138.ぼっち少女と新事実
「これは、アナの字ですね」
大急ぎでスリードレイク家に戻った私は、リアの部屋を訪ねた。
迷宮で拾った手紙を見せると、リアは開口一番、そう言った。
手紙の内容は、こんなのだっだ。
"今までは「あの方」のご命令に従っておまえに協力してきたが、この状況は酷すぎる。なぜ何もしていない私が犯人だという噂が流れているのか、説明願いたい。
納得のいく説明がなされなければ、進行中の工作もやめさせてもらう。
連絡を待つ。"
宛名も差出人の名前もなく、何も知らない人が見れば、なんのことだかわからないように書かれている手紙。
でも、これを持っていたのがあの変人というか、明らかに怪しいやつで、書いたのがアドリアナだというのであれば、間違いなくスリードレイク家に関わることだろう。
「アナは、文句を言うときにデタラメを言う人ではありませんから、ここに書いてあることは真実だと思います。内容が全て真実とすると、関係者は全部で3人。アナと、この手紙を持っていたという不審者、それから『あの方』ですね」
リアが状況を整理するように言う。
私も同意して頷いた。
『実際に動いているのはあの変人だと思う。迷宮にいたし、今日も私を見てすぐ逃げた。全部があの変人の仕業じゃないかもしれないけど、何かしらやっているとは思うよ』
リアに言いながら、私は変人のことを思い浮かべた。
二度も街迷宮の最奥で見かけた男。
街迷宮の存在自体が作り話とされている中で、その存在を知っていて、さらに、ボス部屋を通り越して、核水晶の部屋まで辿り着いている。
もし単独で迷宮を攻略したのなら、かなりの実力者だ。今の私より強いだろう。
仲間の力を借りたのだとしても、その仲間がどこの誰だかわからない以上、無闇に手を出せない。
それに、あの変人か、その仲間のどちらかは、キング級の魔物を使役できる能力を持っている。
オークキングくらいまでなら倒せるけど、まだ知らない魔物が出てきたら、どうなるか……
危ない橋は渡らないに越したことはない。
私はあの変人を危険人物として警戒することにした。
「トモリさんが見た人物が怪しいのは確実ですが、本当の黒幕は、『あの方』でしょうね。あの自分本位なアナが命令に従うほどの人物……。一体誰なのでしょうか?」
『リアは心当たりないの?』
リアは少し考えてから答えた。
「いえ、ありません。アナと一緒に行動するのは、外に出るときだけでしたから。私の知らない時間のほうが多いです」
あ、そっか。リアは閉じ込められていたんだっけ。それじゃあ、知らなくても仕方ないか。
「お父様もご存知ないようです。噂が出てから、必死に出処を探っていらっしゃるようですから。もし知っていれば、忙しい中、さらに忙しくなることをなさったりしません」
確かに、無駄なことをするような人には見えなかったなぁ。
でもそれだと、「あの方」については今のところ手がかりなしってことか。
リアにそう言うと、リアは頷いた。
「はい。これは今後も調査を続けるとして、問題は、進行中の工作ですね。スリードレイク家の問題とは別に、アナが何かやっているようです。アナは今王都にいますから、内容によっては大変なことになります」
『アナは王都にいるの?』
「はい。3日前から開かれている王家のパーティーに出席しているようです。情報によると、社交界でもスリードレイク家とアナのことが噂になっているようですから、この手紙はそれを知ったアナが我慢の限界を迎えて書いたといったところでしょうか」
リアが冷静に分析する。
アナのことだし、もっと動揺するかと思ったけど、意外と冷静なんだなぁ。
ふとそんなことを思った。
「とりあえず、この件は領主様に報告しましょう。今後の対応を考えなければいけませんから」
そう言ってリアは立ち上がった。
私もリアに続いて立ち上がると、一緒にシリルさんのところへ向かった。
◇◆◇◆◇◆◇
シリルさんにリアがさっき私と話したことを話した。
話を聞き終わったシリルさんは、眉間にシワを寄せてうんうん考えたあと、ジェミナさんを呼んだ。
なぜジェミナさんを?と思っていたら、リアが聞いてくれた。でも、シリルさんは、ジェミナさんが来てから話すとしか言わなかったので、大人しく待つことにした。
ジェミナさんは5分くらいで来た。
シリルさんは、さっきの話を全てジェミナさんに話した。
ジェミナさんもこれまでのことは知っていたみたいで、話はスムーズに進んだ。
シリルさんからの説明が終わったあと、ジェミナさんは言った。
「つまり、私にお父様と連絡を取って欲しいってことね」
「ああ。杞憂かもしれないが、正体不明の勢力が関与している以上、報告しないわけにもいかない。何もなければそれでいいが、何かあってからでは遅い」
「ええ。わかってるわ。私も同じ考えよ。お父様も私たちのことを心配してくださっているから、きっと応じてくださるわ」
「そうか。では、頼んだぞ、ジェミナ」
「ええ。任せて」
二人の間でどんどん話が進んでいく。
会話の内容から、ジェミナさんのお父さんはシリルさんよりも立場が上の人のようだ。
でも、領主より上の人って、どんな人なんだろう?
いまいち想像がつかなくて悩んでいると、リアがおずおずと言った。
「あの……質問してもよろしいですか?」
「ああ」
シリルさんの許可を得て、リアが聞く。
「ジェミナ様はもしかして、王族の方ですか?」
「ええ、そうよ。やっぱりわかってしまったのね」
「はい。お名前を伺ったときから、もしや、と思っておりました」
リアが答えると、ジェミナさんは驚いた顔をした。
「あら。名前のことも知っていらしたのね。領主家の生まれでも、当主以外でこのことを知っている者は少ないと思っていたけれど、オネインザ家では違うのかしら?」
「いえ、私はたまたま知っただけです。アドリアナは知らないと思います」
「そうなの」
ジェミナさんの問いに、リアは慌てて返した。
名前のことって何だろう?あとでリアに聞いてみようかな?
でも、当主以外はあまり知らないことなら、聞かないほうがいいのかな……?うーん……。まあ、聞くだけ聞いてみよう。知らないほうがいいことなら、そう言ってくれるはずだし。
私はリアを信用して、聞いてみることに決めた。
「アレナリアさんの言うとおり、私の旧姓はテンゼニヤ。元第三王女よ。お父様は現国王陛下ね」
元王女様……!通りで気品のある方だと思ったけど、王女様なら納得だな。
私が納得している間にも、ジェミナさんは言葉を続ける。
「お父様はスリードレイク家の現状をとても憂いていらっしゃるわ。シリルのことを信頼してくださっていて、スリードレイク家が悪事に手を染めているとは考えていらっしゃらない。私たちが嵌められたことを理解してくださっているの。だから、今回の話も真剣に受け止めてくださるはずよ」
国王が味方なら、真実が明らかになれば何とかなるかもしれないね。
私は少し安心した。
リアを見ると、同じようにほっとした顔をしていた。
ジェミナさんは私たちの顔を見て、にっこりと笑った。
それから、シリルさんに向かって言った。
「じゃあ、連絡をしてくるわね。返事が来たらすぐに知らせるわ」
「ああ。よろしく頼む」
シリルさんに見送られて、ジェミナさんは部屋を出ていった。
私とリアも、連絡が来たら教えてもらうことにして、一旦部屋を出た。
◇◆◇◆◇◆◇
リアの部屋に戻り、聞きたかったことを聞いてみた。
『リアに聞きたいことがあるんだけど』
「何でしょう?」
『さっき、ジェミナさんと、名前のことで話してたけど、何のことなのかな?あ、言えないことなら、無理にとは言わないけど……』
私が気を遣って言うと、リアはくすっと笑って言った。
「いえ、大丈夫ですよ。基本的には当主にしか伝わらない話ですが、一族の者であれば誰でも知る権利があります。他の人に話したりしなければ大丈夫ですよ」
『……ほんとに?』
「はい。私やジェミナ様だって、当主ではありませんが知っていますし、大丈夫ですよ」
確かにそうだ。リアの言葉に納得した私は、安心して聞くことができた。
リアの説明によると、各街を治める王家を含む領主家に生まれた者の名前は、特定の文字から始まることになっているらしい。
その文字は各家によって違い、例えばオネインザ家であればA、スリードレイク家であればC、王家であればJとなるそうだ。
ちなみに、この世界の人名は、2種類の表記法があるそうだ。一般的には、普段使っている文字で表記するが、公的書類など、特別な場合には、特別な方法で表記するそうだ。
元の世界の文字で例えると、普段はひらがな、特別なときはアルファベットのようになる。
この世界のアルファベットに当たる文字数も、アルファベットと同じで、発音も同じようだ。形は違うけど、読み方が同じなら覚えやすい。
私が知っている名前をアルファベットに変換してみた。
まず、オネインザ(Oneinsa)家は、アレナリア(Arenaria)、アドリアナ(Adriana)。あと、領主さんは、確か、アントニー(Anthony)だっけ?
母親はスウィルシアの街のトゥズウェイブ(Twozweib)家から嫁いできて、名前はベティ(Betty)。トゥズウェイブ家はBらしい。
スリードレイク(Threedreic)家は、コーデリア(Cordelia)、シリル(Cyril)、お姉さんは、チェルシー(Chelsea)だったっけ?
みんな確かに同じ文字から始まっている。すごいなぁ。
よく見ると、家名の最後の文字から始まるようになっているように思う。でも、ジェミナ(Jemina)さんのテンゼニヤ家って、どう書くんだろう?
リアに聞いたら、珍しい綴りのようで、Tenzehnjと書くらしい。あまりにも珍しいため、最後にaを付け足す人が続出し、一般的にはTenzeniyaで通すことになったらしい。それでいいのか、と思ったけど、王家が認めているそうなので、それでいいらしい。
違う文字にしたらどうなるのかリアに聞いたら、違う文字から始まる名前の人が当主になったら、その家は滅亡するという答えが返ってきた。
しかも、その家の血を引くものは、遠縁であっても死んでしまうらしい。
過去に何家かそういう家があったらしい。
恐ろしい話だ。
◇◆◇◆◇◆◇
リアと話していると、ドアをノックする音が聞こえた。
リアが返事をしてドアを開けると、使用人がシリルさんが呼んでいると教えてくれた。
リアは使用人にすぐに向かうと答えると、使用人は一礼して去っていった。
私はすぐに席を立ち、リアと一緒にシリルさんのもとへ向かった。