閑話3 とある受付嬢の苦悩1
「ぼっち少女の多忙な一日」のアニタ視点の閑話です。
アニタです。
今日も、朝から冒険者ギルドの受付嬢として仕事に励んでいます。
特に今日は、休み明けということもあって、いつも以上に気合を入れて取り組みました。
受付嬢の仕事は週休完全2日制です。休みの日は人それぞれですが、私の場合は週末に2日続けて休みがあります。
今回は、土曜日はギルマスと出掛け、日曜日はトモリさんと出掛けました。
トモリさんといろいろと話をして、トモリさんが常識外れの行動を取る理由が少しわかりました。
遠く離れた地では、こことは文化が違うということは知識として知っています。文化の違いは常識の違い。私たちにとっての常識と、トモリさんにとっての常識は、かなりズレがあるようです。
ひとりで討伐ランクAのゴブリンエンペラーを倒すというとんでもないことをするのは、きっとそのせいなのでしょう。……きっとそのせいなのです。
だって、ゴブリンエンペラーは、初心者殺しとも言われるほど凶悪な魔物なのです。
ゴブリンエンペラーはゴブリン迷宮のレアボスです。
ゴブリン迷宮の通常ボスは、ゴブリンキングです。ゴブリンキングも初心者が相手をするには十分強いですが、ゴブリンエンペラーはゴブリンキングとは比べ物にならないくらい強いです。
出現率は約1万分の1。つまり、ゴブリン迷宮の挑戦者の1万組に1組は、ゴブリンエンペラーの犠牲になるのです。
ゴブリンエンペラーは、熟練の冒険者でも単独で討伐することは困難な相手。そんな魔物が、初心者向けの迷宮に出現するのです。初心者が犠牲になるのは当然の結果と言えるでしょう。
もっとも、警戒を怠らず、熟練の冒険者とパーティーを組んで複数人で挑めば、決して勝てない相手ではありません。
ですが、出現率が1万分の1だからと大丈夫だと言って、慢心して単独で挑戦し、犠牲になる冒険者があとを絶ちません。
トモリさんがゴブリン迷宮に行く際には、その点をちゃんと注意しておかなければ、と思っていたのですが、どうやら杞憂だったようです。
トモリさんが強いのはわかっていましたが、まさかゴブリンエンペラーを単独で討伐できるほどの強さだとは思いませんでした。びっくりです。
土曜日に、偶然お会いしてその話を聞いたときは、さすがの私も信じられない気持ちでいっぱいでした。
一緒に話を聞いていたギルマスも、相当驚いていました。
トモリさんが帰られたあと、ランクアップさせた方が良いのでは、という話になりました。
確かに、実力的には問題ないと思いますが、ギルマス権限でのランクアップは、そう多用できるものではありません。
それに、EランクからDランクの基準は甘いので良かったのですが、DランクからCランクへのランクアップは、サブギルドマスターと、部長以上の役職の者1名以上の承認が必要です。
サブマスはともかく、あとひとり、誰に承認をしてもらうかが問題です。私ができたら良かったのですが、受付嬢ではできません。
それに、承認してもらうためには、ある程度の冒険者としての実績も必要です。
そういうわけで、月曜日(=今日)にでも、トモリさんに冒険者として依頼を受けてもらうことになりました。
そして、先程、トモリさんは私が用意した依頼を受け、出掛けて行かれました。
この依頼は、トモリさんが手っ取り早く実績を作れるよう、ギルマスと話し合って決めたものです。
これをこなせれば、ランクアップ承認に少し近づきます。
あと数日、このくらいのレベルの依頼をこなせば、すぐに承認ももらえるでしょう。
私は、トモリさんの依頼の成功を願いながら、業務に励んでおりました。
トモリさんが出掛けられて1刻と少し経った頃、トモリさんが戻ってこられました。
随分早いお戻りです。何かあったのでしょうか?
私が紙とペンを用意して待つと、トモリさんは紙に「ゴブリンの集落にオークとウルフ」と書きました。
ゴブリンの集落にオークとウルフがいるなんて、聞いたことがありません。
私はこれを異常事態であるとみて、急いでギルマスを呼びに行きました。
ギルマスとの話し合いの結果、事態の収拾には、トモリさんとギルマスがあたることになりました。
オークキングもいるという話は、にわかには信じられませんが、トモリさんがこのような嘘をつく人だとは思いませんので、きっと真実なのでしょう。
私は、転移魔法で、現場に転移していかれたトモリさんとギルマスを見送ると、業務に戻るため、ギルマスの部屋をあとにしました。
……おふたりとも、必ず無事で帰っていらしてくださいね。
昼過ぎ。
やっと戻ってこられたトモリさんの依頼達成処理を行うと、トモリさんは帰ってしまいました。
詳しい話は、行動を共にしていたギルマスから伺います。
私は、トモリさんがオークキングに圧勝したという話を伺い、驚きました。
さらに、ギルマスが、自分よりもずっと強いと口にしたことに、再度驚きました。
ギルマスは、この街で一番強い人です。つまり、そのギルマスより強いというトモリさんは、この街で一番強いということです。
私はトモリさんの実力を直接目にしたわけではありませんから、その話を完全に受け入れることは難しいですが、ゴブリンエンペラーを倒したことから、それくらいの実力があることは予想できました。
私が驚いていると、ギルマスは買取所に行くと言い出しました。なんでも、今回のオークの素材を未解体で買い取ってもらうためだそうです。
ギルマスだけではいろいろと心配なので、私もついていくことにしました。
解体部屋には、いつものように親方がいました。
ギルマスは、親方に話し掛けます。
「ちょっと、買い取ってほしい魔物がいるんだけど、いいかしら?」
「ん?まあ、買取自体は別に構わないが……お前が直接言いに来るなんて珍しいな?ハヴィティメルネ」
親方とギルマスは、昔同じパーティーで一緒に冒険していたという噂です。
おふたりは全くその話をなさらないので、その噂の真偽は私にはわかりませんが、おふたりが旧知の仲であることは、見ていればわかります。
そんなおふたりだからなのでしょう。話はスムーズに進みます。
「今日、ちょっといろいろあって、オークが手に入ったのよ」
「何!?オークだと?余所の冒険者が持ってきたのか?」
「いいえ。森にいたのを討伐したのよ。出してもいいかしら?」
「あ、ああ。もちろんだ」
本来、フィルリア近郊の森にオークは出ません。それを知っている親方は、オークを森で狩ったと聞き、半信半疑でギルマスを見つめます。
しかし、それもギルマスがノーマルオークを出すまででした。
解体台に出されたのは、紛れもないノーマルオーク。討伐の際の傷で多少傷んではいますが、上質な部類でしょう。
「本物か。お前、何体持ってるんだ?」
「私は6体よ」
「……私は?他にも持ってるやつがいるのか?」
「ええ。それで、あなたにちょっとお願いがあるのだけれど、いいかしら?」
ギルマスは、にやりと笑って言いました。これは、何か企んでいるときの顔です。
さて、これからどうなるのでしょうか。心配です。
次回も閑話が続きます。