73.ぼっち少女との魔法練習2
結局私は、アレナリアが泣き止むまでじっと待つことしかできなかった。
こういうとき、どうすればいいのかわからなかったというのと、泣いている人に優しく声をかけることも、話を聞いてあげることも、口をきかない私には不可能なことだったから。
私はただ黙って、アレナリアが泣き止むのを待っていた。
しばらくして、アレナリアは落ち着いてきて泣き止んだ。
「お見苦しいところをお見せしてしまい、申し訳ありませんでした」
赤く腫れた目を拭いて、アレナリアは謝罪した。
私は「気にしなくていい」と書いた。驚いたし、戸惑ったけど、特別困るようなことではなかったからね。
「アナが……アドリアナがいないときに、こうして人と過ごすのは久しぶりなので、少し気が緩んでいたみたいです。普段は泣いたりしないのですが……」
アレナリアは苦笑いを浮かべて言った。
泣いた理由を聞くのはやめておこうかな。気になるけど、他人の事情に深く踏み込むと後で面倒なことになりそうだし。
私は、アレナリアが下手なことを言う前に、話題を変えた。
聞いたのは、魔法の練習を続けるかどうか。
「魔法の練習……。そうですね。せっかくの機会ですから、もう少し続けてもよろしいですか?」
アレナリアが無理に笑顔を作って言う。私は咄嗟に、「別の日でもいいよ」と書いたけど、アレナリアは首を振った。
「私が今日ひとりで出歩けているのは、本当にたまたまなんです。いつもはアナと一緒じゃないと外に出られなくて……。でも、誰かに魔法を教わってることは、アナには知られたくないので、アナのいない今日のうちにやっておきたいんです」
まあ、今日しかないって言うなら仕方ないけど、その精神状態で本当に大丈夫かな?どうせやるなら、別の日の方が捗りそうだけど……。
「私なら大丈夫です!ですから、お願いします!トモリさん!」
私が迷っていると、それが顔に出ていたのか、アレナリアが頭を下げてお願いしてきた。
やけに必死だったので、思わず首を縦に振ってしまった。
「ありがとうございます、トモリさん」
そうして、アレナリアの魔法練習が再開された。
魔法を教えるといっても、そもそも私は、この世界での一般的な魔法を知らない。だから、初めはアレナリアに適当にいくつか魔法を使ってもらった。
見てから改善点を教えるとかなんとかうまく言いくるめて、アレナリアが使える魔法を一通りやってもらった。
アレナリアは水属性だけでなく、風属性の魔法も使えるようだった。まあ、どちらも「一応」使えるといったレベルで、とても実践で使えるようなレベルではなかったけど。
それから、魔法の発動は、基本的に呪文を唱えるらしい。慣れてくると魔法名だけにしたり、魔法名すらも省略して魔法を発動させることもできるみたいだけど、唱えたほうが威力は増すらしい。
ちなみに、口に出さずに頭の中で唱える私みたいな発動方法も、無詠唱という分類になるらしい。頭の中でだけど唱えてはいるんだから、無詠唱とは違うと思ったけど、呪文を口に出さないで魔法を使う=無詠唱という式が成り立っているらしい。
どうりで、最初にハティさんたちに魔法を使ってみせたとき、驚いていたわけだよ。口が聞けないから自然と無詠唱になるのは当然の流れとはいえ、冒険者になったばかりの者が、いきなり熟練者しかできないはずの無詠唱で魔法を使ったら驚くよね。
やっと理由がわかったよ。……まあ、理由がわかっても無詠唱以外の方法がない以上、これからも変えずに続けていくしかないんだけどね。はあ。面倒だなぁ。
この世界の「普通」が粗方わかったところで、私はアレナリアに適当にアドバイスをしてみた。
アレナリアは、コントロールに重点を置いて練習しているみたいだったから、とりあえず、小さなウォーターボールを作って、自在に動かせるように練習することを提案してみた。
小さいサイズなら魔力消費も多くないし、コントロールに失敗しても被害は小さくて済む。
慣れてきたら、大きさを変えていけばいい。
「……そんなことで本当に魔法がうまくなるんですか?」
アレナリアは半信半疑だったけど、とりあえずやってみると言った。
……本当に効果があるかなんてわからないけど、何事も基礎は大事だし、やってみて損はないはず。たぶん。
それから、しばらくふたりで練習した。私もアレナリアに付き合って、「水球」を適当に動かしてコントロールの練習をした。
今までは、命中補正があったから、コントロールを気にする必要はなかったけど、これからもそうだとは限らないからね。
日が傾いてきた頃、アレナリアが時間だと言ってきた。
「あの、トモリさん。私そろそろ帰らなければならないので、今日はこの辺で終わりにしませんか?」
確かに、お腹も空いてきたし、そろそろ帰る時間かな。
私はアレナリアの提案に頷くと、一緒に街まで帰った。
アレナリアとは、街の門を入ってすぐのところで別れた。
「トモリさん、今日は本当にありがとうございました。これからも練習を続けて、魔法をうまく使えるように頑張りますね!それでは、またお会いしましょう!」
フードを深く被ったまま、アレナリアはお辞儀をして去っていった。
フードを外さなかったのは、また街の人に囲まれないようにするためなんだろうな。昼に会ったときも被ってたし。
アレナリアを見送った私は、帰宅する人々でごった返す通りを歩いて、宿に帰った。
食事を終えて部屋に戻ると、ベッドに大の字に寝転がって、今日を振り返ってみた。
今日は、充実した一日だったなぁ。迷宮に行って、魔石を売って、アレナリアに魔法を教えて。元の世界ではできないことばかりで、とても新鮮だった。
ただ、普通に話ができないのはつらいものがある。すぐに反応できないし、いちいち字を書くのも大変だ。
……やっぱり、話ができる方がいいよね。でも、話すのは…………。
結局、その晩私は、ベッドをゴロゴロと転がりながら、悶々と悩み続けた。
そして、翌日、冷静になって反省した。
悩んでなんとかできるような問題じゃないのに、何やってるんだろ、私。




