26.ぼっち少女のスライム迷宮攻略9
『えっと、迷宮って、全部でいくつあるんですか?』
「実は、私も詳しい数は知らないのよね……。100は超えてたと思うんだけど」
迷宮全制覇を求めてきたのに、迷宮がいくつあるか知らないってどうなの?
呆れたけど、知らないものはしょうがない。
私は、別の方向から探っていくことにした。
『どこに何の迷宮があるかはわかりますか?』
「知らないわ。私、地上のことには疎いのよね。あの子の周りのことなら詳しいんだけど、あの子が迷宮を制覇したのはもう随分前のことだから、今とは地理も変わってしまっているし……」
リリスは、悪びれる様子もなく答える。
そっちから話題に出しておいて、知らないで済まそうと思ってるようだ。
なんか、意外と役に立たないな、この悪魔。
私がそう思っていると、リリスに手を出すように言われたので、疑問に思いつつ出す。
すると、突然、私の手の上に黒いハードカバーのA4サイズの本が現れた。
表紙には、この世界の文字で「全世界迷宮辞典」と書いてある。
驚いてリリスを見ると、リリスは胸を張って言った。
「この本には、あなたが行った街にある迷宮の数と、あなたが知っている迷宮が載っているわ。私は、どこに何の迷宮があるかは知らないからあなたに教えることはできないけれど、この本があれば近くに迷宮がいくつあるかわかるから、迷宮を見落とさずに済んで、効率よく世界中の迷宮を回れるはずよ」
私は、リリスの話を聞いて、全世界迷宮辞典を開いてみる。
ページは白い厚紙でできていて、総ページ数は200ページくらい。そのほとんどが白紙で、文字が書いてあるのは1ページ目と2、3ページ目だけだった。
1ページ目の最初の行には、本のタイトルと前書きらしきものが書いてあった。まだこの世界の文字に慣れていないから、前書きを読むのは後回しにして、ページをめくる。
2ページ目には、一番上の行にこの世界の文字で「フィルリア」と書いてあり、その横に、この世界の文字によく似ているけど違う文字で何かが書いてあった。
次の行からは、見開きの次のページまで使った、5×5の表になっていた。一番上の行には、左から順に、「迷宮名」「説明」「表層難易度」「深層難易度」「出現モンスター」と書いてあり、迷宮名の行は、上から順に、「スライム迷宮」、空欄、「ゴブリン迷宮」「ウルフ迷宮」、空欄、となっていた。
表は、迷宮名が空欄の2行目と5行目以外のところは埋まっていたけど、表層難易度と深層難易度の列の文字も、「フィルリア」の横の文字と同じ文字のようで読めなかった。
一通り本の内容を確認した私は、気になるところを質問した。
『いくつか聞きたいことがあるんですが』
「何かしら?」
『まず、白紙ページが多いんですが、これ、不良品じゃないですよね?』
「さっきも言ったでしょう?その本は、あなたの行動に合わせて更新されていくの。白紙のページは、あなたが新しい街に行けば記載されるわ。今白紙だからといって、不良品なんかじゃないわよ」
『……ごめんなさい』
「わかればいいのよ」
不良品と言ったのがマズかったみたいで、リリスは、少し怒ったように言った。
私が謝ると、リリスがすぐに許してくれたので、次の質問をする。
『えっと、それから、これは、なんて書いてあるんですか?』
私は、「フィルリア」の横の読めない文字を指差して尋ねる。
そのままではよく見えなかったのか、立体映像のリリスは、小さな体で本を覗き込んで答えた。
「ああ、これは、『フィルリア』と書いてあるのよ。この文字は地上ではほとんど使われていないから、わからなかったのね」
『じゃあ、これも?』
私は、難易度の列の文字を指差すと、リリスは頷いた。
「あなたはこの文字を知らないみたいだし、一覧表を渡しておくわ。今度会うときまでに辞書を用意しておくから、今はこれで我慢してくれる?」
また、突然、一枚の紙が私の前に現れた。
紙には、全部で26個の文字が書いてあった。そのうちのいくつかは、本に書かれていたものと同じだ。
『これ、どうやって読むんですか?』
私が聞くと、リリスは困った顔をした。どうしたのかな?
「えっと、悪いけど、そろそろ時間なのよ」
『時間?』
「そう。この通信の限界時間。この通信、かなりのエネルギーを消費するから、あまり長時間は続けられないの。その文字は、単独ではあまり意味がないから、読み方はまた今度でいいかしら?次は辞書を持ってくるから」
リリスは申し訳なさそうに言う。私がいろいろと質問していたせいで、時間が押しちゃったのかな?
それなら仕方ないと思い、文字の読み方は次回に持ち越しとなった。
今、その文字を読まなきゃいけない理由はないから、次回でも構わない。
『わかりました。次を楽しみにしています』
「ありがとう。それじゃあ、やらないといけないことを一気に片付けるわね」
……やらなきゃいけないことがあるなら、先にやってほしかった。私、時間に追われて急いでやるのは好きじゃないんだよね。
まあ、そんなことを言っても、今更どうにもならないので、リリスに先を促す。
「やることはふたつ。称号と特典の授与よ。称号は、決まっているものを授与するだけだからいいとして、問題は特典の方ね。トモリ、あなた、何か欲しいものはある?」
『欲しいもの?』
「ええ。スキルでも、ギフトでも、アイテムでも、何でもいいわ。本来はランダムで決まる迷宮攻略特典だけど、私の力で特別にあなたの好きなものをあげるわ。あなたは何が欲しいの?」
うーん。何がいいかな?どうせなら、簡単に手に入らないものが欲しい。それでいて、今欲しいもの……。
悩んでいると、リリスが急かす。
「時間がないから、早く決めてくれないかしら?」
そう言われても、すぐには思いつかないよ!
私は、内心で不満を言いながら、急いで考える。
そして、ひとつの答えに行きついた。
『何でもいいんですよね?』
「一応、迷宮攻略特典として登録されているものに限るけど、かなりの数が登録されているから、たいていの要求には応えられるはずよ」
『では、解体のスキルをください』
「解体のスキル?また珍しいのを欲しがるのね……。本当にそれでいいの?」
『はい』
解体のスキルが手に入れば、魔物を素材で売ることができる。それに、転職に必要な素材も集められるようになるから、今の私には必要なスキルだと思う。
今のところ他に必要なものはないし、これでいい。
私が返事をすると、水晶と私が淡い紫色の光に包まれた。
光が収まると、リリスが言った。
「『スライム迷宮制覇』の称号と、攻略特典としてスキル『解体』を授与したわ。あとでステータスを確認してみて」
『あ、はい』
「そろそろ時間だから、これでお別れだけど、次は半月後くらいにどこかの迷宮を攻略すれば、こんな風に核水晶を通じて話ができるから」
『わかりました』
「また会えるのを楽しみしてるわ」
リリスが言うと、私の返答を待たずに、リリスの映像は消えた。
次は半月後か……。意外と長いな。
それまでは、今後のことを考えながら、のんびりお金稼ぎ&迷宮攻略でもしてようかなぁ。
私はしばらく、久しぶりに人と会話をした余韻に浸っていた。