62.ぼっち少女の旅立ち
フィルリアの街迷宮を攻略したあと、ギルドで適当に素材を売って、宿に戻った私は、今後のことを考えていた。
私はこれからどうしたいのか。
この世界に留まるのか、元の世界に帰るのか。今のところ、元の世界に帰りたいという気持ちはない。そもそも、帰る方法がわからないから帰れない。
では、この世界に留まるとして、ずっとこの街にいるのか。
確かにこの街の人たちは良い人だったし、できるなら一緒にいたいと思う。でも、今のままは無理だ。
この街で一番稼ぎがいいのは、ウルフ迷宮でウルフを倒し、その素材を売ること。ギルドの依頼は、私には簡単過ぎてつまらないし、報酬も低い。
かといって、ずっと依頼を受けないことも、迷宮に潜り続けることもできない。あまりにも刺激がなさ過ぎるのだ。
この街の迷宮はすべて制覇したから、もうこの街にいる用はない。
レベルもそれなりに上がってるし、ハティさんたちの反応からすると、私の魔法はかなりハイレベルのようだから、他の迷宮も攻略できるはず。
だから、やっぱり、これからのことを考えるなら、できるだけ早く、次の街に行こう。皆と仲良くなって、これ以上別れがつらくならないうちに。
そうして私は、フィルリアの街から旅立つことを決めた。
翌日。
私は、まず、アニタさんに街を出ることを告げた。
「えっ!トモリさん、別の街に行ってしまうのですか?」
悲しそうな顔をするアニタさんに、神妙な顔で頷いて返す。
アニタさんは、そんな私の顔を見て俯いた。少しして顔を上げると、事情も聞かずに、泣き笑いのような表情で送り出してくれた。
「……わかりました。寂しいですが、トモリさんにはトモリさんの事情がおありなのでしょう。これからも、頑張ってください。あ、くれぐれも無茶はいけませんよ!それから、ちゃんと常識を学んでくださいね!」
いつものように助言をしてくれるアニタさんに、「ありがとう」と書いた紙を見せ、深々と頭を下げて、私は冒険者ギルドをあとにした。
あ、挨拶のついでに、次の目的地の相談にも乗ってもらった。やっぱりアニタさんは良い人だなぁ。
次に、なぜか一緒にいたハティさんと親方に会いに行った。ふたりとも、寂しそうにしていたけど、アニタさんのように笑顔で送り出してくれた。
ハティさんには、なぜか「私も頑張るから、待っててね!」と言われた。意味がわからなかったけど、とりあえず「私も頑張ります」と返しておいた。
カリーナには、宿を引き払うときに挨拶をした。結構長く止まっていたので、やっぱり寂しがられた。
門番のおじさんには、時間が合わず会えなかったけど、アニタさん経由でお礼を伝えてもらうことになった。
それから、一日旅立ちの準備と休息を取り、出発に備えた。
そして。
フィルリアの街迷宮を攻略してから3日後の早朝。
まだ日が昇り切らない薄明の空の下、私はフィルリアの街をあとにした。
この世界に来てから初めて訪れた街、フィルリア。ここではいろんな人に会った。
初めて会った門番のおじさんは、身元不明の怪しい私に優しくしてくれた。身分証を作る手助けまでしてくれた。
おじさんの娘で冒険者ギルドのアニタさんは、文字や冒険者のことをいろいろ教えてくれた。この街のことも教えてくれたし、私の通訳としても優秀だった。
アニタさんがいなかったら、こんなに早くこの世界に馴染むことはできなかったと思う。
ほっこり亭の看板娘のカリーナは、私が全然話さなくてもこっちの意図を汲み取って、気を遣って接してくれた。私と同じぐらいの年に見えたのに、すごいなって思った。
冒険者ギルドのギルドマスターのハティさんは、天然なところとか、じっと人を見つめてくるちょっと謎なところとかあるけど、一緒に戦えて楽しかった。
……私より弱かったけど、ハティさんのおかげで、この世界の冒険者の基準というか、普通?の戦闘スタイルみたいなのが少しわかった気がする。
冒険者ギルドの解体部部長の親方は、魔物の素材を良い価格で買ってもらった。まあ、親方はそれが仕事なんだけど、私みたいなのが相手でも差別せず、公平に評価してくれた。それに、一緒に戦ったときも、聞きたいこととかたくさんあったはずなのに、必要以上に深入りしてこなかった。
親方のその性格は、私にとって、とても心地のいいものだった。
この街で関わった人たちは、本当に良い人たちだった。
私が喋らなくても、他の人と変わらずに接してくれた。不便なところは、気を遣ってくれた。
もし、元の世界にいた頃、私の周りにいる人がアニタさんたちみたいな人だったら、私は…………。
ううん。過ぎたことを考えても仕方がない。今は、この世界を生き抜くことだけを考えなきゃ!
この街では、たまたまうまくいっただけで、次の街では、もっと別の状況になるかもしれない。
それこそ、元の世界のような…………いや、ネガティブになっちゃダメだ。そういう面を全く見ないのは良くないけど、縛られるのはもっと良くない。
できるだけポジティブに行こう!
次の街でも、良い出会いがありますように。
そう願いながら、私は朝日の方へ向かって飛んでいった。
目指すはフィルリアの街から馬車で3日の距離にある街、商業都市カージアだ。
これで第一章の本編は終了です。
第二章は、数話閑話を挟んでスタートする予定です。




