136.ぼっち少女と転職2
翌日。
朝食を終え、身支度を整えた私は、変装をして王都に向かった。
昨日考えた結果、誰かについてきてもらうのが一番手っ取り早いと思ったのだ。
知らない人と会話をするには、どうしても筆談にならざるをえない。でも、そんな人は目立つ。転職しようとする人はあまりいないだろうし、変に目立って私やリアの居場所が追手にバレるのは困る。
でも、誰かについてきてもらって、教会の人との会話はその人に任せ、自分は人見知りで他人と話さないのだということにしておけば、そこまで目立たないだろう。
ついてきてもらうのは、やっぱり、アニタさんかな。打ち合わせしておけば、筆談なしでもいけるかもだし。
王都に着いて、アニタさんたちが泊まっている宿に向かう。
何回か来ているし、ここに来るときはいつもこの変装なので、宿の人も誰に用があるのかすぐ察して、声をかけてくれる。
「今日も203号室のお客さんを訪ねてきたのかい?」
頷くと、宿のおばちゃんは、「上がっていいよ」と言ってくれた。
この宿は、宿泊部屋への廊下が受付のすぐ横にあるため、宿泊者以外は簡単には中に入れないようになっている。
おばちゃんは元冒険者で、チンピラくらいなら簡単に倒せるそうなので、セキュリティ面は安心だ。
おばちゃんが受付にいないときは、従業員の中で腕の立つ人が受付をしているそうだ。
アニタさんとハティさんが泊まっている部屋203号室の扉をノックする。
ノックの仕方は、私専用のものだ。
ノックで私だとわかったのか、誰何の声もなく扉が開いた。
「入っていいわよ」
ハティさんに招き入れられ、部屋に入る。
いつものように椅子に座ると、ハティさんが口を開いた。
「今日はどうしたの?何かあった?」
"大したことじゃないんですけど、アニタさんに、ちょっと付き合ってもらいたいところがあるんです"
この世界の文字にもだいぶ慣れてきて、まともな会話ができるようになってきた。
リアと念話で話すようになってからは、話もスムーズにできるようになったので、アニタさん以外の人とも、それなりに会話ができる。
この世界に来てから、一番成長したところじゃないかと思っているくらいだ。
話が逸れたけど、私がアニタさんの名前を出すと、アニタさんが答えてくれた。
「危険な場所じゃないならいいですよ」
"行き先は教会です"
「教会?今日は月初めではありませんよ?」
教会と言うと、アニタさんもハティさんも不思議そうな顔をした。
「何をしに教会へ?」
手伝ってもらうには、事情を説明しないといけない。だから私は正直に話す。
"転職したいんです。リアに聞いたら教会でできるって教えてくれました"
「転職って……転職には、確か、アンデッド系の魔物の討伐が必要だったわよね?この間少しは倒したかもしれないけど、規定数には足りないんじゃない?」
ハティさんは転職の条件を知っていた。幽霊都市の迷宮に一緒に行ったから、その時の討伐数もだいたいわかっている。だから、足りていることに疑問を抱いているのだ。
"えっと、あの後、何回か行ったので、転職条件は満たしてます"
「そうなの?」
"はい"
ハティさんが私をじーっと見つめてくる。嘘は言ってないし、確かハティさんは私が光属性魔法を使えることを知ってたはずだから、まあ、大丈夫だろう。
予想通り、ハティさんは1分くらいで見つめるのをやめてくれた。
「嘘じゃないみたいね。まあ、トモリちゃんの機動力なら、少ない戦力でも転職分くらいなら安全に倒せるか」
ハティさんは自己解決したのか、うんうんと頷いた。
「アニタ。今日は特に用事もないし、行って来たらどうかしら?」
「そうですね。転職の手続きは少し複雑ですから、一緒に行ったほうがいいでしょう。それで、トモリさんは、どの職業に転職するおつもりですか?」
アニタさんが同行してくれることが決まった。
転職先の職業は、職業名しかわからない状態では決められなくて困っているので、どれがいいのか聞いてみよう。
"実は、どれがいいのかわからなくて……"
そう言うと、アニタさんは丁寧に説明してくれた。
「魔法系の転職なら、転職先職業は魔術師、召喚師、調教師、占い師ですね。
魔術師は、戦闘関係の魔法に特化した職業です。冒険者や軍人が選ぶことが多いです。
召喚師と調教師は、どちらも魔物を使役して戦うことに特化した職業で、自身の戦闘能力は魔術師より落ちます。魔物の扱いも難しく、不人気職業です。
占い師は、その名の通り占い師です。戦闘能力は最低限しかなく、占いの魔法に特化しています。役に立つ場面が少なく、家業が占い師であるか、占い師に強い憧れを持っている者しか選びません」
なるほど。それぞれの分野に特化していくのか。
アニタさんの話を聞く限り、魔術師一択だね。もともと戦闘能力を上げたくて転職をするわけだから、目的にも合う。
"魔術師にします"
「そうですね。ギルドでも魔術師を勧めていましたし、トモリさんにはそれがいいと思います」
アニタさんが同意してくれた。ハティさんも頷いている。
私は安心した。
"転職って、具体的にどうするんですか?"
聞くと、アニタさんとハティさんは顔を見合わせ、アイコンタクトを交わした。
口を開いたのはハティさんだった。
「転職は、教会の転職の間で、神に祈りを捧げることでできるわ。祈りっていっても、この職業に転職したいです!って感じで大丈夫よ。希望する職業を言わないと転職できないからね。祈る神も決まってないから、好きな神でいいわ」
なるほど。相変わらずいい加減なんだなぁ。
好きな神でいいなら、いつもの神サマにしておこう。この間加護もらったお礼も忘れないようにしないと。
ある程度話がまとまったところで、私はアニタさんと教会に向かった。
◇◆◇◆◇◆◇
教会の入口でシスターに紋章を見せ、中に入る。
私が紋章を持っていることを知らなかったアニタさんは少し驚いていたけど、人目があるからか何も聞いてこなかった。
アニタさんがシスターに用件を伝えてくれたので、私はついていくだけだ。
転職の間の扉の前でシスターから転職方法について説明を受けた。要約すると、ハティさんが言ってたのと同じだった。
説明が終わると、シスターとアニタさんと別れ、ひとりで中に入る。
学校の教室くらいの広さの部屋の床には、壁際まで丸い魔法陣
が描かれていた。魔法陣に書かれている文字は、どことなく悪魔語の文字に似ている気がした。文字が装飾されすぎてて全く読めなかったけど。
私は説明どおり魔法陣の中央に立つと、目を閉じた。
『えーと、フェムテ……サマ。こんにちは。私を魔術師に転職させてください』
心の中で言うが、何も起こらない。
あれ?シスターの話だと、すぐに神サマが応えてくれるはずなんだけど。どうしたんだろう?
それから数分待ってみたけど、何も起こらなかった。
もしかして、届いてない?不安になって、もう一度言う。
『フェムテ…サマ。トモリです。聞こえますか?私、転職したいのでお願いします!』
今度は届けという思いを込めて言う。
それでも、何も起こらなかった。
やり方を間違えているのかもしれない。
私はシスターにもう一度やり方を聞くために、部屋を出ようと歩き出した。
『待って、トモリ!』
魔法陣の端まであと3歩くらいのところで、声が聞こえた。
立ち止まると、また声が聞こえた。
『僕だよ、僕!』
『……神サマ?』
なんか、オレオレ詐欺みたいな言い方だなぁと思いながら、確認する。この状況で声が聞こえる相手は一人しか思い浮かばないけど、確認は大事だ。
『うん。遅くなってごめんね。ちょっと立て込んでて、すぐに出られなかったんだ』
『……そうですか。神サマも忙しいんですね』
『そうなんだよ!この間なんて……って、こんな話をするために来たんじゃないんだった。トモリ、転職したいんだよね?』
神サマは話し始めようとして、今日の目的を思い出したようだ。私に聞いてくる。
『はい。お願いします』
『うん。討伐数は満たしてるし、材料も全部の分あるから、一気にできるね!じゃあ、やるから、魔法陣の真ん中に立ってくれる?』
『あ、はい』
神サマに言われるまま、私は魔法陣の中心に戻る。
歩きながら、ふと思い出した。
『あ、そういえば、加護、ありがとうございました』
『どういたしまして。君のこと気に入っちゃったから、ちょっと奮発しちゃった。あっ、でも、気にしなくていいよ。僕が勝手にやっていることだから、君は君らしくいてくれればそれでいいよ』
『……はい』
神サマの言葉に、なんて答えればいいかわからなくて、とりあえず「はい」とだけ言っておいた。
会話をしているうちに魔法陣の中心に着いた。
『じゃあ、いくよー!』
神サマの声とともに、魔法陣が青紫色に光った。
私も一瞬光に包まれた。
光は数秒で収まり、また神サマの声が聞こえた。
『転職終わったよ。何度も来られても面倒だから、全部転職させといたから、あとで確認してね。それじゃあ、僕は忙しいからバイバイ』
そう言って、神サマの声は聞こえなくなった。
お礼を言う暇すらなかったなぁ。まあ、話すのはまだあまり好きじゃないからいいけど。
そこでふと、私は神サマの言葉に引っかかりを覚えた。
あれ?神サマ、さっき、全部転職させたって言ってなかったっけ?
全部って何!?
私は慌ててステータスを開いた。
◆◇◇◇◇◇◆◇◇◇◇◇◆
トモリ・ユキハラ
【種族】人族
【性別】女性
【年齢】16
【職業】魔術師、召喚師、調教師、占い師、聖者
(以下略)
◆◇◇◇◆◇◇◇◆◇◇◇◆
………………。
………………は?職業、おかしくない?
全部って、確かに全部って言ってたけど!転職先に上がってた全部の職業に転職してるって、おかしいんじゃないの?
ハティさんも、シスターも、転職できるのは一つだけって言ってたよ?……言ってたよね?……うん。言ってた。
回復師の方も転職できそうならしたいなーって思ってはいたから、そっちはいいんだけど。
………………。
はあ…………。
まあ、いいか。
とりあえず、ステータスの偽装だけして、詳しいことはあとで確認しよう。
あまり長居しても不自然だろうし。
私は「ステータス隠蔽」を使って職業を魔術師だけが表示されるようにして、転職の間を出た。