119.ぼっち少女の密かな旅立ち
真夜中。
私とアレナリアは、暗い森の中にいた。
「うわぁ……!こんなところに洞窟があったんですね」
『うん。前に見つけたんだ。今日はここで寝よう』
「はい」
ここは、前にミラさんたちを迎えに来た時の洞窟だ。入ってすぐにカーブしていて、奥が見えなくなっている。洞窟の周辺は、前の戦いで少し拓けているけど、街道からはだいぶ逸れた場所にあるし、身を隠すには充分だろう。
私はアレナリアを連れて洞窟に入った。
洞窟の中は、思っていたよりも広かった。
大人用のベッドを5個は置けそうだ。
そう思った私は、早速ベッドを2つ創って並べた。
「ベッドが、出てきた……?」
アレナリアは収納していたベッドを出したのだと思ったらしい。誤解だけど、わざわざ訂正するほどのことでもないので、スルーした。
私はさらに、マットレスとシーツ、掛け布団、枕を創り、ベッドを寝られる状態にした。
元の世界の基準で創ったベッドだ。
ここのベッドの何倍も寝心地がいいだろう。
続いて「無限収納」から机と椅子と軽食を出して並べる。
夕食は食べたけど、それからすでに4時間以上経っている。小腹が空いてきたのだ。
私は照明代わりに「光球」を出すと、椅子に座った。
『アレナリア』
呼ばれたアレナリアは、椅子に座った。
二人で軽食を食べながら、念話で会話をする。
『アレナリア、大丈夫?』
元気そうに見えるけど、アレナリアの表情が曇ることがあるのを気付いていた私は、いきなりそう切り出した。
本来なら、当たり障りのない話をしてから切り出すべきだったのかもしれないけど、長い間会話をしてこなかった私に、そんなコミュニケーションスキルはない。
それに、これからしばらく行動を共にするんだし、今変に気を遣っても疲れるだけだ。常に気を遣っていたら私の方が参ってしまう。
突然の質問にアレナリアは戸惑っていた。結局、アレナリアが答えてくれたのは、食べ終わった後だった。
「トモリさん、巻き込んでしまって申し訳ありませんでした!」
アレナリアはそう言って深く頭を下げた。
「私のせいで、トモリさんにたくさんご迷惑を」
『大丈夫だよ、アレナリア』
言い募ろうとするアレナリアの言葉に被せて言う。
「ですが……!」
『大丈夫だよ、アレナリア』
反論しようとするアレナリアに、私はもう一度、同じ言葉を言った。
『大丈夫。考えはあるから。とりあえず、今日はもう遅いし、寝よう。明日は夜明けと一緒に出発だよ』
「……わかりました」
アレナリアは、不承不承ながら頷いて、ベッドに向かった。
上着と靴を脱ぐと、ベッドに入り、壁の方を向いて不貞寝を始めた。
私は机と椅子を片付けると、上着と靴を脱ぎ、「清潔」で身体を清めてからベッドに入った。「清潔」を使うとき、アレナリアにも掛けたら、身動ぎしたのが見えたけど、お互い何も言わなかった。
ベッドに入った私は「光球」を消し、防犯のために結界を張った。
『ディーネ、何かあったら起こしてね』
『うん、わかった。じゃあおやすみ、トモリ』
『おやすみ、ディーネ』
ディーネに防犯を頼んだ私は、朝の4時に目覚ましをセットして、眠りについた。
◇◆◇◆◇◆◇
――ピピピピピ。
目覚ましの音で私は目覚めた。
洞窟内はまだ暗い。
まだ朝日が昇り始めたかどうかという時刻だから、暗くて当然なんだけどね。
もう一つのベッドを見ると、アレナリアはまだ寝ていた。
そろそろ出発の時間だけど、まあ、いいか。私が起きていれば移動はできる。アレナリアは昨日いろいろあって疲れてるだろうから、自然に起きるまで寝かせておこう。
私は身支度を整えると、まず自分が寝ていたベッドを仕舞う。
次に、アレナリアを浮かせてベッドを仕舞おうとしたところで、外から人の声が聞こえた。
「トモリちゃん、いる?」
ミラさんの声だ。
私は起きないように防音結界をアレナリアに張り、外に出た。
洞窟の外には、ミラさんとグレイスさん、ダニーさん、ザックさんがいた。
「おはよう、トモリちゃん」
ミラさんの挨拶に、私は会釈で返す。
「おはよう。こんな時間に突然来てしまってごめんなさいね。どうしても話しておきたいことがあって」
申し訳なさそうに言うグレイスさんに、私は構わないという意味を込めて首を横に振った。
今は朝の4時。街からここまでは馬車で一日ちょっと。街道を馬に全力で走らせて、森に入ったら最短ルートを進んだとしても、この時間にここに辿り着くためには、かなりの無茶をしないといけなかったはず。きっと昨日から一睡もしてないんだろう。
その証拠に、4人の顔には少なくない疲労の色が浮かんでいた。
視線で考えていることが伝わったのか、ミラさんが苦笑いをした。
「言っておくけど、私たちはトモリちゃんたちよりずっと前に街から出てるわ。といっても出たのは昨日の昼過ぎだけどね。ギルマスの指示で、一足早くこの洞窟に向けて出発していたのよ」
「んで、夜中にギルマスから通信機で話を聞いて、知らせに来たってわけだ。休憩はこまめにしてるし、これくらいなら慣れているから問題はない」
「心配はいらない」
ダニーさんに続いてザックさんにまで大丈夫だと言われてしまっては、これ以上心配することはできない。
私は気持ちを切り替えて、目で話の続きを促した。
話の続きは、ミラさんがしてくれた。
「さっきも言ったけど、私たちはギルマスから通信機を通して話を聞いたの。領主と何があったのか、大体のことは知ってるわ。それで、ここからが本題なんだけど、トモリちゃんが街から出た後、領主がトモリちゃんを指名手配したの。罪状は、誘拐と、領主への反逆罪」
あー、やっぱりか。多分そうなるだろうとは思っていたけど、有言実行するとはね。
罪状も予想通り。私が邪魔したのがよっぽど頭に来たのかな?
でも、あのまま放っておいたら、アレナリアもギルマスも今頃どうなっていたかわからない。本人たちからは感謝されてるし、頭のオカシイ独裁者に目を付けられたところで、大して問題はない。
「ギルドカードにも手が回っているわ。ギルドカードには追跡機能があって、持っているだけで居場所を知られてしまうの。こっちはギルマスが、登録されている魔力情報を書き換えたから大丈夫だと思うけど、早めに破棄したほうがいいわ。今持ってる?」
私はギルドカードを出した。
"燃やす?"
「ええ。その方が確実だから」
ミラさんの言葉を聞いて、私は「火球」でカードを燃やした。
カードが灰になって散っていく。
完全になくなるのを見届けて、私は4人に向き直った。
4人は一様に、驚いた顔をしていた。
私が首を傾げると、驚きから一番に復帰したグレイスさんが言った。
「……火魔法も使えたのね」
……あ。そういえば、私、水属性の魔法しか使えないってことになってたんだった。どうしよう。つい、ひとりのときと同じ調子でやっちゃった。
でも、見せてしまったものは仕方がない。
私はコクリと頷いた。
4人は再び顔を見合わせて、アイコンタクトで会話した後、ミラさんが話しを進めた。
スルーすることにしたらしい。
「えーと、ギルドカードだけど、再発行はやめておいたほうがいいわ。ギルドの登録情報は、ギルマスなら世界中どこのものでも閲覧できて、領主もギルマスを通して見られるようになっているから、居場所を知られてしまう可能性があるわ。魔力情報を書き換えてあるから名前を変えれば大丈夫かもしれないけど、偽名での登録は重罪だからやっちゃダメよ」
うーん。ギルドに登録はできないのか。
街の出入りは魔法でどうにでもなるけど、お金はどうやって稼ごう?今は貯金があるからいいけど、いつかは底をつくだろうし。
悩んでいると、ダニーさんが助け舟を出してくれた。
「登録してなくても、代理人に頼めば素材の換金はできる」
"代理人?"
「ああ。わかりやすく言うと、ギルドに登録している者に、代わりに素材を売ってもらうんだ。手数料がかかるが、換金できないよりはマシだろう」
確かに、ゼロよりはいいかもしれない。
実際に利用するかはわからないけど、覚えておくことにした。
私が頷くと、今度はグレイスさんが私に近づいてきた。
そして、手が届く距離まで来ると、手に持っていた小ぶりな袋を差し出した。
「トモリさん。これは、私たちからの餞別よ。ギルマスからの分も入っているわ。助けてもらったお礼も含めて渡すようにって」
受け取ると、カチャリと音がした。中のお金が動いて鳴ったのだろう。
私は感謝の印に、頭を下げた。
それから、時々連絡を取り合うこと、困った時は遠慮なく頼ることとかを約束させられた。
正直、どこまで約束を果たせるかわからないけど、進んで破らないようにはするつもりだ。
その気になれば転移ですぐに来れるしね。
4人は別れの挨拶を済ませると去っていった。
私は4人の姿が見えなくなるまで見送ったあと、洞窟に戻って片付けをして、まだ寝ているアレナリアを連れて飛行魔法で飛び立った。
話していた時間が長かったのか、空に上がると朝日が見えた。
いつかと同じように朝日に向かって飛びながら、私は隣でぐっすり寝ているアレナリアを見て、すぐにまた前を向いた。
今日の目的地は、カージアの街の隣にある街、工業都市スウィルシアだ。
これにて第二章本編は終了です。
次回からは、本編で書けなかった話を閑話としてお送りします。
第三章は、閑話の後に始める予定です。