ここで適当なことを言って変に刺激してしまうと、またさっきのように怖くなったりしないかと心配になる。
ここは正直に言っておこう。
私は紙に「入り口」と書いて見せた。
「入り口?ちょっと入ってやめたってこと?どうして?」
ハティさんが首を傾げた。
でも、私が「オーク強い」と書いて見せると納得したようだ。
「そう。確かに、第6層からは上級職が出てくるものね。上級職の魔物を倒すには、倒す側も上級職でなければ難しいって聞くし、今のトモリちゃんにはムリかもね」
上級職?
上級職って、転職したらなれる職業のことかな?
転職したら強くなれるだろうことはなんとなくわかってたけど、職業一つで結構変わるのかな。
ちょうどいい機会なので、私は職業のことを聞くことにした。
紙に「上級職って何?」と書いて見せると、ハティさんは目をパチクリさせた。
「あれ?職業のこと知らないの?」
「では、私が説明いたしましょう」
困惑するハティさんに変わって、アニタさんが説明を始めた。
正直、ハティさんよりもアニタさんの説明の方がわかりやすいので助かった。
それに、この様子を見る限り、アニタさんはいつもどおりに戻ったように見えて、少しほっとした。
「職業は、ステータスの職業欄に記載されている職業のことです。生まれたときは、誰もが『なし』となっていますが、成長してレベル2になると、適正のある初級職に転職できるようになります」
適正……。やっぱり、どんな職業にもなれるってわけじゃないんだね。
こういうところは、小説とかにもよくある設定なので、わかりやすい。
私は初めから魔法使いと回復師だったけど、これは異世界転移の特典って感じかな。
そういう物語って多かったし、リリスならやりそうな気がする。攻略特典とか、好きなのくれたりするし。
「初級職は、剣士、拳闘士、弓使い、槍使い、魔法使い、回復師の6種類です。この中のどれか一つに転職できます。ただ、回復師以外の初級職への転職は、レベル2以上であれば条件なしでできる代わりに、転職特典はありません。また、一度転職したら、特殊な方法を使わない限り他の職業に再転職できないため、レベル2以上になっても転職しない人も大勢います。平民だと、成人するまで転職しないという人がほとんどですね」
初級職の職業は、迷宮の魔物とかでも見たことがあった。
魔物も人間も、職業は同じなのかもしれない。
あと、一度選んだ職業は簡単には変えられないのか。まあ、これもよくある設定だよね。
再転職するための特殊な方法っていうのが何なのか気になるけど、きっといろいろと面倒なことをしないといけないような方法だと思う。
アニタさんの言い方から、普通の人が気軽に使えるような方法じゃないことは伝わってきたからね。
「中級職は、初級職に関係のある職業にしかなれません。魔法使いなら、魔法系の中級職である魔術師、召喚師、調教師、占い師にしか転職できません」
アニタさんが挙げた職業は、ステータスに書いてあった職業と同じだった。
見事に魔法系一色。
まあ、魔法職が物理系の職業に転職できたりしたら、それはそれでおかしいよね。
「中級職に転職すると、職業に合った転職ボーナスが得られます。ステータス上昇やスキルなどですね。どんなボーナスが得られるかは人それぞれで、全くない人もいれば、稀にギフトをもらえる人もいます。ただ、得られるボーナスの差は、転職に必要な条件の満たし方によるものだということが研究でわかっています」
転職ボーナスがあるのか。
やっぱり、中級職に転職するってことは、それだけで強くなるんだね。
でも、ボーナスに差があるってすごいな。
条件の満たし方によるって、どういうことなんだろう?
私が首を傾げると、アニタさんが詳しく説明してくれた。
「中級職に転職するには、指定の条件を満たす必要があります。これはステータスから見ることができますので、トモリさんも知っていますね?」
アニタさんの問いに頷く。
条件って、素材とか討伐数とかのことだよね。
「その条件を満たさないと、転職することはできません。しかし、条件の中には、中級職以上でなければ倒すのが難しい魔物も含まれています。オーク迷宮の第6層以下に出現する魔物などですね。これを初級職の者が単独で倒すことはまず不可能です」
確かに。それは私も思ってた。
オーク迷宮を攻略できないと、転職はできない。でも、転職しないと攻略はできない。
アニタさんは、解決策を知ってるってことかな?
私が考えている間も、アニタさんは話を続ける。
「ですが、それではいつまで経っても転職できません。そこで、初級職でありながら、上級職の魔物を倒し、転職するための方法として、2つの方法が確立されました。1つは、難易度の低い迷宮に行くことです」
難易度の低いって、さっき言ってたバフとデバフがかかる、他の大陸の迷宮のことか。
なるほど。足りない分は外部要因で埋めるというわけね。
一理あるけど、そのためにわざわざ他の大陸に行くのも面倒だなあ。
私がそう思っていると、アニタさんもそれに言及してきた。
「ですが、これには問題があります。現在、ここ東大陸では、特別な事情がない限り、人族が他の大陸に渡ることが禁止されているのです」
ここって、東大陸っていうんだね。初めて知った。
というか、他の大陸に行けないってどういうことだろう?
首を傾げると、アニタさんは私の疑問点を正確に見抜いて答えてくれた。
流石アニタさん!
「人間は基本的に、大陸ごとにそれぞれ異なる種族が暮らしています。東大陸には人族、北大陸には魔族、西大陸には獣人族、南大陸には魔族と獣人族以外の亜人が暮らしています」
うわあ。見事に東西南北……。安直だけど、わかりやすいっちゃわかりやすいな。
亜人がいることは知ってたけど、大陸ごとに住んでる種族が違うっていうのは初耳だ。
やっぱり異世界に来たからには、いつか亜人に会ってみたいと思ってたけど、話を聞くと難しそうだなあ。
何で他の大陸に行けないんだろう?
「今、世論は亜人排斥主義が主流です。あ、亜人排斥主義っていうのは、別名人族至上主義とも言いまして、文字通り人族が一番だという考えですね。もっとも、人族の全員がこの考えだというわけではありません。ただ、権力者に多いので、政策もそれに沿ったものになってしまうのです。その結果、人族の他の大陸への渡航が禁止されているというわけです」
きっと、権力者は自分さえ良ければいいっていう人たちばっかりなんだろうね。
小説なんかでよくある設定だ。
まあ、小説だと、こういう状況のとき、主人公は亜人を守るために戦ったりするけど、私にそんなつもりはない。
別に会ったこともない亜人に対して、嫌いだとか思っているわけじゃない。
ただ、今は自分のことで精一杯なのに、他人のことにまで気を遣えないだけだ。
でも、そっか。今は他の大陸には行けないのか。
私なら、魔法でちょちょいと行けそうな気もしないでもないけど、必要のない危険は侵さないでおこう。
わざわざ行くのも面倒だしね。




