閑話10 ギルマスと領主一家3
食事が来るまではまだ時間がある。私たちは話を続けることにした。
「では、次の話題に移ろうか。先程は迷宮の件と言ったが、どちらかというと魔物の件だな。近頃、迷宮外の魔物の動きに不審な点が多く見られるようになった。これについて、ギルドでは何か掴んでいないか?」
迷宮ではなく、魔物の異常のことか。
私は、赤字状態のマンドラゴラ迷宮について追及されなかったことにほっとしたと同時に、頭を抱えたくなった。
魔物の異常については、今日、トモリさんに調査をお願いしたばかりだ。調査結果は頭に入っているし、問題点も把握している。だから、報告すること自体はできる。
だが、領主様が気にかけていらっしゃる以上、この調査を誰が行なったのか言わざるを得ない。重要な調査を、どこの誰かもわからぬ者に任せたと言うわけにはいかないからだ。そんなことを言えば、調査をやり直せと言われてしまうだろう。
これが、定期的に行われ、誰でもその真偽がわかる、市場価格調査などであれば、調査をした者を言う必要はない。
しかし、魔物や盗賊など、一般人に被害を及ぼす恐れがあり、かつ迅速な対応が求められる案件の調査の場合、その調査結果の信憑性は非常に重要になる。
そして、今回の調査は、その重要な調査に当たる。出任せを言った結果、もし取り返しのつかないことになってしまったら。そう考えると、嘘をつくことはできない。
かと言って、ここでまたトモリさんの名を出せば、領主様が食い付くことは間違いない。
どうすればいいだろう。
「魔物の異常ならば、ギルドでも聞き及んでおります。また、先日、フィルリアの街の冒険者ギルドのギルドマスターからも、その件について連絡がございました」
いつまでも黙っているわけにはいかない。私はとりあえず、ハヴィティメルネから来た話をすることで、時間を稼ぐことにした。
「何!?もしや、フィルリアの街でも魔物の異常が確認されたというのか!?」
「左様でございます。フィルリアの街周辺の森に、ノーマルオーク数十体と、オークキングが出現したそうです。依頼を受けて森に入った冒険者が偶然発見し、ギルマス自らが出向いて討伐し、事なきを得たとのことです」
私は、嘘にならないように、しかしトモリさんに繋がらないように、うまく言い方を工夫して話した。
かつてBランク冒険者だったハヴィティメルネのことは、領主様もご存知である。彼女であれば、ソロでオークキングを不可能ではない…………いや、ハヴィティメルネは近接戦を得意としていたし。ソロでは難しいか?だが、フィルリアの街には、彼女のパーティーメンバーだったハンスもいる。引退しているとはいえ、彼の実力ならば、ハヴィティメルネとともにオークキングを討伐することもできるだろう。
私と同じことを考えたのか、領主様が呟いた。
「そういえば、あの街にはギルマスのパーティーメンバーだった者もいたな。であれば、オークキングを倒すことはできるか」
辛うじて聞こえるかどうかの小さな呟きを、私は気付かないフリをして話を続けた。
下手なことを言えばボロが出るからだ。
「他にも、フィルリアの街から来た冒険者から、ロックウルフやゴブリンソードマンが森にいたという話を聞いております。カージアの街周辺では、二層以下の魔物が現れたという話は耳にしておりませんが、我々が気がついていないだけという可能性もございます」
「二層の魔物まで出現しているのか…………。これは、大規模な調査が必要だな。イーサン」
領主様はそこで一旦言葉を区切り、私を真剣な眼差しで見つめる。
私は表情をさらに引き締めて答えた。
「はい、領主様」
「後程フィルリアの街の冒険者ギルドマスターに手紙を書く。それを信頼できる冒険者に渡し、フィルリアの街に向かわせろ。そこで、向こうのギルマスとその冒険者主導でフィルリアの街周辺を徹底的に調査。原因の解明をさせろ。それと同時に、この街周辺の調査もイーサンが主導で行え。フィルリアの街との合同調査だ。その他、詳しいことはイーサンと向こうのギルマスに一任するが、進展があったらすぐに私に報告してくれ」
「かしこまりました」
領主様の命を聞き、私は密かに安堵した。トモリさんのことを言わずに済んで良かったと。
しかし、同時に不安にもなった。今回の魔物の異常は、迅速な対応が求められる。にも関わらず、領主様は再び調査をせよと命じられた。それも、時間のかかる徹底的な調査を。
果たして、そんな悠長なことをしている時間はあるのだろうか。
もし、何かあったら…………。
私は堪らず声を上げた。
「領主様。一つお伺いしたいことがございます」
「何だ?」
「その……魔物の件ですが、大規模な合同調査を行っていて良いのでしょうか。合同調査となれば、相手との連携が必要になりますから、時間もかかるでしょう。それに、いくらフィルリアの街が近いとはいえ、早馬を使っても片道で一日はかかります。これでは何かあったときにすぐに駆けつけられません。フィルリアの街の冒険者は初心者ばかりで緊急事態に弱い。ハヴィティメルネがいたとしても、限界があります。であれば、いっそのこと、こちらで実力の確かな冒険者に調査と解決を依頼し、フィルリアの街に赴いてもらった方が…………」
「ん?だからそうしろと言っているだろう?」
隠し事をしているという状況で、少し精神が不安定になっていたようだ。私は、自分でもよくわからない不安と焦りに突き動かされ、領主様に自分の意見をまくし立てた。
しかし、領主様は、そんな私を不思議そうな顔で見て、私が最後まで言い終わる前におっしゃった。
私の言いたいことはわかっているというふうに。
「え?」
私は、一瞬頭が真っ白になり、呆けてしまった。
そんな私に、領主様は丁寧に説明してくださった。
「イーサンにしては珍しく、私の話を理解していなかったようだな?私は先程こう言ったぞ。『イーサンの信頼する冒険者をフィルリアの街に派遣し、向こうのギルマスと調査をさせろ』とな。まあ、言い回しは少し違うかもしれんが、意味は変わってない。これはイーサンが言っていたことと同じだよな?」
私は一度深呼吸をして落ち着くと、領主様の言葉を考え直した。そして、確かに同じ意味であると気が付いた。
「はい。そのとおりでございます。私の思い違いで、別の意味に捉えてしまっておりました。申し訳ございません」
私は立って深く頭を下げた。
どうやら今日は、トモリさんのことで頭がいっぱいで、他のことに気が回っていないようだ。
はあ。我ながら、らしくない。
領主様は私の謝罪を笑って許してくださった。
私が礼を言って席に着くと、使用人がちょうど料理を運んできた。
私たちは、運ばれてきた食事を、他愛のない話をしながら食べた。
食事の時は、緊急時以外、仕事の話はしない。それが領主一家のルールだ。
だから私は、仕事の話は一切しなかった。もちろん、トモリさんの話も。
領主様方からもトモリさんの話は出なかったので、私は穏やかな気持ちで食事をすることができたのだった。
食べ終わると、挨拶をして、私は領主邸をあとにした。
いつもは見送りの時だけでも顔を出されるアレナリアお嬢様が、今日はいらっしゃらなかったが、さして気にも留めなかった。
私にはやることは山積みなのだ。さて、何から始めようか。
私は、これからの予定を考えながら、冒険者ギルトに向かって歩き出した。
もう夜だが、今日はまだ仕事をする必要がありそうだ。
深いため息をつきながら、仕事場へと向かう。
厚い雲が月を隠しているせいで、夜道はいつも以上に暗く見えた。
次話から燈里視点に戻ります。