16.ぼっち少女の初依頼報告2
ギルドの奥には、2階へ続く階段があった。
ハティさんは私たちがついてきているか確認をすると、階段を登っていく。
2階は、真ん中に廊下があり、左右にいくつかの部屋があった。ハティさんは一番奥の部屋に向かって歩いていく。
一番奥の部屋って、普通、ギルドマスターの部屋だと思うんだけど……。私、いきなりそんなところに連れていかれるの!?
そんなことを思っていると、すぐ前を歩くアニタさんが、私の気持ちを察して、声をかけてくれた。
「大丈夫です。少しお話を伺うだけですから。……多分」
安心させようとしてくれたのはわかるけど、最後の言葉で余計に不安になった気がする。
まあ、いざとなったら、転移系の魔法でも創って逃げればいいかな。
奥の部屋に着くと、ハティさんは鍵を開けて中に入り、私たちを招き入れた。
私たちが部屋に入ると、座るように促し、ドアを閉めて鍵をかけた。
別に鍵までかけなくても、と思って見ていると、私の視線に気が付いたハティさんが説明してくれた。
「この部屋は、鍵をかけると防音機能が作動するようになっているの。人に聞かれたくない話をするのにちょうどいいでしょう?」
防音機能?
気になって、ドアを鑑定してみる。
◆◇◇◇◇◇◆◇◇◇◇◇◆
フィルリアの街 冒険者ギルド
ギルドマスターの部屋のドア(現)
第2応接室のドア(旧)
【機能】防音結界
【効果】部屋の内部の音を遮断し、外部に漏れないようにする。ただし、外部の音は内部に聞こえる。
【発動】ドアを閉め、内側から鍵をかけたとき。
◆◇◇◇◆◇◇◇◆◇◇◇◆
……やっぱり、説明はちょっとおかしい。機能や効果、発動についてはまあ、いい。でも、ドアの名称がおかしい。
昔どこのドアだったかなんてどうでもいいと思うんだけど。そんなことまで表示する意味って何?
かなり気になったけど、いつまでもドアを見ているわけにはいかないので、視線を二人に向けた。
いつの間にかハティさんは、アニタさんの横――机を挟んで私の真向かいのソファに座っている。
私は、ポケットからさっき使っていた紙とペンを出し、机に置いた。
「じゃあ、早速だけど、話を始めさせてもらうわね」
ハティさんが、前置きなしで話し始める。
「トモリちゃん、アースウルフを35匹分も討伐したのは本当?」
本当のことなので頷く。
「どうやってこの数のアースウルフを見つけたのかしら?」
私は紙に「群れ」と書いて見せる。
「群れ?アースウルフの群れに遭遇したの!?」
ハティさんも、アニタさんも相当驚いている。
遭遇というか、スキルで群れを呼ばれただけなので、変な誤解がないように修正するため、「呼ばれた」と書いた。
見せるときに、もう少し詳しく書いたほうが良かったかもと思ったけど、聞かれたらでいいかと思い直した。書き直すのも面倒だし。
「呼ばれた?ああ、アースウルフのスキルで他の個体を呼ばれたのね。それで群れになって襲ってきたということかしら?」
さすがにギルドマスターをしているだけあって、魔物については詳しいようだ。あの一言で、正解まで辿り着いた。
私が頷くと、ハティさんは言葉を続けた。
「それで、その群れはどうやって倒したのかしら?他の冒険者に手伝ってもらったりしたの?」
私は、「ひとり 魔法」と書いて見せた。
それを見たハティさんは、溜息をついた。
アニタさんは、苦笑いをして、黙ってやり取りを見ている。自分から口を出すつもりはないらしい。
「はあ。なんか、理解が追い付かなくてだんだん頭が痛くなってきたわ……。えっと、トモリちゃん?ひとりで、魔法でどうやって倒したのか教えてくれる?」
どこが理解できないのか、私には全然わからないけど、とりあえず質問に答えるべく、紙に「氷の槍」と書いて見せた。
それを見たハティさんは、不思議そうな顔をした。
「……氷の槍?悪いけど、もう少し詳しく書いてくれないとわからないわ」
私は、またペンを持って字を書こうとした。今度は、もっと詳しく書こうと内容を考えたけど、言葉で正確に伝えるのは難しいことに気がついた。まだ文字に慣れてないから、長文は書きたくないし。
そこで、手っ取り早く、実演することにした。
私が何も書かずにペンを置くと、二人が私に注目した。
私は、心の中で唱える。
『氷槍』
すると、長さが30センチくらいの氷の槍が2本、私の顔の横あたりに現れた。
それを見た二人は、驚いて固まっている。
少しして、先に復帰したハティさんが言った。
「……実演してくれたのね。ありがとう。わかったから、もう消していいわよ」
言われたとおり、私は魔法の氷を消すと、ハティさんの言葉を待った。
ハティさんは、なぜか頭をかかえて考え込んでいたけど、私の視線を感じたのか顔を上げた。
「……えっとね、トモリちゃん。反応を見るに、イマイチ事情が飲み込めていないみたいだから教えるわね」
よくわからないけど、説明してくれるようなので頷く。
「まず、アースウルフの群れについてだけど、冒険者になりたての者が、ひとりでアースウルフの群れと戦うことは、まずないわ。普通は、逃げるか、助けを呼ぶものなのよ。アースウルフは、この街の森に出る魔物としては強いほうだし、うまく倒していかないとどんどん仲間を呼ばれるから厄介なの」
確かに、スキルで仲間を呼んで、呼ばれた仲間がまた仲間を……というふうに、どんどん仲間を呼ばれる可能性はあるよね。
あの数が一斉に襲ってきたら、確かにひとりじゃ大変か。
私は、理解したという意味を込めて頷く。
ついでに、紙に「少しずつ来たから」と書いておいた。一斉に相手にしたのと、少しずつ相手にしたのとでは難易度が変わるはず。
それを見たハティさんが、一度に最大で何匹来たか聞いてきたので、12と答えると、また溜息をつかれた。何で?
別に、そこまで多くない……いや、話の流れからして多かったのかな?
私は答える数を間違えたかもしれないと不安になったけど、ハティさんはそこをスルーして話を進めた。
「はあ。なんか、まだわかってないみたいだけど、話を進めさせてもらうわね。さっき魔法を見せてもらったけど、詠唱はどうしてるの?」
心……と示そうとして、こういう場合は、頭の中で唱えていると言ったほうが良いと思い直し、自分の頭を指差す。
「頭の中で詠唱しているのね?」
頷くと、また溜息をつかれた。だから何で?
あ、もしかして無詠唱に近い行為だからかな?異世界系の物語でも、普通は声に出して詠唱してるし。
私が自力で答えに辿り着いたのとほぼ同時に、ハティさんが話し始めた。
「普通、詠唱っていうのは声に出して行うものなのよ。それに、魔法で複数の物を無詠唱で生成するのは難しいの。それを、声に出さずに詠唱してできる人なんてそうそういないわ」
やっぱり。でも、私は声が出せないし、仕方ないよね?
私がそんなことを考えていると、ハティさんは、急に明るい声で言った。
「まあ、そういうわけで、ギルマス権限でトモリちゃんをDランクにするから、次から迷宮にでも行ってらっしゃい」