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閑話5 とある受付嬢の苦悩3

アニタ視点です。


 その後も話し合いは続き、最終的に、条件付きで親方が折れました。


「……わかった。条件付きでお前の頼みを聞こう」

「それは、条件が満たされれば、両方聞いてくれるってことかしら?」

「ああ、そうだ」

「そう。それは良かったわ。それで、条件って?」


 半刻近く続いた話し合いも、ようやく終わりそうです。

 私は、終わりが見えてきたことに安堵して、ほっと肩の力を抜きました。

 しかし、親方の言葉でまた心配になりました。


「その嬢ちゃんの持っているオークキングが、最高額で買い取れる状態であることだ」

「!」


 買取額は、魔物や素材ごとに決まっています。そして、魔物の買取最高額は、その魔物の素材ほぼすべてを余すことなく使えるということを意味します。

 ですが、基本的に魔物は討伐の際、何らかの形で傷がつきます。強い魔物になればなるほど、倒す際の損傷は多くなり、買取額も下がります。

 つまり、現実的に言って、強い魔物であるオークキングを最高額で買い取ることは不可能に近いのです。

 ギルマスもそれを知っているので、一気に表情が険しくなります。


「ハンス、あなた、オークキングを無傷で倒すなんて、不可能だと知って言ってるのよね?」

「ああ、もちろんだ。だが、最高額で買い取れる状態と、無傷であることは必ずしも同じじゃねぇぞ」

「?どういうこと?」

「魔物を解体するには、必ずどこかに刃を入れる必要があって、まったくの無傷で解体することは不可能だ。だから、俺が言ってる最高額で買い取れる状態ってぇのは、傷が最小限であることって意味だ。それならまだ望みはあんだろ」

「ええ、まあ、ないこともないけれど……」


 親方の説明を聞き、微妙な表情をするギルマス。おそらく、討伐したオークキングの状態が、親方の条件を満たしているのか思い出して確認しているのでしょう。

 表情を見るに、あまり良くはないのでしょう。

 ギルマスは、少し考えたあと、答えを出しました。


「わかったわ。あなたの条件を呑みましょう。その代わり、条件を満たしていたら、頼んだことはちゃんとやってね」

「ああ、もちろん。俺は約束を違えたりしねぇよ」


 交渉成立とばかりに、ふたりは握手を交わすと、今後の予定を話して解散しました。

 親方は解体職員に、ギルマスはサブマスに、それぞれ事情の説明をし、私はトモリさんを呼んでくることになりました。

 はあ。なんで私が行かなければならないのでしょうか。

 外に出てギルマスと別れた私は、盛大に溜息をつきました。

 時刻はもうすぐ昼6刻。受付嬢の仕事が、一日で2番目に忙しくなる時間です。

 この時間、受付は依頼達成処理待ちの冒険者で非常に混雑します。猫の手も借りたいくらいの忙しさです。

 そんな時間に、受付嬢である私が受付にいないのは、かなりマズイことなのです。しかも、今回のことは、すぐに終わると思っていたので受付部長に言っていません。

 これは、戻ったら間違いなく叱られます。部長は怒ったら怖い人なので、憂鬱です。しかも、ギルマスの性格からして、面倒だからとか言って助けてはくれないのでしょう。

 はあ……。なんでこんなことに……。

 私は、沈んだ気分のまま、トモリさんが滞在しているほっこり亭に向かって歩きました。




 トモリさんを連れて解体部屋に入ると、ギルマスがいました。視線を向けると、アイコンタクトをしてきました。あれはおそらく、サブマスの了承は得たという意味でしょう。でなければ、あんな笑顔ではいませんから。

 ギルマスは、そのままトモリさんに視線を移し、オークキングを出すように頼みました。

 トモリさんは、素直にギルマスの指示に従って、オークキングを出し、続いてノーマルオークとアースウルフを出しました。

 その間、私はギルマスと少しだけ話をしました。


「アニタがトモリちゃんを呼びに行っている間、ハンスと少し話を詰めたわ。ハンスが魔物を査定して金額を言ったら、私の頼みを聞くことを了承したことになったの。それで、ハンスが了承したら、トモリさんのランクアップ処理をお願い。サブマスから受付の方に話は通してあるから、あなたは新しいギルドカードを渡すだけでいいわ」


 私は黙って頷きました。これは、ギルマスからの業務命令です。私に拒否権はありません。

 私は心の中で溜息をつきました。

 この件に関しても、あとで受付部長からいろいろ言われるのでしょう。ああ、今から嫌になってきました。猛烈に逃げ出したい気分ですが、仕事を放り出すわけにもいきません。

 考えていたら、頭が痛くなってきました。あと、胃もキリキリしてきました……。

 なぜ、ギルマスはこんなに私を苦しめるのでしょうか。いえ、本人にそんなつもりがこれっぽっちもないことはわかっています。……それはそれで問題ではあるのですが、本当に問題なのはそこではありません。

 一番の原因は私自身なのです。人に肩入れしすぎたり、余計なことに首を突っ込んで、本来ならしなくてもいい苦労をしています。私を苦しめているのは私なのです。

 ですが、ギルマスのせいであることもまた事実です。この一週間、ギルマス(とトモリさん)にさんざん振り回されているような気がします。

 これは、落ち着いたら一度ちゃんとお話をしなければいけませんね。

 私は、隣にいるギルマスに気付かれないように、そっと黒い笑みを浮かべました。




 親方がオークだけでなく、ゴブリンエンペラーまで破格の額で買い取ったあと、私はトモリさんを連れて、混雑のピークを過ぎた冒険者ギルドに戻り、依頼の達成処理とランクアップの処理をしました。

 トモリさんを見送り、その日の業務を片付けた私は、1刻ほど受付部長に叱られました。……とばっちりが多分に含まれていましたが、いつものことですので、気にしないようにしました。



 やっと受付部長から解放され、帰ろうとしたら、今度はギルマスに捕まり、ギルマスの部屋に連行されてしまいました。

 そこで、半刻ほどギルマスから親方の愚痴を聞かされました。

 途中までは、心底どうでもいい内容でしたので聞き流しましたが、最後に、ギルマスがさらっと爆弾を落としました。


「……それでね、明日、ハンスと一緒にトモリちゃんの迷宮攻略についていくことになったのよ!トモリちゃんの実力を自分の目で確かめたいって言って聞かなくて……。でも、ハンスとトモリちゃんのふたりだけっていうのは心配だから、私もついていくことにしたのよ」


 ……それはつまり、明日はギルマスと親方はギルドにいなくて、代わりにトモリさんと一緒に迷宮にいるということですか。そうですか。

 あなたはまた、私の心配事をひとつ増やしましたね……。

 私は、そのあとも続くギルマスの愚痴を聞き流しながら、心の中で盛大に溜息をつきました。

 明日の迷宮攻略が、無事に終わりますように……。

 そしてどうか、これ以上私の心配事を増やさないでください。

 


 私の苦悩の日々は、まだまだ続きそうです……。



次回は本編に戻ります。

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