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閑話15 領主一家の事情〜領主編〜


 私はカージアの街の領主、アントニー・トゥ・オネインザだ。

 私は現在、精神的にも経済的にも非常に苦しい状況にある。


 それもこれもすべて、原因はあの役立たずのせいだ!

 あいつのせいで、すべてが狂った!

 あいつさえいなければ、冒険者の小娘なんかにハメられることはなかった。

 あの時、腕じゃなくて首を折っておけば良かったと心から思っている。



◇◆◇◆◇◆◇



 あいつはいつから役立たずだったのだろう?

 生まれたばかりの頃は、可愛かった。

 ベティと同じ銀髪で、アナと同じ顔立ち。ベティと二人で可愛がっていたのを覚えている。


 学園に入る前までは、アナよりあいつの方が優秀だった気がする。

 立って歩けるようになるのもアレナリアの方が早かった。言葉を覚えるのも、文字を覚えるのも、礼儀作法を覚えるのも、アレナリアの方が早くて、出来が良かった。

 その頃は確か、勉強もアレナリアの方が出来ていた気がする。


 そうだ。

 ベティとよく、アレナリアを後継者にしようと話していたのを覚えている。

 性格も穏やかで、優しくて、たくさんの人から好かれるとても良い子だった。あのまま成長していたら………

 いや、それより、あの頃のアナは…………どうだったかな?アレナリアより出来が悪かったことしか覚えていないな。

 活発で社交的な今とは違って、内気で随分とおとなしい子だった気がするな。




 そんな二人だったが、7つになり、学園に入ると状況は一変した。

 いや、逆転した。

 アナとあいつの評価は、完全に入れ替わった。


 あいつはしょっちゅう体調を崩すようになり、試験も追試ばかりになった。

 魔術もいくら練習をしても全く上達しない。レベルも数値も上がらないのだ。

 次第に友人も減っていき、孤立していった。

 性格も暗く、静かになっていった。


 それに比べて、アナは目覚ましい成長を遂げた。成績はいつも学年トップクラス。

 勉学も、魔術も、天才的な実力があった。

 アナの周囲には、いつも多くの人がいた。

 勉強ができて、強くて、優しくて、面倒見の良いアナは、皆の人気者になった。


 それに、アナはどんなに人気者になってもあいつのことを見捨てなかった。いや、見捨てないポーズを取り続けた。

 アナが内心、出来の悪い足手まといの妹を疎ましく思っているのは気がついていた。

 だから、あいつが必要以上に醜態を晒さないよう、地下室に閉じ込めることにした。

 学園にいる間は仕方がないにしても、家にいる間はせめて、じっとしていて欲しかった。

 そのうち、適当な結婚相手を見繕って嫁がせよう。見た目は良いから、少し探せば家の利になる相手が見つかるだろう。

 それまでは、死なない程度に、人前に出ても見苦しくない程度に生かしておけばいい。

 そう思っていた。


 だが、そういうわけにもいかなかった。

 領民に、あいつの姿を全く見せないというわけにもいかなかったのだ。

 領民には、アナとあいつは非常に仲の良い姉妹と思われている。

 アナばかりが街に出て、あいつがいないとなれば、要らぬ疑いを持たれるやもしれぬ。

 だから仕方なく、アナと一緒の時だけは外出を許可したのだ。


 そういえば、少し前に一度、あいつがひとりで外出した日があったな。

 あの時は確か、地下室の鍵を締め忘れたんだったか。

 それで、抜け出したあいつを夕方まで見つけられなくて、アナが激怒したのだ。


 今思えば、あれがトドメだったのだろう。

 あれ以来、アナのあいつに対する態度は冷たくなった。

 礼拝の日に一緒に外出したくらいで、他の日は一度もあいつと外出していない。

 アナが連れ出さないから、あいつは一ヶ月間、風呂以外の用で一度も地下室の外に出られなかった。

 気にして聞いてくる者には体調が悪くて臥せっていると言ったから、連れ出す者などいなかった。

 いい気味だ。




 あの日、あいつが鍵のかかった部屋から忽然と姿を消し、ギルマスの部屋で私に出ていくと啖呵を切ったとき、私の中で何かが砕け散った。

 今まではおとなしく言うことを聞く従順な娘だったのに、私に歯向かうとは。

 つい怒りに任せて腕を折ってしまった。

 まあ、腕の一本や二本、教会に行けばすぐに治せる。それに、治らなくても私は困らない。

 むしろ、反抗できなくなって好都合とすら思える。


 私は、まだ利用価値のあるあいつを連れ帰ろうとしたが、アナが要らないと言った。

 あいつを嫁がせるのはアナのためだったのだが、アナは要らないと言った。

 さっさと死んでほしいと。

 私も、正直あいつには死んでほしいと思っていたから、ちょうどよかった。


 それに、あの邪魔ばかりする目障りな冒険者の小娘も一緒に始末する方法を、アナが教えてくれた。

 私も妙案だと思った。

 だから、あいつを置いて邸に帰り、手配を始めた。

 

 手配をしていると、イーサンがやってきて、考え直してほしいと言われた。

 イーサンとは短くない付き合いだが、こんなことを言われたのは初めてだ。

 イーサンは私を説得しようとしたが、私はそれに応じるつもりはなかった。


 アナが要らないと言ったのだ。

 ならば、望み通りするのみ。

 邪魔する者は、誰であろうと排除する。


 私はイーサンを始末することにした。ただ、今までのことを鑑みて、一騎打ちに応じてやった。

 それが失敗だった。

 あと少しで殺せるというところで邪魔が入った。

 また冒険者の小娘だ。

 結局、イーサンを逃してしまった。

 クソッ!



◇◆◇◆◇◆◇



 イーサンを逃した私は、大急ぎであの小娘を誘拐犯として指名手配した。

 私は世間体を考えて、あいつの捜索に加わった。必死になって娘を探す父親を演じた。

 そのおかげか、私の企みを邪魔する者は現れなかった。


 目の上のたんこぶのイーサンも、ギルマスをクビにしてやった。

 理由は、小娘とあいつの捜索の際、私の命令に従わず、冒険者を招集しなかったこと。

 領主の娘が冒険者に拐われたのだ。冒険者ギルドのギルドマスターとして、捜索に協力するのは義務だ。

 だが、イーサンは協力しなかった。

 一応募集は掛けていたが、強制参加にはしなかった。あくまでも任意協力という形を取った。

 そのせいで、報酬が大してよくなかった捜索依頼を受ける冒険者は少なく、あいつらは見つけられなかった。

 全く、忌々しい!


 腹が立ったので、あいつらと関係がありそうだったフィルリアの街のギルマスもクビにしてやった。

 代わりに、私の配下の者をギルマスにした。

 これで、冒険者ギルドも使いやすくなるだろう。

 そう思って、私はほっと胸を撫でおろした。

 あとは、あいつらを見つけて始末するだけだ。


 私の日常に、平和が戻った。



◇◆◇◆◇◆◇



 平穏な日々は、長くは続かなかった。

 それは、新しくカージアの街のギルマスに就けた者がもたらした報告によって、粉々に砕け散った。


 ギルマスによると、ギルドの財政はとんでもなく赤字なのだという。

 今にも死にそうな蒼白な顔で報告に来たギルマスから、イーサンが作った収支報告書を受け取った私は、愕然とした。


「は、白金貨10枚の赤字だと……!?なんだ、これは!」


 白金貨10枚といえば、この領地の税収の約半分に当たる。

 とんでもない金額だ。

 私は急いで帳簿を確認した。


「……ここしばらくは赤字が続いていたが、多くても白金貨1枚程度。半年前から少しずつ赤字が膨らんでいるが、それでも白金貨3枚。……赤字が急激に増加したのは、この1ヶ月。……主な支出項目は、素材の買取。売り主は……チッ!またあの小娘か!」


 バン!

 思わず帳簿を机に叩きつけた。

 なんと、ギルドはあの小娘からの素材の買取に、白金貨7枚も支払っていた。

 内訳は、ガーゴイルの魔石約1000個に、オークの素材多数。

 確かに、高価な素材ばかりで多額になるのはわかるが、それにしても多すぎる。

 イーサンは何を考えていたのだ!

 そこへ、ギルマスが恐る恐る言った。


「あの、領主様。大変申し上げにくいのですが……」

「なんだ!もったいぶらずにさっさと言え!」

「は、はい!その、只今ギルドには資金が全くといっていいほどなく、買取をストップしている状況でございます。このままでは、冒険者が依頼を受けてくれなくなり、運営に支障が……」


 ギルマスの声は次第に小さくなっていった。よく見ると、泣きそうになっている。

 まさかこんなことになっているとは夢にも思わなかった。

 財政状況が多少厳しくなっていることは気がついていたが、まさかここまでとは。

 買い取った素材を売ろうにも、量が量だけにすぐには売れそうにない。

 はあ…………………………

 私は盛大に溜息をついた。


「とりあえず、ギルドの運営に支障がない程度までは私が金を出す。それを使ってどうにかして立て直せ。わかったか?」

「は、はい!必ずや、ギルドを再建して見せます!」


 ギルマスは深々と頭を下げると、猛烈な勢いで去っていった。

 本当は金など出したくはないのだが、ギルドは公営。領主直轄。ギルドの危機には領主が責任を持たなければならない。

 見て見ぬふりは許されないのだ。

 はあ…………………………

 私はまた溜息をついた。


 せっかくあいつがいなくなって清々したのに、こんな大きな厄介事が舞い込んでくるとは……。

 面倒でも、とにかくやっていくしかないか。


 ……ああ、それから、あいつは確実に息の根を止めるよう、殺し屋に言っておかないとな。


 私は部下を呼ぶため、呼び鈴を鳴らした。




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