116.ぼっち少女と領主一家8
これからどうしたいのかという私の問い掛けに、アレナリアは答えなかった。いや、答えられなかった。
私の話が余程ショックだったみたいだ。
うーん。一気に話し過ぎたかな?
でも、いずれ言わないといけないことだ。話さなければよかったとは思っていない。まあ、言い方はもう少し考えたほうが良かったとは思ってるけど。
私は人と話をしないせいで、言葉選びが苦手だ。
筆談だと、書くのに時間がかかるので、文字数が少なくなるようにしていた。
そうすると、必然的に、伝えたいことをズバッと伝える、というスタイルになる。
思いやりとか、心配りとか、そういうのはほとんどしない。
……友達がいなかったのは、喋らないからというだけじゃないというのは、だいぶ前から気づいてたことだ。
今まではそれで何とも思わなかったけど、こうして親しくなりたいと思う相手が出来ると、うまく話せない自分がもどかしい。
とりあえず、嫌われないように気をつけるとしよう。
アレナリアの整理ができるまで、私はのんびり待った。
いくらなんでも、一時間も二時間もそのままってわけじゃないだろうと思って、待った。
アレナリアが復活したのは、私がホットティーを用意して、読書をしながらゆっくり飲んで、飲み終わって、少し経った頃だった。
「あの、トモリさん」
『何?』
私は読んでいた本を閉じて、顔を上げた。
アレナリアは何かを決心した顔で、まっすぐ私を見ていた。
「トモリさんは、これからどうするんですか?この街に定住するんですか?」
『ううん。迷宮を攻略したら別の街に行くつもりだよ。すべての迷宮を制覇することが私の目標だから。まあ、できるかどうかはわからないし、やる気が続くかもわからないけど、できるだけやってみようかなって』
「迷宮の全制覇……。本当にできたら、ライルの再来ですね!すごいです!」
アレナリアが無邪気に笑う。本当に出来ると思って疑っていないように見えた。
『……本当に出来るかなんてわからないよ?』
「トモリさんなら出来ますよ」
アレナリアは自信たっぷりに言った。その自信はどこから来てるんだろう?
『なんでそう思うの?』
「勘です」
『えっ?勘?』
「はい。勘です。私の勘は、よく当たるんですよ」
そう言ってアレナリアはにっこりと笑った。
これ以上聞いても、同じ答えしか返ってこなさそうだ。
私は話を戻した。
『それで、アレナリアはどうしたいの?』
「しばらくは、トモリさんについていきます。荷物持ちでも、小間使いでも、なんでもします!だから、私を連れて行ってください!お願いします!」
頭を下げて頼み込むアレナリアを見て、戸惑ってしまった。
一緒に行く、というのは初めから考えていたことだし、一番有り得そうなことだったから、話の内容自体は予想通り。戸惑う理由はない。
私が戸惑ったのは、予想以上にアレナリアが真剣で、必死だったからだ。
ついさっきまで、笑顔で「勘です」なんて言っていたから、油断していた。
まさかいきなりこんな真剣な話になるとは思ってなかったのだ。
自分でこの話にしたのに、私はそれまでの会話の流れを引きずってしまっていたのだ。
「あの……」
私が黙ったままだったのが気になったのだろう。アレナリアが恐る恐る尋ねた。
私は、アレナリアの不安がなくなるように、精一杯の笑顔で答えた。
『もちろん、いいよ。一緒に行こう』
「はい!」
アレナリアはとびっきりの笑顔で頷いた。
◇◆◇◆◇◆◇
午後1時過ぎ。
ギルマスとの約束の時間になったので、私たちはレベル上げを止めて、ギルマスの部屋に向かった。
部屋にギルマス以外の人がいることを考え、「隠形」で姿を隠し、アレナリアに声を出さないよう言い含めてから、転移した。
案の定、ギルマスの部屋にはギルマスの他に、アドリアナと領主がいた。
「お父様……?」
「この声……!アレナリアか!どこだ?どこにいる?」
アレナリアがポツリと呟いた声に、領主が反応して、鬼の形相で周囲を見回す。
はあ…………。私は心の中で溜め息をついた。
あれだけ声を出すなって言ったのに。やっぱり、防音結界でも張っておけばよかったかな。外の声が聞こえなくなるからって渋ったのがいけなかったか。
私は仕方なく、「隠形」を解いた。
部屋の隅に出現した私とアレナリアを見ると、領主はソファから立ち上がり、アレナリアの前に立った。
「そこにいたのか、アレナリア。さあ、こっちへ来るんだ。家へ帰ろう」
言いながら手を差し伸べる。
言葉も口調も優しいのに、顔は怖いままだ。逆らったら許さないという気持ちが伝わってくる。
思わず手を取ろうとしたアレナリアを、私は制した。
『ダメだよ。アレナリア。自由になりたいんでしょう?私と一緒に来るんでしょう?』
私の言葉で、アレナリアは伸ばしていた手を止めた。
そのままの状態で、不安げに私を見る。
私は大きく頷いた。
『大丈夫。私が絶対、アレナリアを守るから』
アレナリアは頷くと、領主に伸ばしていた手を引っ込めた。
そして、揺るがない意志を湛えた瞳で領主を見た。
「私はもう、あの家には戻りません」
「なっ!お前、自分が何を言っているのかわかっているのか!?」
「はい。わかっています。私はオネインザ家を出ます。オネインザの姓も捨てます。私はただのアレナリアとして生きていきます。今まで、ありがとうございました。さようなら」
一礼をして、ギルマスの部屋を出ていこうとするアレナリアの右腕を、怒りで赤面した領主ががっしりと掴んだ。
「痛っ!」
「許さない……許さない!ここまで育ててやった親に向かって、何だその口の聞き方は!おまけにオネインザ家を出ていくだと!出ていったところで能無しのお前に何ができる!どうせすぐに野垂れ死ぬだけだ!」
「そんなこと、やってみなければわからないでしょう?それよりも、腕が痛いです!離してください!」
余程強く掴まれているのか、アレナリアは涙目になって痛みを訴えている。でも、領主の耳には入っていないようだ。
領主は尚もアレナリアを怒鳴りつける。
「やってみなければわからない?いや、やってみなくてもわかる!お前は必ず失敗する!だいたい、今まで一度でもうまくいったことがあったか?ないだろう?お前はいつも失敗ばかりで、何の役にも立たない役立たずだ!いや、むしろ余計な手間を掛けさせるお荷物だ!そんなお前を、ここまで育ててやったのは私だ!オネインザ家の娘としての役目を果たすまで、絶対に逃さん!いいか、絶対にだ!!」
「――っ!」
話しているうちに力が入り過ぎたのだろう。アレナリアの腕から、ボキッという鈍い音がした。
アレナリアが声にならない悲鳴を上げる。
でも、領主は手を離さなかった。
「わかったら謝りなさい。今なら許してやる。何、腕の一本や二本、教会に行けばすぐに治してもらえるから心配はない」
言いながら、領主はアレナリアの折れた右腕から手を離し、代わりに左腕に手を伸ばした。
右腕を解放されたアレナリアは、痛みのあまり腕を抑えてその場に座り込んだ。
顔は苦痛に歪んでいる。額には脂汗が浮かび、息も荒い。
私は、領主がアレナリアの左腕を掴む前に、アレナリアに防御結界を張った。
結界に手を阻まれた領主は、私を睨んだ。
「これは、あなたの仕業か、トモリさん」
私が頷くと、領主は私に向かってきた。
アレナリアと同じようにしようと思ったのか、手を伸ばしたけど、結果に阻まれた。
アレナリアと一緒に、私にも防御結界を展開済みだ。
誰かを守るにはまず、自分を守らないとね。