74.ぼっち少女のマンドラゴラ迷宮攻略1
今日は、4月30日、日曜日。4月の最終日だ。
この世界に来て、初めての月末。まぁ、だからといって、特に変わったことはないんだけどね。
私は、今日も迷宮攻略に励むことにした。日曜日だけど他にやることもない。それに、あまり長くこの街に留まっていると、トラブルに巻き込まれそうな気がする。
気がするだけだけど、念のため、ね。
昨日も、ガーゴイルの魔石でやらかしちゃったし、今後も昨日みたいなことがないとも限らない。
泥沼にはまる前に、通り過ぎよう。
私は、昨日とは打って変わってカラリと晴れた青空の下を、いつものように飛んで行った。
……今日が日曜日で、今から行く迷宮が、冒険者に人気のおまけ迷宮だということの意味に、何も気が付かなかった。
この世界は、元いた世界と同じで、日曜日は休日である。
元の世界でいうところの、いわゆるサラリーマン的な人は、日曜日は休みである。
そして、冒険者の中には、平日はサラリーマンとして働き、休日は、冒険者として近くの迷宮で金を稼ぐといった人が、少なからずいるらしい。
これは、前にアニタさんから聞いた話だ。
つまり、日曜日の人気の迷宮というのは、人がたくさんいるということにほかならない。
私がそんな重要なことに気が付いたのは、迷宮に続く長い行列を見つけたときだった。
マンドラゴラ迷宮の入り口は、大勢の冒険者と、彼らを狙って商売をしに来た露店と商人たちでごった返していた。
マンドラゴラ迷宮は、岩山をくり抜いてできた洞窟でできていて、入り口は、大人がふたり並んでやっと入れるかどうかという大きさだ。
今まで攻略してきたゴブリン迷宮やガーゴイル迷宮とは、明らかに造りが違う。マンドラゴラ迷宮は、どちらかというとホーンラビット迷宮に似ている。
ということは、マンドラゴラ迷宮は、おまけ迷宮ということになるのかな。
一応、「全世界迷宮辞典」で確認すると、マンドラゴラ迷宮はおまけ迷宮だと書かれていた。さらに、注意点として、「声」に注意すると書かれていた。
そういえば、元の世界でも、マンドラゴラの話はあったよね。確か、マンドラゴラを引き抜いたときの悲鳴を聞くと、死んでしまうとかなんとか。
「声」に注意ってことは、この世界でも、似たようなことがあるのかな。死にたくないし、気を付けよう。
あ、でも、声を聞かないようにするには耳をふさぐか、防音結界を張るしかないよね。防音結界は創らないといけないけど、こんなに人がいるところではやりたくないなぁ。誰がどんな能力を持ってるかわからないし、ヘンなことに巻き込まれたくないもの。
となると、耳をふさぐ方法を考えるか。手じゃ無理があるし、ここは耳栓とか……。
ちょうど、そう考えたときだった。
「こちらは耳栓売り場です!マンドラゴラ迷宮に入るなら、耳栓は必須アイテムですよ!持っていない方はこちらでお買い求めくださーい!」
行列の横にある露店のひとつから、そんな声が聞こえてきた。
「マンドラゴラ迷宮で耳栓がないのは命取りです!どうぞお忘れなくー!」
ちょうどいいタイミングで聞こえた宣伝が気になって、私はその露店に足を向けた。ちなみに、私はまだ「隠形」で姿を隠したままなので、冒険者にも、店の人にも気付かれていない。
「この耳栓は、機能的でお安くなっております!おひとついかがですかー?試着もできますよー!」
店の従業員らしい女の子が、並んでいる冒険者たちに向かって宣伝をしている。でも、冒険者たちは店を一瞥しただけで去っていく。
それでも、女の子はめげずに宣伝を続けていたけど、しばらくすると、商品の向こうで紙になにかを書いていた女性に話しかけた。
「うう……。店長ー。やっぱりダメです。全然売れません。ここにくる冒険者の皆さんは、もう耳栓持ってるみたいです。これ以上は無理ですよー」
「そう?じゃあ、少し休憩してていいわよ。ちょうどキリがいいし、私が店番しているから」
涙目になりながら話す女の子に、女性は素っ気なく返す。クールでマイペースなお姉さんって感じだ。
「いえ、私が言いたいのはそういうことじゃないんですよ、店長!いつまでも売れない場所に店を構えていても時間の無駄です!もっと別の場所に行きましょうよ!」
「でも、全く売れないわけじゃないでしょう?無くした人とか、忘れた人も一定数いるわけだし、需要はあるわ。それに、この店で売っているのが耳栓だけというわけではないわ。他の商品は少なからず売れているでしょう?多少でも売れているなら、ここから撤退する必要はないわ」
確かに、よく見ると耳栓以外に回復薬や食料など、迷宮攻略に必要な商品も並んでいる。値札と残りの商品の位置から考えて、半分以上は売れているようだ。これなら、ここで商売を続けるのは間違っているとはいえないと思う。素人判断だけどね。
でも、女の子はまだ納得できないようで、なおも食い下がろうとする。
「でも」
「あんまり口ごたえするようなら、あなたを解雇するわ。私が欲しいのは、従順に仕事をこなす従業員。文句を言う子はいらないわ」
そう言うと、店長の女性はまた書き物を始めた。あれ?さっき店番するって言ってなかったっけ?店番しながら書き物するの?
しかも、泣きそうになってる子を放っておいて。冷たい人だなぁ。
他人の事情に首を突っ込むつもりはないけど、冷たくあしらわれて、女の子がかわいそうと思ってしまった。
心配になって女の子の方を見る。
女の子の目は、相変わらず潤んでいたけれど、表情からそれが泣いているからではないとわかった。
「店長……かっこいい……!」
女の子は、店長を羨望の眼差しで見つめていた。
…………。うん。見なかったことにしよう。
私は、店に並んでいた耳栓を一対取ると、耳栓のあった場所に代金を置いて店を去った。
そして、「隠形」を維持したまま、冒険者の間をぶつからないように慎重に進み、迷宮の入り口に辿り着いた。
私は、冒険者の出入りが途切れたタイミングを見計らって、迷宮に入った。
さて、今回はどんな特典がもらえるのか、楽しみだな。




