124.ぼっち少女と相談2
質問事項を黙々と書く私を、リアとコーデリアはじっと見ていた。
魔法で文字を作ってもいいんだけど、こういうのは紙に書いた方が整理できていいんだよね。それに、元の世界ではほぼ筆談だったから慣れてる。
よし。できた。
書き終わると、誤字脱字を確認してから、コーデリアに渡した。この世界の文字にもだいぶ慣れて、間違えることも少なくなってきた。今回もたくさん書いたけど、間違えなかったよ!
紙を渡されたコーデリアは、さっと目を通してから困惑顔で言った。
「……えっと、これって私への質問?」
その通りなので頷くと、コーデリアは躊躇いがちに続けた。
「……あー、今さらなんだけど、何でトモリって喋んないの?あたし、会ってからまだ一度も喋ってるの聞いたことないんだけど」
予想してなかった質問に、思わず顔を背けてしまう。
そういえば、この世界に来てからこの質問をされたのは初めてだな。他の人は、詮索せずに受け入れてくれてたから、説明したことがなかった。
私はもう一枚紙を出し、一文書いて、リアとコーデリアの二人に見えるようにテーブルに置いた。
"昔、事故に遭って"
「事故、ですか?それで声が出なくなったんですか?」
読んだリアが聞いてくる。私は頷いた。
「そうですか。コーディ、この話はもういいでしょう。その質問に答えてくれる?」
「ん?ああ、うん。わかった。……ごめんね、トモリ。こんなこと聞いちゃって。でも、答えてくれてありがとう」
リアが気を遣って話題を終わらせるようコーデリアに提案してくれた。コーデリアはすぐに意図を察して、謝罪とお礼を言うと、質問事項を書いた紙に目を落とし、質問をじっくり読み始めた。
……うーん。変に気を遣わせちゃったなぁ。
まあ、あまり詮索されたくないことではあったけど、あれくらいならよくあることだし、大丈夫なんだけどな。
昔、事故に遭って声が出なくなった、というのは本当のことだ。ただ、声が出なくなった理由は、事故の精神的なショックによるもので、身体的には何の問題もない。
実際、かなり時間はかかったけど、声は戻った。
ただ、その後色々あって、また出なくなってしまったのだ。
まあ、今のところ、その話はするつもりないけど。
「トモリ。答えって言っていいの?」
質問事項を読み終えたらしいコーデリアの声に頷くと、コーデリアは回答を始めた。
「じゃあ、最初の質問から答えていくね。あ、それから、答えられない質問もあるんだけど、どうすればいい?」
"答えられる範囲でいいよ"
「そう?ありがと。で、えーと、最初の質問。リアとの関係は……うーん……友達以上親友未満?」
「ちょっとコーディ!何よそれ」
「えー。だってあたしたち、親友ってほどの仲じゃないけど、単なる友達ってわけでもないでしょ?だから友達以上親友未満。ダメ?」
「ダメ、じゃないけど、何か違う気がする……」
コーデリアの答えにリアが噛み付き、あっさり撃沈された。
リア、さっきコーデリアのこと友人だって言ってたけど、リアの中では親友的な扱いだったのかな?コーデリアに親友じゃないって言われて傷付いたとか……。
まあ、そこはふたりの問題だし、私には関係ない。私はただ、コーデリアがリアのことをどう思っているか知りたかっただけ。答えが聞けたならそれでいい。
リアが静かになったタイミングで、「次」と書いた紙を差し出した。
「次?次の質問ね。えーと、次は、家出した理由?さっきも言ったけど、それはちょっと……」
コーデリアが言い淀む。何か事情があるのはわかるけど、それがわからないと判断のしようがない。
家族と喧嘩したとかだったら、帰って仲直りしろと言いたいし、逆に何か重大な犯罪行為をしたのだったら、慎重になる必要がある。
ただ、私から理由を聞いても、答えてはくれないだろうから、ここはお友達に説得を頼むことにしよう。
『リア。説得お願い』
『えっ?わ、わかりました……?』
いきなり念話でお願いしたにもかかわらず、リアはコーデリアの説得を引き受けてくれた。……返事が疑問系だった気がするのはきっと気のせいだ。
「何で話せないの?」
「……今は、話せない。でも、あたしを連れてってくれたら、後で必ず話すから!」
「そんなこと言われても困るよ。コーディは、私たちが今どういう状況か知ってるよね?危険なことはしたくないの。わかる?」
「わかるよ?でも、あたしにも事情があるの。どうしても、手に入れなくちゃいけないモノがあるのよ!」
「……それが目的?」
「あっ!」
リアの追及に、うっかり本音を漏らしてしまったコーデリアは、しばらく落ち着きなく視線を彷徨わせた。
その間、リアは感情の読めない顔でじっとコーデリアを見続けていた。
そして、リアの視線に耐えきれなくなったコーデリアは、ついに観念した。
「あー、もう!降参!降参する!」
大きな溜息とともに、コーデリアは白旗を上げた。
「そう。あたしには欲しいモノがある。でも、あたしひとりじゃそれは手に入らない。あたしの力じゃ足りないんだ。強い人が一緒に来てくれないと」
「それなら、冒険者でも雇えばいいでしょう?どうして私たち……いえ、トモリさんなの?」
リアが質問してくれる。私も聞きたかったことなので、すごく助かる。
コーデリアも、リア相手に話しているようなものなので、リアにはこのまま相手をしてもらおう。……その方がラクだし。
リアに質問されたコーデリアは、決まりが悪そうな顔でおずおずと答えた。
「それは、その、お、お金が……」
怖い母親に叱られて小さくなる子供のように、小さな声で答えるコーデリアに対して、リアは盛大に溜息をつき、淡々とした口調で話をまとめた。
「つまり、お金が足りないから冒険者を雇えない。でも、強い人の力を借りたい。そこに、私を攫って逃亡中の元Cランク冒険者と一緒に私が現れたのを見て、利用できると思ったのね?」
「うん……。ごめん……」
しょんぼりと謝るコーデリアに毒気を抜かれた様子のリアは、また一つ大きな溜息をつくと、呆れ顔で言った。
「はあ……。まあ、いいわ。あなた、昔から損得勘定で動くタイプだったものね。使えるものは親でも使う。それがあなたの信条だったっけ?私を助けたのも、一つでも多くのコネを得るため。外ではお嬢様らしく振る舞うのも、外聞のため。そうでしょう?」
「う……それは……」
図星なのか、コーデリアはリアに言い返せない。
というか、リア、よくそんな子と友達できてるなぁと、話とは少しズレた感想を抱きつつ、私は成り行きを見守る。
「そんなあなただと知っていても私があなたと友人関係を続けているのは、あなたが義理堅い人だって知ってるからよ。外聞のためっていうのもあるのでしょうけど、あなたは信用を裏切るようなことは絶対にしないでしょう?だから私はあなたを信用しているの」
「リア……!」
リアの言葉にパアッと顔を輝かせるコーデリア。
……なんてわかりやすい反応。なんだか嘘っぽく思えてきた。こういうとき、嘘を見抜く能力とかあるといいんだけどな。……作れるかな?
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やっぱりやめとこう。あんまりラクばかりしてると、私のコミュ力が上がらない。ずっとひとりでいられるわけじゃないし、コミュ力は大事だ。簡単な嘘くらい見抜けるようにならないと。
私が自己完結している間にもリアとコーデリアの寸劇じみた会話は続く。
「そういうわけでコーディ。今回は特別に許してあげるから、洗いざらい言いなさい。内容によっては協力してあげる」
「内容によってはって、予防線張っとくのね」
「当たり前でしょう?世の中、何があるかわからないもの。保険は大切よ」
保険は大切と言いながらにっこりと笑うリアを見て、コーデリアはくすりと笑った。
「……リア、なんか逞しくなったね。前のリアならこんなに強気に出たりしなかった。うん。今のリアになら、全部話しても大丈夫かな」
「……コーディ?」
急に真面目になったコーデリアの変化に戸惑うリア。
コーデリアはそんなリアに構わず話を続けた。
「いい?リア。心して聞いてね?」