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閑話17 領主一家の事情〜アドリアナ編〜2


 あの時、助けを求めた冒険者トモリは、とても強かった。

 私も加勢したけど、ほとんど彼女が倒していた。私が数体相手にするのがやっとのオークを、一撃か二撃で倒していくのを見て、すごい人に声を掛けてしまったと思った。


 これはお父様にお知らせしなければ。

 私はお礼に家へ招待したが、断られた。せっかく招待してあげたのに断るなんて。少しムッとしたのを覚えている。

 しかも、いきなり地面に文字を書き始めたので、余計に苛ついた。字もところどころ間違っていて、変な人だと思った。

 話を聞くと、彼女は口がきけないらしい。本当かどうかはわからないけど、彼女が街を去るまで、声を聞いたことはなかった。



 その日、家へ帰ると、お父様から大目玉を食らった。

 なぜ危険な真似をしたのかと。

 さすがに神様のお告げのことは言えず、私は黙って叱られた。

 お父様は最後に、何とかして今日の冒険者を取り込むようにと仰った。

 正直、口がきけない厄介な人とは関わり合いになりたくなかったけど、お父様のご所望とあらば、連れてこないわけにはいかない。

 私は黙って承諾した。

 ……口がきけないことを言い忘れたことに気づいたのは、彼女が初めて家に来た日だった。始めから言っていれば、もう少し違っていたかもしれない。



◇◆◇◆◇◆◇



 次の日は雨だったけど、お父様に怒られた上に嫌なことをお願いされた私は、ムシャクシャした気分を払拭するために森に出かけた。

 迷宮が少なく、人通りがほぼない東の森で、木に向かって八つ当たりをした。

 ここはストレスが溜まったときによく来る場所で、迷宮が少ないから魔物も少なく、人通りもないので、大声を出してもバレにくい良い場所だ。

 雨の日なら尚更。

 私はレインコートを羽織って森へ行き、一時間ほど八つ当たりしてから家に帰った。



 家に帰るとすぐにお父様から呼び出しを受けた。

 急いで着替えて行くと、お父様はとても怒った顔をして、あいつがいなくなったと告げた。

 何でも、今朝お母様があいつに食事を出した時、うっかり鍵を掛け忘れてしまったそうなのだ。

 鍵が空いていることに気づいたあいつは、外に出てしまったらしい。

 使用人たちに探させてはいるが、事情が事情だけに大ごとにはできない。

 私も渋々捜索に加わることにした。



 あいつは夕方に帰ってきた。

 正直、このまま帰ってこないと思っていたから驚いた。それと同時に、どうせ帰って来るならもっと早くしろよと思った。

 私はお父様と一緒に、あいつにたっぷりお仕置きをした。

 傷が残らないようにしないといけないから気が済むようにできなかったが、痛がって許しを求めるあいつを見るのは楽しかった。

 あいつが自分の待遇を誰かに話していないか入念に確認したが、問題はなさそうで安心した。



◇◆◇◆◇◆◇



 5月1日。

 毎月恒例の礼拝に、あいつと行った。

 私もあいつも一緒に行動するのは気が進まなかったけど、いつもしていることをしないのは悪目立ちするから仕方なく一緒に行った。

 途中でトモリに会った。あいつがいつもより饒舌だったからだんだん苛立ってきて、会話の主導権を奪ってやった。

 あいつは最終的に相づちを打つしかなくなった。

 清々したけど、トモリと話したかったわけじゃないから余計に疲れた。自然に笑えてたかな……?



 夜、部屋で祈っているとまた声が聞こえた。あの神様の声だった。


『しばらく森へ行くな』


 私はその言葉に従って、森に行くのを辞めた。

 その後しばらく、森でいろいろと起こったが、神様のお言葉に従っていたおかげでなんともなかった。



◇◆◇◆◇◆◇



 6月1日。

 1ヶ月ぶりに、あいつを外に連れ出してやった。

 この1ヶ月、ほとんどの時間を地下室で過ごしたあいつは、外に出られて喜んでいた。

 一方私は、なんとしてでもトモリを連れてくるようお父様に言われて、鬱々とした気分で外に出た。

 適当に見張りを雇って教会の入り口を監視させ、トモリが来たら知らせるように言い含めた。その間に私は市場を見て回り、時間を潰した。


 夕方になってようやくトモリと会えたときには、すでに疲れ切っていた。

 抵抗しようとするトモリを強引に引っ張って、教会に行く。

 一緒に礼拝に行きましょうと誘った以上、行かないわけにはいかなかった。


 ただ、結果的に、一緒に行ったのは失敗だった。


 夕方なのに人がたくさんいて並んだし、トモリが紋章をもらいにいくというからついていってみれば、話の長い司祭に捕まって延々と話を聞かされるしで、ツイてなかった。

 しかも、夕食後にお父様に呼び出され、トモリが口がきけないのを黙っていたことを怒られた。言ってないことをすっかり忘れていたのだった。

 そんなこともあり精神的に疲れたせいか、呼び出し後は簡単に身を清め、早々に寝てしまった。

 

 さらに、夜中に誰かがあいつの部屋に近づいたせいで警報が鳴り起こされた。

 警報は目覚まし時計並の音量で他の部屋まで聞こえないが、私が気付くには充分だ。

 念の為しばらく待ってみたが、扉を開けたら鳴る警報は鳴らなかったから再び寝た。

 睡眠時間はいつもより長かったのに、途中で起こされたせいでいまいち寝た気がしなかった。はあ……。


 朝、トモリが来る前に夜のことをお父様に報告した。

 お父様の部屋にも同じ警報装置が付いている。お父様も夜中に起こされて機嫌が悪そうだった。

 この警報装置は、前回のあいつの脱走が原因でつけたもの。許可を得た者には反応しないようになっているから、夜近づいたのは許可を得ていない者。

 使用人が、夜中に邸内をうろつくことはないし、状況的に見て、トモリが一番怪しいのは間違いなかった。

 だから、朝食の間いろいろと質問してみたけど、決定的な言動は得られなかった。

 しばらくトモリの動向には注意が必要だということになり、監視をつけることになった。


 

◇◆◇◆◇◆◇



 トモリに監視をつけて数日後。

 朝から夕方までは新たに見つかった街迷宮に行き出てこないことと、夜は宿に帰ると外に出ないこと、それから迷宮から宿までは、買い物をするくらいで不審な行動はないことがわかった。

 つまり、私たちが求める情報は、何も手に入っていないに等しい状況ということだった。

 だから私は、ギルマスからトモリのことで話があると手紙をもらったとき、情報を得るチャンスだと思って飛びついた。

 冒険者ギルドマスターなら、冒険者トモリのことについて私たちよりも詳しいに違いない。

 約束の日、私は意気揚々と出かけていった。



 ギルマスの話は、私の期待していたものとは全く異なるものだった。

 話を要約すると、先月の事件の報酬はいくらが適切だと思うかお父様に聞いてほしいということだった。

 そんなの、私じゃなくてお父様にすればいいじゃない。

 そう言ったら、私を通したほうが丸く済むからと言われた。

 確かにそうかもしれないけど、なんかこう、もうちょっとなにかあると思うのよね。なにかはよくわからないけど。



 話が終わって邸に帰ると、お父様が私を呼んだ。

 またあいつがいなくなったというのだ。

 今回は、鍵もかかっていたし、警報も鳴らなかったそうだ。

 今日許可を与えていた執事長は、午前中からずっとお父様と一緒にいて、逃がすことは不可能だ。


 なら、一体どうやって外に出たのだろう?

 そもそも、警報が鳴らなかったのに、どうしてあいつがいなくなったことに気付いたのだろう?

 尋ねると、部屋の中に設置した、声に反応する警報装置が作動したから様子を見に行ったらしい。

 録音機能が付いていないから、何を言ったのかまではわからないが、自分一人しかいないのに声を出す状況なんてそう多くない。

 不審に思って様子を見に行ったらいなくなっていたということらしい。


 声に反応する装置……。以前夜中に警報が作動したときも、この装置が作動したらしい。

 そのときは、近づいた者と扉越しに会話をしたのだろうと予測がついたため、確認に行かなかったらしいが、今回は誰も近づいていないし、扉を開けてもいないらしい。

 鍵のかかった地下室からいなくなったあいつ。

 脱出した方法も問題だが、今どこにいるのかの方がずっと問題だ。

 私はすぐにあいつの捜索に取り掛かった。

 本当に、面倒ばっかり起こすやつだ。早くいなくなればいいのに。



◇◆◇◆◇◆◇



 一通り手配を終えると、昼食もそこそこに、私はお父様と冒険者ギルドに向かった。

 1番怪しいのはトモリだ。

 今日はまだ宿から出ていないという情報だったが、再度確認させたら、宿の部屋にはいなかった。

 監視を撒かれたのだ。

 そうなると、ここ数日の行動も怪しい。本当に迷宮にいたのだろうか?

 ギルマスなら何か知っているのではないかと思い、お父様とやってきたのだ。


 念のため、道中お父様からあいつへの情を完全に奪っておいた。

 お父様は何だかんだ言ってあいつのことを想っている節がある。土壇場であいつの味方をされると困るし、日頃の簡単な暗示と合わせて、これで完璧だろう。

 今までは何もしなかったが、ギルマスからも奪えそうなものがあれば奪っておこう。

 これ以上、あいつのことで煩わされるのはもう嫌だから。



 

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