閑話1 とある受付嬢の日常?1
私はアニタ。
フィルリアの街の冒険者ギルドで、受付嬢をしています。
今日は、オルヴァセン12日。最近、やっと春らしい気温になってきて、だいぶ過ごしやすくなりました。
そのおかげか、冒険者の方々も、先月よりずっと多く、朝は依頼の受注のための冒険者の方々で大行列ができます。私たち受付嬢も、大忙しです。
朝の時間帯を過ぎ、昼になると、ギルドの飲食スペースには、暇な冒険者の方々が集まってお互いに情報交換をしながら食事をしています。
冬の間は依頼を受ける冒険者の方が少なく、飲食スペースもかなり賑わっていましたが、今月になってからは半分以下になりました。
もう少しして、今よりも暖かくなれば、もっと人が少なくなるのでしょう。
私は、静かになっていくギルド内を思って、少し寂しい気持ちになりました。
交代で昼休憩を取り、業務に戻ってから1刻が経ち、昼3刻になりました。
朝、依頼を受注していかれた方々が戻られるのは、いつも昼5刻くらいなので、今の時間は正直暇です。
私は、受付カウンターに座って、ギルド内をぼうっと眺めておりました。
それから半刻以上が過ぎ、もうすぐ昼4刻になろうかという頃。
ギルドにひとりの女の子がやってきました。
このあたりでは珍しい、漆黒の髪と瞳の少女です。フード付きのローブを着ていますし、旅の方でしょうか?
彼女は、ギルド内を見回すと、まっすぐ私のいるカウンターに向かって歩いてきました。
私は、だらけていた気分を仕事モードに切り替え、対応します。
「冒険者ギルドへようこそ。本日は何の御用でしょうか?」
すると、彼女は黙ってローブのポケットから封筒を出して、私に差し出してきました。
普通は、ここで要件を言ってくるものですが、彼女は何も言いません。あまりにも不自然だったので、思わず顔に出てしまいました。
ですが、封筒に書かれた宛名を見て、表情を変えます。
そこには、間違いなく私の名前が書いてありました。裏面を見ると、義父さんの名前が書いてあります。
今日は確か、義父さんは門番の仕事の日です。ということは、門で義父さんと会ったのでしょう。
私は、封筒を開封して、中に入っていた便箋を2枚取り出し、読み始めました。
手紙には、こんなことが書いてありました。
『俺のかわいい娘、アニタへ。
仕事はちゃんとやってるか?変なヤツに絡まれたりしてねぇか?何か困ったことがあったら、すぐに言うんだぞ!父ちゃんが解決してやるからな!
えー、それで、今日、門番の仕事中に、珍しい人がやってきた。
黒髪黒眼の少女。名前はトモリ。
身分証がねぇくらい遠くからやってきたらしい。んで、身分証発行もかねて、冒険者登録したいらしいから、悪ぃがお前がいろいろ面倒見てやってくれ。
必要事項は、別紙に書いておいたから頼んだぞ!
お前の大好きな父ちゃん、ジークより。
追伸
トモリは口が聞けないらしい。それから、文字も俺たちが使っているのとは違う。だが、言葉は通じてるようだから、心配しなくていいぞ!
トモリはいい子だ!俺が言うんだから、間違いはねぇ!
んじゃあ、頑張れよ!夜会えるのを楽しみにしてるぜ!』
いつもどおりの文面に、要件が書いてありました。
もう一枚の便箋には、冒険者登録に必要な事項が漏れなく書いてあります。
手紙の文面がおかしいのも、妙にきっちりしてるのも、義父さんらしくて、私は小さく笑いました。
そして、トモリさんの方を向いて、言いました。
「トモリさんですね。はじめまして。ジークの娘のアニタです。事情は手紙で把握しました。冒険者登録をするということで、よろしいですか?」
トモリさんは、無言で頷きます。私は、その時の表情や仕草をくまなく観察します。
受付嬢として働き始めて5年。そこで培った人を見る目には自信があります。
受付嬢は、ギルドにとって不利益になるような者を見抜かなければならないのです。
そして、私は、自分の経験から、彼女は無害であると判断し、登録手続きを進めました。
いくつかのやり取りの中で、トモリさんに対する「お姉さん感情」が大きくなっていきました。
「お姉さん感情」というのは、私の中にある「お姉さんのように優しくしたい、世話を焼きたい、手とり足取り面倒を見てあげたい!」という感情のことです。
トモリさんのように、年下で、か弱そうで、素直で無垢な子を見ると、つい、お姉さんぶって面倒を見てあげたくなるのです。
いつもは、どうにかしてその欲求を抑えるのですが、今回は欲望のまま行動することにしました。
トモリさんも困っているようでしたし、ちょうどいいでしょう。
私は、トモリさんに文字を教えてあげました。すると、トモリさんは、礼儀正しくお礼をしてくれました。
ああ、なんていい子なんでしょう!
私はすっかりトモリさんを気に入ってしまいました。
その後、トモリさんが覚えたての文字でウルフを売りたいと伝えてきました。ちょうど暇な時間帯ですし、買取所はすぐ隣ですから、私が案内してあげることにしました。
他の受付嬢に少し外出することを伝えると、昼5刻前には必ず戻ることを条件に、了承してくれたので、トモリさんと一緒に買取所に向かいました。
それにしても、ウルフを売りたいというのは、本当なのでしょうか?
ウルフは種類によってはそれなりに厄介な魔物です。
魔法が使えるとはいえ、トモリさんのような少女が狩るのは難しい魔物ですが、どうしたのでしょうか?
疑問に思いつつも、私は笑顔で案内しました。
解体をしていないというので、買取所の中の解体部屋に案内しました。
ドアを開けたとき、血の臭いに顔をしかめるトモリさんを見て、思わず苦笑いしてしまいました。一応仕事中ですし、不謹慎だと思い、慌てて真面目な表情に戻しましたが、それをトモリさんに気付かれてしまいました。
……変に思ってはいないでしょうか?今度は気付かれないように目だけを動かして観察します。大丈夫そうですね。
私は、目線を前に戻しました。
一番近いテーブルには、いつものように親方が座っています。
親方は、解体部の部長をしていて、解体職人としても一流です。そのため、みんなから親方と呼ばれています。
私も、義父さんの友人である親方とは小さい頃からの知り合いですが、周りに合わせて親方と呼んでいます。
そう呼ぶと、なぜかすごく嬉しそうにするのです。理由はわかりませんが、本人が嬉しいなら、それでいいと思い、特に呼び方を変えようとは思いませんでした。
親方と会話をし、トモリさんにウルフを出してもらいました。
出てきたのは、なんと、アースウルフでした。それも、いつもはかなり厳しく査定する親方が、銅貨2枚もおまけするほど状態が良いウルフです。
トモリさんは、よほど優れた魔法使いなのでしょう。
私は、さらにトモリさんに興味を持ちました。
その後、宿として女性にとても評判のいいほっこり亭を紹介し、ギルドに戻りました。
少しゆっくりしたせいで、戻ったのは昼5刻にかなり近かったですが、幸いまだ冒険者の方々は多くありませんでした。
私は、またトモリさんに会えることを願って、夕方の業務に励みました。
次話を閑話が続きます。