82.ぼっち少女の魔物調査3
「どこから話そうか……。そうだな、あなたは、魔物がどこで生まれるかご存知だろうか?」
魔物が生まれる場所?そういえば、考えたことなかったな……。
でも、迷宮があるんだから迷宮じゃないのかな?
新しく紙を用意して、「迷宮?」と書いて見せた。
すると、ギルマスは軽く頷いた。
「そう。確かに、魔物は迷宮で生まれる。もっと厳密に言えば、迷宮の魔物は、棲息している各階層で生まれるのだ。そして、基本的に魔物は自分が生まれた階層から出ることはできない。例外は、迷宮に入った者と従魔契約をすることと、第1層の魔物だけだ」
なるほど。だから、階層ごとに綺麗に魔物が分かれてたんだね。階段に魔物が来ないのも、そういう理由かな。
第1層の例外は…………あっ!迷宮の外か!
そういえば、迷宮の外にいる魔物は、第1層の魔物が多かったな。ウォータースライムとか、アースウルフとか。
「例外についてだが……その顔を見るに、ある程度の予想はできているようだ。だが、確認も兼ねて説明させていただく。まず、第1層の例外の方からだが、第1層の魔物は、迷宮の入り口から迷宮の外に出ることができるようだ。迷宮の外にいる魔物のほとんどは、迷宮から出てきた魔物だ。魔物が迷宮を出入りすることは確認されているから間違いない」
へぇ。第1層の魔物は迷宮から出られるのか。でもそれだと、第1層の魔物から逃げるのは、ただ迷宮の外に出るだけじゃダメなんだね。
まあ、第1層ならそんなに強いのはいないから大丈夫か。
「それから、魔物は、迷宮の中で倒されても時間が経つとその場で復活するが、迷宮の外で倒された場合は復活しない。迷宮で復活するのかもしれないが、さすがにそこまでは確認されていないな」
確かに、迷宮の外で倒された魔物と、迷宮で復活した魔物が同じかどうか確認するのは難しいかもね。この世界には電話がないから、連絡も取りにくいだろうし。
「まあ、そういうわけだから、迷宮の外に第1層の魔物以外の魔物がいることは基本的にない。第1層以外の魔物が迷宮の外に出るには、従魔契約をして誰かに連れ出してもらう必要があるが、調教師は珍しいし、一人の調教師が契約できる魔物の数は多くても十匹程度だから、野生化してもその数はたかが知れているのだ」
ん?
ギルマスの話を聞いていて、私はふと違和感を感じた。
第1層以外の魔物が迷宮の外にいることは基本的にはない?
でも、昼間、私が調べたときは、ロックスライムとか、ロックウルフとか、ゴブリンソードマンとか、第2層の魔物もたくさんいた。
私は、外にいるのは迷宮の浅い階層の魔物だと思っていたから何の疑問に思わなかったけど、もし、ギルマスの言っていることが正しいのだとしたら…………。
「ふむ。やはりあなたは頭の回転が早いようだ。もう問題に気付かれたようだ」
考えていたことが顔に出ていたのか、ギルマスが感心したように言った。
その言葉から、私は自分の推測が正しいことを知る。
つまり、第2層の魔物が迷宮の外に大勢いる。しかも、その中にはオークキングのような、最下層にしか存在しないような魔物もいる。
ここまで来れば、私でもわかる。
これは、明らかに異常事態だ。
私が真剣な顔でギルマスを見ると、ギルマスは大きく頷いた。
どうやら、私の言いたいことがわかるようだ。
この世界の人は、言葉にしなくても私の意思を読み取ってくれるからとても助かる。
元の世界ではそんな人はいなかったから。
「本来いるはずのない魔物が大量にいることも問題のひとつだが、一番問題なのはそこではない」
じゃあ何が問題なの?
私は首を傾げて続きを促す。
「この件の一番の問題は、この事態が人為的に引き起こされた可能性が高い、ということだ。これだけの範囲でこれだけの数、種類となれば、偶然と考えるのは無理がある。何者かが意図して行ったと考える方が自然だろう」
確かに、状況を考えてみれば、黒幕がいるってのもわかるかもしれない。
でも、仮に黒幕がいるとして、こんなことをした理由はなんだろう?
第2層くらいの魔物なら、少し腕が立つ冒険者なら簡単に倒せるはず。
戦闘に向かない人は危ないかもしれないけど、護衛を雇ったりすれば問題ないだろう。
それに、大規模な討伐作戦とかをやって、一気に殲滅してしまえば、それで終わりそうな気がする。話を聞く限りでは、外にいる魔物の数は簡単には増やせないみたいだし。
そう考えると、これをやった人に、何のメリットがあるんだろう?
考えてみてもわからなかったので、考えている間、待っていてくれたらしいギルマスに続きを促した。
「あなたが悩んでいるのは犯人の目的だろうか?」
すごい!当たってる!
私は頷いて答えた。
「あなたのこれまでの言動から、おそらくそうだろうと思ったのだ。それに、犯人の目的に関しては私も考えたのだがわからなかった。オークキングと契約できるほどの実力があるなら、真っ当な生活が送れるはずだ。わざわざ罪を犯す必要などない」
うーん。私としては、実力があるから非行に走ったという線も考えられるんだけど、ギルマスはそうは思わないみたいだ。
まあ、犯人の目的なんて、私たちが考えていても仕方がない。
捕まえて直接聞けばいいことだし。
そんなことを書いて見せると、ギルマスは苦笑いした。
「確かに、あなたのおっしゃるとおりだな。犯人を捕らえて聞けばいい。だが、これだけのことができる者が相手では、それも容易なことではない。単独犯とも限らないのだからな」
あ!確かに、全部ひとりでやったという証拠はない。
普通に考えたら、これだけの規模なのだから、何人かで協力してやったと考えられる。
私はずっと相手はひとりだと思ってたけど、複数人ってこともあるのか……。
でも、そうすると、私が捕まえに行くのは無理そうかな。
依頼を受けたからには最後までって思ってたけど、対人戦なんてやったことないし、そんな度胸もない。
さすがに人は魔物を相手にするのとは違う。それが複数相手となると、私には経験が足りなさ過ぎて無理だ。
もし、このあと、ギルマスから犯人を捕まえるように言われても、絶対に断ろう。
私はやりたくないのだ!
心の中で決意を固めた私を見て、ギルマスは残念そうな顔をした。
あ、また顔に出てたかな?
「……本当は、犯人確保もあなたにお願いしたかったのだが、それは難しそうだな」
声にも心情が滲み出ていた。
私は少し申し訳なく思ったけど、無理なものは無理だ。諦めてもらうしかない。
私は「ごめんなさい」と書いて見せた。
「いや、ここまで調べてくれただけでも助かった。本来なら、何人も冒険者を雇って、数日かけて行う調査だったのだ。それを、たった半日で、しかもひとりでやってしまうとは思っても見なかった。おかげで、早急に対策を練れそうだ。本当にありがとう」
そう言ってギルマスは、頭を下げた。
この人は、良くも悪くもかたい人なんだな。礼儀正しいというか、融通がきかないというか。
ん?なんか違うかもしれないけど、まあいいや。
とにかく、私は慌ててギルマスに頭を上げるように身振り手振りで示した。
その後、報酬をもらって、私は宿に戻った。
ちょうどいいからと、今回の調査の報酬だけでなく、この間のガーゴイルの魔石の報酬ももらった。合せて銀貨45枚だった。意外と多くてびっくりしたけど、ガーゴイルの魔石は高いみたいで、これくらい普通なんだとか。
ギルマスは、これからのことを考えるみたいだけど、私は先に帰らせてもらった。
喋れない私がいても、邪魔なだけだろうから。
気にはなったけど、また後日話を聞けばいい。
私はそう考えて、宿でゆっくりと休んだのだった。




