43.ぼっち少女の多忙な一日7
ドスン、という音を立てて、ゴブリンエンペラーが置かれると、解体部屋内は再び静まり返った。
振り返って室内を見回すと、さっきと同じように皆固まっている。
そんな中、一番早く復帰したのは親方だった。
「これは、もしかしてゴブリンエンペラーか!?なんでこれをこの嬢ちゃんが持ってんだよ?」
オークキングを出したとき以上に驚く親方に、ハティさんはさらっと答える。
「なんでって、トモリちゃんが倒したからに決まってるでしょう?」
「倒したって、ゴブリンエンペラーは討伐ランクAの強敵だぞ!それを、ほんの数日前に冒険者登録したばかりの新米が、ひとりで倒せるはずがねぇだろう!」
「あなたが信じられない気持ちはわかるわ。私も最初に話を聞いたときはそう思ったもの。でも、事実よ」
「事実って言われて、はいそうですかって信じられるわけねぇだろ。ゴブリンエンペラーをひとりで倒すやつなんて聞いたことねぇぞ」
私のことで、ハティさんと親方が言い争っている。
確かに、ゴブリンエンペラーは強かった。「蘇生」の異能がなければ、勝てなかったと思う。
そう考えると、親方の反応もわからないこともない。
でも、説得してくれてるハティさんには申し訳ないけど、私としては、ゴブリンエンペラーを買い取ってくれれば、私が倒したことを信じるかどうかはどうでもいい。
むしろ、信じられると私が強いってことが広まって、目立ちそうだ。もし、ギルドに来るたびにいろんな人に声を掛けられたりしたら、迷惑だし困る。
私は、説得を続けるハティさんに内心で謝りながら、紙とペンを取り出して、「信じなくてもいいから、買い取ってください」と書くと、親方に見せに行った。
近づいてくる私に気付いた親方は、ハティさんとの言い争いをいったん止め、私に声を掛ける。
「ん?どうしたんだ、嬢ちゃん?」
私は、さっき書いた紙を親方に渡す。受け取った親方は、内容を一読すると、「わかった」と言って、ゴブリンエンペラーの査定を始めた。
親方が査定をする間、私は、説明をしてほしそうな顔をしているハティさんに、さっきの紙を見せに行った。
紙を見たハティさんは、残念そうな顔をして言った。
「いいの?ここで説得しておけば、これからラクだよ?素材を大量に持ってきたり、強力な魔物を持ち込んでも、疑われないよ?」
その言葉に、私はやっぱり説得してもらおうかなぁと思い始めた。
迷宮に行くたびに1000匹以上の魔物を討伐し、その素材を得ているけど、今のままでは一度に全部売ると変な疑いをかけられてしまう。でも、ここで説得して、私の実力を信じてもらえれば、大量の魔物の素材を売っても問題はなくなる。
でも、目立つのはなぁ……。
うーん。どうしよう……。
目立つことと不便なことを天秤にかけ、悩んだ末、ハティさんに引き続き説得をお願いすることにした。
ハティさんと話をしているうちに、査定が終わったようだ。
親方は、ゴブリンエンペラーから離れて私のところにやってくると、査定額を言った。
「ゴブリンエンペラーは金貨2枚でどうだ?」
金貨2枚って日本円にすると200万円だよね?たった1体でそんなにもらっちゃっていいのかな?
予想以上の額に、私が困惑していると、ハティさんが内訳を聞いた。
「ああ、通常、ゴブリンの素材の買取対象は、基本は魔石だけだ。ゴブリンの肉はまずくて食用には向かないし、皮や骨も使い勝手が悪いから対象外だ。だが、ゴブリンエンペラーの場合、状態が良ければ、魔石以外にも素材として使える部分がある場合があるから、魔石の買取額金貨1枚に、さらに金貨1枚おまけして、金貨2枚。さっきのと合わせると、全部で金貨4枚と銀貨80枚だな」
「うーん。まあ、妥当なところかしら?少しおまけしすぎな気もするけど、解体部の残金は大丈夫なの?」
「ああ、これくらいなら問題ねぇよ」
「なら、それでいいわ」
「そうか。んじゃ、ちょっと持ってくるから待ってろ」
私を余所に、ハティさんと親方の間で話がまとまり、親方はお金を取りに行った。
まあ、私に聞かれても、相場なんて知らないし、答えるのも一苦労だから、別にいいんだけどさ。ちょっと、寂しい気がしないでもないんだよ?
心の中で、少しだけいじける私に、ハティさんはちっとも気付いてくれなくて、私はちょっとだけ不機嫌になった。
その後、親方から金貨4枚と銀貨80枚を受け取った私は、ハティさんにあとを任せ、アニタさんと一緒に冒険者ギルドに行った。
そこで、保留になっていた依頼の達成処理を行い、報酬をもらった。
今回の報酬は、バードスライムの羽根の採集依頼が、1回銅貨15枚×5回で銅貨75枚、品質ボーナスが銅貨102枚と銭貨9枚。プラントスライムの蔦の採集依頼が、1回銅貨15枚×3回で銅貨45枚、品質ボーナスが銅貨57枚と銭貨7枚。最後に、内容が変わってしまったけど、一応依頼の内容は完了していたので、達成扱いになったゴブリンの討伐依頼が、元の依頼料の銅貨50枚に、異常事態の対処報酬の銀貨10枚が加算され、全部で銀貨13枚と銅貨30枚と銭貨6枚だった。
素材の売却額と合わせると、金貨4枚と銀貨93枚、銅貨30枚に銭貨6枚だ。日本円に換算すると493万3060円で、今日一日でかなり儲かった。
というか、一日で400万以上稼げるって、この世界に来る前の私には考えられないことだ。
でも、それがここではそう珍しいことじゃない。こういうところで、異世界にいるんだと実感する私だった。
手続きを終えると、アニタさんは一度カードを預かってカウンターの奥に行ったけど、すぐに戻ってきてカードを返してくれた。
「今日はお疲れ様でした、トモリさん。これが新しいギルドカードになります」
ん?新しいギルドカード?
私はアニタさんに渡されたカードをよく見る。すると、今までは水色だったカードが、緑色に変わっている。
えっと、確か緑色ってCランクだったような……。ってことは、私、Cランクになったってこと?なんで!?
私がカードを見て驚いていると、その反応を見て微笑んでいたアニタさんが説明をしてくれた。
「ギルマス権限でランクアップしたんです。文句ならギルマスに行ってください」
アニタさんはにこやかに言った。でも、その笑みはいつものとは少し違って、冷たく、私ではない誰かに怒っているような感じがした。
その笑顔と、ギルマスに責任をすべて押し付ける発言から、なんとなく、私のランクアップに際してひと悶着あったんだろうな、と思った。
私は、ランクアップの件に関しては特に何も言わず、黙ってカードを受け取りギルドをあとにした。
思ったより早く終わったから、今すぐ帰れば夕食の時間には間に合いそうだな。そう思って、ほっこり亭への帰路を急いだ。
ほっこり亭が見えてきたところで、私を呼び止める声が聞こえた。
「待ってっ!トモリちゃん!」
あと少しで着いたのに……。
残念に思いながらも、私を追ってきたらしいハティさんの方を振り向いて、驚いた。
ハティさんだけだと思っていたら、隣に親方もいた。
なんで親方までいるの?
怪訝な顔でふたりを見ていると、ハティさんが話し始めた。
「突然で悪いんだけど、トモリちゃん、明日は空いているかしら?」
明日?今のところ特に予定はないので、首を横に振る。
すると、ふたりとも少しほっとしたような顔をした。
「なら、明日、私たちと一緒に、迷宮に潜ってくれないかしら?」
え?「私たち」って状況からして、ハティさんと親方だよね?なんでそんなことに?
理由を聞いてみたけど、事情があって答えられないと言われた。
うーん。多分、説得するのに、実力を実際に見たほうが早いとか言う流れになったんだと思うけど……。
私は、たっぷり悩んだ結果、一日だけなら、と了承した。
ふたりと別れ、ほっこり亭に戻った私は、夕食を食べ、お風呂に入ると、早々にベッドに潜った。
昼寝をしたとはいえ、今日は朝から忙しかった。
依頼を受けて、森の中を歩き回って、一度ギルドに戻って、ハティさんに説明して、もう一度森に行って、オークキングを倒して、スライム迷宮に行って、街に戻って、昼寝して、またギルドに行って、最後に明日の約束をした。
こう考えると、今日はかなり忙しい一日だったな。
そんなことを考えているうちに、私は眠りについた。
朝までぐっすりだった。