閑話18 領主一家の事情〜アドリアナ編〜3
「あーーーーーーー!!!」
ギルドから帰ってきた私は、自分の部屋で叫び声を上げた。
あいつをトモリ共々追い払うことには成功したが、不安要素が残る状態になった。
お父様は早速、あいつを始末するように手配しているが、さっきのトモリの実力を見るに、失敗に終わるだろう。
ギルマスの部屋に現れた時や、あいつを連れ出したであろう時のことを鑑みるに、トモリは転移魔法が使える。
もしかしたら、もう街から遠く離れているかもしれない。
そうなれば、追跡は不可能。
あいつが外部に伝手がないから、捜索もかえって難航するだろう。
トモリのことも、ギルマスから何か奪えるかと思っていたが、あいつが突然現れたことでそんな余裕はなかった。
もう少し時間があれば、もっとうまくできたのに。
思い通りにならない現実にイライラして、私はまた叫び声を上げた。
◇◆◇◆◇◆◇
しばらく八つ当たりしていると、邸の外から言い争う声が聞こえてきた。
様子を見に廊下へ出ると、ちょうどお母様がやってきた。
「お母様、何があったのかご存知ですか?」
「ええ。どうやら、イーサンがやってきて、アントニーと揉めているみたいなのです」
「それは、大変ですね。私たちも参りましょう」
私はお母様と一緒にお父様のもとへ向かった。
私が着いた時、揉め事は一時休止中のようだった。その中に、トモリの顔を見つけて思わず声を掛ける。
「あら、トモリさんではありませんか」
しかし、それがいけなかったのだろう。トモリは私の顔を見ると、ギルマスを連れて逃げていってしまった。
お父様が部下に慌てて追いかけさせるが、見失ったと言って戻ってきてしまった。
お父様は怒り心頭のようで、しばらく口を聞いてくださらなかった。
そのせいで、邸内の空気は最悪で、とても居心地が悪かった。
あいつのせいで私がこんな思いをする羽目になるなんて。本当にムカつく。
◇◆◇◆◇◆◇
お父様の必死の捜索にもかかわらず、あいつは見つからなかった。
トモリの転移魔法で捜索範囲から逃れたのだろう。
予想していたから、あまり落ち込まなかった。
お父様から大々的な捜索は打ち切るという話を聞いた数日後、私は久しぶりに森に出かけた。
お告げがあったのだ。
告げられた場所に行くと、黒いフードつきローブを着た人物がいた。
顔はフードに隠れているし、体格もよくわからない。なんとなく、男じゃないかと思う程度だ。
まさかこんな怪しい人と会うとは思ってもいなかった私は、引き返そうとした。
しかし、向こうに先に気づかれてしまった。
「お前がアドリアナ・トゥ・オネインザか」
男性の声だった。知り合いのものでも、神様のものでもない知らない声で、有無を言わせぬ何かがあった。
私は答えを返した。
「ええ、そうよ。あなたは?」
「俺は、あの方の遣いだ。あの方からお前へのお言葉を預かっている」
あの方って、神様のことだろうか?神様のお告げでここに来たらこの人に会ったのだから、そうなのだろう。
彼は私の返答を待つことなく言葉を続けた。
「あの方はこうおっしゃった。『アドリアナ・トゥ・オネインザよ、我の役に立て』と。さらに、あの方は俺にこうおっしゃった。『お前の計画に使って良い』と。だから俺は、お前に仕事を持ってきた」
そう言って彼は、小さな紙切れを私にくれた。
紙切れには、場所が書いてあった。領主邸からそう遠くない場所だ。
「これは?」
「明日の昼、正午の鐘が鳴る頃にその場所に来い。仕事内容の書類を渡す」
「書類って、そんなに複雑な仕事なの?言っておくけど、私はそんなに暇じゃないわ。それに、あなたが言っていることが本当のことかもわからないのよ」
すでに私が仕事を引き受ける前提で話が進むので、少しイラッとして、強い口調で文句を言った。
しかし彼は、今までと変わらない淡々とした口調で言った。
「明日の昼、お前は絶対に来る。俺は待っているからな。では、また明日」
言いたいことだけ言うと、彼は去っていった。
ひとり残された私は、腹が立って思わず紙切れを粉々に破り捨てた。
「もう!最近こんなのばっかり!」
一時間ほど八つ当たりしてから、邸に帰った。
その夜、いつものように部屋でお祈りをしていたら、また神様のお告げがあった。
『奴に従え。それがお前が我の役に立つ唯一の方法だ』
奴、というのは、昼間の彼のことか。従え、ということは、彼の言っていた仕事を受けろということ?
あまり気乗りしないけど、神様のご命令なら従うだけだ。
私は彼に会いに行くと決めた。
◇◆◇◆◇◆◇
彼からの仕事は、思っていたよりも簡単なものだった。
いわゆる情報収集だ。
学園時代の人脈を使って、各地の情報を集める。できれば、家族しか知らないようなお家事情を聞き出すように言われた。
人気者だった私には、簡単なことだ。
それに、私には「強奪」のスキルがある。直接対面しないと使えないのが難点だけど、会えさえすればスキルで情報を取り放題だ。
私はまず、手紙を送ることから始めることにした。
◇◆◇◆◇◆◇
彼から仕事を受けてから一ヶ月が経った。
その間、冒険者ギルドの財政が大幅に傾き、我が家にも大きな影響を及ぼしたり、あいつの手掛かりすら掴めなかったりして、お父様が泣き叫んだり、お母様がショックのあまり部屋に閉じこもったり、いろいろあった。
私も、原因があいつだと知ったときは、森で暴れまくった。
それでも、一ヶ月もあれば落ち着いてくる。
お父様はギルドの立て直しに奔走し、お母様は以前の生活に戻った。
私はお父様から頼まれる家の仕事をこなしながら、彼の仕事を着々とこなした。
そして遂に、一ヶ月後の王都での社交パーティーに出席する権利を手に入れた。
招待状が届いた日、私はお父様に必死に頼み込んで王都行きの許可をもらった。
そして次の日、彼からの呼び出しを受けた。
呼び出されて森に行くと、彼は前置き無しで切り出した。
「お前に頼みたいことがある」
「何?追加の用件?」
「ああ、そうだ。少し難しいが、お前ならできるだろう」
そう言って、彼はサラリと爆弾を落とした。
「王族と仲良くなってほしい」
「…………はあ!?王族!?」
「そうだ、頼んだぞ」
そう言って、彼は去っていった。私の返答も聞かずに。
「はあ!?王族と仲良くなれ!?ふざけんじゃないわよ!貴族相手でさえ大変なのに、王族なんて無理に決まっているじゃない!もう!なんでこんなのばっかりなのよ!」
私は一頻り不満を吐いたあと、邸に帰った。
どんなに難しくて面倒な仕事でも、神様からあいつの仕事をしろと言われたからにはしなければならない。
私は時折物や木に八つ当たりしながら、王族と親しくなる方法を必死に考えることになった。
……本当に、私がこんなに目に遭っているのは、全てあいつのせいだ!
アレナリアめ、絶対に許さない!
見つけたらボコボコのギッタンギッタンにしてやるから、覚えてろよ!