120.ぼっち少女の変身
7月1日、土曜日。
私とアレナリア――リアは、王都から少し離れた森の奥深くにいた。
「あの、王都にもスウィルシアの街みたいにこっそり入るんですか?」
リアが私のカップにお茶を注ぎながら尋ねる。
私は、注がれたお茶を飲みながら答えた。
『うん。身分証が使えない以上、普通に入ることはできないから』
「そうですよね。全く、お父様も指名手配なんてやりすぎですよね。早く解除してくれればいいのに」
『それは難しいと思うよ』
ポットを置いたリアが、ぷくっと頬を膨らませて言う。その仕草が可愛らしくて、私はクスッと笑ってしまった。
幸い、お菓子を取ろうとしていたリアは私が笑ったことに気が付かなかったみたいで、普通に話を続けた。
「でも、そうすると、入った後はどうするんですか?」
『入った後?入れさえすれば問題ないんじゃない?スウィルシアの街でも大丈夫だったし』
私はスウィルシアの街でのことを思い出しながら言った。
カージアの街を出てから昨日まで、私とリアはスウィルシアの街に潜んでいた。
正確には、例の洞窟を拠点にして、スウィルシアの街の迷宮を攻略していた。
オーク迷宮並に難易度が高い迷宮があって、制覇はできていないけど、レベルとステータスはそれなりに上がった。
空いた時間は、リアのレベル上げをしたり、こっそり街に入って買い物をしたり、遊んだりしていた。
そのうちリアとの仲もだいぶ深まって、愛称で呼ぶことになった。まあ、私に対する呼び方は変わらないんだけどね。
ちなみに、私も会話に慣れて、リアとディーネ相手なら普通に話せるようになった。
まだ半月ちょっとしか経ってないのに、すごい進歩だよね。
……それはともかく。
スウィルシアの街では、出入りさえなんとかすれば、街中ではフードを被っていれば問題なかったから、王都でも大丈夫だと思っていたけど、違うのかな?
首を傾げると、リアはわかってないなぁという声が聞こえてきそうな顔で答えた。
「確かに、スウィルシアの街ではそうでしたけど、王都ではそうもいかないんですよ。王都では治安維持のために、特別な理由がない限り顔を隠すことは禁じられているんです。それに、王都には私を知っている者も多いですから、正体がバレる可能性が高いです」
『えっ!顔隠せないの?それは困るなぁ』
カージアの街の領主が指名手配をしたせいで、私はもちろん、リアの顔も世間に広まっていた。
王都はカージアの街からそう遠くないし、私たちがここにいるとバレたらどうなるかは火を見るよりも明らかだ。
顔を隠せないとなると、姿を消すか?でもそれだと買い物も食事もできない。せっかくの王都なのに、それは寂しい。
そうすると、他の選択肢は……
『……変装するしかないかなぁ』
私は念話でポツリと呟いた。
「へ、変装!?そんなことしたって、衛兵はすぐ気付きますよ?手配書の人物の顔は覚えているはずですから。衛兵を騙せるくらい変装するとかえって不自然になりそうですし、変装は無理だと思いますよ?」
確かに、顔を隠さず人相を誤魔化すのは難しい。派手なメイクをすれば目立ってしまうだろう。
『それじゃあ、王都は諦めるしかないかな』
「ええ!それはダメです!なんとしても今日中に入らないと!」
私が諦めようとすると、リアが猛抗議してきた。
お菓子を手に持ったまま、立ち上がって力説する。
「今日は1日、礼拝の日です。ゼフェラルト教徒たる者、礼拝を欠かしてはならないのです!」
『えー、そうなの?』
どんどんテンションが上がっていくリアと対照的に、私のテンションは下がっていく。
宗教的な行事なんて、面倒でしかない。
リアとは仲良くなったけど、こういうところはまだ理解出来ていないのだ。
「そうなんです!だから、どうやって王都でバレずに行動できるか、考えてください!」
『あー、はいはい。わかったよ。ちょっと考えるから静かにしてくれる?』
身を乗り出し、鼻息を荒くして詰め寄ってくるリアを押し戻しながら、私は渋々頷いた。
この半月の付き合いで知ったことだけど、リアは意外と頑固だ。
言い出したら聞かない。
やると言ったらやるし、嫌なら絶対にやらない。
出会ったときは、もう少しおとなしかった気がするんだけど、おかしいな。
……まあ、頑張って説得すれば言うこと聞いてくれるからいいんだけどね。あの家から開放された反動で、一時的に自由奔放に振る舞いたくなっているだけだと思うから。
もうしばらくは様子見をしようと思う。
さて、そろそろ真面目に王都で行動する方法を考えよう。
リアと理由は違うけど、私だって王都に入りたい。
遠くから見ただけだけど、王都は他の街とは比べ物にならないくらい栄えている。
きっと、ここにしかない珍しいものもあるだろう。
美味しい料理や、服や、装備とか。
ここまで来たんだから、見て行きたい。
忍び込むのも、顔を隠すのも、変装も駄目。
もう手はないように思うけど、ここは異世界。物理的に駄目なら、魔法でどうにかすればいい。
『創造・変装』
◆◇◇◇◇◇◆◇◇◇◇◇◆
変身
【属性】なし
【タイプ】その他
【発動対象】指定
【効果】指定対象の姿を任意のものに変える。ただし、本来の姿から大幅に変えることはできない。なお、見た目だけでなく、物理的にも姿を変えるため、触っても違和感はない。魔法による探知も欺ける。暴けるのは、%&@$#だけである。
◆◇◇◇◆◇◇◇◆◇◇◇◆
……なんか、思ってたのと違うものができた。名前も違うし、効果も高性能?になっている。しかも、また文字化けしてるし……なんでだろう?
まあ、姿を変えることはできるみたいだし、とりあえず使ってみよう。
私は姿見を出して今の自分の姿を確認してから、「変身」を使った。
『変身』
すると、私の身体が淡い紫色の光に包まれ、次の瞬間消えてしまった。
……失敗した?
恐る恐る姿見を見ると、そこには、金髪碧眼になった私が映っていた。
髪を一房掴んで見ると、確かに金髪になっている。
うわあ!外人さんみたい!もうちょっと肌の色が白ければもっとそれっぽくなるかな。
私はもう一度魔法を使った。
『変身!』
今度は、肌の色を少し白くして、背を伸ばして、髪にウェーブをかけてみようと思って発動させる。
身体が光に包まれるのはさっきと同じだけど、その後全身に違和感を感じた。
違和感はすぐに光とともになくなったけど、何だったんだろう?
私はとりあえず、結果を確認するために姿見を覗いた。
くるっと回って確かめる。
……うん。想像どおり。本物の外国人みたいになっている。これに眼鏡でも掛けたら、気付かれないんじゃないかな。
『ねえ、リア。どうかな?』
リアの方を向いて尋ねると、リアはポカンとした表情で私を見ていた。
ん?どうしたんだろう?
『リア?アレナリア?どうしたの?リアー?』
私はリアの側まで行って、念話で声をかける。
でも、反応がない。
今度はリアの目の前で手を振ってみる。
……反応がない。
肩をトントンしてみる。
「………………うわあ!びっくりした!」
少し間があったけど、ようやく反応してくれた。
『どうしたの?リア?』
私が聞くと、リアは不思議そうな顔をした。
「本当にトモリさんですか?」
『そうだよ?姿変えるの見てたよね?』
「み、見てましたよ!見てましたけど、あの、その、いきなりで驚いてしまって。姿を変える魔法なんて初めて見ました」
『へぇ。そうなんだ』
姿を変える魔法って珍しいのかな。
だったら、衛兵も魔法で姿を変えているなんて思わないだろうから、バレないかもしれない。
私は伊達眼鏡を作って掛けると、もう一度リアに尋ねた。
『ねぇ、リア。この姿ならバレないと思う?』
「うーん……そうですね……。髪の色をもう少しおとなしい色にして、服を変えれば、バレないし目立たないと思います」
『えー!金髪はダメ?』
「はい。とっても似合っていらっしゃいますが、その色は目立ちそうです」
リアは苦笑いしながら言った。
そっか。そうだよね。金髪は目立つよね。
似合っているって言ってくれて嬉しかったけど、今回の目的はバレないことと目立たないこと。
仕方なく目立たない髪の色にすることにした。
でも、何色にしようかな。
『リアは何色がいいと思う?』
自分では決めかねたので、リアに聞いてみる。
「そうですね。ここはやっぱり、一般的な色がいいと思いますので、茶色系ですかね」
『茶色ね……。普通だなぁ』
「普通がいいんじゃないですか」
私が残念がると、リアが「何を言ってるんですか」という副音声が聞こえてきそうな声で言った。
『そうだね。普通が一番目立たないよね。瞳の色はどうしよう?髪と同じがいいかな?』
「はい。それがいいと思います」
『りょーかい』
結局、リアの言うとおり、髪も瞳も茶色にした。
その代わり、髪はロングからミディアムショートにして、服も、迷宮に行くときの動きやすさ重視のジャージみたいな服装から、女の子っぽいロング丈の半袖ワンピースにカーディガンを羽織って、帽子を被った。もちろん眼鏡も忘れていない。
本当は背も高くしたかったんだけど、そうすると普段との微妙な差に慣れなくて、感覚が狂って何度も転びそうになったので諦めた。
「すごいです!これ、完全に別人ですよ!見ただけじゃトモリさんだってわからないですね!」
着替え終わってリアの前でくるっと回ってみせると、リアは手を叩いて褒めてくれた。
少し気恥ずかしかったけど、同年代の子とこういうやり取りをしたことがなかったから嬉しかった。
『それじゃあ、次はリアの番だね』
「えっ?私ですか?その変装魔法、私にも使えるんですか?」
『うん。リアはどんな姿にする?』
試したことはないけど、発動条件に「対象を指定する」ってあるんだから、自分以外も指定できると思うんだよね。
私は試しに、リアの銀髪を茶髪にしてみた。
魔法を使うと、リアの身体が一瞬淡い紫色の光に包まれた。
光が消えると、髪の色が茶色になったリアが現れた。
『変えられるみたいだね』
うまく行って、私はほっと胸を撫でおろした。
一方リアは、姿見の前に立って、自分の姿を確認している。
「本当にすごいですね。私のも変えられるなんて」
『そうだね。私は変えられて良かったよ。これで一緒に王都に行けるね』
「はい!」
リアはとっても嬉しそうに笑った。
◇◆◇◆◇◆◇
その後、リアも私と同じように変装……変身?した。
つまり、茶髪に茶色い瞳、ミディアムショートヘア、ワンピースにカーディガン、帽子。
違うのは、眼鏡をしていないことと、ワンピースの丈だけ。私はロング丈で足首まであるけど、リアは膝上の丈。
ワンピースとカーディガンは、もともとスウィルシアの街でお揃いで買ったもので、デザインはほぼ同じだから、変身?した私たちが並ぶと、姉妹のように見える。
『こうやってお揃いの服着て、髪も同じにすると、姉妹みたいだね』
私が言うと、リアは一瞬苦い顔をした。アドリアナのことを思い出したのかもしれない。
でも、すぐに笑顔になって返事をしたので、私は気付かないフリをした。
「そうですね!顔は全然似てないんですけど、不思議ですね」
リアに頷いて答えながら、見た目って大事なんだなぁと改めて思った。