閑話21 アドリアナの不安
今回はアドリアナ視点です。
パーティーの招待状が届いてから早半月が経ち、7月も半分が過ぎた頃。
私は使用人数人を連れ、遠路遥々王都アズィシアにやってきた。
王都にいる間は、別邸に滞在することになっている。
滞在期間は約一ヶ月。本当はもう少しいたかったんだけど、カージアの街はまだまだ忙しいからって、お父様が許してくれなかった。チッ。
今回の目的は、王族と何かしらの縁を作ること。
下準備はしてあるし、何とかできると思う。
それより問題なのは、スリードレイク家の方だ。
◇◆◇◆◇◆◇
アレナリアがいなくなってから、スリードレイク家のコーデリアから一通の手紙が来た。
学園時代の同級生とは、卒業後も手紙をやり取りしていた。コーデリアもその一人。だから、手紙が来ても特に何とも思わなかった。
でも、手紙の内容は酷いものだった。オブラートな表現で、遠回しに、「アレナリアの件はお前のせいだ、ざまあみろ」的なことが書いてあった。
コーデリアは元々すごい猫被りで、仲の良い人には砕けた感じで接するのに、表面上はいかにもお嬢様です、みたいな振る舞いをしていて、気に入らなかった。
手紙の文章も、取り繕った感じが出ていて、いつも不快に思っていた。
しかも、アレナリアのことを気にしていて、時々助けているみたいだった。
コーデリアは私の計画を邪魔する嫌なやつ。学園での嫌いなやつトップ10に入る人物だった。
嫌いなやつからムカつく内容の手紙が来て、怒った私は、コーデリアに仕返ししてやろうと思った。
お前も、大変な目に遭えばいい。
そう思った私は、すぐに行動を開始した。
◇◆◇◆◇◆◇
私には、お父様には内緒で雇っている人がいる。
彼はいわゆる何でも屋で、情報収集から護衛、殺しまで、何でもやってくれる裏社会の人間だ。
私は彼を使って、スリードレイク家の情報を集めた。
何か使えそうな情報はないかな?
私の人脈を使っても情報は集められるけど、そうすると目立つんだよね。
最初は人脈を使えば簡単だと思っていたけど、実際はそんなに簡単じゃなかった。
しかも、お父様から渡される家の仕事の量が尋常じゃなかった。
だから、何でも屋である彼に、情報収集を頼んだ。それと並行して、私は同級生と文通をした。普段から仲良くしておくことで、重要な情報も得やすくなると思って。
結果、王族と交流のあるとある令嬢の紹介で、王都のパーティーに参加することになったのだ。
話が逸れたけど、何でも屋を使って集めたスリードレイク家の情報では、どうやらスリードレイク家は今、かなり大変な状態になっているらしい。
コーデリアめ、ざまあみろ!
と、最初の頃は、スリードレイク家の災難を喜んでいたけど、とある情報を聞いて血の気が引いた。
どうやら、スリードレイク家の騒動の黒幕は、私だという話が出回っているらしい。
はあ!?なんで?一体何がどうなってるの?
私はスリードレイク家のことには無関係だ。
コーデリアにはちょっと痛い目に遭ってくれたらいいな〜と思ったことはあったけど、実際には何もしていない。
手紙の返事も、本心を隠して、ごく普通の返事を書いた。
他の令嬢とのやり取りも、近況報告や趣味の話とか、他愛のない話ばかりで、誰かの悪口なんて書いてない。
私には心当たりが全くないのに、私のせいにされている。
私は何でも屋に頼んで、話の出処を探ってもらうことにした。
◇◆◇◆◇◆◇
何でも屋でも情報が掴めないまま、出立の日を迎えた。
お父様がスリードレイク家のことを何も言ってこないところを見ると、まだ気付いていないか、確証が持てず調査中、といったところだろう。
私は何も知らないフリをして、さっさと街を出た。
スウィルシアの街を過ぎ、明日には王都に着くという日。
街道にある野営地で野宿の準備をしていると、木々の向こうに見知った人影が見えた。
一瞬しか見えなかったけど、間違いない。
神様の遣いという男だ。
私は護衛にお花を摘みに行くと断って、森に入っていった。
護衛から見えない場所まで来ると、私は彼を呼んだ。
彼はすぐに出てきた。
「こんなところで何の用?」
「お前に話があったんだが、なかなか機会がなくてな」
「話があるから私を呼んだんでしょ?さっさと話しなさいよ。あまり戻りが遅いと護衛に怪しまれるわ」
悠長に話そうとする彼を催促する。
心配した護衛が探しに来て、彼を見られたら面倒なことになる。
「……わかったよ。ったく、気の強い女だな。まあいい。話ってのは他でもない。スリードレイク家のことだ」
「……私は何もしてないわよ」
「知ってる。あれは俺がやったことだからな」
「は?あなたのせいなの?」
今まで散々頭を悩ませていたことが、一瞬でわかった。
まさか彼の仕業だったとは。
「なんで私が黒幕ってことになってるの?」
「その方が都合がいいからだ」
「都合がいいって、そんな理由で人を利用しないでくれる?」
「言っておくが、お前にもいい話だぞ」
勝手に人を利用しておいて、いい話だなんて、何を言ってるの?
「いい話?どこが?もしこのままスリードレイク家の潔白が証明されて、私が犯人ということになったら」
「妹を葬り去るチャンスだと言ったら?」
「……どういうこと?」
「詳しいことはまた今度説明するが、簡単に言うと、お前の妹をお前の前に連れてきてやるから、あとは煮るなり焼くなり殺すなり好きにしろってことだ」
アレナリアを殺せる。それは確かに魅力的だ。だけど、リスクがあまりにも大きすぎる。
「あいつを殺せるなら、と言いたいところだけど、現状じゃ無理よ。もう少し私にリスクが少ない方法はないの?」
私の問いに、彼は首を横に振った。
「ない。これが唯一で最善、最短の方法だ。大丈夫。妹を殺せばお前はオネインザ家の唯一の跡取りになる。最悪の事態にはならない。安心しろ」
オネインザ家の唯一の跡取りになれば大丈夫?何それ?意味わかんないんだけど。
私がさらに聞こうとしたとき、遠くから微かに護衛の呼ぶ声が聞こえた。
「時間か。俺はこれで行く。スリードレイク家のことは俺に任せて、お前は王族のことに集中しろ。またな」
「え?ちょっ、ちょっと!」
呼び止める間もなく、彼は去っていってしまった。
私は仕方なく護衛のところへ戻った。
◇◆◇◆◇◆◇
そして今。
彼と会ってから3日が過ぎたけど、彼から連絡はない。
向こうから私に連絡が来ることはあっても、私から連絡することはできない。
私はただ待つだけ。
情報は集めてるけど、今のところ進展はない。
はあ…………。これからどうなるんだろう?
こんな状態で、パーティーは大丈夫なのかな?
王族と縁を持てるかな?
心配なことだらけだけど、私にはどうすることもできない。
変に介入して事態をややこしくするのは嫌だ。
潔白なら、取り調べを受けても知らなかったで押し通せる可能性があるし、手は出さない方がいいと思う。
私は気分を無理矢理切り替えて、パーティーに向けて準備を進めることにした。
パーティーまであと1週間。他のことをしている余裕はない。
私はただただ、すべてがうまく行くことを願った。