55.ぼっち少女の悪魔召喚2
呪文を唱えると、私の5メートル前方の床に、紫色の魔法陣が現れた。
魔法陣は、円形をしていて、中には魔術書のものと同じ文字が書かれている。アニメとかでよく見るような感じの魔法陣だと思った。
突然現れた魔法陣は、紫色の光を発する。その光は、魔法陣の中央に集まり、やがて上に広がっていく。
そして、約1メートルほどの高さまで広がると、ひときわ強い光を放って、消えた。
光とともに魔法陣も消え、魔法陣があった場所には、ひとりの妖精っぽい人?が浮かんでいた。
水色の髪に、尖った耳、背中でパタパタと羽ばたく水色の透明な羽。身長は、30センチくらいで、妖精のように見えた。
……誰?
私は、突然現れた妖精に驚いて、思わず一歩後退った。
すると、魔法陣から出てきた妖精は、私に気が付いて、羽を羽ばたかせて近づいてきた。
私はその行動に驚いて、また一歩下がる。すると、妖精も呼応するように近づいてくる。
もし声が出せたなら、妖精に話しかけることができただろう。でも、あいにく私にはできないこと。
私は、突然現れた妖精が無性に怖くて、後ろに下がり続けた。
妖精は、下がり続ける私にどんどん近づいてくる。その顔には笑顔があり、無邪気に笑う子どものように見える。それなのに、なぜか怖い。
私が下がるスピードより、妖精が近づくスピードの方が速かったのか、十歩も下がらないうちに、妖精との距離は1メートルを切った。
そこで、妖精は一度止まり、真面目な顔でじっと私を見つめてくる。
私は、その間にもう一歩下がろうとした。でも、そのとき、頭の中に声が響いた。
『アナタ、ワタシ喚んだ?』
その問い掛けに、私はハッとした。
この妖精は、魔法陣から現れた。そして、その魔法陣は、私が呪文を詠唱したら出てきた。つまり、この妖精は、私が召喚したから現れたのだ。
落ち着いて考えればすぐわかることなのに、妖精が怖くて思考が停止していた。
でも、私が召喚したのだとわかると、少しだけ冷静になれた。……恐怖は消えていないけど。
私は、妖精の問いに頷いた。
すると、また頭に声が響いた。
『喚んでくれて、アリガトウ。ワタシ、ウンディーネ。アナタは?』
なぜか自己紹介になった。これって、答えたほうがいいよね?でも、どうやって答えたらいいんだろう?妖精に人間の文字って通じるのかな?
あ、でも、イントネーションが微妙におかしいけど、一応言葉が通じてるから、大丈夫なのかな?
私は、ペンを取り出して、持っていたノートに文字を書こうとした。
『ニンゲンの文字、ワタシ知らない。コレ、念話。アナタも使える』
ウンディーネが、念話での会話を求めてきたので、私はノートとペンを仕舞って、言葉を返した。
『えっと、燈里、です』
直接話すのは久しぶりだから、かなりぎこちなかったけど、とりあえず伝わったようだ。ウンディーネは、にっこりと笑った。
それは、とてもいい笑顔だったけど、まだ謎の恐怖を感じている私の顔は、強張ったままだ。
それを見たウンディーネは、少し悲しそうな顔をした。
『ワタシ、怖い?ワタシ、怖がられるの、カナシイ。でも、ニンゲン、悪魔のワタシ、怖がる』
なるほど。悪魔だから怖いのか。ウンディーネに言われて、恐怖の原因がなんとなくわかった。私は、ウンディーネから伝わってくる悪魔の力を怖がっていたのだ。
今の私では到底敵いそうにない、強大な闇の力。ウンディーネから漏れ出てくるその力に、私は恐怖していたのだ。
理由がわかると、少し落ち着いた。怖いと思う気持ちはなくせないけど、理由もわからず怯えているよりはずっとマシになった。
それに、ウンディーネ本人は、敵対心はなさそうだというのも、落ち着いてきた理由のひとつでもある。
落ち着いて、冷静になってきたおかげで、思考能力も通常と同じくらいに戻ってきた。そこで、ふと疑問に思った。
悪魔を喚んでみたはいいけど、どうすればいいの?
そもそも、ウンディーネってどんなことができるの?
軽い気持ちで召喚したから、そこらへんを全く考えていなかった。
私が途方に暮れていると、ウンディーネがまた話しかけてきた。
『アナタから、あの方の気配がする。アナタ、あの方とどういうカンケイ?』
『あの方?』
『そう。"女帝"』
えっと、"女帝"って確か、リリスのことだよね?
私とリリスの関係を聞かれても、何て答えればいいの?こっちに喚んでもらって、一度会って話しただけ。しかも、会ったと言っても、リリスは通信映像で、直接会ったわけじゃない。こういうのってなんて言うんだろう?
悩んだけど、適切な答えが浮かばなかったので、適当に返した。
『えっと、知り合い……みたいな関係、かな?』
他人、知り合い、友人の中で1番近そうなものにした。他人ほど希薄じゃないけど、友人ほど親密でもないから、いいよね?
そう思って答えたけど、ウンディーネは気にいらなかったようで、首を傾げて私をじっと見つめると、言った。
『知り合い?……ホントウに?……でも、ウソじゃない、からホントウ?』
ウンディーネがひとりでブツブツと言い始めた。
それを聞きながら、私は、そういえばそろそろウルフが再出現する時間だと思った。ちょうどいいから、ウンディーネに倒してもらおうかな。
そんなことを考えていると、ウンディーネの背後から眩い光が現れた。
私は後ろを向いて目をつぶり、光が収まると目を開けて振り返った。
いつの間にかウンディーネは独り言をやめ、私に背を向けて現れたウルフを見ていた。
『コレ、倒す?』
『えっと、お願いします』
『ワカッタ』
頼もうかな、と思っていたところに、ウンディーネが申し出てきてくれたので、お願いする。
ウンディーネは了承すると、右手を前に出して呪文を唱えた。早口だったし、私の知らない言語だったから、なんて言ってるかわからなかったのがとても残念だと思った。……聞いたら教えてくれるのかな?
ウンディーネが呪文を唱えると、36匹のウルフは大量の水に覆われ、溺れて死んでいった。
水でできているウォーターウルフも、ウンディーネが出した水に侵食され、体を構成できなくなって死んでいった。
……水でウォーター系の魔物も倒せるなんて、新発見!今度試してみよう。
すべて倒し終わると、水を消し、ウンディーネが振り返った。
『ドウ?コレでイイ?』
『あ、うん。ありがとう』
『ドウイタシマシテ』
ウルフの死骸を「無限収納」に仕舞ってお礼を言うと、ウンディーネはにっこり笑った。私も、ウンディーネに合わせてぎこちなく笑った。
すると、突然、ウンディーネが言った。
『ワタシ、アナタ気に入った。ダカラ、契約して欲しい』
えっ?契約って何?
悪魔と契約って、よくないイメージがあるんだけど、どうしよう?
ウンディーネを見ると、目がキラキラして見える。いや、目だけじゃなくて、体中が光って、向こう側が透けて見えている。
綺麗……。
キラキラ光っている光景に、状況も忘れて、感動してしまった。
『ザンネン。もう時間。ワタシ、魔界に戻らないと』
光の粒子になって消えながら、ウンディーネが悲しそうな顔で言う。
召喚していられる限界時間になってしまったようだ。
ウンディーネは、私の返答を待たずに、早口で続けた。
『ワタシ、アナタ気に入った。アナタが喚んだら、また来る。ダカラ、また喚んで!呪文、言うトキ、ワタシの名前、言って。ソウシタラ、必ずワタシ喚べるカラ!ゼッタイ、ゼッタイ喚んでネ!』
懸命な様子でそう言い残すと、ウンディーネは消えた。発言から考えると、魔界に帰ったようだ。
というか、ウンディーネって魔界から来てたのか。だとすると、Jackdelisの意味は、地獄じゃなくて、魔界?
私は、新しく知った意味をノートに書き留めるため、「無限収納」から筆記用具を取り出そうと、画面を開いて頭を動かした。
その途端、激しい目眩に襲われ、思わず座り込んでしまった。
頭がクラクラする。
私は、急いで「異常回復」を使う。でも、魔法は効かなかったようで、良くならない。
試しに「治癒」も唱えてみたけど、効き目がない。
どうしよう……。




