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117.ぼっち少女と領主一家9


「これは私たち親子の問題だ。お前は引っ込んでいろ」


 結界を張った私に、領主は怒り心頭のようだ。

 今までの丁寧な態度が一変し、命令口調になった。

 私は防御結界があるので安心して、自分の意志を貫くことにした。

 私が首を横に振ると、領主は激怒した。


「平民風情がふざけやがって!おい、イーサン!この無礼者をつまみ出せ!」


 領主はギルマスに命令する。でも、事前にアレナリアの待遇について話をしていて、さらにこの一部始終を見ていたギルマスは、領主の命令を拒んだ。


「申し訳ありませんが、それは致しかねます」

「何だと!?」


 まさか断られるとは思わなかった領主が、驚きの声を上げ、ギルマスを睨む。

 ギルマスは領主の鋭い眼光にも怯まず、毅然とした態度で言い返した。


「この部屋から出ていくべきは、トモリさんではなく、あなたです。領主様」

「イーサン、お前は自分が何を言っているのかわかっているのか?私はこの街の領主だぞ?」

「ええ、理解しています。ですが、先程の領主様の言動は度を超えています。どうか、怒りをお収めください」


 怒鳴るのでも叫ぶのでもなく、普段よりむしろ落ち着いた声で淡々と言うギルマスに、領主は少し頭が冷えたようだ。

 私とアレナリアを一瞥すると、盛大に溜息をつきながら、ソファにドカッと座った。


「クソっ」

「領主様、本日はもうお帰りください。アレナリアお嬢様は、しばらくこちらでお預かりさせていただきます。お話はまた後日にいたしましょう」


 ギルマスがドアに向かって歩きながら、領主に退室を促す。

 だが、まだ怒りが完全に収まっていない領主は、席を立つ素振りを見せなかった。


「ふんっ。誰が帰るか。私は絶対にアレナリアを連れて帰る。絶対に、誰にも渡さん」

「ええ、そうですわ。私にとって、アレナリアは大切な妹ですもの。ねぇ、アレナリア。一緒にお家に帰りましょう」


 今まで黙って成り行きを見ていたアドリアナが席を立ち、アレナリアのもとへ移動する。

 そして、折られた腕の痛みにうずくまっているアレナリアの前にしゃがみ、手を伸ばした。でも、その手は私の防御結界に阻まれる。


「チッ。忌々しい結界ね」


 アドリアナは舌打ちをすると、純粋そうな顔を作って私を見た。


「ねぇ、トモリさん。防御結界を解いてくれませんか?私、アレナリアのことが心配なんです」


 さっきの舌打ちをなかったことにして、アドリアナが言う。あまりにも白々しい態度に、私は内心呆れながら首を振った。もちろん、横に。

 アドリアナも、私が結界を解くとは思っていなかったようで、あっさり引き下がった。


「そうですか。そうですよね。わかりました」


 不満タラタラの顔で言うアドリアナ。もう、表情を取り繕うことすらやめたらしい。

 そして、領主のもとまで戻ると、アドリアナは領主に言った。


「お父様。もう帰りましょう。あんなやつのためにこれ以上時間を使う必要はありません」


 アドリアナは、冷たい目でアレナリアをちらっと見た。その目には、心配なんて欠片もなく、侮蔑だけがあった。


「このまま連れ帰っても、面倒なだけですわ。しばらくおとなしくはならないでしょうから。それに、今日はあの部屋にいたはずなのに、どうやって出てきたのでしょうね?」


 アドリアナは私に疑いの目を向けた。私が連れ出したと思っているようだ。

 まあ、アレナリアを連れ出したのは確かに私だけど、明確な証拠はないから、疑われるだけなら問題はない。

 この街に定住する気はないし、危なくなったら転移で逃げればいい。この街に来る必要があるときは、「隠形ハイドフォーム」で姿を消すか、変装すればバレることはない。

 ここで領主一家と敵対しても、私はあまり困らない。


 私は肯定も否定もせず、黙ってアドリアナを見た。

 私から明確な答えは聞けないと判断したのか、アドリアナは目線を領主に戻した。


「お父様。ちょうど良い機会です。あんなやつは捨ててしまいましょう」

「だが、せっかくここまで育てたんだ。捨てるのは……」

「ですがお父様。売るのは危険ですわよ。私たちから離れたら、何をしでかすかわかりませんもの。あることないこと言いふらして、それを信じる人が出てしまったら大変ですわ」

「それは、捨てても同じだろう?」


 アドリアナが領主を説得しているが、領主は渋っているようだ。

 話を聞く限りロクな内容じゃないけど、とりあえずアレナリアが領主邸に戻されることはなさそうだ。

 ……領主邸から連れ出すよりもヤバい状況になりそうだけど、まあ、なんとかなるでしょ。


「あら。このままトモリさんに連れて行ってもらう方が楽ですわ。トモリさんは、領主の娘を誑して洗脳し、誘拐した凶悪犯。そして、アレナリアは誘拐犯に良いように洗脳された可愛そうな子ということにしましょう。そうすれば、二人が何を言っても我が家の名声が落ちることはないでしょう」


 ……うわぁ。よくそんなことを思いつくよ。

 確かに、その設定だと、私やアレナリアがいくら訴えても信じてもらえない可能性が高い。領主たちが嘘をついていると思う人は少ないだろう。

 加害者より被害者の言い分を信じる人のほうが多いのだ。

 たとえ嘘だとバレても、領主には権力がある。領主と同等以上の権力者でない限り、簡単に消されてしまうだろう。


「そんな手間をかけるなら、いっそ殺してしまうか?適当な貴族に売って、その日のうちに殺してしまうのもいいな。犯人と動機はいくらでもでっち上げられる」

「まあ!それは良い考えですわ。指名手配するよりも手間がかかりませんし、売ることでお金も入ります。そうしましょう、お父様!」


 本人と部外者がいるところで、堂々とアレナリアの殺害計画を立てる実の父親と姉。

 とんでもない家族だと思った。


「そうと決まれば、帰りましょう!急いで手配しなければ!」

「ああ。だが、アレナリアはどうする?置いていくのか?」


 アドリアナは名残惜しそうにアレナリアを見たけど、すぐに領主を見た。


「……ええ。置いていきましょう。今連れ帰るのは難しそうですもの。売り先には、道中賊に襲われたことにすればいいでしょう」

「はあ……。アナがそう言うならそうしよう。アレナリアはお前のために生かしておいたんだ。お前がいらないと言うなら私もいらない。顔も見たくないしな」


 話がついた二人は、揃って席を立った。

 ギルマスが無表情でドアを開け、領主とアドリアナは笑顔で部屋を出ていった。

 二人が部屋の外に出ると、ギルマスがドアを閉めて鍵をかけた。

 私は室内が安全になったのを確かめると、結界を解いてアレナリアに駆け寄った。

 アレナリアは、いつの間にか気を失って倒れていた。


『大丈夫?アレナリア』


 私はうつ伏せで倒れているアレナリアを、そっと仰向けにする。

 ギルマスも駆け寄ってきて、容態を確認してくれた。


「腕以外は大丈夫そうだ。気を失ったのは腕の痛みがひどかったのか、それとも……。いや、とにかく治療が先だ。すぐに回復魔法が使える者を呼ぶから、待っていてくれ」


 そう言ってギルマスが出ていこうとするのを、私は服の裾を引っ張って止めた。

 無関係の人を巻き込まない方が良い。

 それに、もう領主たちが何かやっているかもしれない。

 今信じられるのはここにいる私たちだけだ。


治癒ヒール


 アレナリアの折れて腫れた右腕に、回復魔法を掛ける。淡い紫色の光に包まれた腕は、光が収まったあとは綺麗に元通りになっていた。


「回復魔法?なぜ、あなたが……?」


 驚いた顔で私を見つめるギルマスに、私は口元に人差し指を当てて見せた。

 秘密だよ、という意味のジェスチャー。こっちでも通じるか不安だったけど、ちゃんと通じたようだ。


「今見たことは忘れよう。誰にも言わないと約束する」


 ギルマスの言葉に頷くと、私はアレナリアをソファに寝かせるために抱き上げた。

 ステーテスのおかげか、ほぼ同じ体格のアレナリアを簡単に抱き上げることができた。

 元の世界の私だったら、絶対に無理だ。

 改めてここが異世界なんだと実感しながら、私はアレナリアを二人掛けのソファに寝かせた。



 そのまま、アレナリアの目が覚めるまで、私はギルマスの部屋で待っていた。

 ギルマスは、情報収集に行くと言って出ていったきり、戻ってこなかった。





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