8.ぼっち少女の冒険者登録
おじさんの言う通りに歩くこと5分。
私は、迷わず冒険者ギルドに辿り着くことができた。
冒険者ギルドは、二階建ての木造の建物だった。入り口はちゃんとしたドアで閉じられているけど、ドアの両横に大きな窓があって、ガラス越しに中が見えるようになっている。
覗いた限りでは、中にいるのはほんの数人だったし、柄の悪い連中には見えなかったので、私は安心して中に入ることができた。
カラン。
ドアを開けると、上部に付いていたベルが鳴った。
ギルドの中には飲食スペースがあり、そこにいた冒険者たちが一斉に私の方を見た。でも、すぐに元の向きに戻って、食事をしたり、話をしたりし始めた。
絡まれなくて良かった。
中に入ると、私はまっすぐ受付に向かった。できるだけ人の良さそうな受付嬢のいるカウンターを選んで行った。
「冒険者ギルドへようこそ。本日は何の御用でしょうか?」
20代前半くらいの綺麗な赤い髪をした受付嬢が、笑顔で対応してくれた。
私は、ローブのポケットに入れておいたおじさんの手紙を彼女に渡す。
何も言わずに手紙を渡す私を、受付嬢は少し不審な顔をして見ていたけど、手紙の宛名を見るとすぐに開封し、便箋を取り出して読み始めた。
他人の手紙を勝手に読んでいいのかと思ったけど、すぐに、もしかしたらこの人がおじさんの娘かもしれないと思い直した。
そのまま待つこと数分。
手紙を読み終わった受付嬢は、便箋を一枚封筒にしまい、もう一枚をカウンターに置いた。
文字の量からして、置いた方は登録用に書いてもらったもののようだ。
「トモリさんですね。はじめまして。ジークの娘のアニタです。事情は手紙で把握しました。冒険者登録をするということで、よろしいですか?」
この人がおじさんの娘で間違いないらしい。正直、全然似ていない。アニタさんは、母親似なのかな?
アニタさんが冒険者登録するか確認してきたので頷いた。
「では、登録料として銀貨1枚お支払いください」
また銀貨1枚……。街に入るときに銀貨1枚払ったから、今の私の全財産なんだけど……。でも、ここまで来たら登録した方がいいよね?
渋々ながら、銀貨1枚を出してカウンターに置く。
アニタさんは銀貨を受け取ると、カウンターの下から用紙を取り出し、便箋の内容を書き写していく。
記入が終わると、カウンターに置いてあったコピー機のような機械に用紙を入れる。使い方もコピー機とそっくりで、用紙をセットして蓋を閉じ、ボタンを押すと、下部のトレーからクレジットカードほどの大きさの青色のカードが出てきた。
アニタさんは、カードと用紙を取ると、カードを私に渡し、用紙をカウンター下から取り出したファイルに挟んだ。
「これがトモリさんのギルドカードになります。手に持って魔力を流すと、登録は完了です」
アニタさんからカードを受け取り、言われたとおりに魔力を流す。
すると、一瞬カードが輝いた。
「これで登録は終了です。その冒険者ギルドカードには、偽造防止機能が付いていて、本人以外が持つとカードが黒くなるようになっています」
そう言ってアニタさんが私のカードを手に持つと、10秒ほどでカードが黒く染まった。カードを返してもらい私が持つと、すぐに元の色に戻った。
ただのカードに見えるのに、よく出来てるなあ。
「カードの色は、冒険者ランクと連動しています。冒険者ランクは、SSSが一番上で、順にSS、S、A、B、C、D、E、Fと続きます。Fは未成年である16歳未満がなる冒険者見習いランクですので、成人している者はEランクからの登録となります。カードの色は、上から順に金、銀、赤、橙、黄、緑、水色、青、紫となっています。」
へぇ。一番上はSじゃないんだね。しかも、色も金、銀ときたら銅だと思うんだけど、違うのか。
私は、そんなどうでもいいことを考えながら、アニタさんの話を聞いた。
ラノベとか読んで、冒険者ギルドの仕組みとかはだいたいわかってるし、違うところだけ覚えればいいよね。
「ランクは依頼を一定数達成することで上がります。依頼は、自分のランクの一つ上から一つ下のものが受けられます。依頼には、常に出ている常時依頼と、依頼主が依頼した場合のみ出ている一時依頼、緊急時にギルドが出す緊急依頼があります。依頼はあちらのボードに貼ってありますので、受ける場合は、依頼用紙をボードから剥がして受付に持ってきてください。こちらで受注手続きを致します。依頼を完了した場合も、受付で達成処理を致しますので、報告に来てください。あ、常時依頼用紙は受注手続きが必要ありませんので、依頼用紙を剥がすのはご遠慮くださいね」
アニタさんは、私の反応を見つつ、一気に説明した。
ここらへんはよくある設定なので、問題はない。
ただ、私は字が読めないので、依頼も読めないという問題があるんだけど。
さて、どうしようかな。毎回誰かに聞くのも面倒だし、文字を覚えるのが一番かな?
私がボードの方を見て悩んでいると、アニタさんは紙を取り出して何かを書き始めた。
何を書いているんだろう?
気になって覗いてみると、何かの表を書いていることがわかった。
私は、アニタさんが表を書いているのをじっと見ていた。
表を書き終わると、アニタさんは書いた紙を私にくれた。
「これは、文字を書いた表です。この国で一般的に使われている文字が全て書いてあります。見方ですが、この左上から下に向かって、『あ、い、う、え、お』と順に並んでいます。『あ』の右横は『か』、『か』の横は『さ』というようになっています」
どうやら、日本の五十音表と同じようなもののようだ。違うのは、濁点や、小さい「や、ゆ、よ」がついた「きゃ、きゅ、きょ」なども別にあるということ。
文字をよく見てみると、右と左に分解できるみたいだ。それに、母音と子音の位置が反対だけど、組合せ方がローマ字に似ている。
あ行は、ローマ字でいうと「a,i,u,e,o」だけど、か行は「ak,ik,uk,ek,ok」のようにできている。
これは覚えやすそうだな。
他にも、単語として書くときのルールをいくつか教わった。単語として書くときは、一文字ずつ書くときと形が変わるものがあるらしい。
例えば、「花」のように同じ母音(母部というらしい)が続くときは、二文字目以降は母部を省略して子音(子部)だけを書く。ローマ字で表すと、「ahn」のように書くらしい。
反対に、「書く」のように同じ子部が続く場合は、母部を省略するらしい。ローマ字で表すと「kau」となる。
こんな感じで、複雑なルールがいくつもあった。
だいたい説明してもらったけどイマイチよく理解できていないところがある。さすがに一回ですべてを理解するのは無理があるよ。
あとは、その都度聞いていけばいいかな?
一通り説明が終わると、アニタさんが言った。
「説明は以上ですが、何か質問はありますか?」
私は、他に聞いておくことはないか考えて、アースウルフを売る予定だったのを思い出した。
私が頷くと、アニタさんは紙とペンを出してくれた。
私は、表を見ながら、「ウルフを売る」と書く。えーっと、同じ母部が続くから、ローマ字で書くと「u・rh ow u・r」(あ行の音で繋げるときは「・」を使う)のようになるらしい。ややこしい!
なんとか書いた紙を見せると、アニタさんは「わかりました」と言って席を立った。通じたってことは、書き方は合っているみたいだ。
アニタさんは、カウンターの中にいる他の受付嬢と何か話をすると、カウンターから出てきた。
「私が案内しますね。こちらです」
どうやら、アニタさんが直接案内してくれるようだ。
おじさんといい、優しい親子だなあと感動した。