86.ぼっち少女と常識1
オーク迷宮の攻略を諦めた私は、さっさと宿に戻ると寝た。
精神的にも身体的にも疲れていて、ご飯を食べるとすぐに眠くなったのだ。
結局、目が覚めたら次の日の昼だった。目覚ましをセットしていなかったから、寝過ごしたのだ。
流石に昨日の今日で迷宮に行く気にはならず、宿で本を読みながらのんびりと過ごした。
そして、オーク迷宮に行ってから2日後の朝。
私は、オークの素材の換金と、依頼を受けるために、冒険者ギルドに来ていた。
冒険者として、ある程度依頼を受けておいた方がいいと思ったのだ。別にランクアップしたいとか、そういうわけじゃなくて、あんまり依頼を受けていないことについて文句を言われないようにしておこうと思ったのだ。
ギルドに入ると、依頼が貼ってあるボードのところに、何人かの冒険者がいた。しゃがみこんでボードを眺めている人もいたので、まだ時間がかかりそうだと思い、先に買取所の方に行くことにした。
まだ朝だということもあって、買取所はガラガラだった。
私は第5層までに出てきたオークの素材を10体分ずつ売った。
予めギルドカードの収納に移しておいた素材を出すと、担当者が驚いた。
「こ、これ、全部あなたが倒したんですか?」
頷くと、担当者は私に待つように言って、部屋を出ていった。
一度に大量に売ると目立つから、少なめにしたんだけど、まだ多かったのかな?
うーん……何か言われたら、一度にじゃなくて、コツコツ倒したってことにしようかな。肉が腐ってないのは、魔法で凍らせてたからだってことにすれば、疑われないはず。うん。そうしよう。
方針を決め終わり、出入り口を見ると、ちょうどさっきの担当者が戻ってきたところだった。
「大変お待たせいたしました。こちらの素材は全て買い取らせていただきます。ただ、量が量ですので、査定に少々お時間をいただきたく思います」
……やっぱり量多かったのか。まあ、全部で100体分以上あるし、よく考えれば多いと思われるのも当たり前か。もうちょっと考えてから出せば良かったかもしれない。
後悔したけど、時すでに遅し。出してしまったものはなかったことにできない。
私は担当者に了承の意を込めて頷いた。
「では、査定が終わるまで別室でお待ちください。案内は、彼女がいたします」
担当者が、一人の受付嬢の制服を着た女性を示す。私が顔を向けると、彼女は軽く会釈をした。
私は担当者に促されるまま受付嬢のもとに行く。
「こちらです」
そのまま、受付嬢の案内を受けて、冒険者ギルドの方へ向かって歩いていった。
案内されたのは、なぜかギルマスの部屋だった。
何で!? ただ素材を売っただけなのに、どうしてギルマスの部屋に連れてこられるの!?
ギルドに来るたびにギルマスの部屋に来ている気がする……。
私の困惑を他所に、受付嬢は扉を叩いた。
ガチャっと音がして、扉が少しだけ開き、ギルマスが顔を出した。
「トモリさんか。申し訳ないが、このあと少しいいだろうか?あなたに話があるのだ」
扉の隙間から顔だけをにゅっと出した状態で、ヒゲを生やしたおじさんが真剣な顔をして言う。
そのシュールな光景に笑ってしまいそうになるのを堪え、真面目な表情を作って、頷いた。
どうせ時間は余っている。それに、相手はギルマスだ。ここで逃げても、何かと理由をつけて私を呼び出すことはできるだろう。ギルマスに呼び出されるなんて、いい注目の的になる。それは絶対に避けなければ。
ギルマスは先に受付嬢を下がらせると、私を招き入れた。
誰もいないと思っていた部屋の中には、予想外の人物がいた。
「久しぶり、トモリちゃん」
「お久しぶりです」
二人掛けのソファに並んで座っていたのは、ハティさんとアニタさんだった。
フィルリアの街にいるはずのふたりがなぜここに?
私はその場に立ち尽くし、ふたりの顔をじっと見つめた。よく似た別人というわけでもなさそうだ。
「ふふっ。そんなに驚かなくてもいいのよ?フィルリアの街からカージアの街までは、馬車で3日もあれば着く。これはとっても近いってことなの。だから、私たちがここにいるのはそんなにおかしなことじゃないわ」
ハティさんが笑みを浮かべて説明する。アニタさんもハティさんの説明に頷いていた。
そっか。馬車で3日って、近いんだ……。
飛行魔法で2時間……3時間くらいで来れる私の感覚から言うと、3日もかかるというのは決して近いとはいえない。
「いいですか、トモリさん。馬車で3日は近いんです。それもかなり。遠くの街だと、一ヶ月とかかかるのが普通なんですから」
アニタさんが念押しのように付け加える。
アニタさんは、私がこの世界のことをよく知らないって知ってるから、こうやって教えてくれる。
やっぱりアニタさんがいるとラクだ。
私はアニタさんにわかったという意味を込めて頷くと、皆に勧められるまま、アニタさんの向かいに座った。
ギルマス……カージアの方のギルマスは、ソファではなく、自分の執務机の椅子に座った。
「急にすまない、トモリさん。あなたに話すのはもう少し先にの予定だったのだが、さっき買取所の職員があなたのことを報告に来たので、ちょうどいいから呼んでもらったのだ」
ギルマスが言う。
さっきの買取所の人は、ギルマスに知らせに行ってたのか。でも、どうしてわざわざギルマスに?
「聞いたわよ、トモリちゃん。あなた、オークの素材を大量に持ち込んだそうね。報告に来た人が、ものすごーく驚いてたわよ」
ハティさんがからかうように言う。
何がおかしいんだろう?確かにちょっと多かったかもしれないけど、迷宮に行ったらあれくらい普通だと思うんだよね。
理由がわからずに首を傾げると、アニタさんが溜息混じりに教えてくれた。
「はぁ……。トモリさん、オークっていうのは、総じて強く、高ランクの冒険者がパーティーで挑むような相手なのです。特に、オーク迷宮の3層以下に出るオークは強敵で、倒せる者は限られてくるのです」
オークが強敵? 確かに、第6層のオークはかなり強かったけど、第5層まではそうでもなかったよね?魔法で一撃だったもの。
私がまた首を傾げると、アニタさんが恐る恐る聞いてきた。
「えっと、トモリさん、何層まで行かれたんですか?まさか攻略したとか」
「えっ!そうなの!?」
アニタさんの「攻略した」という言葉を聞いて、ハティさんが声を上げた。
かなり大きな声だったので、私やギルマス、隣にいたアニタさんも、話を止めてハティさんを見た。
3人に一斉に見られたハティさんは、恥ずかしくなったのか顔を赤くした。
「ご、ごめんなさい。つい…………。そ、それより、トモリちゃん、ホントに攻略したの?」
流石に攻略してはいないので、私は首を横に降った。
「そ、そうよね。いくらトモリちゃんでも、オーク迷宮をひとりで攻略なんて無理よね」
ハティさんはホッとしたように胸をなでおろした。
ふたりの様子から、オーク迷宮の攻略は簡単ではないことがわかった。
この分だと、攻略はまだ先になりそう。
オーク迷宮の攻略ができないと、転職用の討伐数も稼げないから、転職も遠のくのか。転職したら強くなるかもって思ってたから、ちょっと残念。
…………あれ?
よく考えると、オーク迷宮の下層の魔物の討伐が転職に必要であるなら、オーク迷宮が攻略できないと、いつまで経っても転職できないよね?
でも、ステータスにはレベル10あれば転職できるってあった。ということは、それくらいのレベルまでに、必要な魔物を討伐し終えることができるってことになるけど、レベル10ではとてもじゃないけど下層のオークなんて倒せない。
どうなってるんだろう?
私が、転職条件の矛盾に悩んでいると、さっきの失態を必死で取り繕っていたハティさんが、独り言のようにポツリと呟いた。
「だって、カージアの街のオーク迷宮は、オーク迷宮の中で一番難しいって話だもの。そう簡単に攻略できるわけないわよね」
ん?今何て言った?
まるで、オーク迷宮が他にもあるっていうふうに聞こえたんだけど、気のせいかな?




