123.ぼっち少女と相談1
変装しているにもかかわらず、正体を言い当てられたリアは、完全に私の後ろに隠れてしまった。
私の服をぎゅっと掴んで怯えている。
『……逃げる?』
正体がバレたなら、一旦この場を離れた方がいいと思って聞いてみた。
すると、リアはすぐに否定した。
『いえ、このままで大丈夫です』
『そう?でもこの子、リアのこと……』
『大丈夫、です』
リアは恐る恐る私の背中から顔だけ出した。
「あの、私に何か……?」
おずおずと尋ねるリアに、彼女はにっこり笑って答えた。
「久しぶりにお会いしたものですから、少しお話がしたいと思ったのです。もしよろしければ、お昼をご一緒しませんか?」
突然の提案に、私はリアと顔を見合わせた。
私は彼女のことを知らないし、判断はリアに任せよう。
『……リアに任せるよ。私はいつでも転移できるようにしておくから』
『……ありがとうございます』
短い間の後、リアは念話で答えた。
そして、私の隣に立って言った。
「こちらの方も一緒でよければ構いません」
「いいですよ。私も気になりますから。では、行きましょう。オススメのお店があるんです。個室で完全防音ですから、安心ですよ」
そう言って背を向けて歩き出した彼女に、私たちはついていった。
◇◆◇◆◇◆◇
彼女に案内された店は、さっきの場所から歩いて15分くらいの、おしゃれなお店が立ち並ぶ一角にあった。
店員に案内されて奥の個室に入り、彼女に勧められるまま、日替わりランチを注文した。
お店の雰囲気に相応しい価格だったけど、お金には困っていないので問題ない。
注文を受けた店員が退室すると、彼女は改まって自己紹介をした。
「改めまして、久しぶりですね、アレナリアさん。そちらの方は初めまして、ですよね?私はタルフィアの街の領主の娘、コーデリア・トゥ・スリードレイクと申します」
また領主令嬢……。
まあ、リアの同級生だし、良いところのお嬢様だろうとは思っていたけど。
でも、私はともかく、リアのことが他人にバレるのはマズイよね。どうしようかな。
私が返答そっちのけで考えていると、リアが私のことをコーデリアに紹介してくれた。
「お久しぶりです、コーデリアさん。こちらはトモリさん。私の友人です」
リアの言葉に続いて軽く会釈すると、コーデリアも会釈を返してくれた。
「トモリさん、ということは、あなたが例の……。あたしてっきり、アレナリアさんの親戚の方だと思っちゃった」
語尾に「てへ☆」と付きそうなくらい砕けた言い方をしたコーデリアに、リアが溜息をつく。
「ちょっとコーディ。いきなり砕け過ぎじゃない?さっきまでのお行儀の良さはどこいったのよ」
「えー。別にいいじゃない。その人、貴族じゃないんでしょ?なら、無理してお嬢様振る必要ないじゃん。リアはあたしが堅っ苦しいのキライだって知ってるでしょ」
「それとこれとは話が別!初対面の人に向かって、その態度は失礼だと思う」
「んー、そうかな?その人、驚いてはいるけど、嫌がってはいないように見えるよ?ね、どう?トモリ」
いきなり親しげに話し出した二人に面食らっていると、コーデリアが私に話を振ってきた。
どうって聞かれても困るんだけど。
助けを求めてリアを見ると、リアはわかってますとでも言うように大きく頷き、真剣な顔でコーデリアに言った。
「トモリさんは嫌だっておっしゃってるし、もう少し年上に対する敬意を持った話し方をしなさいよ」
あのー、アレナリアさん?私、嫌だとは言ってないよ?
困ってはいるけど、不快ってわけじゃない。むしろ、今の方がさっぱりしていてラクだ。あんまり畏まられても窮屈だし。
私が訂正してほしいとリアに念話で伝えようとした時だった。
「えっ!?年上?あたしてっきり同い年だと思ってた」
「トモリさんは年上よ。1つだけだけど」
「つまりほぼ同い年ってことでしょ?なら、このままでいいじゃん」
「でも」
『このままでいいよ』
いいタイミングだと思った私は、念話でリアに告げた。
私は別に、1つくらいの歳の差で礼儀だ何だと細かく言うつもりはない。
まあ、初対面にしては馴れ馴れしいと思わなくはないけど、偏見や敵意はないし、このままで構わない。
相手が自分を良く思っているか悪く思っているかくらいは、なんとなくわかる。
その感覚で言えば、コーデリアは好意的に思ってくれている、と思う。
私の念話でリアはコーデリアへの追及をやめた。
急に黙ったリアを見て、コーデリアが首を傾げる。
「どうしたの?」
「あ、ううん。なんでもない」
「そう?それじゃあ、ちょっと聞いて欲しい話があるんだけど」
コーデリアが居住まいを正して切り出したところで、ドアがノックされた。
「お食事をお持ちいたしました」
店員は、湯気の立つ料理を載せたカートを押して入ってきて、配膳を済ますと、一礼をして出て行った。
机に並べられたのは、いわゆるステーキ定食。鉄板には熱々のステーキ、白いライスに、小皿にはサラダ。飲み物はジュース。
コーデリアは大きく鼻から息を吸うと、満面の笑みを浮かべた。
「んー!いい匂い!」
「ほんと。あなたがおすすめって言うから、どんなものが出てくるか心配してたんだけど、期待以上ね」
「ちょっとリア。あなた、あたしのこと何だと思ってるの?」
「ん?コーディはコーディでしょ?」
「いや、そうじゃなくて……。まあ、いいや。冷めないうちに食べましょ。あ、トモリも食べて食べて。ここのステーキは絶品なんだ」
そう言って、コーデリアはステーキを切って食べ始めた。
リアを見ると、サラダのお皿を手に取って食べようとしていた。
どうやら、話は食事の後みたいなので、私も食べることにした。
◇◆◇◆◇◆◇
ステーキ定食は予想以上に美味しかった。
この世界の食事は、元の世界とほぼ同じだから、食文化のギャップに困ることはない。
でもその代わり、同じだからこそ、元の世界との違いがよくわかる。
このステーキも、牛肉ではなく豚肉、それもオーク肉だ。
まあ、オークと言っても元は豚。多少見た目や生態が違くても、味に変わりはないので、問題なく食べられた。
食後のアイスクリームまで食べ終えたところで、コーデリアが改めて切り出した。
「コホン。えーと、二人に、相談、というか、お願いしたいことがあるんだ」
「お願い?あなた、私たちの立場知ってるよね?危険は冒せないよ」
具体的な話を聞く前に、リアが断ってしまう。
確かに、今の私たちは追われている身。変装で多少バレにくくなっているとはいえ、コーデリアみたいにわかってしまう人もいるだろう。
ほとぼりが冷めるまで、危険なことはしたくないというリアの気持ちはわかる。
でも、話くらいは聞いてもいいと思う。
コーデリアもそう思ったのか、断られたのを聞かなかったことにして話し始めた。
「お願いっていうのは、あ、あたしも、一緒に連れてって欲しいってことなんだ」
一体どんなお願いなんだろうと思っていたら、よくわからない内容だった。
リアも同じことを思ったのか、コーデリアに詳しい説明を求めた。
「連れてって欲しいって、どういうこと?それに、コーディは実家に帰ったんじゃなかったの?どうして王都にいるの?」
リアに聞かれて、コーデリアは目を逸し、気まずそうな顔をして答えた。
「実はあたし、家出したんだ。理由は……今は言えないんだけど、もう家にはいられない。だから、あたしも二人の逃亡生活に加えて欲しいんだ。あたしにできることなら何でもするから!お願いします!」
そう言って頭を下げるコーデリアに、私とリアは困惑顔で見つめ合った。
『どうしましょう、トモリさん』
『うーん……さすがに今のままじゃいいとは言えないよね。私は今日が初対面だし、まだまともに会話すらしてないから、信頼できるかもわからない。リアとはどういう関係なの?』
ついでに、さっきから気になっていることを聞いてみた。
『彼女は、学園での友人です。いつも私のことを気にかけてくれて、本当に危ないときは助けてくれたんです。アナに気づかれない範囲でしたから、さり気なくという感じで、劇的な助けではありませんでしたが、コーディのおかげで間一髪助かった、ということは少なくありませんでした』
『つまり、リアの味方ってこと?』
『はい』
あれ?でも、それなら、最初に見かけたときに怯えてたのは何でだろう?
聞いてみると、リアは照れくさそうに笑った。
『あれは、突然会って驚いたのと、家を出たことを知ってるはずのコーディから何を言われるかわからなかったので、怖かったんです。どうして自分に何を言わなかったのかって責められるんじゃないかと思ったんです』
ああ。なるほどね。
まあ、コーデリアが味方だってわかったけど、もう少し聞きたいことがある。
私は紙とペンを出して、質問事項を書いていった。